7、誕生日
ローブをプレゼントするのに合わせて誕生日パーティを開く事にした。
折角プレゼントをするのだから、めでたい日にしたかった。
これは俺の一人よがりかもしれないが、そうした方がより喜んでくれると思ったのだ。
毎年、サラマンダーの時季が来たら「そろそろ誕生日かな? よし、巨大な魚魔獣でも捕らえるか!」というノリで祝っていた。
と言うのも、誕生に立ち会った訳ではないので日にちはわからない。俺がわかるのは漂着した時季だけだ。
なので漂着した時季を誕生日の基準として位置付けていた。
こういうのは気持ちの問題だと思っている。
正確な日にちより、祝う気持ちだろう。
ぶっちゃけサラマンダーの時季はもう半ばである。
そろそろ誕生日を祝おうと思っていた矢先の服ぼろぼろ事件。
さらにローブ製作で手間取り、通年より誕生日を祝うのが遅れてしまっている。
俺の我侭で誕生日を遅らせているので今回は豪勢にしようと思う。
次の日、俺は島の先端で全神経を集中させていた。
リーリアには、今日は精神統一の修行してくると伝えてある。
魔力探知を最大限まで拡大する。
数時間、ひたすらに魔力を消耗し続け、ある距離まで到達した。
「────っいたぞ!」
見つけた! この魔力の大きさはおそらく狙っている獲物だ。
次にその反応があった場所に魔力の糸をひたすら伸ばす。
こんな距離まで魔力の糸を伸ばすのは初めてだ。
魔力を大量に使ってしまったがまだまだ大丈夫。
そして数時間後、その場所に到達。獲物に糸を絡ませた。
あとは引っ張るだけ。
しかしその獲物も抵抗する。一筋縄ではいかない相手だ。
これは釣りだ。駆け引きも大事になってくる。
相手が暴れているときは糸を緩め、大人しくなったら引っ張る。
その攻防を十数時間。
すっかり辺りは暗くなり、俺の精神疲労もかなりのものだ。
だが成果は上々。
眼前には衰弱し、ぐったりしているロック鳥がいた。
「お父さん! なんか強い魔力を感じるんだけど!」
リーリアは焦ったような様子で俺の元へと走ってきていた。
どうやらこの魔獣の魔力を感じ取ったようだ。
そしてその存在に気がつき、驚きで目を見開いていた。
「大きい鶏肉!!!」
俺はそこかいっ! と突っ込みたかったが父親としての威厳を大切にする。
「あ、ああ。ロック鳥といってな…………すごく美味い鳥だ」
リーリアは俺の言葉を聞き、さらに目を輝かす。……ついでによだれもでてる。
「お父さんもしかして今日はこのために?」
「そうだ、リーリアの誕生日パーティの食材にしようと思ってな」
ばれてしまっては隠しても意味が無い。
素直に伝える。
「!!! え!? 本当!?」
リーリアはちょっと困惑したようにそう言う。
「ん? どうした?」
てっきり喜んでくれると思っていた俺はその反応に戸惑う。
「私……お父さんに嫌われたのかと思ってた」
え? なんでそうなるんだ?
リーリアを嫌うはずがないのに。
俺が混乱していると、
「だって……服の話したら怖い顔してたし……それからあまりかまってくれなくなったから……私わがままいって困らせちゃったかなって……」
今にも泣きそうな顔で、涙をこらえている。
少し震えているのはその言葉を発するのに勇気を振り絞ったからだろう。
まて、どうしてそうなった。
もちろん俺は嫌ってなどいない。むしろ大好きだ。
確かに服の件では驚いた。それはもちろん自分の鈍感さに驚いたのであってリーリアの発言に困ったわけでもない。
でも俺のその反応がリーリアを不安にさせてしまっていたのか。
しかもその後の対応も悪かった。
修行や遊びを一緒にせずに俺はローブを作っていた。
リーリアに喜んで欲しくてサプライズのつもりだったが裏目にでたのか。
そしてそれが決定打となったと。
……これは完全に俺が悪い。
「不安にさせてすまない、実はローブを作ってたんだ」
「ローブ?」
「ああ、俺のマントあっただろ? あれを使ってな……その、リーリアに喜んで欲しくて……」
リーリアは驚き、そして表情をゆがませる。
「よかった……嫌われてなくてよかったよぉ……うわあぁぁ──」
俺の胸へと飛びつくと、震えていた声は嗚咽へと変わり聞き取れなくなる。
怖かったのだろう。
抱きつくその腕は力強く、けして離れないという意志。
胸に温もりを感じる同時に罪悪感に苛まれる。
「ごめんな」
やさしく頭を撫でる。
──そうして数分、落ち着いたのかリーリアは俺からゆっくりと離れた。
「ううん、私も勝手に勘違いしてごめんなさい。それにローブ嬉しい」
はにかみ笑うその表情は涙でぐしゃぐしゃだが、久しぶりに見る笑顔はとても可愛かった。
そう……久しぶりだった。
そんな大事なことにも気がつかないとは、俺は本当に駄目なやつだ。
「……ねえ、お父さん、鳥さんは?」
「え?」
その言葉で気がつく。
すでにロック鳥がいなくなっていたことに。
…………やっぱり俺って馬鹿なのかもしれない。
■
ロック鳥は残念ながら逃してしまったが、それよりも大事な事があったのでよしとする。
リーリアと仲直りできたし、さらに絆も強まった気がする。
ローブを着てご機嫌なリーリアは御馳走がなくてもすごく楽しそうだ。
大成功とは言えない誕生日だったが、素敵な誕生日となった。
そして今後はお互いの言いたいことは、キチンと言おうという約束をした。
今回はお互いのすれ違いという部分も多少はあるので、島で二人で住んでいく以上、負担になる事はなるべく避けるべきであるという考えだ。
リーリアも今回のことはかなり精神的に辛かったらしい。
俺はただただ空回りなので本当に悪かったと思っている。
でもリーリアの事を想ってしていたことなので、リーリアもそれをわかっているのか、それ以上何も言わなかった。
ちなみにローブはゆったりサイズでぶかぶかだが、それがまた可愛かったのは言うまでもない。
ただこのままではずり落ちてしまうと思い、今まで来ていた薄汚れた白っぽい服を長い布状にしてローブの上から腰に巻き、ちょうちょ結びにしてやった。
そうしたら黒基調にワンポイントの白いアクセントが映え、リーリアは「かわいい!」とはしゃいでいた。
時間は刻々と過ぎ、そろそろ深夜になるだろう。
リーリアははしゃぎ疲れて寝てしまっていた。
火を消し片付ける。
……今日はいい夢が見れそうだ。
寝ようと小屋の木製ぼろベッドに横になる。
と、そこに先に寝ていたリーリアが起きだし、俺のベッドに入り込む。
「どうした?」
「……うん」
短い返答。そして聞こえる寝息。
俺は頭を優しく撫でつつ、その温もりとともに眠りに落ちた。
すがすがしい朝がやってきた。
ここ最近の疲れが取れた気がする。
まあ、気のせいではないだろう。横で気持ちよさそうに寝ているリーリアがそれを証明している。
起こさないようにベッドから下りる。
ぼろベッドなのでどうしても軋む音が鳴ってしまうが、目を覚まさないのは熟睡してるからだろう。
朝日に向かい体操を始める。
「いっちにーさんし、にー……ぐはっ!」
リーリアをかばって寝ていたのか固まっていた体の一部が悲鳴を上げた。
く、くそ。
どうやらテンションが上がり過ぎていたようだ。
気分が下がった俺はその場で座り込む。
「むにゃ……お父さんおはよ……」
「おはよう、リーリア」
とてとてと効果音がつきそうな歩きで俺の横にくるとそのまま座った。
「朝日きれいだねー」
寝ぼけ眼でふわふわとつぶやく。
水平線の朝日は輝きを増し、顔に当たる光が意識を覚醒させていく。
「ねえお父さん……」
「うん?」
朝日から視線をずらし横に顔を向ける。
するとリーリアと目が合った。
「私ね、この島にきて……お父さんと出会えてよかった」
そう言うと俺の服をちょこんと掴んだ。
「毎日が楽しいんだ、お父さんと一緒に訓練して遊んでご飯食べて……ちょっと不安になることもあるけどね」
はにかみながら、えへへと笑い「でも」と繋げる。
「お父さんは不安に思ってることがあるよね?」
ぞくっとした。
リーリアは聡明な子だ。
俺の事など全てお見通しかのようだ。
「…………いや、俺はそんな別に……」
何か口にしようと咄嗟にでたのはとぼける言葉。
恥ずかしかった。
心を見透かされてるような気がしたからだ。
「この島で300年……」
「え?」
「すごい大変だったと思う……私ならたえられないよ」
そう言って俺の手を優しく包み込む。
「お父さん、今は私がいるから……だから」
ずっと一緒にいようね。
まぶしかった。
その笑顔が、その言葉が。
リーリアはわかっている。
俺がもう二度と寂しい思いに耐えられないことを。
俺はわかっている。
リーリアは優しいから島からでていかないことを。
俺は駄目な親だから色々と不憫な思いをさせるだろう。
時には喧嘩もすることだろう。
それでも最後には笑ってくれる。
そんなリーリアと俺もずっと一緒にいたい。
俺はこみ上げてくる涙を必死に抑える。
情けない親だが、せめてもの矜持だけは守りたかった。
「……ああ」
なんとか絞り出すようにこれだけ言い水平線に目を向ける。
凪の海はまるで鏡像のように朝日を映し出していた。