81、リーリアの決意
翌日、ギルド前には人だかりができていた。
行き交う人々も何事かと足を止めている。
あの場所は……丁度リーリアとの待ち合わせの場所だが……。
俺は人混みをかき分け、中心部にたどり着くと、そこにはお姫様みたいなリーリアがいた。
「あ、お父さん!」
「…………リーリア?」
一瞬誰だか分らなかった。
冒険者とは無縁のようなサラサラな髪に、本来の可愛さをより引き立てているナチュラルメイク。汚れ一つなく可愛く仕立てられた服。
リーリアの魅力をすべて引き出した完璧な姿であった。
俺が呆然としていると、後ろからトンと前へ押し出された。
振り返るとシャロがニヤニヤしていた。
「めっちゃ可愛いでしょ~。今日のために気合入れたんだからベーさんもしっかりしてよ~」
「あ、ああ」
普段と違う様にすっかり見とれてしまっていた。
そうだ、俺のためにしてくれたことなのだからしっかりしないとな。
自分を一括すると、リーリアの前に立った。
「リーリア、すごく可愛いぞ」
「え、本当!?」
「ああ、本当に可愛い」
「えへへ」
もじもじと照れている姿も可愛い。
本当にどこかのお姫様と言われても遜色がない。
周りからは、「あの子期待のルーキー冒険者だよな」「あんなに可愛かったのか!」「将来は絶対美人になるな」「今のうちに声かけようぜ!」「リーリアちゃーんかわいいよー!」などと野次馬どもが騒いでいる。
それでも暴動が起きないのは、ジェラが斧を取り出してけん制してくれているからだ。横ではナルリースも睨みを利かせていた。
(3人ともありがとう)
俺は心の中で感謝をする。
「お父さんも新しい服買ったんだ?」
「ああ、まあな……似合うか?」
「うん! かっこいい!」
さすがに旅をすると普通の冒険者の服はすぐにダメになってしまう。
それに加え戦いも激しかったことから、いたるところが傷んでいたのだ。
今日はデートということもあり新調していたのだった。
俺はその場で膝をつき、リーリアの手を取った。
「お姫様、俺とデートをしてくれますか?」
「はい、喜んで!」
そのまま手をつなぎ歩き出そうとした。しかし目の前には野次馬の群れ。
俺は野次馬どもに殺気をばら撒く、すると蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「お父さん殺気すごいね」
「リーリアに見惚れていたやつは全員敵だからな」
「そうなのっ!?」
「ああ、悪い虫がつかないように今のうちにな」
「……大丈夫だよお父さん」
リーリアは俺の手を引き耳元でこう囁いた。
「お父さんより強い人じゃないと付き合う気とかないから」
「……そうか」
……俺は今、ニヤけていないだろうか。
嬉しくて飛び跳ねたいところだが我慢をする。
いつまでも……誰よりも強くあろう。そんなことを思った。
「では改めて行こうか……どこか行きたい場所はあるのか?」
「うーん、お父さんと一緒ならどこでもいいけど……」
「なら俺に任せろ」
「うん!」
俺たちは再び歩き出す。
────
デートの時間はあっという間に過ぎていった。
中央広場で焼き菓子を食べ。
露店を回って大はしゃぎし。
冒険者ご用達の服屋でお互いの意見を取り入れた服を選んだり。
高級な店で食事をして。
店から出てきたころには日も暮れていた。
「ねえ、お父さん! 海に行こ!」
「ああ、わかった」
長い道を手をつなぎ歩き、他愛のない話をしながら、浜辺へとたどり着いた。
そこは真っ暗な空間と波の音だけが支配していた。
だがそんな海は俺たちにとっては自然の風景だ。
むしろ懐かしささえ感じる。
「なつかしいね」
「ああ、そうだな」
どうやらリーリアも同じことを思っていたようだ。
「ひゃっほー!」
「おい!?」
リーリアは靴を脱ぎ捨てると裸足で砂浜をかける。
そしてそのままバシャバシャと海に入った。
「せっかくの服が濡れるぞ」
「いいの! お父さんも早く!」
……仕方ないな。
俺も靴を脱ぐとゆっくりと波打ち際へとやってきた。
「えーい! えいっ!」
「うお! 冷た!」
海水を手で救うと俺に向かってかけ始めた。
サラマンダーの季節が終わり、ノームの季節が始まろうとしている時期だ。海水は思ったより冷たかった。
「やったな! お父さんは負けないぞ!」
「あははは!」
服がびしょびしょになるまでやりあうのだった。
焚火を前にリーリアとくっつきながら温まっていた。
すこしガタガタと震えている。
「ちょっとはしゃぎすぎたな」
「うん、でも楽しかった」
「……そうだな」
綺麗に仕立ててもらった服がびちょびちょで砂にまみれている。
だがそんな姿でもリーリアの可愛さは失われていない。
むしろあどけなさが引き立ち、さらに魅力的だともいえる。
「ねえ、お父さん」
「ん、どうした」
ついに来たか……。
俺の心がざわつきはじめる。
何か話があるんだろうとは思っていた。
そしてそれは多分、昨日の話だろうとも。
「私ね……昨日の夜、改めて考えたんだ……私はどうしたいのかなって」
「……ああ」
うるんだ瞳が俺を見つめる。
そんなリーリアの頭に手を置くと優しく撫でてやった。
すると嬉しそうに目を細めた。
「お父さんが撫でてくれるの好き。優しくて温かくて、すごく安心するの」
「いつまでもやるぞ」
「うん……いつまでもやってほしい」
だが、言葉と行動は違っていた。
リーリアは俺の手をつかむと、そのまま自身の顔にすり寄せる。
「私ね、一生懸命考えたんだ。もし町で一緒に過ごしたらーとか、私だけこの町に残ったらーとか」
「……ああ」
「でもね、いろいろ考えたけど……結局、私が望むのはお父さんと一緒にいること……それだけだったの」
「そうか」
「でね? この町で二人で遊んですごしたら楽しいだろうなって……そう考えようとしたけど……それは幸せじゃなかったんだ」
「そうなのか?」
俺が純粋に分からなくて質問をした。
するとなにか可笑しかったのかリーリアはくすっとすると、
「お父さん自分でわかってないんだね……きっとお父さんはカオスを倒したくて仕方なくなると思うよ」
「そんなことは──」
「あるよ」
断言されてしまった。
俺はそんなに戦闘狂なのだろうか。
「だって……お父さんが黙ってカオスにやられるはずないもん」
それはそうだった。
もし町で3年間過ごしたとしても、その時がやってくれば必ず戦うだろう。
あれ?
だとすると……。
「だったら強くなった方がいいもんね」
「それはそうだな」
もし負けそうになった時、絶対に強くなっておけば良かったと後悔する。
そんなのは当然で、この先も気がつかないはずはない。
「ふふふ、そんな状態で楽しめるわけないもんね」
「そうだな。確かにそうだ」
「だからね……何が起ころうとも……私はお父さんと一緒の道に進むよ」
「いいのか? なんなら俺だけで──」
グイっと腕が引っ張られた。
体勢が前かがみになる。
その時、かすかな石鹸の香りと共に、ふっと柔らかいものが頬にあたった。
「──ッな!?」
「えへへ、もう決めたから!」
ぴょんと立ち上がり砂浜をかけ出すリーリア。
「お父さん帰るよ! ほら早く!」
そう言って俺の返事も待たぬままかけだした。
俺は立ち上がり、一度だけ海の方を見た。
──ああ、今きっと安堵と驚きで変な顔をしているだろう。
自分ではどうしようもないほど表情のコントロールができなかった。
「お父さん! 何してるの!? 早く早く!」
「ああ、分かってるって」
そう言って歩き出した俺は普段の表情に戻っているのだった。
■■■
ここは人間大陸の端。
とある村で村人が襲われていた。
そこで残虐を行っていたのは大蛇に翼の生えた魔獣だった。
「クカカカカ! ……やっぱり人間を喰らっても強くはならないな」
すでに何十人も丸のみをしている。
周りには逃げ惑う人々。
大蛇の魔獣は次の獲物に目をつける。
「エルサリオスの城でかっぱらった魔石で強くなったのはいいものの……あのベアルってやつにはまだ及ばねえ」
次の獲物を丸のみにしながら思考する。
そう、この魔獣の名はケツァル。
エルフ城で伝説の魔石を盗み、上手いこと逃げ出したのであった。
さらに次の獲物を見定めているときに、鳥の魔獣がケツァルの元へと慌てた様子でやってきた。
鳥の魔獣の話を聞いたケツァルは驚きのあまり、人間を襲うのを止めてしまっていた。
「オルトロスがやられた? 本当か? あのオルトロスが!? ……しかもやったのはあのガキとは……」
オルトロスは頭脳、魔力、カリスマ性といったあらゆる面で魔獣から一目置かれていた存在だった。
「しかも竜王を取り込んだ後に負けただと……ふざけるなよ」
魔獣は進化した存在だ。
世界最強の一角とも呼ばれる竜王をも取り込めるほどに。
それがなぜ人ごときに負けてしまうのだ。
「このままではまずいな……法力をゆっくりと取り込もうと思っていたが……」
時間がない。
ゆっくりと法力を体内に蓄えようと思っていたが、悠長なことは言っていられないようだ。
やはりここは勇者を……勇者をやらねばいけないだろう。
「魔力で敵わないなら法力を取り込むまで……魔獣の進化はそこまでいけるはずだ」
ククク……クククカカカカカカカカ!
村にケツァルの笑い声が響き渡るのだった。
ここまで読んで下さり誠にありがとうございます!
これにて2章は終わりとなります。
3章、人間大陸編も引き続き読んでくださると嬉しいです。




