第17話 玉手箱
ついにこの話を知る時が来た。玉手箱をあけるように、俺の空白が埋まっていく。
五年の時が埋まっていく。
埋まったところで、俺の年月は由利たちに追いつくことはないけれど。
ちなみに、俺と智をどちらもお父さんと呼ぶ咲良は、話す上で言い分けることが出来ていないが、何となく分かるので問題にすることはない。
時は十五年前に遡る。
友人と酒を飲みに行ったきり、帰ってこないかつ音信不通の俺を心配した由利の声で、大掛かりな捜索が始まった。しかし、何も見つからなかった。次第に皆は俺は死んだものと諦めはじめた。
しかし。
「慎二が死ぬはずがない! どこかで生きてるに決まってる!」
「父ちゃんはいるんだ!」
諦めない二人がいた。由利と大希だった。
それを見ていた智は悟った。きっとこの二人は、俺の死体が見つからない限り、俺が生きていると信じ続けると。
それならば、俺をこの二人の中で生かし続けよう、と。
そこで、皆に協力を頼み、俺がどこかに行ってしまったが生きているということにした。
そして、偽装は始まった。
自宅に置き忘れていた携帯を由利にばれないよう回収し、仏壇をはじめとした、俺の死を彷彿とさせるものを由利の目に入らないようにした。死を知った時、由利がどのようになるか、大希がどのようになるか、知っていたから。
智は知っていた。由利がどれだけ俺を愛しているかを。大希がどれだけ俺を慕っているかを。
しかし、由利はまだしも大希は智の思う方と別の方に向いてしまった。
いなくなった俺を憎みはじめたのだ。
そんなつもりで隠していないのに。ただ大希を傷つけたくない本心でいたのに。
そうか、父親がいないことが寂しいのか。
智はふと、そんな風に思った。
周りは父親がいて当たり前な環境。その中で母親しかいないことに、寂しさを感じているのではないだろうか。想像した。想像で埋めるしかなかった。想像で埋めてでも、二人を救いたかった。
その時、智は決意した。
父親がわりとなって、大希のそばにいることを。それだけではなく、由利を支えることも。
そして交渉は始まった。
死んでない俺の代わりに夫、父親になるなんていうのは普通受け入れがたい。それをいかに納得させるか。それはまるでパズルのようだった。
そしてまた、由利を思うたび中学時代の想いが智には蘇ってきていた。俺と由利が付き合いはじめたことで封印した想い。それが溢れ出してきて、止まらなくなった。
それと同時に、結婚しなくては、から結婚したい、へと気持ちが変わっていった。
その上で書類上俺を死亡させることも考えたようだが、携帯の契約がそれを止めていた。
その時には携帯の着信はすでに、携帯の保存可能量を超えようとしていた。
苦渋の決断の末、智はスマホを購入した。
誰が見るわけでなくても、消すわけにはいかなかった。まさか本人が生まれ変わって息子として現れるなど、その時は露たりとも思わなかった。ただ贖罪として、お金を払い続けた。
死を隠したことに対する贖罪として。憎まれる者とした贖罪として。
金銭面などを理由とし、ついに由利も結婚話に折れた。夫である俺はずっと帰ってこないので、由利がパートをして生計を立てていたが、ついにそれも限界が訪れたようだった。
そして……。
智と由利は、結婚することになった。
結婚式は厳かに行われた。
笑い声はなかった。
最低限のシステムのような、そんな感じだった。友人も呼ばない、いわゆる形だけというやつだった。それに誰も、笑顔を無理やり張り付けたような花嫁にかける言葉すら思い浮かばなかった。
智は文句を言えなかった。結婚式だけでも開けてもらえたことを感謝した。
お互い愛し合った結婚ではないのだ。ずっと片思いのまま。
結婚後、実際に生活が始まった。父親となった智だが、大希からは疎まれ、何も知らない咲良は懐いてくれた。慎二を想い続ける由利だが、つらい状況の中でも最低限の妻としての務めを果たしてくれた。いい家族関係とは言えなかった。それでも自分のしたことは間違っていないと思い続けた。そうでなければやっていけなかった。
大希の不機嫌そうな顔が不安を募らせ、咲良の無邪気な笑顔がそれを安心に変えていた。
そして由利を支えるため、智はがむしゃらに働き続けた。上司は理解のある人で、有能な部下である智は色々と支援してもらった。
ただ、帰りはどうしても遅くなった。どんなに急いでも、深夜を回る日もあった。
時々、これが正しいのかわからなくなった。それでも、智はくじけなかった。
ある日、たまたま見たテレビ番組をきっかけに、自分の子どもが欲しいと思ってしまった。別に今いる二人の子どもに不満があるわけではないが……。
本来の目的から離れてしまっているのに、由利は許してくれた。
『助けてくれているお礼』とのことだった。
そして子どもが生まれた。その子どもは妙に大人びた表情をしていた……。
彼の話を信じるか信じないかは、あなた次第…




