78、セレアの真実
『セレア、今までの話は聞いていたか?』
『……ええ、聞いていましたよ』
俺とセレアの会話は他の者たちには聞こえていない。
感覚的にはビジョンで会話をしている感じだ。
なので場の空気としてはシーンとしてしまっている。
『お前はこの世界の精霊だったんだな』
『……そうです』
特別な精霊だとは思っていた。
その特別が想定より規格外に大きかったってことだ。
『何故今まで黙っていたんだ? むしろセレアから話を聞けば、俺たちが竜王に会う必要なんてなかったんじゃないか?』
事情が知りたかったから竜王に会いに来たのだ。
セレアがこの世界の精霊ならば事情は知っているはずだった。
だがセレアは黙っていた。
その理由を知りたかった。
『ごめんなさい、この旅は必要なことだったのです。もし、旅立つ前に説明をしてしまったら竜王に会わなくてもよいとなってしまうでしょう? それは困るのです』
『……ふむ? だが竜王は死んでしまったぞ』
『はい……とても残念です。私にとっては大切な子供でしたから』
そう言って視線を落とすと、涙こそ流さないが悲しい表情をしていた。
セレアは少女と呼べるほどの見た目をしていて、髪色や身体の成長速度こそ違うがリーリアと双子かと見間違えるほどそっくりな顔立ちをしていた。
そんなセレアが竜王のことを子供と称するのは違和感があったが、そのギャップで逆に世界そのものであるという納得感があった。
「すまんが今話をしておるのか? 私たちにも会話の内容を聞かせてもらえないだろうか?」
おずおずと長老が申し訳なさそうに言い出した。
確かに……質問したいこともあるだろうし、ずっと黙って聞いているのも可哀そうだ。
「わかった、俺がセレアの台詞を代弁しよう」
「ありがたい」
多少面倒くさいが仕方ない。声に出して話をすることにした。
「それで……どうして俺たちを竜王に会わせたかったんだ?」
「竜王に会わせたかった訳ではありません。オルトロスを倒せるのはベアル……あなただけしかいないと思ったからです」
「なに!? オルトロスの存在を知っていたのか?」
「はい」
「なんと!?」
これには俺も長老も驚いていた。
だが同時に世界の精霊であるならどんなことでも知っているのかとも思った。
「【種】の存在は私にとっても特別なのです。一つの【種】の存在に違和感を覚えて確認しにいったところ、オルトロスの存在を知りました」
「なるほど、ドラゴン族の若者が喰われたことで【種】が移り違和感があったのか」
「そうです。そしてオルトロスは着実に力をつけていました。もし今回の戦いで倒せなかった場合……人の存在は消えていたことでしょう」
「…………確かに、それはあるな」
オルトロスは向上心があった。失敗を認め、勝てないと思えば撤退するしたたかさもある。
あの時は俺に勝つために考えた結果、リーリアたちを喰らうことだったのだろう。
だからもし、リーリア達に目もくれず、一心不乱に逃走をはかっていたとしたら完全に手遅れになってしまっただろう。
「しかし、言ってくれたらのなら、俺はオルトロスと戦っていたぞ」
「あなたはこんな危険な戦いにリーリアを連れて行かないでしょう?」
「……そう言われると確かに……」
「リーリアはあなたと一緒についていきたいと言うでしょう。そうしたら決心が鈍るかもしれません。あなたはリーリアが一番大事ですもんね」
「それは当たり前だ」
「…………そうですよね……私のこともそれくらい思って欲しいのですが」
最後のセレアの言葉は代弁しなかった……いや、できなかった。
正直、リーリアそっくりのセレアからそんな言葉を聞かされて、胸に棘が刺さったかのように痛みが走り、言葉が出なくなってしまった。
……俺はセレアという精霊を少し勘違いしていたのかもしれないな。
こうやって話をしていると一人の女の子と会話をしているようにしか思えなかったのだ。
「どうしたのだ?」
急にしゃべらなくなったので不安に思ったのかレヴィアが腕をつかんでくいくいと引っ張ってきた。
おっと、いかんいかん。
今は話をしよう。
「オルトロスについて黙っていた事情はわかった。次は【セレアの種】のことを聞きたい」
「わかりました。それでは昔話からしましょう」
そう言うとセレアは立ち上がり、胡坐をかいている俺の上にちょこんと座った。
「お、おい」
「少し話が長くなりますのでいいでしょう? リーリアを見てうらやましく思っていたのです」
「……わかった」
もちろんここのやり取りは他に者達には秘密である。恥ずかしくて話せたものではない。
なので俺が一人で驚いたりして完全に不審者であった。
「どうかしたのか?」
「いや、問題ない大丈夫だ」
長老が不審な顔で見ているが俺は冷静を装う。
「こほん。では話します」
「頼む」
そこからしばらくセレアの一人語りが始まった。
俺はその話を聞いた後に、要約して二人に伝えた。
こんな感じだ。
この世界には元々、『魔獣』というものはいなかった。
『動物』という魔獣の原型だったものがいたようだ。
だがある時、この世界の外から『人間』がやってきた。
人間大陸にいるのがその子孫たちだ。
そして人間を追うようにやってきたのが『化物』だ。
カオスはやって来るや否や、自身の分身をたくさん放ち、この世界の動物をどんどん取り込んでいった。
そして生れ出たのが魔獣である。
魔獣は動物を食べ、時には交配をし、それがまた魔獣となり爆発的に増えていった。
カオスはその魔獣を喰らい、さらに強く巨大になっていった。
そこで立ち上がったのが当時の4大王であった。
竜王ニーズヘッグ、エルフの女王アイナノア、魔王ディアブロ、人王ラグナである。
カオスとの戦いは熾烈を極めた。
魔王ディアブロはやられ、人王ラグナも倒された。
だがカオスも大分弱っていたのも事実だった。
そこで女王アイナノアは決断をする。
自らの命をかけてカオスを封印することにした。
結果は成功。だが魔力を使い果たしてアイナノアは倒れてしまった。
アイナノアの魔力は、過去、そして現在に至るまで超えるものはいないと言われるほど最強であった。
そんな彼女でも封印するだけで精いっぱいだったのだ。
そして何より……封印は未完成であった。
いずれ封印は解かれてしまう。
竜王やアイナノアは必死に話し合い、一つの結論に達した。
それはセレアの力を4つに分離し、封印が説かれるその日まで少しずつ力を蓄えること。
アイナノアはそれを説明し、セレアもそれしかないと頷いた。
その4つの力を【セレアの種】と呼び、魔族、ドラゴン族、エルフ族、人間族の子孫に継承された。
『種はやがて大樹へと実るでしょう』
これがアイナノアが死ぬ間際の最後の言葉だった。
4つに分離したことで力を失ったセレアは竜王ニーズヘッグに世界を託して眠りについたのだった。
自身も力を蓄えるために……。
「────そして一万年の月日が流れ、カオス復活の兆しを感じ、私は意識を戻しました」
「カオスを倒すためか」
「そうです。私は託した【種】を集結し、カオスを倒さねばならないのです」
なるほど、大体わかった。
でも一つだけ気になることがあった。
「大樹とは誰のことだ?」
膝に座っていたセレアが固まった。
しばらく微動だにせずに沈黙していたが、ゆっくりと立ち上がった。
そして振り返って言った。
「私が直接力を振るうには人の中に宿る必要がありました。 …………もう分かってるのでしょう?」
「……ああ」
ああ、分かったとも。
どうしてセレアといち早く会話ができたのか。
どうして同じ顔をしているのか。
どうして同じように成長していったのか。
それはそうだ。
リーリアの中に宿ったのだから。
成長速度も異常だった。
才能があるとかそういう問題ではなかった。
すべては必然だったのだ。
だが、そうなると……。
「リーリアが戦わなくてはならないのか」
「…………」
カオスとかいう化物と戦う。
4大王と呼ばれた者たちが敵わなかった敵。
それに立ち向かわなければならない。でないと世界が終わるのである。
……こんなことって。
リーリアにそんな重い宿命を負わせたくなかった。
俺がかわりに戦えるのであれば喜んでその役目を背負う。
「俺がその役目を代わりに背負うことはできないのか?」
そう言ってセレアに迫るも、ふるふると首を左右に振った。
「それは無理です。【種】を集結できるのは大樹のみ。それはリーリアだけなのです」
俺は絶望した。
これ以上辛い思いをリーリアにさせないといけないのか。
今回のオルトロス戦も辛かっただろう。
一歩間違えれば死んでいたのだ。
与えられた恐怖はいかほどのものだったのか、俺には計り知れなかった。
「ベアルよ、どうしたのだ? さっきから辛い顔をしておるぞ?」
そういえばセレアの言葉を伝えるのを止めてしまっていた。
事情が分からずレヴィアが心配そうにしている。
俺はレヴィアと長老にそのことを伝えた。
すると一瞬驚いた顔をしたレヴィアだったが、すぐにニヤリと笑い言った。
「【種】なんてどうでもいいではないか。我は相手がどんな強かろうがリーリアと共に戦うぞ!」
目からウロコだった。
確かにその通りである。
敵が強すぎる?
だからどうした!
敵の隙を作ったり、リーリアを守ったり、最悪盾にでもなればいい。
できることは山ほどある。
トドメを刺すのがリーリアであるだけだ。
今までと何が違うのだろう。
俺の心の闇黒に一本の光が差し込んだ気がした。
光は輝き放ち、闇黒を塗りつぶしていく。
心は温かく、気持ちは穏やかになる。
──大丈夫、絶対に俺がリーリアを死なせない。
自然と笑みがこぼれ前向きな気持ちと共に決意を新たにした。
「ふっ……そもそも俺が倒せないと決まったわけではあるまい」
「うむ、そうだとも! 我々で倒してしまおう」
そんな俺たちを見てセレアは安心したように微笑むのだった。




