70、ナーガ
リーリアとプリマは戦場の周りを走っていた。
魔力探知により魔獣の魔力値を暫定的にだが計っていた。
(思っていたよりかなり強い……)
個々の能力はすべてプリマより上である。
もちろん殆どはリーリアよりは劣るのだが中には同等と思われる魔獣もいる。
(これは絶対に無理はできない)
横を走るプリマはすでに顔色が悪い。
この異常までの魔獣の数と強さに怯えているようだ。
しばらく走ると一頭のドラゴンと3匹の魔獣が戦っている現場に遭遇した。
ドラゴンはかなり強いようだが魔獣の連携が良く、じりじりとドラゴンが不利になっているようだった。このままではやられてしまうだろう。
「プリマ! いくよ!」
「……え」
完全に委縮してしまっていた。
……無理もない。
こうしている間にもドラゴンは不利になっていく。
とりあえずプリマには待機してもらうことにした。
「行ってくるから見てて!」
「────っ!」
返事も待たずにリーリアは飛び出す。
急に割り込んできたリーリアにドラゴンも魔獣もびくりと反応するが、リーリアが魔獣を狙っていると分かると魔獣達はすぐに反応した。
二匹がドラゴンとそのまま戦い、一匹がリーリアの進行を塞ぐように飛び出した。
「けけけ! これは美味そうな匂いのやつが来たな! ドラゴンの前菜にしてやるわ!」
「お前はまずそう!!!」
リーリアは剣を抜くと、魔力を剣に集中し、渾身の一撃をお見舞した。
「けけ?」
魔獣は自身に何が起こったのか分からないようだった。
視界がゆっくりと崩れていく。
そしてついには真っ暗となり絶命する。
死体は真っ二つになっていた。
仲間がやられたことに動揺したのか、残り2匹の魔獣の動きが悪くなる。
するとドラゴンがブレスによって一匹を仕留め、逃げようとした一匹をリーリアが魔法で倒したのだった。
「ありがとう、助かった……君は?」
「私はリーリア」
「……そうか、ありがとうリーリア」
「うん」
「まだ仲間が戦っている。私はいかなければならない」
「わかった。私もドラゴンを援護するから」
「助かる。この戦いが終わったら是非お礼をさせてくれ」
ドラゴンは大きな首をぺこりと下げて一例すると飛び去っていった。
リーリアはその後姿を見送るとプリマの元へと引き返す。そこには物陰に隠れ、膝を抱えて震えているプリマがいた。
「……やっぱりダメそう?」
格上しかいないこの場において、プリマという存在はとても危ういものであった。
吹けば飛んでしまうような、ちっぽけな存在でしかないのだ。
恐怖して怯えてしまうのも無理はなかった。
「ごめんなさい……こんなはずじゃなかったのに」
プリマの怯え方は異常とも思えるほどのものだった。
病気かと疑うほどに顔色が悪く、目の焦点が合っていない。
「プリマ? 本当に大丈夫? 何がそんなに怖いの?」
しばらく黙っていたが、手をギュッと握りこむと覚悟を決めたように語りだした。
「さっき……父さんを見たの……」
「え? お父さん!?」
プリマはこくりとうなずく。
「でも……でも!!! 顔だけだった!!! 体は蛇みたいになっていて!! もう人じゃなくなってた! ああぁぁぁぁ!!!! 分かってたけど!! 分かってたけど魔獣になっていたなんて!!!」
悲痛な叫びが響く。
そうか……だから様子が異様におかしかったんだ。
「父さんはあたしと一緒に冒険者として魔獣と戦ってたの。でもある時……蛇の魔獣に襲われて……あたしを守って……あたし、あたし……逃げることしかできなくて……」
そこで会話は終わってしまった。
かわりにプリマはリーリアへと抱き着く。
リーリアはプリマの背中を優しくさすった。
「大変だったね」
「うぅ……」
戦いが続くこの戦場で、この場所だけが切り抜かれたかのように時間の流れがゆったりとしていた。
どれくらいそうしていただろうか。
時間としてはそれほど経ってないのだが、長い長い時間が流れたような気がした。
そのおかげかプリマの心は正常を取り戻していった。
「ごめんね。もう大丈夫だから」
「うん」
顔を上げるプリマの目は腫れたように赤かったが、表情は非常に穏やかだった。
そして視線を戦場に移すと、目の奥にゆらゆらと蠢く灯が宿る。
決意を新たにした目だった。
「師匠! あたし、父さんを助けたい! もちろん、父さんが戻ってくるわけじゃないけど……父さんの姿が魔獣に乗っ取られているのは我慢できない! だから倒して父さんをゆっくり眠らせてあげたいの!」
「そっか……うん! そうしよう!」
プリマは立ち上がる。
すっかり顔色は元に戻り、震えていた体も今ではやる気に満ちている。
「いこう!」
「はい!」
再び戦場へ戻るのだった。
そこからの二人の戦いっぷりは目を見張るものがあった。
プリマは全力で近接で攻撃を仕掛け、リーリアがサポートに回る。
そもそも近接だけならプリマは魔獣にも引けを取らないのだ。
リーリアが魔法でサポートすることによって隙のない連携ができる。
1匹……2匹……3匹……。
不利なドラゴンを助けながら着実に魔獣の数を減らす。
だが同様にドラゴンの数も減っていってるのが分かった。
(まずい。このままでは囲まれる)
魔獣の数の暴力もさることながら、一匹一匹が強いため数を減らすことは容易ではない。
それにさっきからこちらの隙をつくように魔法で攻撃してくるやっかいな魔獣がいた。不意を衝くその攻撃にドラゴン達はなすすべもなく倒される。
場所を特定しようとリーリアは魔力探知に集中しようとするが魔獣の猛攻に合い邪魔をされる。
(ああ! もう!!! 乱戦じゃなかったら範囲魔法をくらわせてやるのに!)
仕方なく剣で魔獣を串刺しにする。
剣を抜こうとしてる間に新しい魔獣が襲ってきた。
「たああぁぁぁ!!!」
そこにプリマが割り込み魔獣を引き離した。
「師匠! 大丈夫?」
「うん!」
剣を引き抜きプリマと背中合わせに周りを見渡す。
ドラゴンが数体、懸命に戦っているがこのままではやられてしまうだろう。
「一匹強い魔獣がいる! それがきっとここら辺の頭だからそれを倒さないと!」
リーリアは魔力探知をしながら戦っているが、どの魔獣も強いからか中々にして余裕がない。
(お父さんならこんな時でも余裕なのに!)
自分の不甲斐なさに落ち込みそうになりながらも、今はそんなときではないと奮い立たせる。
「……いた! 父さんの顔をした魔獣!!!!」
プリマが指をさす方向には人の頭をつけた蛇の魔獣がいた。
「あれがそうなの!?」
「父さんの顔は間違えないよ! ────あいつはゆるさない!!!」
そういうとプリマは走り出した。
リーリアも慌てて追いかける。
その間も魔獣が襲ってくるのだが相手にしてる暇はない。
「どけえぇぇぇぇぇ!!! 飛翔拳! 飛燕蹴!!」
一撃。
また一撃。
走る勢いはとどまらず、流れるような動きで魔獣を仕留めていく。
「プリマすごい!」
ここにきてプリマは覚醒していた。
拳が当たるその瞬間、魔力を爆発的に高めることにより一瞬の破壊力はすごいものとなっていた。
それは魔力操作が上手くならないとできない芸当であり、プリマの才能が開花した瞬間でもあるのだった。
プリマとリーリアは勢いそのまま蛇の魔獣の元へとたどり着く。
「プリマ! 速攻で片を付けるよ!」
「わかった!」
「絶対零度!」
不意をついた絶対零度が蛇の魔獣を凍らせる。
そして渾身の魔力を込めたプリマの拳が氷ごと粉砕する。
──だが、蛇の魔獣はいつの間にか後方へ下がっていた。
「──なっ!!!」
「危ない!!」
リーリアはプリマの前方へと石槍を放った。
石槍は同じくプリマへと向かってきた石槍とぶつかり粉々に砕け散る。
体制を整えるとプリマもバックステップで一旦後方へと下がった。
「なんで凍ってなかったの!?」
「後方は凍らなかった──いや! あいつの意思で前方だけを凍らせたんだよ!」
「そ。そんなことできるの!?」
「難しいけど……できないことはないよ」
そう……できなくはない。
ただやらないだけだ。
そんなことが出来るなら破壊して抜け出した方が早い。
あいつはワザとやったのだ。
遠くからこちらをじっと睨むようにして見ている蛇の魔獣と目が合った。
心なしか笑っているようにも思えた。
「多分あいつは頭がいい。こちらを油断させて確実にプリマを仕留めようとしたんだ」
「な……」
考えもしなかった。
まさか魔獣にこんな戦法を使われるなんて。
それはまるでベアルと戦っている時のような……そんな感じがした。
唯一の救いが強さの桁が全然違うこと。
ならばまだ勝機はある。
「ククク。なかなか骨のある人どもだのう」
にらみ合うこと数秒。
蛇の魔獣は語りだした。
「わしはオルトロス三獣士の『ナーガ』という……正直、三獣士とかダサいといったんだがキメラが気に入ってしまってのう。まあそんなことはどうでもよい。どうだ? 今からこっち側につくというのであれば仲間にしてやるぞ?」




