第12話 家族会議
11話の続きとなっておりますので、11話から読んでいただくことを推奨いたします。
この時間に話すこととは、何なのだろう。話に入れないと分かっていても鼓動が自然と高まる。これは緊張による高まりだ。
「…まだ、進路が定まらないのか」
「そうみたいで…進路確定表が真っ白なの」
どうやら、大希の進路についての話らしい。
まだこの時間なら起きていそうな当事者は今はこの場にいないようだが、本人には内緒での話なのだろうか。
「見せてみなよ」
しばらく沈黙があったのち、智はため息混じりに言った。
「…こんな時、僕がアドバイスしていいのか?」
智がそう言う訳は分かっている。生物学上の父親は俺だ。しかも、大希は智を父親認定していない節がある。
「嫌?」
裏でこんな大問題が起こっていたなんて俺は知らなかった。俺には表面上の大希しか見えていなかった。
そりゃそうか、今は父親としてここにいるわけではないのだから、全ては見えてこない。
ただでさえ俺たちは、大希とあまり話していない。
「嫌……ではないんだけど……果たして、僕の話を聞くだろうか」
智はあまり大希に説教をしない。嫌われるのが嫌だというのがその訳らしいが、それをせずとも嫌われているのは残念ながら変わらない。なぜかは俺にも分からない。
「そうなのよ……」
由利にもそれは分かっているようで、大希にとって智は法律的には父親なのだが、何か感じているようで無理に父親として接するよう言うことはない。
だが、今回は相当由利も滅入っているようだ。父親である俺も本当は助けてやりたいけど、助けてやれない。慎二として、夢にでも出られたらいいのに。
某探偵漫画の少年みたいに声を変えて電話したり、メールしたり、元の姿に戻れたらいいのに。
そうだ。俺の携帯はどこに行ったのだろう。由利に持つように言われて持たされた携帯を、俺はあの日どこへやっただろう。
持ち運んでいただろうか。
それとも、置き忘れていただろうか。
だけどあの日、携帯を持っていた記憶はない。
「でも、僕はしんじ……てるんだ」
わざとらしく空けられたような間とその言葉に、俺は反応せざるを得ない。そして同時に、戸惑いを隠せなかった。
物音を立てなかったので、気づかれてないはずだが。
……わざと……なのか……?
そんな戸惑いをよそに、智は何事もなかったかのように話し続けていた。
「たとえ今は迷っていても、大希ならいつか夢を見つけられるって、信じてる」
「どうやって?」
理想論を並び立てるような智の言い方に腹を立てたようで、由利は少し棘のあるような返しをした。
「まぁ、僕に任せてよ。ちょっとこれ、預かるね」
へらへら笑った智は、何か企んでいるようにも見えた。嫌な予感がして、俺は思わず自分の布団に逃げ込んだ。
それに智が気づいたかも知らない。
翌朝、俺は平穏に見せかけて内心焦っていた。
智からの視線が怖い。別に怒ってるとかではなく、ずっと何かのタイミングを狙われている気がする。昨日の件と相関があるはずだ。
……ということは、やはり俺の正体はバレているのか?
俺は、どうすればいい?
今までより増して緊迫した状況に、俺は慎重になった。
運動会による休日を、初めて恨んだ。
智は今日、仕事を休んだらしかった。
「ねえ、君」
背後から呼ばれて俺は冷静になるよう努める。来ることはわかっていた。
「僕の名前は君じゃないよ、お父さん」
普段は仁と呼ぶ智が、君と呼ぶのは怪しい。
分かっているので、騙されない。
「それで騙せると思うなよ」
「何の話をしてるの?」
焦ることはない。あくまでも呆けてみせる。
大希や由利を助けてやりたい気持ちも山々だが、仁を守るべきだ。
『何言ってんの、父ちゃん』
その時だった。突然仁が話しかけてきた。
『僕は平気だよ』
平気、というのは、俺の正体をバラしても平気だ、という意味だろう。
しかし、その声は重みを感じないような明るい声で、俺は焦った。
『…どういうことか、分かってるのか?』
白状する事で起こりうること。これからの生活ががらりと変わる可能性があること。正体を知った人たちはこれからこの仁という人間に対し慎二として接してくる可能性があること。それら全てを覚悟して、その決断ができるのだろうか。
『だって、父ちゃん寂しそうだよ』
『寂しそうって……本当は、こんなことはあるべきじゃなかったんだ……。一人のヒトの器に、二人の自我があるってこと。死んだ人間が、生きた人間に乗り移ること。それによって、どれだけ生きた人間の負担になるか……』
小学校四年生の仁には難しいかもしれない。だけど、これは一生関わらなければいけないかもしれない問題だ。
いつか、俺がこの身体から出る日が来る時、どうなっているのか分からない。その時一緒に仁も死ぬのか、仁だけの身体になるのか。
それまで、この問題には付き合い続けなければならない。
仁には本当に悪いことをしてしまった。本来なら、こんなことを考えなくてよかったのに。
俺がこの身体に入って来なければ、こんなことは起こらなかったのに。
生きたいって、死んでも思い続けて、こんなことになったのかもしれない。
『ったく。くよくよしないでよ、父ちゃん。母ちゃんに嫌われるぞ』
分かってる。由利はこんな俺を知ったら嫌うだろう。だが、俺は。
『そんなの、話さなければいいんだ。まあ元々、死んでないと思われてるから、話すつもりはないがな』
元から墓までこの秘密を持って行くつもりでいた。それがたとえ逃げと見られても。
『何逃げてんだよ、父ちゃん』
だが、決して逃げてるのではない。秘密にしなければならないだけだ。
時々仁の言葉に動かされている俺だが、今回ばかりはゆずれない。
死んでないと思っている男が死んでいて、息子に乗り移っているなんていう話は聞きたくないだろう。そもそも、俺が死んでいると知ってる人物は何人かいるはずだ。その中で、妻の由利が夫の死を知らないというのは普通不可解な話だ。
しかし答えは単純明快。誰かによって俺の死は隠されたのだ。
その訳は分からない。わざわざ俺を悪者にした理由。いるものとした理由。
それらは分からないが、由利のために隠されたのだとすれば……俺は、パンドラの箱を開けようとしているのと同じだ。
開けることは許されない。
それに、俺は別の理由でも話すべきではないと思っていて……。
『母ちゃんのことはいいよ。そういう訳なら勝手にすればいい。でも、父さんはどうするんだよ?逃げ続けるのかよ?』
『……お前はいいのか?もう、父さんからは友だちとしての扱いしかされないのかもしれないんだぞ』
これは俺の問題というより、仁の問題なのだ。逃げるも何も、俺の独断では何もできない。
『いーよ、別に。僕には父ちゃんがいるから大丈夫』
仁は強かった。普段はあんな感じなのに、この特殊な状況を受け入れ、覚悟を決めている。どうしようとぐずぐずしている俺より、ずっとしっかりしている。
『それより、大希兄ちゃんを救ってあげてよ』
人を思いやり、人のために動くことができる。そのような男に育ったことを、俺は誇りに思う。
時々頼りないと感じることはあるが、それは優しさゆえのものだと俺は知っている。
『……分かった』
仁との会話を終えて、改めて智の顔を見た。
こいつも何やかんや言って、人を思いやり、人のために尽くす人間だと思う。今日こうして会社を休んだのにも、大希を想う気持ちが現れているのだろう。
「悪い、父さんの思い違いだった」
今も俺を思って、引こうとしている。
智に無理をさせている。
「…待てよ、智」
俺は覚悟を決め、去ろうとする智を呼び止めた。
智は振り返って、俺を見た。
「話は聞いてる。それで、俺に何を求めるんだ?」
智の目が、大きく見開かれた。
「やっぱりお前……」
かと思うと、涙目になりだすので、俺は焦って部屋に入るよう言った。




