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SaLt  作者: 蒼海 游
浦島太郎
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第15話 父と子②

この話は14話からの続きとなります。

 智からそれを見せられて、大希がまだ、漁師になりたいと思っていることを知ったとき、俺は驚きしか感じなかった。

 あんなにも俺を憎んでいたのに。


 いや、別に漁師が悪いとは思わない。漁師の数は全国的に減っているようだし、大歓迎されるだろう。だが、訳を知りたかった。

 世界を知った今も、漁師を目指す理由を。


「どうして、漁師になりたいんだ?」


 大希は表情を変えなかった。


「小さい頃に見た、父さんに憧れていたんだ。ずっと父さんみたいな男らしい男になりたかったから」


 大希の答えに呆気にとられた。憎んでいることは知っていても、憧れられていることなどもうないと思っていた。


「なぜ、俺なんかを……それに、漁師でなくてもいいだろ?」


 俺も父親に憧れ、漁師の道を選んだ。

 ただ、大希と違うのは、圧倒的に金銭が足りなかったのも理由に加わる。

 大学進学のための金銭が。

 だが俺たちは、そうやって選択肢を絞ることがどんなに苦しいことか分かっているので、あらかじめ貯金していた。智もそれに貯金してくれているらしい。そして、智によるとその貯金額は今、二人の大学進学を可能にするほどあるはずだ。そのうち、三人分まで膨れ上がるかもしれない。


「聞いたよ、父さんが漁師の道を選んだ訳。それと今は状況が全然違って、恵まれていることも。だけど……オレは漁師になりたい。その意思は変わらないんだ」


 大希は昔のような無邪気な笑みを浮かべた。


「オレは海が好きなんだ。海から生まれたオレたちだけど、まだ知らないことがいっぱいあって……父さんが旅した世界を、話だけじゃなくてこの目で見てみたいんだ」


「…そうか」


 それだけ夢見られているのなら、俺も嬉しいが……。


「じゃあなぜ、白紙で出した?」


 漁師を目指すことを恥ずかしいと思っている様子はない。それならなぜ、白紙で出したのか。

 迷いがあったのかと思っていたが……この様子からしてありえないと思った。

 一変して大希の顔は暗くなる。


「それは…父さんが一番分かってると思うけど、母さんが反対すると思うんだ」


 俺が死んだかもしれないと思っている海での仕事。海へと近づけたがらない由利が海の仕事を許すだろうか。

 とてもそうは思えない。だが……。


「そうだとしても、一度言わないと、進路が決まってないと思われるのも同然だろ?」


「言えたら言ってたさ。母さんを傷つける覚悟が、オレにあれば」


 漁師になると言えば、きっと頭によぎる俺との記憶。それが由利を傷つけるのだと、大希は分かっていた。


「……なんで、母さんには言えないんだ?生まれ変わったという事実を。そうすれば、オレは……漁師の夢を語れるようになるのに。進路が決まったって、喜んでもらえるのに」


「……本当にそう思うか?」


 俺が海で死に、生まれ変わったという事実を知ったところで、本当にそうなるだろうか?

 俺を失うことになった海を憎み、反対されないだろうか。


「……じゃあさ、どうすればいいんだよ」


 大希は言葉を荒げる。唯一の方法と思っていた方法を否定されて、どうすればいいか分からなくなってしまったようだ。

 答えに詰まる。二人は大希に進学してほしいのだろうが、第一、大学に行ってもいない俺は大学について知らないし……。

 ……大学に、ついて?


「……なあ、大学にはどんな学部があるんだ?」

 俺がそう言うと、大希は膨れっ面のまま資料を取りに行く。また大学に行け、と言われるのだろうと思ったのだろう。自分では全然見ていなかったのか、資料は新品同様だ。

 受け取った資料を読んでいるうち、目に留まった学部があった。

「……この、水産学部、ってのはどうだ?」

 海に囲まれた俺たちの住む県は水産業が盛んで県内の大学にも水産系の学部がある。そこではどうやら、海などの水圏に存在する生物資源を対象に自然科学や技術開発、海洋の生物化学資源の応用・利用に関して数多くの教育や研究が行われている……らしい。全然分からないので、パンフレットを読んだままであるが。俺にも分かるのは、確かに大希が言うように、海洋にはまだ俺たちの手の届かない領域も多く残されていて、未知の生物や何やらが解明されないまま残されているだろうということだ。学問的にも、経済的にも無限の可能性が残されていて、大変面白いと思う。

 それを、漁師として海を旅するより前に、大学で学ぶのもいいのではないだろうか。

 とりあえず大希にパンフレットを手渡し、読むように促す。大希は先程と同じように、膨れっ面のままだった。ただ、きちんと目を通しているようには見える。内容に関しては多少興味がありそうだ。

 大学に行くことで皆を安心させられるし、大希は知的好奇心を満たせる。一挙両得だと俺は思うのだが。


「海をよく知るのは、漁師にとって大事なんだ。俺は、海についてよく知ってるつもりでいたが、多分学者さんの方がよく知ってると思うぞ」


 大希がはっとした様子で一瞬パンフレットから顔を上げる。そして先程と異なり、真剣にパンフレットを読み始めた。受験するか否かを考えはじめているのかも知れない。

 昔は、長年の勘で釣りを学んだ。しかし、長年の勘よりも知識の方が確かで、最近は色々な分野でその風潮が見られる。


「海のことが知りたいなら大学へ行ってみろよ。そして、その後漁師になりたければなればいい」


 卒業する四年後。その時にまた考えればいい。漁師を選ぶか否かを。


「漁師になるために……大学か」


 考えたことのなかったであろう選択肢に、大希は少し考えてから頷いた。


「いいかもしれないな」


 進路に関して、無理強いはしないつもりでいる。だけど、大学に行く理由を見つけられないまま、大学に行けと言われても不快なだけだ。

 ましてもや、漁師を目指しているならば。

 それならば、理由を見つけてやればいい。

 今回の提案も、もしかしたらそのうち却下されるかもしれない。それでもいい。そこから発展してでも、進む道が決まるのであれば。


「ありがとう」


 姿形がかわっても、俺は大希の父親だ。


「気にすんな」



 心からの大希の笑顔が、とても嬉しいと思った。今まで、怒った顔しか見てこなかったから。


「話、終わったかー?」


 扉が開いて、智の間抜けな声が聞こえた。盗み聞きでもしていたのだろうか。


「まあな」


 ふっと苦笑いしたところに、さらなる難題。


「じゃあ、次は咲良が話したいってさー。ったく、どんだけお前好まれてんだよ」


 思春期真っ只中な娘と、父親として初めて話すという難題だ。

 何を話せばいいのやら。俺は密かに頭を悩ませた。

兄は解決しました。まだまだ家族問題が続きますが、お付き合いいただけると。

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