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SaLt  作者: 蒼海 游
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第27話 親の心子知らず

『この島からあまり出たくないけど、それ以外はわからない。高校卒業したら働くのもありかもしれないとも思ってるよ』


 その文章がどういうことを意味するのか、考えただけでもあまりいい考えは思い浮かばない。


『おい』


 俺は久しぶりに話しかけた。最近ほぼ話しかけてこなかったにもかかわらず。その声と同調して、先ほどの文章が一瞬にして消える。


『……ああ、父さん。起きていたのか。寝ているのかと思ったよ』


 慌てた様子の仁はしかし、至って明るい口調で答える。


『隠したとて、俺はもう見ているぞ』


 そう言うと、唾を飲み込んだようだ。そんな音が聞こえる。


『そうだよな、父さんはいつも、そばにいるもんね』


 意味が分からないようなことを言う。まさかこの辺りが智に似てくるとは思いもしなかった。いつも笑って内に何かとんでもないものを隠していそうな智と。


 今でも多分心を覗けるだろうが、今となってはそのような勇気はない。とんでもないものが隠されていそうだし、一人の人間のすべてを見たことで必ずしもいいことばかりとは思えない。それに、仁とはこれから一生の仲になるかもしれない中、とんでもないことを知ってしまえば俺はどこに行けばいいかわからない。

 だからたまに俺は長期に渡って眠るし、時々しか仁に干渉しない。


『……でも、昔より干渉してこないから時々忘れそうになるよ』


 そうはいったが、俺にはそう思えなかった。一時のごまかしのようにしか思えなかった。


『忘れそうになるなら、なぜおまえはお前の人生をこの島に縛ろうとするんだ。お前だけの意思なら、この島に縛られる必要はないはずだろ』


 俺は極めて静かに言葉を返す。昔の智と話した時のことを思い出す。昔と言っても本当に昔だ。あの色々がある前だ。あの時は、真剣に向き合えば少しは話してくれた。


『父さんは縛っていたじゃないか。父さんだってできたらしいのに、大学に行けたのに、漁師としてはたらくことを決めてさ』


『それは時代の違いだ。お金がなかったんだ。進学率が極端に低い時代にお金を意地として集めて進学するよりかは、俺はこの人生を漁師として生きて、愛する女性と生きる方がいいと思った』


 本当の話だ。俺は高校卒業とともにプロポーズをすることは決めていたし、今後の生活のために漁師という職を選んだ。父もしていた仕事だし、嫌いではなかった。むしろかっこよささえも感じていただろう。


『でも、お前には俺は、大学に進学してほしいと思うんだ。確かにこの島で働くことも悪くない。むしろ歓迎されるだろう。しかし、それが本当にお前にとっての幸せなのか、今の俺にとってはとても思えない』


 智のことを思い出す。彼が進路を決めるときは特段話をしなかった。どうして彼は外の世界に行くことを決めたのか、俺には明確にはわかっていない。だが一つ確かなことは、それによって彼は外も中の世界を知ることができた。俺の知らない世界を、智は知っていた。


『井の中の蛙大海を知らずって知ってるか?ずっと小さな世界の中にいると、小さな世界のことでしか考えることができない。俺が大希に大学に行けと言ったことを覚えているだろ?それだってそうだ、大希は目の前の俺を見て育った。そして俺が一度死んでからも俺の背中を追い続けた。あいつにとっての未来には、俺の背中しか見えていなかったんだ』


 それを見ていたころは、まだ仁は10歳でしかなかった。だからピンとこなかっただろうし、とりあえず俺に体を託すということしか考えてはいなかっただろう。


『お前の人生はなんだ?このようにして人生を得た俺を、残された母さんの人生を取り返すための人生なのか?そんなしょうもない恋愛ドラマのようなことを願うなら、俺は今すぐにでもお前の前から消えることを考えるが……どうなんだ?そういうふうにしか、世界を見れていないんじゃないか?』


 少し話し過ぎただろうか、生前のように、まくしたてたとて疲れはしないが、そろそろあいつの話を聞きたい。

 どう思っているのか。俺の考えた通りではないのか。そしてもしそうなら、俺はどうやって消えようか。


 ずっと考えてきたことだった。俺はこうして生きていたとて、どうにかなる人生ではない。父親としてまだ必要とされるならまだしも、一人の男として、由利を愛した男としての人生を歩むことはもう、できやしないのだ。


 メール越しではできよう、しかし、由利と笑いあったり、隣に立っていることはできない。

 どうあがいたって俺の体は海の底、といってももう今となっては食べられ、分解されて形すらないだろう。もう俺の体は何度も舐めたあの海の水と一緒になっている。

 だからこそ俺の存在が子どもの人生をそんなことのために縛るくらいなら、俺はいっそ消えてしまった方が幸せだ。


 ……それに、会えるはずのない由利をずっと偽りのまましばりつけるのも辛いのだ。最近はむしろ、だましている罪悪感やそういうものに縛られたまま、幸せを感じることなくメールを淡々と返している。

 そんな偽りの幸せが、苦しいのだ。


 だからこそ、俺はお前に、お前の人生を生きてほしい。

 お前のためにも、俺のためにも。

 なあ、聞こえてるんだろ?心の声を聴いているんだろ?

 これが俺のすべてだ。だからお願いだ。

 俺の人生で、お前を縛らないでくれ。その一心だ。

 そう願ったが、仁は黙ったままだった。

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