91、巨人
アナスタシアは堂々と歩く。
柵で囲われている門を豪快に開け、ズンズンと前へ進む。
俺たちは息をひそめて家の陰に隠れていた。
敵が逃げる動作をしようものなら、すぐに俺たちも戦いに加わる予定だった。
アナスタシアに一騎打ちをさせてやるが、敵を逃がすのは容認できない。
確実に仕留めるつもりだ。
アナスタシアは一軒の家の前に立った。
リーリアが探って、一人の男がいると報告した家である。
ドアをノックしようと腕を上げたその時、激しい爆音と共に巨大なハンマーが突き抜けてきた。
とっさに盾を構えたアナスタシアだったが、衝撃は激しく吹き飛ばされる。
だが、飛ばされた状態のまま、すぐに盾で地面をたんっと弾くと、上空に飛び、回転して綺麗に着地した。
壁を破壊された家は、その衝撃に耐えられなかったのか崩落していく。
土煙が舞い、その中から現れたのは巨大な人影。
一つ目の巨人、サイクロプスであった。
「あれはサイクロプスじゃないか!」
「サイクロプスって巨人族の?」
「そうだ! 初めて見たぞ!」
「お父さんも初めてなんだ!」
俺は興奮していた。
巨人族は図体に見合わずレア種族と言われていた。
その理由は巨人族自体が少ないことと、長い年月をかけて一般的な人のサイズになれるように進化したということで、町や村などに潜伏しているからだ。
時代が進むにつれ、人魔族との混血も進み、今では純粋な巨人族はいないとも言われていた。
巨人化できる巨人族は少なくなっており大変にレアな存在であった。
家よりでかい体躯を利用した攻撃は物理では最強と言われている。
巨人族は魔法は使えないが、魔力はかなり高く、すべてをパワーに変え攻撃し、すべてを粉砕する。
「巨人族がなぜここに……」
「あ、お父さん! サイクロプスとアナスタシアが何かしゃべろうとしてるよ」
いつの間にか元の位置に戻ってきたアナスタシアは怪訝そうな顔をして言葉を発した。
「なぜ巨人族が私を攻撃するんだ! そしてお前は何故ここにいる!」
その問いかけにサイクロプスは何も答えなかった。
代わりに、巨体に見合わぬ飛躍をし、空高く舞い上がると、そのままの勢いでアナスタシアにハンマーを振り下ろした。
アナスタシアは盾を構え受け止める構えをとった。
ハンマーが盾に触れた瞬間、強烈な地響きと地割れがアナスタシアを中心に広がり、巨大なクレーターができる。
「お前を殺す!」
ようやく喋ったかと思えば、殺意丸出しで話し合いの余地はなさそうだった。
サイクロプスはもう一度叩き潰そうとハンマーを上げる。
すると、アナスタシアはその一瞬の隙をつき、素早く剣を振るうと一閃の光がサイクロプスの左腕を駆け抜けた。
「グアアァァァァ!!!!」
サイクロプスの左腕が切断され、痛みで一つしかない目がゆがむ。
巨大なハンマーが手からこぼれ落ち、地面をえぐった。
アナスタシアは綺麗な姿勢を保ちながら、巨人の様子を堂々と見つめていた。
手には青白く光る剣を構えながら。
「質問に答えろ……村人を殺したのはお前か? 黙認は肯定したものとみなずぞ!」
「うぐぐぐ! こんなに強いなんて聞いてない!」
サイクロプスは実力の差を悟ったのか、戦意は失われており、後ずさりをしだした。
──俺は違和感を覚えていた。
そもそもサイクロプスが村を襲う理由が分からない。
巨人は食人文化ではないし、人に交わって仲良くしてきたはずだ。
勇者を襲う理由もなければ利点もない。
むしろ人間族に追われるだけだ。
「……答えないか……」
アナスタシアは剣を構える。
「ならば死ね!」
「ああああ!!! ラキ──すま────」
──まずい!
俺はすぐに飛び出した。
アナスタシアは青白く光る剣を振るう。
俺はそこに滑り込むように割り込んだ。
光の刃が首にとどく直前、その光の刃を掴み、握りつぶした。
「──ッ! ベアル! 何故!?」
「アナスタシア、俺もこいつに質問がある! 殺すのは少し待ってくれないか?」
「こいつは村人を殺したんだぞ!」
「そうとは限らない!」
「でも事実、サイクロプスはここにいる!」
「少しだけでいいから!」
「そんなものは必要ない!」
「アナスタシア」
「────ッ!」
俺はアナスタシアの肩を掴むと、顔と顔を接近させこう言った。
「うるさいと本当にしてしまうぞ」
「ひゃ……ひゃい……」
すっかり硬直してしまったアナスタシアを残して、俺はサイクロプスと向き合った。
「少し聞きたいことがあるんだがいいか?」
「…………」
サイクロプスは相変わらず何も答えなかった。
「ふむ……では喋らなくてもいい、俺の問いに首を振ることは可能か? ハイなら首を縦に、イイエなら横に振れ」
サイクロプスは首を横に振った。
ふむ……答えられないか……となると……。
「や、やはりこいつが村人を殺したんだ! だから答えられ──」
「アナスタシア」
「うっ」
俺は自身の口を人差し指で指し、黙れと合図する。
アナスタシアはそれを見て赤面する。
「ではこうしよう、水壁」
俺は村全体を包み込むように分厚い水の壁を張った。
「これならどうだ? 答えられそうか?」
サイクロプスは驚愕し目を見開きながら周りを見渡し、呆気にとられていたが、俺の発言で正気に戻るとコクリと頷いた。
「では最初の質問だ……お前も誰かを人質に取られていないか?」
「な、何故それを!」
サイクロプスは驚いているが簡単な事だった。
そもそも村人を利用して勇者をおびき寄せることで俺たちはこの村にやってきた。
そしてこの村にいたのは魔獣でも何でもないサイクロプスだった。
……あきらかにおかしかった。
サイクロプスであれば町に溶け込むことは容易であるし、勇者に不意打ちすることも可能だ。
ただただ殺したいだけならそっちの方が効率的だ。
村におびき寄せる必要もなければ、村人を殺す理由もない。
であるならば、村人が利用されたようにサイクロプスも利用されていると考えるのが最も自然であった。
「そしてお前は監視をされている……違うか?」
「……その通りだ……ぐっ……」
気を緩めたのか、斬られた左腕から血が大量にあふれ出した。
「治してやる、エンシェントヒール」
「すまない……」
サイクロプスの斬られた腕は再生して元通りとなった。
「すごいな……こんなすごい水魔法に回復もこなせるとは……」
「ああ、これくらいなんてことない」
「そ、そうなのか」
サイクロプスはドカッと地面にあぐらをかいて座り、首を垂れた。
「腕を治してくれて助かった。 ……だが、俺はすぐに殺されるだろう」
「それはどういうことか説明してくれるか?」
「わかった……その前に名前を聞かせてもらえないか? 俺の名はモーリスという」
「俺はベアルだ」
モーリスは何が起こったのかを語った。
ここから西にある山の奥地に巨人の集落があって、モーリスはそこで暮らしていたらしい。
そこに凶悪な魔獣が現れて次々と巨人を喰らっていったそうだ。
モーリスは家族を守るために戦ったがまったく歯が立たなかった。
妹を人質に取られ、『俺と一緒に付いてこい。変な真似をしたら部下がこいつを喰らうぞ』と言われ仕方なくこの村に一緒にきたとか。
そして自分の村と同じく、この村も魔獣による残虐行為が行われた。
モーリスは遠くから見つめることしかできなかったという。
しばらくが経ち、静かになったころに魔獣がモーリスの元へとやってきて、「この村に勇者がやってくる。そうしたら勇者を殺して俺の元へ届けるんだ」と言ってサイクロプスの集落へと帰っていったらしい。
「やつの部下は鳥魔獣で非常に目がいい……山の中腹からこの村が見渡せるのだが、あの魔獣なら俺の一挙手一投足を見ることができる。だから俺は下手な行動もできずにここでじっと勇者が来るのを待っていたんだ」
「今は分厚い水の壁で包まれている。お前の細かい動作など見ることはできない」
「……だが怪しまれるだろう」
「その通りだ。なので決断しなければならない」
「決断……?」
モーリスは怪訝な顔をする。
俺が真に迫る顔をしているせいか、嫌な予感がしたのだろう。
でもその予想は間違っていない。
「妹を見捨てる決断だ」
俺ははっきりとそう言った。




