ナルリースの苦労 前編
2章と3章の間の話です。
ストーリーとは関係ないので間章としました。
オルトロスを倒し、フォレストエッジの町へ戻ってきてから数日が経ったある日のこと。
ナルリースは毎日の習慣からギルド掲示板の確認に来ていた。
ジェラやシャロの姿がいないのは、ナルリースが依頼を受けてくる役目を担っているからだ。
そもそもあの二人に毎日確認をするというマメなことが出来るわけもなく、必然的にナルリースの仕事となった。
掲示板の前には冒険者が群がって依頼を取り合っていた。
朝のこの時間は新規の依頼が多く、割のいい依頼を取ろうと躍起になっているのだ。
その中に珍しい顔がいたので思わず声をかけた。
「レヴィアじゃない! どうしたの?」
質問をしてからしまったと思った。
レヴィアは数日前に冒険者となっていたのだった。
そんなレヴィアが掲示板の前にいるのだ、依頼を受けようと思っているに違いない。
するとやはり予想通りの返事が返ってくる。
「ナルリースか。うむ、いい依頼がないかと思ったのだが……」
そういって顔をしかめる。
レヴィアの冒険者ランクはGであるため、しょぼい依頼しかないのだ。
「最初は仕方ないわよ。こつこつと頑張って冒険者ランクを上げるのよ」
「うむ……分かってはいるのだがやる気が起きなくての」
「美味しいもの食べたいんでしょ? なら頑張るしかないわよ」
「そうだったな……よし!」
レヴィアは一つの依頼をもぎ取るとカウンターまで歩いて行った。
そうして受付を済ませると、
「すぐに終わらせてくるぞ! 一日に何個も依頼をこなすのだ!」
そう言うと張り切ってでていった。
「食は魔獣をも動かすのね……」
正直、レヴィアは仕事なんてしなくても海に行けば生活には困らない。ていうかリヴァイアサンとして海にいればなにも困ることがない。
だが、レヴィアは料理という存在を知ってしまった。
それは人生を動かす動機としては十分であったようで、今では全世界の料理を食べるというのが目標となっている。
そのためにはお金が必要なので、冒険者という道を選んだのだった。
でもこの調子だとしばらくは豪華な食事はとれなさそうである。
それとレヴィアには他にも目的があった。
その話を聞いた時はナルリースも耳を疑ったのだが、レヴィアが真剣だったためにすごく動揺したのを覚えている。
(ベアルさんの子が欲しいだなんて……そんな堂々と言えるレヴィアが羨ましいわ)
案の定、「このままだとヤバいよ! もっと誘惑しないとダメだよー」とか「ナルリースもすぐに告白するにゃ! 行動あるのみにゃ!」とシャロやジェラが、かからかっているのか本気で言ってるのかわからないアドバイスをしてきた。
私はもちろんそんなことは出来ないので、「からかわないでよっ!」とお決まりのツッコミをしてお茶を濁すしかなかった。
それどころかレヴィアの行動力に嫉妬して、「子供はお金がかかるのだから、まずはお金がないと町では生きていけないわよ!」なんて言って、レヴィアを説得するのに必死だったのだ。
(私って本当に嫌な女……こんなんだからベアルさんは私のことを見てくれないんだわ)
自己嫌悪とネガティブ思考によってどんどん沈んでいく。
……いけないいけない。
依頼を確認しないとね。
掲示板に目をやると、珍しくAランクの依頼書が貼ってあった。
(えっとなになに……『急募!! 女性、強くて可愛い冒険者を6人募集! 代表がAランクなら他のメンバーはどのランクでも可! 詳しくは町長の館まで』……ですって!?)
珍しいこともあるものだ。フォレストエッジの町長からの依頼なんてほとんど見たことがなかった。
そもそも町長の依頼なら掲示板に張らずにギルド長を通しての依頼することがほとんどである。
(女性6人ってのが不思議よね)
なにやら怪しい雰囲気を感じる。
多分ギルド長もそれを感じて掲示板に張ることにしたのだろう。
受けるなら自己責任ということだ。
うーん……どうしよう。
普段なら絶対に受けないところだが……金額がすごかったのだ。
(これなら6人で割っても普段の5倍はあるわ……)
悩んでいるのにはもう一つの理由もあった。
この依頼は代表がAランクなら他のメンバーは強くて可愛ければ誰でもいいってことである。
(強くて可愛いメンバー6人……心当たりがあり過ぎるのよね)
正直、思い浮かべている6人なら何が起こっても対処できる自信があった。
それにレヴィアはお金を欲している。
冒険者になる後押しをした手前、少しの罪悪感があったのだ。
(美味しいものを食べたいって言ってたし……受けてもいいかもしれない)
とりあえずまずはメンバーに声をかけてみようかしら。
人が集まらないことには依頼は受けられない。
皆に声をかけるためギルドを一旦後にするのだった。
──────
「よくぞ依頼を受けて下さりました! 感謝しますぞ!」
部屋に通された後の第一声がそれだった。
本当に嬉しそうな町長の表情に若干の違和感を覚えながらも、
「私が代表のナルリースです。どうぞよろしくお願いいたします。そしてこちらの右手の奥から、ジェラ、シャロ、リーリア、プリマ、そしてレヴィアといいます」
「噂はかねがね聞いておりまする。妖精の輪舞曲のお三方に美少女ルーキーリーリア。ケルヴィ殿の弟子プリマと底なし怪物のレヴィアですな?」
驚いた。
私たち妖精の輪舞曲のことは当然知っているとは思ったが、まさかレヴィアまで知られているとは思いもしなかった。
「私たちのことを知っていたとすると……もしかしてこの依頼は……」
「はい、あなたが受けて下さるだろうと思って出させていただいたのですよ」
確かに条件が特殊すぎた。
この町でAランクで女性限定となると、まず候補に上がるのが私たちだろう。しかも6人となるとこのメンバーしか考えられない。
最初からナルリース達に依頼をする予定だったのだ。
「でしたらギルド長を通していただけたら……」
「ふむ……実はディラン殿には断られてしまいましてな」
「……やはりそうでしたか」
そもそも町長が依頼をするなんてよほどのことだ。
それをギルド長は断った。嫌な予感しかしなかった。
「取り合えず……内容を聞かせていただいてもよいでしょうか?」
「そうですな……実は────」
バンッ!
町長の話をさえぎるように勢いよく扉が開けられた。
部屋の中に入ってきたのは身なりの良い若い男だった。
「町長よ! 話が長い!! 待ちくたびれたぞ!」
そう言って並んでいるナルリース達をじっくりと値踏みをするように見渡した。
「ほうほう……冒険者というからゴツイ女を想像していたが……なかなか粒ぞろいではないか!」
「……町長、この人は?」
ナルリースは男の無礼な態度に我慢できずに町長に尋ねた。
すると町長が話をするまえに男が前にでて語りだした。
「俺の名はバルドラン。魔族大陸北部にあるタペリ王国の王子だ。依頼は俺が町長に言って出してもらったのだ! もちろん女で可愛いっていうのは最低条件だけどな! がはは!!」
ナルリースは本当かと町長を見る。
町長はこくんと頷いた。
そんなやり取りの間も王子の話は止まらなかった。
「今回はお忍びでエルフ王国の調査に来たんだ。なーに、ちょっと案内してくれるだけでいい。戦闘は俺様に任せるといい、なんていったって北の魔王と呼ばれているくらい最強だからな! だからお前たちは俺が守ってやるぞ、がははは!」
腰に手を当てて大口を開けて笑っていた。
私は呆れていたが、後ろをちらっとみるとリーリアが明らかに不機嫌そうな顔をしていた。
多分、北の魔王という言葉と最強という言葉にイラっとしたのだろう。その気持ちはよく分かった。
……しかしなるほど。
何故ギルド長が断ったのかがよく分かった。
この王子のことを知っていたから依頼を受けなかったのだ。
だが町長としては王子に何かあると困るので、過剰ともいえる護衛をつけることにしたというわけだ。
しかもエルフ王国の調査となると迷いの森を通らないといけない。これは完全にナルリースに向けられた依頼だったのである。
「そういうわけです……依頼を受けて下さいませんか?」
町長が申し訳なさそうに頭を下げていた。
はっきりいって気乗りはしないが、断ると町長が可哀そうである。
移動中さえこの態度に我慢できれば依頼は達成できる。
それに町長に恩を売っておくのも今後の活動にプラスになるだろう。
王子の実力がどれくらいなのかは知らないが、このメンバーなら魔獣にやられる心配はないしね。
「ちょっとメンバーと話し合いをしてもいいでしょうか?」
「がはは! 誰が俺と付き合いたいとか、そういう相談か? いいだろう存分にしたまえ!」
「…………失礼します」
凍り付いた笑顔を浮かべてしまっていたが、王子は鈍感そうなので大丈夫だろう。
そのままみんなの元へと行き、そのまま壁沿いへと下がっていった。
「むかつく」
いの一番にそう発言したのはリーリアであった。
「わかる」
「同じく」
「殴りたいにゃ」
「くだらん」
やはりそれぞれ同じことを思っていたようだ。
だからナルリースは一番大事なことを聞いた。
「依頼……受けてもいい人はいる? 私は仕方ないからやるけど、嫌な人がいたら無理強いはしないわ。6人と言われたけど交渉して減らすことは出来ると思うから」
「あたしはやるにゃ。さすがにナルリースだけにやらせるのは可哀そうにゃ」
「まあ同じパーティーだしね~僕もやるよ~」
すぐに賛成してくれたのはジェラとシャロだ。
うん、信じてた。
内心ほっとした。
「我もやるぞ。ちょっと我慢すればごちそうがいっぱい食べられるのだろう? そう思えばどんな苦労も苦ではない」
レヴィアもやってくれるようだ。
「あたしも実は先立つものがなくて……でもこの依頼をこなせばお金を気にせず修行ができます」
貧困生活に苦しんでいたプリマもやる気を見せた。
あとはリーリアだけど……。
「……はぁ、皆がやるなら私もやる。それにちょっとエルフ城跡地も見ておきたいしね」
リーリアには別の思惑があるようだった。
何がともあれ無事に皆の了解を得た。
ナルリースは再び町長に向き合った。
「この6人で依頼を受けさせていただきます」
「おぉ! そうかそうか! ありがとうありがとう!」
深く感謝された。
町長も困っていたのかもしれない。
助けになれたようでよかった。
「がははは! やっぱり皆俺に惚れてしまったか! もてる男はつらいぜ! 夜伽は順番にだぞ? がはははは!」
こいつは本当に王子なのだろうか?
品がなさ過ぎた。
早くも殴りたくなってきた。
はあ……なるべく早く依頼を終わらせよう。
「では、明日の早朝からでよろしいでしょうか?」
「なんだ、今からでもいいのだぞ?」
「こちらも準備がありますので……あと道中は私たちの指示に従ってもらってもよいでしょうか? 冒険者としてのルールもありますので」
「なに? 俺に指図するだと!?」
「はい、でなければ案内することはできません」
ナルリースの言い分に一瞬顔をしかめた王子だが、しばらくナルリースの体を舐めまわすように視姦したのちニヤニヤとしだした。
そして前にでるとナルリースの両手を掴んだ。
思わぬ行動と気持ち悪さにぞっとしたナルリースだったが表情には出さないように我慢した。
「お前気に入ったぞ……こういう女はなかなかいなかった。……まあそういうのも悪くない。ひひ、いいだろう」
「では明日の早朝に出発ということで! 失礼します」
「──あっおい!」
ナルリースは腕を振り払うと後ろに下がった。
後ろに待機していた皆に目配せをすると一斉に部屋から出て行った。
────
「ああああぁぁぁぁ!! 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!」
ギルド酒場で思わず叫んでいた。
「ナルリース落ち着くにゃ」
「発狂してる……めずらしいねぇ」
いつものメンバーで酒場で飲んでいた。
掴まれた腕を何度も水で洗ったが、まだ感触が残っている気がする。
ナルリースは泣きそうになりながら布で何度も拭った。
それと同時にいつもより強い酒をあおるように飲み干した。
「明日出発なんだからさ……ほどほどにね」
いつもは面白がるシャロも今日ばかりは本気で心配している。
「受けなきゃよかった……」
そうつぶやいた時だった。
「何が受けなきゃよかったんだ?」
突然の声に驚いて振り返ると、そこにはベアルがいた。
「べ、ベアルさん!?」
だらしない姿勢で飲んでいたナルリースは大慌てで姿勢を正した。
シャロが自分の席を空けて、どうぞどうぞとベアルを誘導する。
そしてナルリースの横にはベアルが座った。
「ナルリースがそんなに飲んでるなんて珍しいじゃないか……大丈夫か?」
そう言って頭に手を伸ばすと、頭を撫でるように乱れた髪を整えてくれた。
ナルリースは恥ずかしさでいっぱいになりさらに顔は真っ赤となる。
向かいの席ではシャロとジェラがニヤニヤとしていた。
(ああもう! すさんでいた心がすぐに幸せいっぱいになってしまうなんて! 私って単純な女なんだわ)
撫でられている時間、ナルリースは瞳を閉じ、すべてを忘れ、ただただ幸福を味わっていた。
「で、どうしたんだ? 話せる内容なら聞くぞ?」
「えっと……ちょっと嫌なことがあったんです」
頬を染め塩らしくそう答えるナルリースは完全に乙女となっていた。
「嫌な男と会って……それで無理やり腕を掴まれてしまったから、その……気持ち悪くなってしまって」
「おっと……そうだったのか」
そう言ったら何故かベアルも髪を撫でるのを止めてしまった。
(ああっ! ベアルさんは止めなくてもいいのに!)
心で叫ぶが、それを声に出す勇気はなかった。
「ベーさん~ナルリースの腕を掴んであげてよー上書きだよ上書き。嫌な思いを忘れさせてあげてほしいんだ」
(ってシャロ! 何言ってんのよ! でもナイスだわ!)
「上書きってなんだよ……でもそれならお前たちでもいいんじゃないか? それにナルリースはあまり触れられるのは好きじゃないんだよな?」
「だからそれは嫌な相手だけだって~! ベーさんならいいんだよー。僕たち女の子じゃ上書きされないからダメなの」
「そ、そういうものなのか」
ベアルはナルリースの表情を窺った。
ナルリースは何度もコクコクと頷く。
「それじゃ……するか?」
「…………お願いします……」
ナルリースは今にも消えそうな声でそう言った。
恥ずかしさからか、すでにベアルの顔は見れないでいる。
そっと腕に優しく手が添えられる。
大きく温かい手はナルリースの腕をゆっくりと包み込むように握られた。
(ああぁぁ……本当に上書きされたみたいにすごく気持ちがいい……)
腕が熱くなると同時に胸も熱くなる。
脈が早くなり、息も荒くなってくる。
(ああダメ! こんな息遣いをしていたら変態みたいじゃない! 心を……心を落ち着けなきゃ)
ゆっくりと深呼吸をする。
この間、ベアルのことは一度も見れていない。
心が落ち着くと、今度は違うことも考えてしまう。
(……ああ、この手で抱きしめられたら私はどうなってしまうのだろう)
そんなことを考え、同時に妄想力豊かな自分に恥ずかしさを覚えた。
(ってバカバカ! 本当に変態なんだから! 今は何も考えちゃダメ!)
「ナルリース……これで大丈夫そうか?」
ベアルは純粋に心配してくれている。
それなのに私は破廉恥なことを考えていた。
その事実にナルリースの顔はさらに赤くなった。
だがそんな幸せな時間も終わりを告げる。
ベアルの飲み仲間であろうケルヴィとディランが酒場へとやってきたのだ。
「おう! ベアル! 待たせたな……って先客か」
「ああ、ちょっとな。先にディランと始めててくれ」
「あ……私は大丈夫ですのでいってきてください!!」
「そうなのか? でも──」
「ほ、本当に大丈夫ですので……」
「そうか? ……わかった。無理はするなよ?」
そう言ってベアルは向こうに行ってしまった。
その様子をみていたシャロは、
「なんで追い出しちゃうのさー、依頼の話聞いてもらえばよかったのに」
「それはダメよ。だってリーリアもいるのよ? 話したら王子が……大変なことになりそうじゃない」
「……あ、確かに……」
そう、話すわけにはいかなかったのだ。
ベアルは何がともあれリーリアが一番だ。
そんなリーリアがヤバい王子と一緒なんて絶対にゆるさないだろう。
下手をしたら王子がこの世から消えてしまうかもしれないのだ。
……まあ正直それでもいいと思ってしまったのだが。
「まあ、何がともあれナルリースが元に戻ったのならよかったにゃ」
「それはそう」
「……気分は本当に最高よ……私もう腕を洗わないわ」
撫でられた髪と腕を手でなぞりながらニヘリと笑みを浮かべた。
「ナルリース…………その笑い……王子みたいだよ」
その一言で、すぐに最悪な気分になった。




