レヴィアさんは可愛くなりたい
3章に軽く入れたかった話ですが、長くなってしまったのとテンポが悪くなりそうということもあって間章に急遽入れることにしました。
本編が少し遅れてしまってすみません!
レヴィアは連日のように海に足を運ぶ。
目的は就寝のためであった。
ギルドの宿は安いのだが、それすらももったいないと感じたのだ。
「我にとっては海のほうが心地よい」
服を丁寧に脱ぎ、砂の下に隠す。
裸足で砂の上に立つと、気分が高揚した。
闇の中、素足で砂浜を疾走すると、肌に直接当たる風が気持ちよかった。
波打ち際で足を止める。
ちょこんと触れる波がかなり冷たく、レヴィアは身震いした。
「しかし不思議だ。本来の姿では何も感じないのに人の姿ではこんなにも冷たい……不便なものだな」
当たり前のことだが改めて実感する。
こんな体では海には進出できない。
しかしだからこそ、海の世界は守られてきたのかもしれないと。
「我の実力でも海王と呼ばれるまでになったのだ。もし人が海に進出できる体だったら大変なことになっていただろうな」
人となったことで、人の生活をみて感じることがあった。
……地上は発展をし続けてる。それに対し海はどうだろうか。
「何も変わってない……だが、それはどうしようもないことだ」
レヴィアは身震いした。
どうやら考え込んでいる間に体が冷えたようである。
「いかんいかん。人の姿はもろいのだ……風邪とやらを引いてしまうかもしれん。それにシャロが言っていたな……裸でいると変態さんがやってくると」
レヴィアとしては見られても特に感情はないのだが、女どもからは気をつけないとダメと言われてしまった。
男には変態というものがいて、奇妙な行動をしてくるとかなんとか。
「まあ、かかってこようものなら返り討ちにして……ふわぁ…………寝るか」
考えるのも面倒になり、もう寝るかとリヴァイアサンの姿になろうとしたが、張っておいた魔力探知に反応があった。
(む、近くに人がきておる……見つからないようにこのまま海に入るか!?)
ある程度の深度になればリヴァイアサンに変身しても大丈夫だろう。
そう思ってレヴィアは急いで海へと潜った。
しかし、そこで予想もしないことが起こった。
(あ、あれ!? 人ってどうやって泳ぐのだ!?)
実は人の姿で泳ぐのは初めてだった。
泳いでも泳いでも前へ進まない。
いや、実際は進んでいるのだが、リヴァイアサンと比較すると天と地ほどの差があったため、進んでいないように感じたのだ。
それどころか必死に泳いでいたために忘れていたことがあった。
(あ、人って息継ぎが必要だっ……た………………)
レヴィアの意識が遠のいていく。
沈んでいく体がやけにゆっくりと感じた。
(ベアル……まだ一緒に……)
最後に思い浮かんだのはベアルのことだった。
────
温かい。
まずそう思った。
そして息遣いが聞こえた。
何かを呼ぶ声はとても心地が良く、ずっと聞いていたいと思うほどだった。
「────ア! ──ィア! ────しろ!」
心地よいリズムの声と時折感じる柔らかい感触にレヴィアは身をゆだねていた。
「──ヴィア! ──! レヴィア! しっかりしろ!」
だんだんはっきりと聞こえてくる声に意識が覚醒する。
……この声はベアル?
そして感じる温かい息吹。
気持ちの良いそれは、レヴィアの口に注がれていた。
────ッ!
レヴィアの眼がぱちんと開く。
その瞬間、ベアルの目とレヴィアの目が合った。
すっと顔を放したベアルはホッとした表情になる。
「ああ、よかった……気がついたんだな。一体どうしたんだ?」
しれっとそういうベアルであったが、レヴィアの心は穏やかではなかった。
(今、もしかしてだが……せ、接吻をしていたのではないか?)
女どもに聞いたことがあった。
恋人とやらは互いの愛を確かめるために接吻をするのだと。
「……おい、大丈夫なのか? 記憶はあるか?」
接吻についていろいろと考えている間もベアルは心配そうに語りかけてきていた。
これ以上心配させるわけにはいかん。
「う、うむ、大丈夫なのだ……と、ところでだな……今してたのは……接吻というやつ……ですか?」
言ってる間に恥ずかしくなり敬語となってしまった。
ああ、本当に人の心というものはすぐに乱れてしまう。
「え? ……ああ、そうだが、これは救命処置の一つである人工呼吸というやつだ。風魔法で代用することもできるのだが、こうやって口でやるのが一番安全だからな」
「え? ……接吻に種類があるのか?」
「あ、ああ……どんな種類があるかは分らんが……まあそういうことになるな」
明らかに残念な顔をしてしまったようで、ベアルは少し戸惑ったようにそう言った。
レヴィアはがっかりした。
これは恋人の接吻ではなかったことに。
高揚していた心が冷めると自分が溺れてしまったことを思い出した。
「あ、そうだ。我は溺れてしまったのだった」
「は?」
言葉に出すとあまりにもマヌケな一言だ。
ベアルも目が点になる。
「誰かが来たと思って慌てて海に入ったが泳ぎ方が分からなくて溺れてしまったのだ」
「お前が……溺れて?」
「うむ」
下手に取り繕ってもおかしいので正直に話すことにした。
するとベアルは……。
「お、お前が溺れ……く、くくく、あははははははは!!! リヴァイアサンが溺れるとかどんな冗談だ! あははははは!!!!!!」
「わ、笑うな!」
「だって海王が溺れるとか聞いたことないぞ……く、くくく、だ、ダメだ、ツボにはいった。 あはははははは!!!!」
ベアルは転げまわるように笑い出した。
あまりの爆笑っぷりに逆にレヴィアは戸惑ったのだが……悪い気はしなかった。
「お主笑い過ぎだぞ!」
「くくく……いや、悪い……くくく」
レヴィアはため息をつき視線をベアルからずらすと、ようやく周りの景色が目に入った。
どうやらここはまだ浜辺のようだ。
体には男物の上着がかけられていた。ベアルの物だろう。
「笑いは収まったか?」
「ああ、もう大丈夫だ」
よほど笑ったのだろう、はぁはぁと息を切らしていてお腹を押さえていた。
「お主は何故ここにおる?」
「いや、お前に用事があったんだ。ここに来れば会えるかなと思ってな」
「我に?」
「ああ、人間大陸に旅立つ日が決まったのでな……それを伝えておこうと思って」
「ついにか!」
話は聞いていた。
楽しみにしていたので、もちろんついていくつもりだ。
「10日後の朝に出発する……お前もいくんだろ?」
「無論だ!」
「……よし、伝えたし寝るか……もう溺れるなよ」
「わ、わかっておる!」
「ははは! じゃあな」
そう言ってベアルは去っていった。
ぽつんと一人残される。
「……服、忘れて行ったな」
レヴィアはベアルの大きな服を手に取る。
──クンクン。
とてもいい匂いがした。
────
次の日、レヴィアはぼーっと一日を過ごした。
どうしても昨日の接吻が忘れられなかったからだ。
(ああ、もう感情がついていかない……我はどうすればいいのだ)
考えても考えても答えがでなかった。
結局昨日の接吻はただの救助の方法でしかなかった。
だが、それでもレヴィアは嬉しかったし、もっとしたいと思ってしまった。
(もっとしたら答えがでるのかもしれぬ)
自然に人差し指で唇に触れていた。
そしてハッと正気に戻ると、顔が赤くなった。
(我は今何を考えていたのだ! そんなこと言えるわけがないしできるわけがないのだ!)
ぽかぽかと頭を叩く。
そしてまたぼーっとしだした。
もう、今のレヴィアには以前のように子供が欲しいなんて言えなくなってしまっただろう。
それほどまでに、人の感情というものに近づきすぎてしまっていた。
レヴィアは人そのものになってきているのだ。
(ああ、ベアル……ベアルゥ! 我はどうすればいいのだ!)
発情期でもないのに悶々とするレヴィアであった。
さらに一日がたった。
レヴィアは心機一転、ギルドの依頼を積極的にこなした。
旅立ちまであと9日。
それまでに買いたい物ができたのだ。
以前、女達で買い物に出かけたことがあった。
レヴィアは乗り気ではなかったのだがリーリアがせがむから仕方なく付き添った。
その時、冒険者ご用達の服屋でとても可愛い服があったのだ。
オシャレに五月蠅いナルリースも可愛いと褒めたたえていたので間違いないだろう。
金額も高かったこともあり、これならば美味い飯を食った方がいいと考えていた。
だが今は気が変わった。
────ベアルに可愛いと思ってもらいたい!
────あわよくばもう一度接吻をしたい!
昨日一日考えてでた結果がこれだった。
もうよくわからないから、とりあえず前に進もうという前向きな気持ちだ。
……レヴィアは完全に乙女となっていた。
────
旅立ち前日。
目的のものを購入しようと服屋に行き、目的のものに手を伸ばす。
すると反対側からも服に手を伸ばすものがいた。
それは偶然にもナルリースであった。
「……レヴィア……」
ナルリースは気まずそうにしていたが、その手を離すことはことはなかった。
「お主も服を買いに来たのか?」
「ええ……ちょっと……ね」
「この服を買うのか?」
「……そうしようかなって……」
緊張感のある沈黙が続いた。
お互いに分かっていた。
可愛い自分を見せたい相手が同じだということに。
「我もこの服を買いに来たのだ」
「……まさかレヴィアが買いにくるとは思わなかったわ」
「……そうだな、我も思わなかったが事情が変わったのだ」
「ゆずってはくれないのよね?」
「うむ、これだけは譲れぬ」
さらに気まずい沈黙が続く。
だが、ナルリースがハァとため息をついて覚悟を決めた顔をすると。
「……浜辺にでも行きましょうか」
そう言った。
浜辺へとついた二人は何も言うこともなく距離を取った。
「じゃあ……そういうことよね?」
「うむ、異論はない」
互いに魔力を高め合う。
これは服をかけた勝負であった。
────
結果はレヴィアの圧勝であった。
そもそもの実力差もさることながら、オルトロスを喰らったレヴィアに敵う者はもはやベアルだけだろう。
ナルリースもそれは分かっていたのだが、なにもせずに引くことはできなかった。
「私の負けだわ」
「お主も強くなっておるな」
「でも全然とどかなかった」
「だが、まだ勝負は決まったわけではあるまい?」
レヴィアがそういうと、真剣な顔でナルリースは頷く。
「ええ、戦闘では敵わないけど……恋愛では負けないわ」
「うむ、我も負けぬ」
そうして二人でにこっと笑いあった。
友情が芽生えた瞬間だった。
二人で一緒に服屋に戻ると、そこには例の服がもうなかった。
定員に聞いてみると、少し前に売り切れたという。
レヴィアはショックを受けたが、ナルリースが励ましてくれたのでどうにか持ちこたえた。
この後、二人はお互いの服を選び合ったりして、とても仲良くなったという。
そして旅立ち当日。
ほとんどのメンバーは集まっていたのだがシャロだけが遅れていた。
そして現れたシャロにレヴィアとナルリースは愕然とした。
「お待たせーごめんね~。 今日から旅だし新しい服にしたんだー。 この間の服可愛かったし僕買っちゃったよ! ほら見て~」
「「お前が買ってたんかーい!」」
見事に二人の声がハモった瞬間だった。




