93、緊張感の欠片もない
俺たちは巨人族の集落に向けて歩いていた。
作戦通りサイクロプスに捕まった二人という態で、俺たちの体を縄で縛っていた。
だが先ほどからアナスタシアの様子がおかしかった。
ずっともじもじと体をよじらせて、痛そうな顔をしている。
「どうしたアナスタシア?」
「くっ……縄が体に食い込んで……すれて痛い」
「我慢しろ」
「うぅ……」
俺達二人が前を歩き、モーリスが手綱を引くようにして後ろを歩いているのだが、アナスタシアが体をよじるために俺とよくぶつかった。
「体を強化すれば我慢できるだろう?」
「そ、そういう問題でもないんだ……その……」
なんだか言いづらそうにしていた。
「なんだ? 言いたいことは言った方がいいぞ」
アナスタシアは顔が赤くなる。
……どうやら恥ずかしいことらしい。
そこで俺はアナスタシアの縄をよく観察することにした。
アナスタシアは甲冑を身に着けてはいるのだが、一般的なものと違って勇者の着るものはデザインに特化している。
女性であるアナスタシアの鎧は全身を覆い隠すようなものではなく、大事な部分を守ようなパーツをつけるタイプの鎧であったため、そこの鎧じゃない部分に縄が食い込んでいたのだ。
なるほどな。
だが俺はそんなことでは揺らがないのだ。
「で? どこが痛いのか言ってみろ」
「~~~~っ!」
本人の口から言わない限り直してやるつもりはなかった。
こんな面白いことを簡単にやめてしまうわけがないよな。
「モーリス、もっと縄を魔力強化しろ。この程度だと弱すぎて怪しまれる」
「わ、わかった」
そういって縄に魔力を這わせさらに強固なものとさせる。
もちろんワザとだ。
「くっ……うぅ……」
「変な声を出すな」
アナスタシアは苦しそうに、涙目で俺に訴える。
「……だって、だって……変なところに縄が食い込んでしまったんだ! そのせいでちょっと……」
「変なところとはどこだ?」
「くぅ」
────その時、上空から強烈な視線を感じた。
………………よし、あとが怖いしそろそろやめておこう。
そもそもこんな行為はただの変態のおっさんがやることだ。
……うん。
リーリアにはあとで言い訳を考えておこう。
「それは我慢できないほどなのか?」
「このままずっと歩くのはきつい……ベアル、直してもらえないだろうか?」
「俺も縛られているんだが」
「く……口で」
「馬鹿か」
「ば、ばか……」
馬鹿と言われてショックだったのか、顔を項垂れて落ち込んでしまった。
……はぁ、仕方ないな。
「直してやるからちょっと我慢しろよ」
「ああ、すまない」
俺は魔力の糸を出して、縄とアナスタシアの肉体の間に入り込む。
「あっ……く、くすぐったい」
「我慢しろ、それと変な声を出すな」
「んっ……んん……そ、そこは……」
「うまく入らないな……」
「ま、待ってくれ……ちょっと強引すぎる」
「すぐ終わる」
「~~~~っ!」
ちょっと強引だったが空間を作り、食い込んだ部分をずらしてやった。
「ふう……終わったぞ」
「はぁはぁ……うん、楽になった! ありがとう!」
そんな俺たちのやり取りを見てモーリスが質問をしてきた。
「…………お前たちは恋人なのか?」
その質問で一瞬で顔が真っ赤になったのはアナスタシアだ。
「ここここここここ恋人だなんてそんなことない!!」
必死に否定する姿を見て、また俺の悪戯心に火が付いた。
「そうなのか?」
「えっ!?」
「だって俺達は結婚するんだろう?」
「えええぇぇぇぇ!!!」
もちろん俺はワザとからかっているのだが、アナスタシアはそういったことに慣れていない様子で、
「け、結婚とは言ったがそれは漠然とした目標で……こ、恋人だなんて考えたこともなかったし、勇者としての務めもあるから! ま、まだ子供とかは……そりゃ将来的には欲しいけれどまだ早いというかなんというか! ええと、だから恋人はもちろん嬉しいしそうなりたいけど、そういった行為はもうちょっと待ってほしいというか────」
「すまん冗談だ」
「え?」
どんどん妄想が膨らんでいってしまうアナスタシアを現実に引き戻す。
恥ずかしながらも嬉しそうに照れていた表情が一変、怒りの表情になっていった。
「お、おまえは!! そうやっていつも女性をからかっているのか!」
「いや、ここまで言ったのはアナスタシアが初めてだ」
「え? わ、私が初めて?」
「ああ、お前は面白いから、からかってしまいたくなるんだ……すまん」
「そうか……なら仕方ない……のか?」
怒りも四散し、よく分からない感情になってしまったアナスタシアは、
「好きだから……からかいたくなってしまうというのは聞いたことがある……そしてそれが初めてとなると……私が初恋の相手となるのか? となると……」
ぶつぶつと一人でつぶやきながら悩んでしまった。
ふう……面白いからといってからかいすぎてしまうのも俺の悪い癖だ。
でも反応がいいからやりたくなってしまう……悩みどころである。
「お前たちはずいぶんと余裕なんだな……緊張とかしないのか?」
俺たちの様子を眺めていたモーリスがそんな疑問を投げかける。
それはふざけているのを咎めている感じではなく、純粋な興味の質問だった。
「ああ、緊張のしすぎは冒険者の敵だ。むしろ普段より和やかにして戦闘に臨んだ方がいい結果になりやすい」
「なるほど」
「わ、わたしはむしろ悩んでいるんだが!」
「俺は癒されたぞ」
「くうぅぅぅ!」




