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SaLt  作者: 蒼海 游
はじまり
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プロローグ

 俺たちが出会ったのは海だった。

 決して珍しくはない。

 俺たちは海の見える街に生まれ、海に育てられたのだから。

 出会ったのは三歳だったように思う。あまり当時のことを覚えていないけれど、あの日初めて見た輝くような彼女-由利の笑顔は、忘れることはないだろう。

 その日俺は、恋というやつに落ちたらしかった。

 もっとも、それに気づくにはもう少し大きくならなければならなかったけれど。

 それ以来、塩の味は思い出の味になった。

 辛い時に舐めたら、辛さなんて簡単に吹き飛んでしまうくらい、酒よりも強力だった。


 幼馴染の智は恋のライバルだった。

 智が由利を意識し始めたのは、俺自身の気持ちに気づいたのとほぼ同時期だったようだった。ようするにスタートは同じだった。

 だが、自分の気持ちを智に言わなかった。言うことも考えていなかった。こっちも一生懸命でどうしようかと悩んでいた、告白の怖さを知っていたから。

 それに、智が気持ちを俺に話すまで、恋のライバルであることを知らなかった。


 智が振られたという話を聞いて、もしかして、という期待が高まった。由利のそばにいた男は俺らしかいないからだ。

 一抹の罪悪感を感じながらも、俺は告白することを決意した。中学三年のときだった。


 告白は成功した。涙を流して喜ぶ由利の姿を見て、たまらなく嬉しくなった。

 そして智に言うべきか、迷った。

 きっと言えば応援してくれるだろう。だが、今まで秘密にしてきた分、言いづらかった。


 話すべきか話さないでおくべきか―そんなふうに迷う間も無く、智にバレた。

 笑いながら応援すると約束してくれた智だけど、本当は辛いに決まっている。

 俺は精一杯由利を守ることを決意した。

 それこそ、一生かけてでも。


 付き合い始めて三年が経ったとき、つまり俺らが18歳になり、高校を卒業する日に。

思い立ってプロポーズをした。

 一生由利を守る覚悟を、俺なりに示した形だった。

 涙を流して喜んでくれた由利を、思いっきり抱きしめた。

 付き合う前から応援してくれていた双方の両親から反対が出るわけもなく、すんなりと事が進み、俺たちは三ヶ月後に結婚式を挙げた。

 あの時見た美しい花嫁姿は、俺の一生の宝物だ。満面の笑顔に、純白のドレスがよく映えた。

 改めてこの人を愛して、告白して、プロポーズしてよかったと思えたのだった。


 そして、由利に似た可愛い子どもができて、両親も喜んでくれ、金持ちというわけにはいかなかったけど、漁師という父と同じ仕事をしながら、幸せに過ごしていた。

 こんな日々が、いつまでも続けばいい―そんな風に思っていたのに。


 とある日、旧友と夜遅く居酒屋で酒を飲んだ帰り道につまずいたのが悪かった。運悪くそこは船乗り場の近くで、足元がふらついていたのか、誰かにぶつかったのかは今となっては覚えていない。

 気がつけば、俺は海の中にいた。冷えた身体が海の中にいることを伝えてくれた。

夜の海は冷える。いち早くこの水中から脱出しなくてはならない。しかし、酔っ払った身体が言うことを聞くはずもなく、助けられるのを待つしかなかった。

 走馬灯というやつを見た。

 それが走馬灯と分かったときには遅かった。

 俺は精一杯もがいた。

 死ぬなんて、嫌だ。俺は、由利を守らなくてはいけないのに。

 あの笑顔を。一生かけて。

 死にたくない。

 誰か、助けてくれ。

 顔見ぬ誰かに助けを求めたのは、初めてのことだった。

 誰でもよかった。かっこ悪いと思われてでも、助かりたかった。

 俺のちっぽけな財産だって、くれてやる。

 だから、助けてくれよ。

 まだ守らなければならないものが、俺にはあるんだ…!
















 涙が出そうで、出なかった。

 出せなかった。

 その時、俺は知る。

 俺はもう死んでしまったということを。

 ああ、なんてことだ…。もう俺は何もできない。由利のそばにいてやれない。悲しかった。でも悲しんだところで生き返りはしないだろう。それならば、せめて誰か由利を幸せにしてくれる人がいればいいと思った。

 どんなことがあろうとも、由利が悲しむ世界はあってはならない。笑顔を失わせてはいけない。

 由利、お前が幸せなら俺はかまわない。

 それさえ叶えられれば、俺は幸せだ…。

 …だけど、もっと由利のそばにいたかったな。

 あの笑顔を隣で見ていたかったな…。






















 次に目が覚めたのは、暗闇の中だった。

 もしかして、死んだと思ったのは夢だったのだろうか。

 そうでなくてはおかしい。今こうして、目が覚めたのだから。


 …しかし、ここ、どこだ?

 先ほどと違って、動く感覚はある。しかし、身動きしづらくて、立ち上がれない。何やら狭い空間にいるらしかった。

 手触りで調べてみることにした。

 プニプニする壁。そして、俺を取り囲むのは液状の何か。

 …もしや。

 自分の身体を触る。小さい。

 …それこそ、()()みたいな。


「あー、赤ちゃんが動いたよー!」


 その声は…もしかして。


「お、俺初体験だからすげー興味あんだけど」


 さらに驚いた。


「おーい、パパでちゅよー」


 まさか、こんなことがあるのだろうか。


「元気に産まれてきてねー」


 俺は、由利と智の子どもという形で、意識を保ったまま、もう一度この世に命を授かったらしかった。

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