第22話 幸せのかたち
中学の卒業を前に、仁は告白ラッシュに合うことになった。春の修学旅行から、高校受験を終えた三月にかけて。
告白されるたび、密かに悲しい顔をする姪と、困惑している息子に挟まれ、俺は何とも言えずにいた。
そして、やはり断ることに決めていた息子は自分のことのように傷ついていたようだった。
『断るのってさ、なんか気持ちが重いな』
人を傷つけることを嫌っており、平和主義であるがゆえに、自分の手で傷をつけるのはやはりそれ相応に辛いことのようだった。
悪く言えば臆病、よく言えば優しすぎな性格。
気にすることはない、なんて言ったところで彼の気持ちが晴れることはないだろう。彼はそういう人間なのだ。
それに、現に何度も無理をさせている人間がいうことではない。
この世界に降り立った途端、亡くなったはずの父というもう一つの存在が自分の中にいて、自分勝手に動いたり、くよくよ悩んだりしている。自分より年を重ねているくせに、時には自分より頼りなく、大人げないこともあった。また、父という人格のせいで明らかに普通の子どもではないと周りから見られたり、ついには父の人格の存在がバレた家族などの人間に、自分を無視されるような会話や言動をされたり。
それを笑って許してきた仁の優しさは、俺が痛いほど知っている。
そのせいで、自分を出すことがなかなかできずにいたことも。
誰かを助けるための、一歩を踏み出す勇気を持てなかったことも。
助けたいけれど、自分が助けることでより傷つくのを恐れていた。
自分がそれだけ、無力な存在だと分かっていたから。
本当は俺が助けてあげれば、助けることもできたかもしれない。
しかし、それはあくまでも俺だから。
優しくなんてない、時に冷酷になれる、自分勝手な俺だから。
深入りしようとせず、放置してしまった。
それが結果、悲しい結果を招いてしまったことは、別の話として置いておこう。
決して仁のせいではない。動いたところでどうなっていたかなんてわからない。
そう考えるあたりが冷たいのかもしれないが。
これを実感したのも仁のおかげだ。昔はそんなことなど考えたことがなかった。
昔は精一杯生きてきたから。
だから本当は、堂々と人生を語れる立場ではない。
だがしかし、下世話な話だが、お互い思いあっているのに、どうしてどちらかが告わないのだろう、と思ってしまう。そうすれば仁は傷つくことなく、緋夏は悲しい顔をせずに済むのに。自分が過去それほどうまくやった訳でもないのに、そう勝手に思ってしまう。
そう思ってしまうのはやはり、息子として仁を大切に思っているからだろうか。自身は人の幸せを容易く願える、そんな温かい人間ではないと俺は思っている。
もしかしたら仁の幸せとして、考えていないのかもしれない。
ただ自己満足で、恋愛小説の続きに焦らしを切らした読者のように、結果を求めてしまっているのかもしれない。
『ねえ、父さんはどうやって母さんと付き合ったの』
息子はある日、自分のベッドに横たわって電気を消した暗闇の中でそう言った。
きっと誰かの顔を思い浮かべているであろう。誰かなど分かっているがあえて口にしない。
『俺は……』
俺は昔の記憶を呼び返す。思い出の数々がかつて見た走馬灯のようによぎっていく。これが息子にも見えているかは知らない。
好きになったのが出会ってすぐだったというのは、仁も同じだろう。
小学生時代から俺には智というライバルがいたけれど、仁にはいたかどうかは覚えていない。多分いない。それほどに仁が緋夏にべったりで、誰も近寄ることがなかった。
(昔は仁も甘えん坊だった)
林間学校でも見られた通りだ。今はだいぶ大人びてきているが。もちろんどちらが悪いとは言わない。それが仁という人間なのだから。
そして、二人の距離は思春期の変化により極端に変化してしまった。
俺たちはなんやかんや一緒にいたし、他の異性と話すことをしなかったから、小学校の延長のような、そんな関係でいた。
しかし仁と緋夏は、精神が成長した結果仁が依存しなくなったことで、お互いどう関係を築くか戸惑い、話すことが減り、自然と離れていったのだった。
もちろん、二人の気持ちは離れていないが。これは確信している。多分だが。
……そうか。二人の関係は告白以前のそれ、距離が離れすぎていて、どうやって近づいていけばいいのかわからなくなっていたんじゃないか。
成長をきっかけに、勉強や様々な理由をつけて遊びにいったりすることなく、近づくことがなかった距離。
それを改善すれば、彼らにも道が見えてくるのではないか。
『……父さん?』
何も彼には聞こえていなかったらしい、おそらく黙ったままだった俺をいぶかしむような声が聞こえる。
『そんなに悲しい記憶だったの?』
それどころか余計な心配をかけてしまったようだ。俺は思わず笑ってしまいそうになるのをこらえて、そんなことはないと答える。
もちろん大変な時期ではあったが、悲しい思い出ではない。今となっては智とでも笑い話となるような、懐かしい、こっぱずかしい思い出でもある。
『仁、おまえと俺の恋愛は似てるようで全然違う。だからあくまでも参考の一つとして聞いてほしい』
まだ、息子には話さないでおこう、思ったことは。
今はただ、聞かれたことに答えるだけだ。
『昔、三歳くらいの頃に、初めて出会ったある女の子に恋をした、まあ、それがのちの母さんだが』
読み聞かせのように他人事のように語り掛けていると、文字通り昔話のように思えた。




