72、ヒポグリフ
「ふはははは!」
俺は迫りくる魔獣を次々と倒していた。
もう笑いが止まらない。
こんなに楽しいことは久しぶりだった。
魔族大陸での戦争以来だろうか。
もちろんリーリアとの生活も楽しいのだが、これはまた別の楽しさである。
あまりの無双具合に魔獣も恐れをなして近寄ってこなくなるのだが、俺はそれを許さない。
追いかけては回り込み、正面から堂々と打ち倒す。背後からなどつまらない。
すでに俺の周りには魔獣の死骸が大量に転がっていた。
「……おっと、楽しすぎて忘れていた。さっさとオルトロスを倒さないとな……中央付近に向かえばいいと思うのだが」
とりあえず中心に移動してから円形状に魔力探知ですれば効率が良い。そう思い一直線に駆けていく。
すると俺の行く手を阻もうと、大型の魔獣が飛び出してきた。
「ふふ、邪魔をするなら容赦はせんぞ──雷球」
ぽいっと魔獣に向かって放り投げる。
魔獣は警戒しながらそれを避けようとした。
「弾けろ」
雷球は四散し、避けようとした魔獣を感電させる。
「氷槍」
巨大な氷槍を魔獣に放つ。
それは見事に貫き、巨大な魔獣の体にぽっかりと風穴があいた。
……だがまだ生きているようだ。
「中々しぶといな──インフェルノ」
さすがに穴が開いた体では耐えられなかったのだろう。巨大な魔獣は消し炭と化した。
「何となくだがこの戦場にいる魔獣の強さが分かったな」
数十体と倒してきて平均的な数値が分かってきた。
これならリーリアなら何とかなるだろう。
あまりにも強すぎる場合は一緒に行動しようかとも思ったが、当初の予定通りで大丈夫そうだ。
(まあ、それでも中々強いことには変わらないが)
もう人の力は通用しないレベルにまで達している。
この魔獣達の向かう先が人の町だったら滅んでいただろう。
「急ぐか」
俺は再び走り出す。
懲りずに数匹の魔獣が道を塞いでくるが、足は止めたくなかった為、魔力を多めに消費してしまうが一撃で仕留めるようにした。
すると突然、俺と並走するような形で飛んでいる鳥魔獣がいた。
「コケケケ! 暇してたんだ、ちょっと付き合ってくれよ」
「魔獣のナンパはお断りしているんだが」
「硬いこと言うなって!」
並走している鳥魔獣をよく見てみると、鳥のような頭に馬のような下半身、背中からは翼が生えていて、前足にはするどい鉤爪が付いていた。
その鉤爪を見せつけるよう前面に押し出し威嚇していた。
だが、俺はそれを無視をして走り続けた。
「コーッケケケケ! 俺は見ていたぞ……お前、美味そうな女どもをはべらせていたよな」
「……何のことだ?」
まさか……見られていたのか?
「とぼけても無駄だぞ。俺の視力はお前たち人の比ではない。お前の他に3人の女がいたのは分かっている……コケ! 美味そうだったなあ」
「……何が言いたい?」
「お前を半殺しにしたあと人質として引き連れてやる。そしてあの女どもを一人ずつ喰らってやるよ! コケーッケッケ!! そうだな……まずはあの一番若くて柔らかそうなガキから喰うか」
その光景を想像したのか涎が垂れている。
────俺はカッと頭に血が上るのを感じた。
「おい」
「コケケケ! 泣いて謝っても無駄だぞ! はらわたをぶちまけてすすってやるからな!!」
「──黙れ」
俺は目にも止まらぬ速さで魔獣の頭を掴んだ。
「いで! いででででで!!! 放せ! 放しやがれ!!!」
「お前が言ってるのは薄い紫色髪のとっても可愛い女の子のことか?」
鳥魔獣は逃れようともがくが俺の手は振り払えない。
俺はギリギリと徐々に力を強めて頭を握りつぶそうとした。
「ぐあぁぁぁ痛てぇ!! 貴様! 俺が誰だか分かってるのか!!!」
「知らん。だがそんなことはどうでもいい。早く答えろ」
「ふ、ふざけるなああああ!!!」
前足のするどい鉤爪を、俺の顔めがけて振り下ろした──だが。
髪の毛一本すら切り落とせずに鈍い音を立てて止まってしまった。
「なっ! なんだと!?」
「お前ごときの攻撃が俺に通用するとでも思ったか?」
「くそぉぉぉぉ!!!!」
何度も何度も俺の顔をひっかくが、そのたびにはじかれる。
それはまるで木で鉄を叩くかの如く、まったく傷がつけられなかった。
「な! 何故だ! 俺様はオルトロス三獣士の一人、ヒポグリフ様だ──」
「黙れといったよな?」
「ぐああぁぁぁぁ!」
メリメリと音を立てて骨格がゆがむ。
あと少し力を加えたら頭はぐしゃりと潰れてしまうだろう。
「……で? その超絶可愛い女の子のことかと聞いている」
「ぐ……くそが」
俺は思い切り掴んだ頭をぶん回すと地面向かって投げた。
「~~~~ッグヘ!」
鳥魔獣は激しいスピードで地面へと激突する。
その衝撃は凄まじく、大きなクレーターができた。
ヒポグリフは口から血を吐き、足は折れながらも苦しそうに地面を這いずり回る。
そんなやつの前にストンと着地をした。
「ひ、ひいぃぃぃぃぃ!!!」
俺の姿を見たヒポグリフはジタバタと反対方向に逃げようと必死にもがいた。
「質問に答えていないんだが?」
「すみませんすみません! その子のことです!! 調子にのってすみませんでしたあぁぁぁぁぁ!!! 許してくださいいぃぃぃぃぃ!!!!」
さすがに格が違いすぎると感じたのだろう。ヒポグリフは何度も何度も地面に頭を押し付け懇願する。
「ほう……で? 俺の可愛い娘を食べるって?」
「いやいやいや食べるなんてとんでもない! とっても可愛いお子さんで見とれちゃったなって……コケコケコケ!」
「さっき、はらわたを何とかって言ってた気がしたんだが?」
「ち、違うんです!! そんな気は本当になくてぇ!!!」
俺は殺気を込めてにらんだ。
ヒポグリフはもう何を言っても無駄だと悟り必死に逃げようとした。
「た、助けてくれぇぇぇぇ!!」
「許さん」
俺はヒポグリフの頭を踏み潰した。
「……はあ、やっちまった」
ヒポグリフとの戦闘もそんなに長引かせるつもりはなかった。
最初は無視をするかさくっと倒すつもりだったのだ。
そして殺してから気がついた。オルトロスの居場所を聞けばよかったと。
だが、リーリアのことを言われるとついついキレてしまうのだ。
「いつも戦闘は冷静にと言ってるのにな」
こんな姿を見られなくてよかったと心から思う。
「そういえばあいつ……オルトロス三なんとかって言ってたか?」
キレてたのでうろ覚えである。
「まあどうでもいっか……」
強くなかったし大したことでもないだろう。
そんなことよりオルトロスを探さなければ。
急ごうと走り出そうとしたとき、探知に巨大な魔力が二つ引っかかった。
俺は思わずニヤリと笑う。
「見つけた!」




