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90、チゴ村



 次の日、チゴ村まで歩いて1時間ほどという距離まできた。

 ここで馬車を止め、あとは歩きで行くことにした。

 

「相手がどんな魔獣かは知らないが探知に優れた魔獣もおる。念には念を入れてゆっくり向かうのがよかろう」


 レヴィアの発言に異議を唱える者はいなかった。

 俺もその意見には賛成だ。それにアナスタシアは知らないが、他の皆はレヴィアが魔獣だと知っている。

 そのレヴィアが言うのだから間違いないのだ。


「アナスタシアに伝えておきたいことがある」


 出発前にそう言ってアナスタシアを引き留めた。


「なんだ?」

「魔獣のことについてだ」

「うん?」


 まだ世界には出回っていない、『人魔獣』の存在についての情報を話すことにした。

 もちろん余計な疑心や仲間割れを防ぐためにレヴィアが人魔獣ということは内緒にしてある。

 だが人魔獣の情報だけでも、アナスタシアはひどく驚いた。


「馬鹿な!! そんな魔獣が本当にいるのか!?」

「俺たちが実際に見てきたんだ、信じてもらうしかない」

「人は神がつくられたのだぞ!? その人という存在に魔獣ごときがなれるわけがないだろう!!」

「だが事実だ。信じたくなければ信じなくていいが……今回の魔獣の狙いはお前の体だろう」

「な!? わ、私の体だと!!?」


 アナスタシアは怒りでわなわなと震え、勢い任せに地面を殴りつけた。

 地面はめくれ、土や砂利が激しく吹き飛ぶ。

 俺はとっさに馬車の前方に立ち、衝撃から馬車を守った。

 残ったのは巨大なクレーター。

 仲間は皆、飛び退って無事である。


「おい! 落ち着け!」

「グ……」


 もう一度殴ろうとしていたアナスタシアの腕を掴み止める。

 すると、力んでいた拳が少し緩んだ。

 

 ……まったく、アナスタシアの情緒は本当に分からんな。

 こいつは気を付けて見ていなければならないようだ。


「……村を襲ったのは私の体が目的で、おびき寄せるために人質をとっているということか」

「そうだ。でなければ勇者指名をする意味が分からない……単純に強者と戦いたいだけという可能性もあるが、もしそうなら村を襲うよりリアンダの町や王都を狙うだろう」

「くそ……私の体なんて手に入れてどうするつもりなんだ」


 エルサリオスやオルトロスには共通の目的があった。

 それは、カオスを倒すこと。

 その為に自らの体を進化し続けることに執着していた。

 ならばこの大陸にいる魔獣もそう考えていたとしてもおかしくはなかった。

 そして……この大陸で一番強いのは勇者である。

 取り込んで強くなろうと考えるのは自然な事とも思えた。


 だが……魔獣の目的やカオスのことは、まだアナスタシアには伝えない。


 今のこの子は何をしでかすか分かったものではないし、必要ならばギルド連盟から王国へ伝わるだろう。

 

「落ち着いたか?」


 しばらく腕を掴み続けていたが、俺が尋ねると、コクリと頷いたので手を離した。


「……私の目的は変わらない……チゴ村の魔獣を倒すだけだ」

「ああ、その通りだ」



 ──



 昨日ののんびりとした空気からは打って変わり、皆、真剣な表情であった。

 本番になれば細心の注意を払う。これができるのが高ランク冒険者なのだ。

 低ランク冒険者は旅に出た瞬間から緊張をしてしまって、いざという時に実力を発揮できない。

 休むところで休み、真面目な場面では神経を研ぎ澄ませる。

 これが失敗しないで依頼を遂行する秘訣だ。


 それはもちろんアナスタシアも同様で、勇者として国のために重要な任務を従事してきた経験は生半可なものではないはずで、冒険者に負けず劣らずの行動ができている。俺はその姿をみて、ホッと胸を撫でおろした。



 魔力を使わずに歩き続けて一時間。日が真上に差し掛かる時間帯だ。

 大体予定通りの時間にチゴ村へとたどり着くことができた。


 辺り一面、黄金の草原が広がっているようで、大変美しい光景だった。

 小麦畑が風になびいて、幻想的な空間を作り出していた。


 リーリアの瞳がキラキラと輝いていて、頬は赤く高揚していた。

 どうやらこの風景に興奮したようだが、状況が状況だけに声を上げて喜ぶのは控えているようだ。

 

 俺たちは姿勢を低くして、様子を窺いながら前進する。

 村は静かであり、誰の気配もないように思えた。


 村の中の様子が気になるので偵察することにした。


「私が一番小さいし身軽だから行くね」


 リーリアはそう言って足早に村に忍び込んだ。

 小柄でスピードも速いため、あっという間に一軒の民家の裏にたどり着いた。

 気配を探りながら慎重に、一軒一軒、覗いては隠れるを繰り返し、あっという間に見える範囲の家を探ったのだった。


 ──数分後、リーリアが戻ってきた。


「ど、どうだった?」


 待ちきれないとばかりに尋ねるアナスタシアだったが、帰ってきた反応は、


「いたよ……でも、一人だけ」

「そんなっ! 他の村人は!?」


 静かに首を振るリーリア。


「遅かったというのか!」

「いや、違う……魔獣はもともと約束を守る気なんてなかったんだ」

「なぜそんなことを!? 魔獣がここにいないのならば何のために私を呼び出したんだ!!?」


 魔獣がここにいない……それは本当だろうか?

 リーリアは村人が一人いると言った。

 それはあまりに不自然なのではないか?


「いないというのならばコソコソしてても仕方ない。その村人に話を聞きに行こう」


 アナスタシアは足早に村に向かおうとしたが、俺は回り込むとその進路を塞いだ。


「む? 何故邪魔をするんだ! 一刻も早く真相を聞いて、可能であれば魔獣を追いかけないと!」

「いや、その必要はないと思うぞ」

「なぜだ!? 村人が殺されたのだから仇を打たないと! お前だって言ってたじゃないか男の娘を助けると!! それが出来なくなったばかりかこのまま魔獣を野放しにしたら他の村も──」

「いいから黙れ」

「──ッ!」


 俺は手でアナスタシアの口を塞いだ。

 それでもモガモガと騒ごうとしたので、耳元で「それ以上騒ぐなら、キスで口を塞ぐ」と言ったら、ピタッと静かになった。

 もちろん本気で言ったわけではないが、こういう女はこういった手段の方が手っ取り早いのだ。


 手を離すと、アナスタシアは真っ赤になり俯いてしまった。

 皆がその様子を不思議そうに見守る中、レヴィアだけが鋭い視線で俺を睨むのだった。


「──コホン。皆も気がついている者もいるだろうが、一人だけいるという村人はおそらく人魔獣だろう。いくら何でも一人だけ生き残ったというには都合がよすぎる。きっと何も知らずに現れた勇者を油断させて襲う計画だとおもう」

「うん、私もそう思うよ。寝転がって天井を見ながら笑っていたから不気味だったし」


 俺の発言にリーリアも賛同する。


「村人が殺されて気が狂ったと言えば辻褄が合いそうだけど……それでも変ね」

「殺されなかったって言うのが怪しいにゃ」

「まあ、人魔獣と考えた方がよさそうだねぇ」


 3人娘はしばらくそれぞれの意見を言い合うが、最終的には人魔獣だろうという意見になった。


「我もその意見に賛成だ。この村はやけに臭う・・


 レヴィアも自身のセンサーでそれを感じ取ったようで魔獣と確信したようだ。

 うん、レヴィアが言うなら間違いないだろう。


「皆の意見は人魔獣ということなのか……ということは本当に誰もいないのか……くそおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 良くも悪くもアナスタシアは感情を隠すのは苦手のようで、すぐに爆発させてしまう。

 しかも声がよく通るので、ここら一帯にその声は響き渡った。

 すでに魔獣もこちらの存在に気がついているだろう。

 俺はもう考えていた作戦を諦めることにした。


「はあ……こうなったら正面から叩き潰すぞ」

「ベアル、私にやらせてほしい! 私が仇を取ってやらないと民は報われない!!」

「あいつの狙いは勇者だぞ?」

「ああ、分かっている。だけど、魔獣に思い知らせてやらないと気が済まない……私を怒らせるとどうなるかということをな」


 アナスタシアの表情は決意と怒りが混じったような、今まで見てきた中で一番恐ろしい顔をしていた。


 ……こんな顔をされては譲るしかない。


「わかった。お前が倒すんだ」

「もちろんだ!」

「俺たちは魔獣が逃げないように周りを囲むぞ」


 一同は頷くと、村に向かって歩き出した。

 


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