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ナルリースの苦労 中編


 

 タペリ王国というのは、魔族大陸の中でもかなりの小国であるらしい。

 シャロの話によると、海と山岳に囲まれて、小さいながらも豊かな土地なのだとか。特に果物が美味しくエルフとの貿易が盛んであった。

 エルサリオスの事件で輸出が止まってしまったために、王子自ら事実確認をするために来たのだろうと推測していた。


 早朝、町長の家の前に集合する。

 ナルリース達はもちろん、意外にもバルドラン王子も集合していた。


「よくぞ俺のために集まってくれた! 礼を言うぞ皆の者!」


 王子は朝からテンションが高い。

 反対にナルリース達の間でテンションの高いものは一人もいなかった。


「特にナルリースとやら……本日は俺のために道案内を頼むぞ」

「それは承知しております。仕事ですので」

「がはは! その態度がたまらないな! まあこの調査が終わることには変わっているだろうけどな」


 何が変わるというのだろう。

 ああ、なるほど。

 さらに嫌悪感が強くなるということか。

 それなら納得できた。


「では早速出発したいと思いますが……王子のおつきの者はいないのですか?」

「そんなものは必要ない。俺は最強だといっただろ? それに食事と寝床はお前たちが準備してくれるのだろう?」

「それはそうですが……」

「ならば問題ない。出発しよう」


 王子はそう言うと、ノリノリで先頭を歩き出した。

 ナルリースはため息を漏らしながらもそれに続く。



 一応予定では一泊二日の行程だ。

 特別なにか変なことが起こらない限り、明日の昼には帰ってこれる予定である。

 むしろ一刻も早く終わらせたいから急ぐ予定ではある。

 その為にも王子には余計な行動をとらせないために釘をさしておこうと思った。


「王子、先頭は私が歩きます。王子は隊列の真ん中にいてください」


 ナルリースがそう言うと、ピクリと反応して立ち止まった。


「それでは俺が先陣を切って戦えんではないか!」

「えっと……それはですね……」

「王子は切り札なんですよぉ~」


 ナルリースが言葉を選んでいると、シャロがニコニコしながらそう言った。


「ほう……なるほど、そういうことか! ならば仕方ない……お前たちのピンチに俺が颯爽と助け出してやろうではないか」

「わぁうれしいな……」


 感情のこもってない声でプリマが続く。

 

「がははは! 任せろ!」


 満面の笑みでそう言うと隊列の真ん中へと下がっていく。


 ……シャロもプリマも……扱いが上手いわね。

 ナルリースも見習わないとと思ったが、どうしても性的嫌悪感が勝ってしまった。

 何故自分がここまで苦手なのかもよくわからないが、頑張って耐えよう。どうせ明日までだ。


「では改めて出発しますね」


 


 迷いの森に入って数時間。

 ナルリースは前方に魔獣の気配を感じ立ち止まる。


「ジェラ」

「了解にゃ」


 ジェラと位置を交換し、警戒態勢に入る。

 

「お? もしかして魔獣でも出たのか!?」


 王子がでかい声でそう言うと、ずずいと前へ躍り出た。


「なにを!?」

「先陣を切る! がははは! 俺の雄姿をそこで見ているがいい!」


 そう言って、前方へと突撃し出した。

 魔獣もこちらに気がついており、王子めがけて襲い掛かる。

 

「せい!」


 振るう剣は空を切が、魔獣も警戒をして一定の距離を取る。

 しばらくのにらみ合いのあと、一進一退の攻防が繰り広げられた。


「…………」


 ナルリース達はその様子を信じられないという表情で見ていた。

 それもそのはず……相手はDランク相当の魔獣だったからだ。


「あの実力で魔王とか守ってやるとか……ふざけすぎ」

「さすがに……ねぇ」


 リーリアとプリマも開いた口が塞がらないでいた。

 

「ふーむ……お腹空いたな」


 レヴィアに至っては王子のことなど眼中にないようで明後日の方向を向いていた。

 

 そんな中、ナルリース達が呆れているともしらずに王子は必死に戦っていた。

 しかし膠着状態に業を煮やしたのか王子は捨て身の突撃をする。


「えいやああああ!!!」


 魔獣は攻撃を避けると、隙だらけの背中に爪を突き立てようとするが、爪は王子には届かなかった。

 逆に体を真っ二つにさた魔獣が地面に転がった。

 ハルバードを振り血を払いながらジェラが言う。


「あんな捨て身の突撃なんて読まれやすいからダメにゃ。それまでは善戦してたんだからもっとじっくりと待つにゃ」

「な、なんだと!? あれは俺の作戦だ! あのあと反撃するつもりだったのにお前が余計な手出しするから!! ていうか人の手柄を奪っておいて何を偉そうに言ってるんだ! こんな強い魔獣は俺だから戦えていたんだぞ!? そこをわかっているのか!」

「えー……なんでそうなるにゃ……」


 王子はふんっと鼻息を荒くして剣を収める。

 

「よし、準備運動も終わったしガンガン進むぞ」


 そう言ってまた先頭を歩き出すのだった。

 


 ────



 ナルリースは後ろを振り返る。

 するとすでに疲弊してバテバテの王子が肩で息をしていた。


「……王子、やっぱり休みましょうか?」

「はぁはぁ……必要……ない……うぷ」


 まさかここまで体力がないとは思わなかった。

 完全に計算外である。

 このままでは到着はおろか、中間地点までいけなさそうである。


 実は先ほどから休憩を入れようとしているのだが、王子は「大丈夫だ」と頑なに休憩を拒み一人で歩き出してしまっていた。

 本当にプライドだけは無駄に高かった。

 

 困っているとジェラが近づき耳元でささやいてきた。


「プライドの高い奴は他の理由があれば従うにゃ。だから少し早いけどお昼休憩とかにしてしまうにゃ」

「なるほど」


 その通りだと思った。

 なのですぐにそれを実行する。


「王子、実は私たちはお腹がペコペコなのでお昼にしたいのです。だから休んでいただけないでしょうか?」


 すると王子は振り返り、一瞬笑顔になるが、すぐに真顔になって。


「そこまでいうのなら仕方ない。俺は疲れてなどいないが休んでやろうではないか」

「助かります」


 その場で一時間ほど休憩することとなった。

 

 ナルリースがこれからどうしようか考えていたら、リーリアが隣に座ってきた。

 

「困ったね」

「本当ね」


 王子は地面に寝転がり、ぐーがーと大きないびきをかいて寝ていた。

 

「本当に暢気のんきだね……ここまでダメだとは思わなかった」

「……本当ね」


 戦闘で使えないくらいならいい。

 だが体力がないのは困る。


「背負っていく……のは絶対に嫌だね」

「絶対に嫌! それなら一日延びた方がましね」

「だよね……うーん、お父さんがいてくれたらなあ」

「ベアルさんなら絶対に何とかしてくれるわね」

「うん、王子を引っぱたいて歩かせるか、魔力の糸で引きずってでも無理やり引っ張っていきそう」

「うふふ、ありえそうね」


 どんなに嫌な時でもベアルの話題になると二人の間には笑顔があった。

 そうして話題はどんどん膨らんでいく。


「お父さんがすごいのは戦闘だけじゃなくて、こういう時はどうすればいいのかすぐに答えを出せるってこと」

「それだけ頭がいいのね。たまに突拍子がないことも言ったりするし」

「うん、お父さんは私のこと頭いいっていうけど全然敵わないよ」

「そんなこと言ったら私は立つ瀬がないわ」


 ナルリースは自身の決断力と行動力のなさに肩を落とす。

 自分はAランクリーダーとしては他パーティーより劣っているのではないかと本気で考えていた。

 戦闘力、決断力、思考能力、すべてを備え持ったものが真のリーダーなのだと。

 そういう意味で王子を制御できないことで自信失ってしまった。


「……今、ネガティブな考えていたでしょ?」

「う」

「ナルリースは顔に出やすいからね」

「……はぁ……やっぱり私ってダメなのかしら」


 膝を抱えて座り、あごを膝の上にのせて遠くをぼんやりとみる。

 哀愁漂うその姿はベアルがみたら喜んでしまう可愛さがあった。

 そんなナルリースを見てリーリアはジト目になる。


「ナルリースってずるいよね」

「っえ!? なんでそうなるのよ」

「だって可愛いもん」

「えぇ!?」

「お父さんの心をくすぐる動作が憎い」

「えぇ…………」


 自覚していないだけにそんなことを言われてもただただ戸惑うだけだった。


「そ、そんなことよりこれからどうするか一緒に考えてくれるのよね?」

「うん、でもお父さんと付き合う方法は自分で考えてね」

「わ、わかってるわよ」

「……やっぱり付き合いたいと思ってるんだ?」

「~~~~~~ッ! あーもう!」

「あはは! ごめん、一緒に考えよ?」


 顔を真っ赤にして怒るナルリースをなだめながら、これからどうするのか考える二人であった。


 ──


 現状を打開する案が浮かばずに、結局中間地点辺りで野営をすることになった。

 だが、ここでも問題が発生する。


「なんだと!? 俺に一人で寝ろというのか!?」


 リーリアが土魔法で簡易テントを作ったのだが文句を言い始めた。


「えっと……一人で寝ることの何が不満なのですか?」

「俺はいつも女と寝ている。冒険者なのだから夜伽くらいできるのだろう?」


 王子の一言でみんなの殺気が高まる。

 こいつ今なんて言った?

 リーリアはすでに剣を抜こうとしていた。

 

「……冒険者はそういうことはいたしません。勘違いされては困ります」

「なに!? そうなのか? じゃあ追加でゴールドも支払おう」

「そういう問題ではないんですっ!」


 ナルリースはいい加減嫌になり始め、吐き捨てるように言った。

 すると王子は顔を緩め、ニヤニヤと気持ち悪い笑いをしだした。


「くっくっく、ナルリースよ……お前が俺と一緒に寝ろ。でないとこの依頼は失敗にするぞ」

「は!?」


 王子こいつは本当に腐ってる。

 ていうか本気で無理。

 ナルリースは体中に鳥肌が立ち後ずさる。

 

「いい加減にして」


 リーリアが一瞬にして王子の喉元に剣を突き付けた。


「な、なんだ貴様は! 俺に向かってそんなことをしていいと思っているのか!?」

「なんなら殺しても構わないと思ってる」

「ふ、ふざけるな! 俺は王子だぞ!? 俺を殺したらタペリ王国が黙ってないぞ!」

「魔王と名乗ってるくせに国に頼るの? 本当にださい」

「貴様!」


 王子は無理やり動こうとしたせいで、かすかに肌が切れ血が流れた。


「いてぇ!! 貴様! 本当にやりやがったな!」

「お前が動くからいけない」

「いいか……覚えていろよ……お前のことは一生忘れないからな」

「別にいいよ。私は忘れるから」

「ふ、ふざけやがって!」

「どうでもいいけど、一人で寝るの?」

「お前のせいで白けたわ!」

「あっそ」


 リーリアが剣を収めると、ドカドカと土テントの中に入っていった。


「……リーリア、ごめんねありがとう」


 ナルリースは自分のしりぬぐいをさせてしまったことに深く落ち込むと共に感謝の意を伝えた。


「ううん、私もムカついただけ」


 そう言って笑った。


「師匠! かっこよかったです」

「リーちゃんやるねえ!」

「リーリアがいかなかったらあたしがぶん殴ってたにゃ」


 それぞれ思う所はあったがスカッとしたのは全員同じであった。

 しかし、明日からまた大変だなあと思ったのも全員同じであった。



 

 翌日、王子は目の下にクマをたずさえ起きてきた。

 すでに皆は起きていて朝食の準備は済ませている。


「……お前が一緒に寝なかったから寝られなかった。今日は調子が悪いからここで一泊するぞ」


 何か言ってくるとは思っていた。

 だが、まさかこんな駄々っ子のような反応に出るとは思わなかった。


「それは困ります。日程はすでに押しているのです。今日にはエルフ城に着かないと!」

「お前らの予定など知らん! いいか? これはお前が一緒に寝なかったのが悪いんだ! だから俺は飯を食ったら寝るぞ!」


 もはや何を聞く気もないと言わんばかりにドカッと地面に座った。

 ナルリース達はお互いの顔を見渡し、ハァとため息をついた。


 もう失敗でもいいんじゃないか。

 ナルリースはそう思い始めてきた。

 依頼失敗という経歴は残るが、それ以上に現状に辟易へきえきとしていた。

 皆が疲れ切っている中、レヴィアが立ち上がり王子の元へと向かった。


「おい、お主の目的はなんだ?」

「ん? なんだお前は」

「ここに来た目的は何かと聞いておる。お主も目的があるからここに来たのだろう? ならばそれを達成しないと怒られるのではないか?」

「うぐ」


 レヴィアが正論を叩きつけ、さらに続けた。

 

「王子が失敗して帰ったとなると、お主の経歴にも傷がつく。そしてそれはタペリ王国の失敗とも取れるわけだ。それは困るのではないか?」

「……それはそうだが……」

「ならば飯を食ったら歩くのだ。それがお互いのためでもあるのだからな」

「うぬぬ……」


 ぐうの音も出ないとはこのことである。

 朝食を食べた後、しぶしぶと歩き出すのだった。


 

 ────



 そこからは順調とは言えないものの、ゆっくりとだが前へ進んだ。

 そして日が沈むころにようやくエーデンガイム城下町跡地へとたどり着く。

 現在ここは廃墟となっており、誰も住んでいない場所となっていた。


「宿に行きましょう。荒れているとは思うけど、外よりましだわ」

「さんせー」

「………………」


 王子は満身創痍になっており発言をすることすらできないでいた。

 どうでもいいから早く寝たいといったところだろう。

 ナルリース達にとっては楽なのでこのまま調査したいくらいだ。


 宿に着くと多少荒らされていたが、備品は十分に使えたのでそれぞれ一部屋使うことにした。今日はゆっくりベッドで寝られる。その誘惑に勝てる者はいなかった。


 だが、皆が就寝したその時、事件は起こる。


 ぎし……ぎし……。


 静かな廊下に誰かの足音が響く。

 ナルリースはもちろん他の皆もそれに気づくのだが、階段を下りて行ったので誰かがトイレに行ったのだろうと思いそれほど気にしなかった。

 だが、しばらくしても誰も戻ってくる気配がなかったので、ナルリースは不審に思い、階段を下りて確かめることにした。


 トイレには誰もいなく、ロビーにも誰もいない。

 それどころか気配はすでに宿の中にはいない気がした。

 

(まさか!?)


 ナルリースは慌てて王子の部屋へと入る。

 そこは……もぬけの殻だった。

 異変に気がつき続々と部屋から飛び出してくる。


「何かあったにゃ?」

「王子が宿からでていったわ!」

「なんでそんなこと!?」

「うーん、僕たちを困らせるため?」

「あの王子だからただ単に散歩とか?」

「ふむ、あんなに疲れていたのにそんなことをするか?」


 お互いに顔を見合わせ意見を出すが、すぐにそんなことを言っている場合ではないと気付く。


「とりあえず追いましょう!」


 一同はこくんと頷いた。



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