第18話 玉手箱を開けた後
話を聞き終えて、俺はひとつため息を吐いた。聞いた話について、どう言えばいいのか分からなかった。
俺が由利と結婚した時とは真逆で、壮絶な人生を歩んできたことを知った。
かつての智も、なかなか壮絶な人生を歩んできたことを知っている。
智自身も父親を離婚で失い、母子家庭に育った。全ての母子家庭が不幸せだとか、差別するとかではないが、側から見ていてなかなか大変だったと思う。
現に、肝っ玉母ちゃんと呼ばれた智の母親と智は良好な仲だったが、やはり金銭的な面などで苦労が多く、智としても父親がいないことは寂しいようだった。
だが、本人からはそのようなことは絶対に話さないし、一面さえも見せない。へらへらと笑って、ふざけ合って、何気なく会話で発される父さんという言葉にも顔色ひとつ変えることなく明るく話し続けて、周りの人間はみな智に父がいないことなど忘れてしまったかのように見える。
望まぬして事情を知っている俺から見るとその様はまるでピエロだった。そして俺はピエロが踊り狂う様子を、黙って見ていた。それがいいのだと思ったからだ。智もそれを望んでいた。真実を覚えているのは幼馴染の俺だけでいいのだと。
そんな俺たち二人きりになった時、たまに愚痴を漏らしたりしてやっと仮面を外して感情をあらわにしている……ように見える智だが、それでも智の顔には仮面が残っていたように俺は見えた。
なぜそんな顔をするんだ、と聞こうとして何度やめたことか。その度、俺がなんらかのことをする必要もないし、本人が助けを求めるほど不自由がなければ大丈夫だと割り切り、深く踏み込まなかった。自分のことで手一杯だったというのが正直なところかもしれない。それで正解だっただろう。
付かず離れず、適度の距離を保ったままの関係が、たかが幼馴染の俺達にはちょうどよかったのだ。
現に智は島の人間にしては少数派である進学、就職までできた。理想としていた道をたどったことだろう。心から望んでいたかは知らないが、生活には困らない。
連絡だって智が島に戻ってくるまでしていなかった。島に戻ってきたって、普通の友達程度だ。昔まではそれでよかった。お互い。
しかし、今となっては色々と変わってしまっている。関係も、問題も。
今は俺たちは望まぬ形ではあるが、家族となった。そして俺が全ての元凶で、何とかしなくてはならない。というか俺の問題でもある。
それは今回解決した大希の問題だけではない。
ずっと苦しんでいる由利や智を助けてやることも必要なのではないか。
そのために、なにができるだろうか……?
「終わったかー?」
扉が開いて、間抜けな声がして見上げると、やはり智がいた。
「……どうした?」
先程の話を聞いたら、俺は智の顔から目が離せなかった。その様子を怪しんだらしい。
「……咲良、まさか……」
智は咲良の方を見た。声は心なしか冷たく、その顔は少し怒っているように見えた。
「……もしかして言っちゃいけなかった?」
「ん……まあ、大体のことを言うつもりではいたけど……」
智は気まずそうに再び俺の方を見た。
「こんな顔させるほど、話すつもりもなくて……咲良には、聞かれたのもあるけど、大希への理解のためにも、今回のことを知っておいてほしかったから答えただけだ」
どうやら智はここまで来ても、俺を昔の関係から変えるつもりはないらしい。
咲良は俺の顔を見て、悲痛な表情をする。
その表情は、たまらなく由利に似ていた。
俺はそんな悲しませる顔をしていたか?
「……ごめん……なさい」
やめろ。そんな顔すんなよ。
「謝るな……咲良は全然悪くない」
思わず口から出た。怒りが抑えきれなかった。
怒りを抑えたくて、咲良の背中をなでる。
「悪いのはお前だ。智」
「そうだな、ちゃんと口止めしなかったから……」
やっぱりわかってないじゃないか。
「……違う」
「違うことないだろ」
どうしてそこまで隠そうとしたんだ。心なしかさする手が荒くなる。
「違うって言ってんだろ!」
「じゃあなにが悪いって言うんだよ!」
「父さん」
扉が開いて大希が顔を見せた。厳しい表情をしている。
「母さんが心配するからボリュームを下げて話してくれ」
その一言で二人は冷静になる。
「「あ、すまん」」
思わず二人そろって答えてしまって、顔を見合わせた。それを見てか、咲良が笑った。なんだか安心した。
「……っていうかそんなに冷静さ失うほど何の話してたんだよ」
呆れた大希にそう言われてしまっては面目が立たない。なぜこれほど、感情が高ぶってしまったのだろうか。我を忘れるほどに。
「私が……お父さんから聞いたままを話しちゃったの。昔の話」
「……」
咲良の言葉に大希も苦い顔をする。
「……ごめんね。お兄ちゃんのつらい気持ちも……」
大希は少し顔をほころばせた。妹に見せたことのない笑みだ。大希は今回の件で嘘のように丸くなった。
……いや、ほんとはこれほどに優しい子なのだ。頭を撫でて、咲良の緊張を和らげる。
「咲良、少し二人で話そう」
「……うん」
大希が一人の男になったのだと、その時ふと実感した。大きくなったのは背丈だけでなく、背中もだった。
「俺たちもきちんと話そう、智」
俺たちも、このまま成長しないでいないわけにはいかなかった。
「ほんとに、なんの話してるんだろ」
一人きりのリビングで、由利はメールを打ちながらつぶやいた。




