86、アーロン
ギルドを出ると馬車が止まっていた。
どうやらすぐに出発できるようにギルドが手配したもののようだ。
リュックの手腕には感服する。
だが御者は状況を分かっていなかったようで、簡単に説明してチゴ村に向かわせようとしたのだが、魔獣がいるという事実を知って怯えてしまった。
「大丈夫だ、私がいる」
アーロンが自分の胸を叩き誇らしげにそう発言すると、御者は目を輝かせて、「勇者様がいるなら安心です」とほっとした表情を見せた。
この国で勇者という存在は、絶大な信頼と人気があるようだ。
とりあえず勇者に任せておけば安心という風潮なのだろう。
「それでアーロン、作戦はどうするか決めているのか?」
道中、馬車に揺られながらアーロンに問いかけた。
しかしぼーっとしているのか、リーリアの方を見続けていた。
「おい、聞いてるのか!」
「えっ!? ああ、そうか……そんな名前……うん、聞いてるぞ! 作戦などはない、魔獣の目的は私なのだから堂々と戦ってやろう」
腕を組み誇らしげに答える。
「ねえ、もし魔獣が村人を人質にとったらどうするの?」
リーリアが至極まっとうな疑問をアーロンにぶつける。
すると天井を見上げ、数秒考えた後、こう答えた。
「…………やられる前にやる! それだけだ!」
俺は皆と視線を合わせると、うんと頷いた。
((((((ダメだこいつ! 脳筋やろうだ!!))))))
俺たちの心はシンクロしただろう。
それほどに勇者の考えは分かりやすかった。
「無駄に被害を出すべきではないわ……たどり着くまでにしっかり作戦を練りましょう」
「そうにゃそうにゃ。そのためのこの人数だにゃ」
「そうだよ~正面突破だけが戦いじゃないよ」
3人娘からもいろいろ言われてタジタジになる勇者。
「う、うるさい! そもそもお前たちは私より弱いじゃないか! そんなやつの指図はうけない!」
「なら俺の言うことは聞くんだな?」
「うっ……」
俺がそう言うと、しまったという顔になるアーロン。
完全に墓穴を掘った形になったが、やむなしと首を垂れる。
「お前の言うことなら聞こう……」
しょぼくれるアーロン。
俺としてはこういう相手は非常にやりやすくて助かる。
これならば色々な事が聞けそうだ。
「……一つ聞きたいことがある。もし魔獣が村娘を人質にとっていて、この娘を殺されたくなければ、勇者を食わせろと言われたらどうする?」
「……無理な相談だ。私はこの国の勇者であり、象徴でもある。倒されるわけにはいかない」
「ということは見捨てるか?」
「そうなる」
「そうか」
「…………それだけか? なにか質問の意図があったのではないのか?」
アーロンが不思議そうに首を傾げている。
まあ、意図があるにはあったのだが……。
「気にするな……勇者の覚悟を知りたかっただけだ。だが甘ちゃんではないってことが分かったからいい」
「そうなのか? ……ではお前ならどうするんだ?」
「俺か……俺なら……」
俺は横にいるリーリアの顔を見る。
すると目と目が合った。相変わらず可愛い顔をしていた。
「俺なら助けたいな」
「……へえ、意外だな」
「そうか?」
「てっきり見捨てるのかと思っていたぞ」
「……そうだな……」
昔の俺ならそうしたかもしれない。
だが……。
「ギルドにきた男を見ただろ? あいつは必死に走ってきた。飲まず食わず必死に走っただろう。それは何故か……娘のためだ。魔獣に捉えられた娘を救うために必死にミランダの町まできたんだ……今の俺はあの男の気持ちがわかる」
俺は隣のリーリアを抱き寄せた。
抵抗することなく、すっと俺の腕に収まった。
「あの男の気持ちを思うと、何としてでも助けだしてやりたいなと思うんだ……甘ちゃんだと思ったか?」
リーリアの頭を撫でながら、ふとアーロンの顔を見た。
すると顔をぐしゃぐしゃにして涙を流していた。
「ううぅぅぅ……お、お前は……いいやつだ……私は感動したぞ……うわあぁぁぁなのに私は見捨てるだなんてひどい奴だぁぁぁぁ!!! 私が間違っていたああぁぁぁぁ!!!!」
涙をボロボロにたらしながら、自分の発言に後悔し、頭を床に叩きつける。
……こいつは本当に情緒が不安定すぎるな!
「おいアーロン!」
「うおぉぉぉぉん!!! なんだぁぁぁ!!」
「床が抜けるから頭突きはやめろ」
「……ひっく……ごめんなさい」
叱ると案外素直に大人しくなった。
……疲れる。
だが、話は続けなければならない。
「というわけで人質は助ける方向で行きたいんだが異論のあるやつはいるか?」
俺がそう言うと、皆は、「異議なーし」と元気よく発言するのだった。
「よし、それでだ……助けたいと言うからにはそれなりの作戦が必要だ。俺に案があるのだが聞いてもらいたい」
移動中の馬車内で作戦会議が始まったのだった。
──
作戦会議は長引いた。
だが、とてもよい作戦に決まったので満足のいく時間だった。
そして時刻は夜となる。
野営をするために俺は魔法で石のテントを作る。
寝るためのものだから簡単なものを2個だ。
御者は馬車で寝るというので、俺はアーロンと寝ることにした。
「じゃあそう言うわけで俺はアーロンと一緒のテントで寝るぞ」
「……はい?」
アーロンもさることながら女性陣も全員驚いていた。
……俺は何か変な事言ったか?
男と女で分けただけなんだが。
野営というのは基本一人より二人で寝た方が安全だ。
ということはアーロンと一緒に寝るのは必然と男の俺ということになる。
……リーリアが一緒に寝たいと言っても、他の男と同じ部屋で寝させるのはお父さんが許しません。
俺はそう思っていたんだが、意外に反対の声が多かった。
「べ、ベアルさん! それはどうかと思います!」
「お父さん! なら私も一緒に寝る!」
「我が一緒なら問題あるまい?」
主にナルリース、リーリア、レヴィアからの反対の声が大きかった。
「何を心配しているのか分からないが、アーロンは不意打ちなどしないだろう。それに俺の強さは知っているだろう?」
「「「そうじゃないの(です)!」」」
俺の発言に間髪入れずにツッコミが入る。
では何を危惧しているのだろう。
そんな中、アーロンがおずおずと手を上げて発言した。
「あー……私は構わないが……」
「「「私、(我)が構うの!」」」
アーロンの発言にも総ツッコミだ。
うーむ、皆の意図がまったくわからん。
「まあ、もういい。アーロン寝るぞ」
「わ、わかった」
「「「あっ!」」」
キリがないのでさっさと簡易テントの中に入る。
外ではまだギャーギャーとわめいていたが気にしないことにした。
……まったく、心配しすぎた。
俺はベッドに横なりながら、ふとアーロンの方を向いた。
するとアーロンはベッドに腰をかけながらも、なにやらモジモジしているようで鎧を脱ぐ気配はなかった。
……寝ないんだろうか?
「お前は鎧をつけたまま寝るのか?」
「えっ!? いや……いつ敵が来るかもわからないじゃないか?」
「なぜ疑問形なんだ……いつも鎧をつけて寝てるのか?」
「いや、いつもは脱ぐのだけど……」
「じゃあ脱げ。休まらないぞ。敵は俺の魔力探知でわかるから心配するな」
「そ、そうか……」
「ああ……」
目を閉じて眠ろうとした。
だがアーロンは未だにベッドの上でうじうじとしていたので、だんだんイライラしてきた。
俺は立ち上がった。
「よしわかった。俺が脱がせてやる」
「い、いや! 大丈夫だから! 寝てろ!」
「ごちゃごちゃやってるから気になって眠れないんだよ!」
俺はそういって強引に鎧をはがそうとした。
だが激しく抵抗するアーロン。
はっはっは!
俺に勝てると思っているのか!!
奴の隙をつき、一つ、また一つと部品をはがしていく。
「や、やめろ! あははは! く、くすぐったい!」
「おらおら! いい加減観念しろ!」
この時、俺は完全に調子に乗っていた。
久しぶりの男仲間ということでついつい楽しくなって悪ふざけが過ぎていたのだ。
だが次の瞬間、完全に目が冷めることになる。
──むにゅ。
柔らかく、そして心地の良い感触が手のひらに伝わった。
「あれ?」
「あぅ」
手を動かしてみる。
────むにゅむにゅ。
「あれれ?」
「だ、だめぇ……」
この柔らかくて気持ちいい感触はもしかしなくとももしかして?
俺の額に汗がにじむ。
アーロンの顔に視線を移すと、顔を真っ赤にして、目には涙が浮かんでいた。
「……えっと……女だったの?」
「い……」
「ま、まて!」
「いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
甲高い悲鳴が辺りに響き渡るのだった。




