95、魔石の暴走
鳥魔獣の死体から、魔石が現れ宙に浮き始めた。
そして魔石がまばゆい光を放ち始める。
すでに暴走し始め、爆発の予備動作に入っているようだった。
──やばい。はっきり言ってかなりやばい。
魔石から発せられる魔力は今まで感じたこともないほどの膨大な量だった。
これが暴走し爆発してしまえば、今いる山はもちろん、ここら一帯は消し飛んでしまうだろう。
俺は300年前に島の形を変えてしまった経歴があるのだが、その時を軽く上回るほどの膨大な魔力を感じるのだ。
「はあぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
俺はすべての魔力を出し切るつもりで手のひらに集中する。
集めた魔力が辺りを揺らし地響きがなり始めた。
魔石の魔力と俺の魔力が共鳴し合い、竜巻のように魔力の渦が発生した。
互いの魔力が激しく衝突し合い、この場に立っているだけでも大変なほどだ。
「べ、ベアル!!! 逃げないのか!!」
アナスタシアの悲鳴のような叫びを上げる。
両手を地面につき、顔だけをこちらに向けて必死に訴える。
俺の近くにいるため、魔力渦の中に取り残されてしまったアナスタシアは立つことすらままならないようだ。
「ダメだ逃げられん! あと数秒で爆発するぞ! それにこれを放置したらここら一帯が吹き飛ぶ!」
「なっ!」
驚愕に開いた口が塞がらず、何も言えなくなってしまったアナスタシア。
だが実際この魔力を感じていてしまえば、それは現実になるということを嫌でも思い知らされた。
「覚悟を決めろよ」
俺は自分にも言い聞かせるようにそう言うと、魔石を両手で掴んだ。
すると、大量の魔力が俺の中に土石流のように流れ込んできた。
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
全魔力を集中させ流れ込んでくる魔力を操作し、体外へ拡散させる。
こうすることによって魔石が暴走する限界点に到達させないのだ。
だが──
「ぐああぁぁぁぁ!!!」
あまりにも一度に体に流れ込んでくるために、抑えきれない魔力が俺の体を傷つけていく。
それほどまでに難しい魔力操作だった。
体中の血管や神経が破壊され激痛が襲う。
「くそがっ!」
このままでは俺の体がもたない!
ヒールをしている余裕なんてないのだ。
「ベアル!!!」
その時、俺の体の中に温かいものが流れ込んだ気がした。
「アナスタシア!?」
「お前の体は私が守る!!」
這いつくばりながらも、片手で俺の足を掴み、法術による力で傷が癒されていった。
「その魔石を抑えるのに集中してくれ!」
「助かる!!」
魔石の暴走は止まる気配はない。
それどころか最初よりもさらに激しく魔力が流れ込んできた。
少しでも気を抜けば、すぐに限界点を突破し、俺とアナスタシアは塵も残らず消えてしまう。
それどころか上空にいるリーリアたちも無事では済まされないだろう。
「ぐぐぐぐああぁぁぁぁ!!!」
魔力を振り絞り、暴走を止める。
それは永遠に続くようにも思えるほど途方もない時間に思えた。
実際には一分もたっていないのだが、俺にとってはとても長い時間だった。
俺の魔力もみるみるうちに減っていく。
…………まずい……このままでは魔力がもたん。
魔石と俺の魔力を比較して計算する。
このままでは少しだけ俺の魔力が足らない。
……どうする?
魔石が弱くなったところで爆発させてしまうか?
……いや、それでは俺とアナスタシアは死んでしまう。
爆発させたところで防御のすべがない。
アナスタシアも俺に法力を使い続けているために疲労はありありと見えていた。
だったら……俺が抑えている間に皆にはできるだけ遠くに逃げてもらうのがいい。
そう考えだした時、
「お父さん!!!!」
「リーリア!?」
セレアソードで魔力渦を断ち切り、リーリアが地上に降りてきた。
それに続き、続々と皆も降りてくる。
「リーリア! 何故降りてきた!!」
「お父さんが苦しんでいるのに遠くでなんて見てられないよ!」
「ダメだ! 俺が抑えているうちにここから逃げろ!」
「そんなの嫌!!」
リーリアは俺の隣に駆け寄ってくると、何を思ったのか魔石を触ろうとした。
「触るな!!!!!」
俺はその行為を怒号で止める。
今までリーリアに対して怒鳴ったことなどないため、ビクリと肩を上げ動きを止めた。
「俺でさえ傷を負うほどの魔力だ。それほどまでに難しい魔力操作なんだ……だから触れないでくれ」
これは俺のお願いでもある。
リーリアが傷つくところを見たくないのだ。
「──でも! 私ができなければ他にできる人は誰もいない! そうでしょ!?」
「ぐ……」
確かにそうだ。
魔力操作という意味では俺に次に上手いのはリーリアだ。
……だが、
「お前が苦しむところはもう見たくないんだ……」
つい本音が漏れてしまった。
触れば確実にリーリアの体は無事ではない。
確実に俺より多く傷ついてしまうだろう。
「私だってお父さんの苦しむ姿なんて見たくないよ! お父さんはいつだって余裕で最強でかっこよくて……それが私のお父さんなんだから!!」
「……リーリア」
娘の言葉が胸に突き刺さる。
俺がリーリアの事を想っているのと同じくらいリーリアも俺のことを想ってくれているのだ。
そのおかげか、少し冷静になれた俺は、今の現状を客観的に見ることができた。
……俺は今、全く余裕がなくなってしまっている。
それは悲観的な考えを生み、勝利の道筋を自ら閉ざしていた。
「お父さんらしくない! 皆が助かる道があるのにそれをしないなんて!! 私ならできるって分かってるんでしょ!?」
その通りだった。
俺はリーリアが傷つくのを見たくないという一心でその考えを拒否していたのだ。
「……そうだな」
「お父さんっ!」
リーリアの決意、それと弱気な俺を叱咤する声に、俺の目は醒めた。
確かに……この操作を他にできる者がいるとしたらリーリアだけだ。
「……リーリアならできるはずだ! それに何があっても一緒の道を進もうっていったしな」
「うん!」
リーリアの瞳は自信に満ちている。
俺と一緒なら絶対に大丈夫だという確信の瞳だ。
ならば俺もそれに応えなければならない。
「ではいくぞ!」
「わかった!」




