第14話 父と子①
この話は11話から続けて読むことをお勧めいたします。
気まずい空気が流れる。
「……何で、そこに……」
バレたのが由利でなかったのがせめてもの救いだと思った。
「ごめんなさい。私はここにいては……」
出ようとする咲良を智が引き止め、扉を閉めさせた。
「……何で聞いてたんだ」
智の低い声が今までになく怒っているのだと分かった。
「私たち、テスト期間で帰るのが早くて……お母さんに頼まれて、お昼の時間だって、伝えようとしたの。そしたら……」
咲良が申し訳なさそうに頭を下げる。謝らせるつもりはなかったので、その姿を見ると心が痛む。
「……咲良の様子が気になって」
一方、大希は俺から目を離さず言った。智のことはどうでもいいようだ。
「……で、本当なのかよ?本当に父さんいるのかよ?」
そのまま俺から目を離さないのは、俺が仁と共にいると分かっているのだろう。
こうなったら逃げられない。
「……そう、だな」
そうとだけ言うと、立ち上がる。
「ご飯を食べよう。この話は由利—母さんには内緒な」
遅いと由利が来る前に、お昼へ向かうのが正解だと思った。
それを理解したらしく、皆は動き始めた。
「あれー、みんなで何話してたのー?」
何も知らない由利は楽しそうにそう言った。
「男同士の話に二人が入ってきただけだよ」
智はおおまかに本当のことを言った。
すでに今最近の智に戻っている。弱音を吐く智ではない。
意味ありげに俺を見るのも変わらない。
「お父さんと話をしてたんだ。お父さんと話すことあまりないから」
俺もおおまかに本当のことを言った。
「そうなんだ。お父さん、今日は会社休みだもんね」
お父さんという言葉に敏感に反応する大希が横目に見えた。
咲良は静かに食べていた。
昨日の食卓が嘘のように静かだった。
「それで、どんな話したの?聞かせて」
由利が静けさに耐えられないかのようにそう言った。
「男同士の内緒だよな、仁」
「うん」
智は楽しそうに笑っている。まるで小さな息子に向けるような笑顔だ。さすが役者と言わんばかりだ。
「何でよぉ」
由利が唇を尖らせ、不満そうにするが教えられない。
由利にだけは言わないと決めたのだから。
早めに平らげた大希がごちそうさまと言うのを合図に俺たちは食卓をばらばらに去っていく。
由利以外、向かう場所は同じだ。
「……つまり、仁に父さんが共存している……んだよな」
理解力が高い大希はすぐに仕組みを理解したらしい。だが、まだ信じられないようだ。
「……なんで?」
「なぜ仁に、かについては俺も分からない……けど、由利—母さんのそばにいたいってのが大きかったんじゃないかって思ってる」
求める答えがこれかは分からないが、俺が分かる全てを話す。にしても、事実だろうと一緒にいたいなんて言うのはなんだか照れくさいな……。
「……ごめんなさい」
すると突然、大希が俺に向かって頭を下げた。
突然のことに俺は驚く。
「ど、どうした?」
「オレは……父さんを憎んで来た。いなくなったものと……どこかで母さんを嘲笑っているのだと……思わずにはいられなくて。死んでいたとは知らなかったんだ」
真実を知らされていなかったのは由利だけではない。その子どもたちである大希、咲良にさえも知らされていなかったのだ。
恐らくそれは、由利に知られないためなのか。もしかすると子どもたちにもかもしれない。
実家に俺の仏壇がなかったのも、置く写真も家族写真程度に抑えられていたことも、それが全てだったのだ。
「……お兄ちゃん」
悪いのは大希ではない。大希にとってこれは仕方のない話だったのだ。
「何を言うんだ、憎まれて当然だ。こうなった理由を忘れたか?酒を飲んで酔っ払って溺れて死んだからだ。死ななければ、溺れなければ、酔っ払わなければ、あの日酒を飲まなければ、こんなことにはならなかった」
あの日まであまり酒を飲むことはなかった。たまらなく辛くなった時には、塩を舐めた。
今でも時々、そうすることがある。
例えば泊まりの日。耐えきれなくなってご飯を塩味にして食べた。
例えば学校の給食。ランドセルにはいつも塩が入っている。
不安になった時、塩が救ってくれる。
摂りすぎると身体を蝕むが、俺だけの特効薬だ。
なのに……俺はあの日、酒に溺れてしまった。
友人たちが飲むからと、飲まなければよかった。
酒に強いタイプではないと、自覚していたはずなのに……。
「だけど、過去を悔やんだところでどうにもならないのも確かだ。こうして真実を知った今、父と子の元通りの形で接するのもいい。だけど、それで智や仁をこの家族から消したくない。俺が死んだことで、得られるものも確かにあったんだ。つまり、俺が言いたいことは……智や仁を、家族として忘れないで欲しいんだ」
露骨に見えた、智への不信感。人として、ではなく、父親として。
それを見る俺はどうしようもなく悲しくて。
死んだ自分を何度も悔やんでしまう。
自分が悪いのは確かなのだが、死んだことで周りが皆不幸せに思うのも悲しい。
幸せにしようと奮闘する男の姿を見てきたから。
嬉しそうにこちらを見なくてもいいから前を向いて欲しいのが本心でもあるが。
その気持ちと一緒に、この真実を知った上で分かっていて欲しいことがあった。
仁の身体に俺もいるが、あくまでも俺はこの身体の持ち主ではない。この身体は仁としての人生を歩んでいくし、俺もそれを一生懸命支えるつもりだ。あくまでも俺はサポート役としてこの世に存在するわけで、俺メインでの生活は出来ない。
だから、この身体を見て、即座に俺を思い出さないで欲しい。
これがせめてもの、仁への贖罪にでもなればいい。
「……分かったよ。でも今日一日くらいは、父さんと話したい」
大希の目は俺から離れない。そこまで思われてるとは想定外だ。
そこで智に目で合図をし、咲良と一緒に退出させた。咲良は頬を膨らませながらも智に連れられ去った。それを確認してから、俺は口を開いた。
「それは、このことか?」
俺は先程見せてもらった紙を見せた。
そして指差した。
非常に薄い文字を書いた跡を。
「……まだ漁師をめざしているのか?」
幼い頃の大希の笑顔が、声が、呼び起こされた。俺の顔を見て、漁師になるんだと言ったあの頃の。
大希はそれと同じように笑った。
「……そうだよ、父さん。オレは漁師になりたい。その思いは一つも変わっちゃいない」
その眩しい笑顔に、返す言葉を探した……。




