92、依頼ならば
「ま、待ってくれ……負けた俺にこんなことを言う権利はないのだが、妹を見捨てるとはどういうことだ!?」
「言葉の通りだ。お前はこのまま見逃すから、他の町に逃げれば命は助かる」
「そんなことはできない!!」
モーリスは興奮した様子でいきり立つが、俺が手で制する。
「どちらにせよ魔獣達の作戦は失敗したんだ。戻っても殺されるだけだぞ」
「死ぬ覚悟はできている! ──だが妹には何の罪もない! だからせめて……無謀なのは分かっているが、集落に戻り魔獣と戦うぞ!」
モーリスの決意は固い。
一人だけ生き残るという選択肢は元からなかったのだ。
だから俺は残酷な可能性を伝えることにした。
「…………落ち着いて聞いてほしいが、既に妹は死んでいる可能性が高い」
「なんだと!?」
そもそも俺たちがなぜこの村にきたのか経緯を説明する。
リアンダの町に村人の男がやってきて娘を人質に取られたということ。
実際にきてみれば娘は既に殺されており、モーリスがいたこと。
つまり、モーリスの現在の状況と全く同じだということを伝えた。
モーリスも村人の男が勇者を呼びに行ったということを知らなかったらしく、状況を理解し、意気消沈してしまった。
「そんな……では俺のしたことはいったい何だったというのだ……」
「…………」
妹を助けたい一心で勇者に立ち向かった。
余計な動作をしたら妹が殺されると思い、沈黙を守り勇者に殺される覚悟もあった。
だが現実は残酷なものだったのだ。
「……もういい、殺してくれ。俺に生きる価値も希望もなくなった」
モーリスは首を垂れ、切り落としてくれと言わんばかりに首を突き出してきた。
だが、それに異議をとなえる者がいた。
「お前はそれでいいのか!! 妹の仇を取ってやろうという意思はないのか!!!」
アナスタシアだ。
後方で黙って聞いていたのだが、我慢できなかったのだろう。
その顔は涙でぐしゃぐしゃとなっており、ひどいありさまとなっていた。
「取ってやりたいさ! でも俺の力では奴らを倒すどころか傷を負わせることすらできやしなかった! それに妹がいないのであればもう戦う意味がない!! だからもう殺せ!!!」
「断る!!! 情けない男だ! 死にたければ自分で死ね!」
アナスタシアの感情はごちゃごちゃになっていた。
泣きながら怒っていて、そっぽを向くが、足はイラつきを抑えられずに地団駄を踏んでいる。
一方のモーリスは地面を見つめたまま動かずにいた。
だが、地面に落ちる水滴がモーリスの感情を表していた。
──チッ……面白くない。
俺の中で苛立ちがつのった。
巨人族の集落が全滅することは俺にとって大した問題ではない。
自分の大切なものが奪われるわけでもない。
──だが、無性にイラついた。
それはモーリスの感情が分かってしまったからだ。
ギルドにきた男もそうだ。
大事な家族を守りたい一心で命をとして頑張っていた。
もし、それがリーリアならば俺もそうするからよく分かる。
……ハァ。
俺は深いため息をついた。
「アナスタシア……ギルドの依頼は勇者の護衛だったよな?」
「え……? あ、ああそうだが」
「そして臨機応変な対応が求められていたはずだ」
ここまで言うと、アナスタシアも俺が何を言いたいのか分かったらしく、顔をほころばせた。
「──ッ!!! ああ、そうだ! 私の護衛だ! だから私が行くところには付いてきてもらうぞ!」
「ああ」
アナスタシアは意気揚々と宣言する。
「目的地を変更する! 向かうは巨人族の集落! そして魔獣の討伐だ!!」
モーリスは何が起こったのか分からないような顔をして俺とアナスタシアの顔を行ったり来たりと見渡している。
俺はモーリスの肩を叩く。
「もしお前に少しでも妹の仇を取りたいという気持ちがあるなら、俺たちに協力してくれないか?」
単眼の真剣な眼差しが俺を見つめる。
そして俺たちが本気で言っているのだと分かると、
「何か奴らに一矢報いることができるのならば喜んで協力する! むしろこの命をお前たちに捧げる! 復讐という形で使ってくれるのなら本望だ!」
「ああ、その命を預かろう」
──
隠れて待機していた皆にことの経緯を説明する。
勝手に決めてしまったことだが、皆は笑顔で賛成してくれた。
そして皆を一か所に集めて、俺が考えた作戦を伝えることとなった。
「敵に監視されていることを思うと時間がないから手短に話す。俺とアナスタシアがモーリスに捕まったふりをする。次にお前たちを高速で空に飛ばす、そのときに周りを覆っている水壁を派手に散らすから目くらましになるだろう、以上だが質問は?」
俺がそう言うとリーリア以外の全員が手を上げた。
……どうやら説明を端折り過ぎたようだ。
「ではシャロ、何が分からない?」
「手短に話すぎ~全部わからないよ~」
「……そうか」
仕方ないから順を追って説明することにした。
「まず俺たちの目的は元凶の魔獣を倒すことだ。村人やモーリスを利用していたことから狡猾で慎重な性格だということがわかる。そして俺たちが近づけば確実に逃げるだろう。だからおとりとして俺とアナスタシアがモーリスに捕まったことにするんだ。そうすれば逃げようと思わないだろ?」
「なるほど~」
「お前たちは戦いに参加してないから姿を見られていない可能性が高い。だから水壁を激しく四散させ、それに紛れて空高く飛んでもらう。魔獣は地上の俺たちに釘付けになるだろうから。お前たちは空を飛んでくれば見つからないという訳だ」
「……もし僕たちが見つかっちゃったら~?」
「作戦は失敗、魔獣は逃げるだろう」
「うへ~気を付けないといけないねぇ」
「そ、その作戦に私たちがいる意味はあるのでしょうか?」
ナルリースが心配そうにおずおずと発言した。
「敵の数が分からないからな……さすがに数十体いたらすべてを逃がさずに倒しきる自信はない。こちらの数も多いに越したことはないからな」
「なるほど……分かりました、頑張ります!」
両手を胸に構えて頑張るぞと気合をいれるナルリース。
実際に俺も唯一心配しているのがナルリースであった。
もしもオルトロス級の魔獣がいた場合は三人娘では対処ができない。
その中でも特にナルリースは、戦闘中に考えてしまう傾向があるために、強敵と出会ってしまった時、本来の実力をすべて出し切れないでいた。
俺もそこを治してやりたいと思うのだが……これは実戦で慣れるしかないのだろう。
「……では、作戦を開始しよう。皆、準備はいいか?」
一同はこくりと頷いた。




