第20話 知るものと知らないもの
父二人を二人きりにしようと思わず反射的に連れ出した、というのもあるが、こうして胸のうちを妹に話すのは初めてな気がする。
大希は緊張していた。まるで誰かに告白する気分だ。
自分の部屋に引き入れたものの、話が出せない。
「どうしたの、お兄ちゃん」
咲良は何も話さない兄に違和感を感じたらしかった。
「…いや、なんもない」
話そうは言ったものの、何から話せばいいか。
「えっとだな…」
真剣な顔をして聞こうとする咲良の顔を前にすると、やはり言葉が出てこない。
「お兄ちゃんはなんで私と二人で話そうと思ったの?」
咲良が助け船を出すかのように話を切り出す。
「そうだな…まずその話を聞いてどう思ったかとか、そういった感じの話だな。昔は一方的に怒りつけてただけだった気がするから……昔の話をせずにわかっていなかっただろうけど……こうして今大きくなってからこんな話を知って……どっちの父親も大事にしていた咲良だからさ、どう思ってるかと思って」
不思議だ。一回話し始めると、話は流れるように出てくる。
まるで、言い訳するときみたいだ。
「そうだね…」
それに対し、咲良は真剣に考えてくれる。いつでもまっすぐで、その姿勢がずっとうらやましかったりした。
「正直、お父さんに対する基本的な気持ちは変わらないな。死んじゃって生き返ったって話聞いたって、生みの父親、育ての父親っていうのは変わらないから。でも……お兄ちゃんを責めるわけじゃないんだけど、お父さんが―生んでくれたお父さんが仁の中にいて、ずっとそばで聞いてたんだって思ったら悲しくなったり、育ててくれたお父さんがあんなに一生懸命で、悩んでたなんて知らなかったから……」
「それに関しては俺も、悪かったとは思ってるよ……」
生まれ変わっても大切にしてくれていた父さんの前で、あんなの父親じゃないだとか言ったり、自分の子どもじゃないのに、一生懸命大切にしようとしてくれた育ての父親を父親じゃないなんて言ったりして……。
誰よりも父さんに帰ってきてほしいと望んでいたはずなのに。父さんに甘えたいと思っていたはずなのに。きっと誰よりも、父さんを待っていたのに。
素直な感情を抑え込んで、出せなくて。
咲良が少し困った顔をする。
「違うの。お兄ちゃんを責めるつもりなんてないってば。私は何もわからないまま、ずっと呑気に仲を取り持とうとしてさ……それが正しかったのかわからなくなってきたんだ。当時の話を聞いた時、お父さんのことだけじゃなくて、お母さんだとか、お兄ちゃんの気持ちも考えたの。言葉を話せなくて、状況を理解できてなかった私と違って、状況もわかっていて、訳もなくお父さんが姿を消してしまったら……どう思うんだろうって……」
咲良は優しい。いつだって人の立場に立って考えようとする。
それをしてこずに主観的にものを考え、ああだこうだと意見を押し付けた兄は、本当に兄といえるのだろうか。
「正直……私も怒っちゃうんじゃないかって、思っちゃった。今はこうして居場所がわかって、近くにいるってわかったから何も感じないけど、もしその場に一人の人間としていたら、お父さんのこと、責めずにはいられないんじゃないかって……」
「咲良……」
こうやって咲良が無邪気に笑っていたのは、咲良が何も知らず、ただ恨むことなく生きてきたからなんじゃないかって思ってしまった。純粋な、サンタの正体を知らない頃の子どもみたいに。
それが本当かなんて誰もわからない。だけど、一つ言えるのは……。
咲良という人間は、そのまま、最初から真実を知らないまま生きていたのが正解だったのだ。
誰もかもが恨んで悩んで離れている中に、繋ごうとする人間が必要だった。
そうじゃなきゃ、この家族関係は破綻していた。
「俺は咲良に感謝したい……ありがとう」
「なんで感謝するの? なにもわかっていなかったのに……」
咲良は不思議そうに俺を見る。何もわかっていない目だ。
そんな妹に全てを伝えるのが正しいかなんて知らない。
「お前がお前でいてくれたから、こうして今があるんだ」
「ふうん……?」
よくわからない、と言わんばかりに首をかしげる咲良を見ながら、俺は育ててくれた父親―智さんの目から見た真実を知りたいと思った。
「なあ……智さんの話を聞かせてくれよ」
「智さんって……これもやっぱり……」
「そうだな。父さんって何となく呼べない」
今まであいつだとか言ってきたし、今だって突然父さんだとかすぐには言えない。
少しリスペクトをこめたつもりだった。
「……父さんって呼んだほうがいいかな」
「別に無理しなくていいと思うよ。それに私もどっちもお父さんって呼んでるから区別しなきゃとも思ってるんだ」
そう言って笑ってから、咲良は詳しく話を聞かせてくれた。
まるで、少し遠い国の話をするかのように。
その話を聞きながら、大希は智さんの苦労に心を重ねた。
夜ご飯の時間になって、皆が食卓を囲む。
由利以外の四人は、真実を知ってからいつも通りふるまえない。
「どうしたのよ~、みんな」
そういう由利もテンションが高いのを隠せない。多分俺のせいだろうな……と思っている。さっき返信してから、しばらくメールのやりとりが続いたのだ。
「なんでもないよ」
智がそう答えて、ねえ、なんて皆に共感を求めている。
俺や咲良、大希は何も言えず苦笑いしている。
「ほんとかなあ」
由利は主に大希を見ながらそう言った。確かに由利が気にする通り、大希が笑っているのは、確かに珍しいことだ。
皆が笑う食卓を囲んだのはいつぶりだろう。
その日の食事はいつもに増しておいしく感じた。
浦島太郎編はこれにて終了です。
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