88、勇者の性癖
「いやいやいや、それは早急すぎる判断ではないか? アーロンはそれでいいのか!? 素性も性格もわからない男なんだぞ?」
俺の発言にもアーロンは怯まない。
「ベアルは私より強い、その事実だけでいいんだ。 ……まあ、しいて言うなら、魔力で抑えつけられたとき……キュンと胸がときめいてしまったからかな?」
そう言うアーロンの頬は赤く染まっていた。
「……こいつMだにゃ」
「Mね」
「Mだねぇ~」
3人娘もそう発言するが、まったく同意である。
「私としては先ほどの無理やり脱がされるのも嫌ではなかった……あの時はやめろと言ったが内心ではドキドキが止まらなかったんだ。 ……ああ、私は今日、大人になるんだって思った。だが、実際に触れられたら恥ずかしくなってしまって悲鳴を……本当にすまない」
アーロンの顔はもう真っ赤である。
────っていうかこの子は何を余計なことをべらべらと喋ってくれてるのだろう。
それじゃまるで俺がやる気満々で、悲鳴を上げなかったらそのまま受け入れていたみたいじゃないか。
──今、この場の空気はこれ以上ないくらい張りつめていた。
言わずもがな、女性たちの殺気がテント内を支配する。
だが、それもつかの間、張りつめていた糸はプツプツと切れ始めた。
「待て! いきなり現れて横からベアルを取ろうなんて不届き千万であるぞ! 我が先だぞ!! 順番を守らんか!!!」
「そ、そうよ! それにベアルさんの意志を無視して結婚だなんていくら何でも横暴だわ!」
レヴィアとナルリースが声を荒げて言うも、アーロンは落ち着いた表情で、
「この出会いは神のお導きである……神の御意志なのだ」
冷静にそう言った。
「でもそれはあなただけの都合でしょう? 私たちには神なんてものはいないもの!」
「うむ、その通りだ! 神なんて所詮、お前の妄想であろう」
ナルリースとレヴィアも負けじと反撃を開始する。
だが、このセリフがアーロンの琴線に触れた。
「神がいないだと!? ふざけるな! 『セクト』様は確実にいらっしゃる……私たちの神を侮辱することはゆるさん!」
アーロンの見えない力が膨れ上がるのを肌で感じた。
テント内に緊張が走り、一触即発の状況となる。
見えない力がテント内に充満すると、前に出ていたナルリースが力に押され、よろめき倒れる。
俺はそっと肩を抱き支えてやった。
「あ、ベアルさん……」
「大丈夫か?」
「な、なんとか……ありがとうございます」
「ああ」
そのやりとりを目の前で見ていたアーロンは面白くなさそうな顔をして、さらに力を強めようとした。
だが、テント内を支配していたその力はどんどんと小さくなっていく。
俺が魔力をもってその力を押し返したのだ。
「アーロン……お前はすごく極端で感情の起伏が激しすぎだ……少し落ち着け」
「ぐ……やはりベアルはすごいな……私がこんなにも子ども扱いとは……あと、私の本当の名は『アナスタシア』だ……だからそう呼べ……うにゅ……」
嬉しそうに言うと、もう抵抗する気はないようで、乱れた服はそのままにペタンとベッドに倒れこんだ。
「アナスタシアという名だったのか、いい名じゃないか」
俺がそう言うも、当のアナスタシアは気持ちよさそうにグーグーと寝ていた。
「もう……なんなのよ、最後に名前を言ってるし……」
「嵐のような女だにゃ」
「まあ……見ていて飽きないけどね、強すぎるだけにちょっとねぇ」
三人娘は困ったような顔をした。
……確かに変な奴だが見ていて飽きないって意味ではいいのかもしれん。
ちょっと面倒くさいが。
その時、クイクイと袖を引かれた。
「お父さん……ちょっと……ゆっくりお話したいから一緒に寝よ?」
それはこの世の者とは思えないような恐ろしい顔をしているリーリアだった。
声に生気もなければ感情もない。あるのは混沌とした恐ろしい魔力だけだ。
俺に選択権はない。これは強制なのだ。
俺と同様に他の女性たちもそれを察したのか、
「さーて、寝ようかにゃ!」
「そうだね早く寝よう、おやすみ~!」
「我も急に眠くなったぞ」
「あ……そ、それじゃあ、おやすみなさい!」
そう言い残して、そそくさと自分たちのテントへと戻っていった。
残されたのは暢気に寝ているアナスタシアと恐怖に怯えている俺。そして、無の表情でこいこいと手招きをして誘うリーリア。
ああ……今だけでも神に祈りたい気分だ。
無事に明日を迎えられますようにと。




