69、キメラ
────時は少しさかのぼる。
俺たちは山道を必死に走っていた。
たった今、獣の咆哮が山々に響き渡ったのだ。
戦いが始まったのは目に見えて明らかだ。
「ベアルよ! このままでは間に合わぬぞ!」
レヴィアがもどかしそうにそう訴えてくる。
すでに戦場となる場所は魔力探知によって分かっていたので正確な時間が割り出せている。このままではあと1時間はかかるだろう。
「よし、魔力の消費は激しくなるが全力でいくぞ……大丈夫か?」
おんぶしているプリマはもちろん、後ろを走っているレヴィアとリーリアにも同意を取った。
「お父さんの全力についていけるか分からないけど頑張る」
「無論だ! それを待っていたぞ!」
俺は後ろを軽く振り返り頷く。
「では行くぞ! プリマはガードに全魔力を注げ」
「えっ! あっ! はい!!!!」
体全体に魔力強化をして一歩踏み込んだ。
すると地面は割れ、木々は倒れ、爆風により土煙が起こる。
そのスピードはすでに生物の領域を超えていた。
一歩、一歩と踏み込むたびに爆音と地震で周りの生物が逃げていく。
しかも、あと二人も同じように走るものだから、事情を知らないものは恐ろしい巨大な生物が爆速で山道を駆けているように錯覚するだろう。
走り始めて数分。
戦いの場である広大な湿原が見渡せる場所に到着するのだった。
そこはすでに戦場となっており、ドラゴンと魔獣が激しくやりあっているのだった。
そのせいかベアル達の騒音は戦場の音にかき消されており、到着していることに気がついた者はいなかった。
「よし、間に合ったな」
「く……そう……だな」
「はぁはぁはぁはぁ…………」
レヴィアとリーリアもしっかりとついてきていた。
だが二人とも満身創痍のようだ。
プリマはというと……気を失っていた。
実は途中でそれが分かったので俺が風球を駆使して守ってやった。
仕方ないのでヒールをしてとりあえず意識を取り戻させた。
「はっ! ここは……どこ?」
「リーリア。ポーションで回復するんだ」
「はぁはぁ……うん」
すぐにカバンから取り出すと自身とプリマに使用した。
レヴィアは大丈夫だと断っていた。
「……よし、今なら乱戦になっているし丁度良さそうだ」
「ふははは! 片っ端から倒してやるのだ!」
「レヴィア! ドラゴンは倒しちゃ駄目だからね!」
「分かっておるわ! だが我の邪魔をするならその限りではないぞ!」
レヴィアは早速、一番近いと思われる戦いの場に向かっていく。
俺たちの作戦は決まっていた。
魔獣と一対一では絶対に負けないと豪語しているレヴィアは遊撃専門だ。
とにかく片っ端から戦闘している場に割り込み魔獣を倒していく。
リーリアとプリマは負けそうなドラゴンの支援だ。
魔力探知に長けるリーリアが状況を瞬時に察し、不利な状況に陥ってるドラゴンを助け、協力をして魔獣を撃退する役目である。
回復魔法を使えるリーリアにピッタリな役目だし、なにより危険が少ない。
俺はオルトロスとやりあうために中央へと向かう。
こういう戦では頭を取るのが手っ取り早い。
オルトロスさえ仕留めれば魔獣も恐れて逃げていくだろう。
それぞれの役割を果たすため散り散りとなった。
■
レヴィアは獣のように疾走する。
二本足で歩くのに慣れては来ているのだが、四つん這いの方が全力疾走できた。
戦いの場に来てみると、角の生えた獣とドラゴンが魔法をぶつけ合っていた。
ドラゴンは空中から魔法を放っていて有利なように見えるが、その様子には焦りが見えていた。
効果の薄い下級魔法を連続で放ち、角の生えた魔獣は壁系の魔法でガードしている。
ただの時間稼ぎなのかは知らないが戦いの効率がすこぶる悪かった。
(我には関係のないことだ)
狙うは一点。
再加速すると一瞬にして角の生えた魔獣との距離を縮める。
急に戦闘に割り込まれ、驚き、静止する両者。
その一瞬を逃すレヴィアではなかった。
ブシャアアア!
引き抜いた手には心臓が握りつぶされていた。
ずしんと倒れこむ角の生えた魔獣。
レヴィアは手についた血をペロッと舐めた。
「うむ、後でこの魔獣は焼いて食べるとしよう。すごく美味そうだ」
獲物をこの場に残す罪悪感に苛まれるが、その欲望を振り切って次の戦場に走ろうとした。
「ちょっと待ってくれ!」
いつの間にか地上に下りてきていたドラゴンが引き留めてきた。
「なんだ? 我は忙しいのだ」
「まずは助けてくれて感謝する。 ……仲間ってことでいいのか?」
「うむ、今は仲間というくくりで構わぬ」
「そ、そうか。それは心強い!」
「……話は終わりか? では我はいくぞ」
「ああ、すまない。他の仲間も頼む!」
「分かった」
血がたぎって仕方がない。
今は一刻も早く多くの魔獣を倒すのだ。
そしてすべての魔獣を食らってやる。
自然と笑みがこぼれるのだった。
走り出しそうになったところで大事なことを言い忘れていたことに気が付いた。
レヴィアは振り返る。
「その肉は我のだから食べたらダメだぞ!」
「え? あ、ああ」
それだけ言うと満足してレヴィアは走り出した。
一口に魔獣といっても色々な種類がいる。
体は犬なのに顔が3つ付いていたり、巨大な斧を持った牛だったり、爬虫類の体に顔は鳥のやつがいたりと多種多様だった。
片っ端からそれらを見つけると、背後から、または正面から堂々と戦いを挑んでいく。
つまるところ節操がなかった。
場を荒らすように一匹、また一匹と葬り去っていく。
数匹倒すころには、レヴィアの存在は魔獣の間で異常な速度で知れ渡っていった。
「敵にやばいやつがいる!」
「あいつも魔獣ではないのか? 裏切者か!」
「いや! あんなやつはいなかった!」
「では一体どこから現れたんだ!」
背後から襲ってくるレヴィアに恐怖して混乱が起こる。
その混乱は伝染していき、とある者の耳へと届く。
「キメラ様! 背後にやばい魔獣がいるとのこと!」
キメラと呼ばれた魔獣は手にしていたドラゴンをぐしゃりと握りつぶすと、報告をしてきた魔獣に投げつけた。
「なーにがヤバい魔獣だ。そんなもん囲んでぶっ殺せばいいだろう。下らねえことで俺の楽しい時間を奪うんじゃねえ!!」
巨大な体躯に獅子の顔、筋肉質な体に蛇の尾が付いた魔獣はそう言ってドシドシと歩く。
「ひぃぃぃ!」
報告してきた魔獣の頭をつかむと、後方に向かって思い切り投げ飛ばした。
「ったくよお……でも、ビンビンと伝わるじゃねえか。竜王はオルトロス様に取られちまったがこっちは俺様がいただくとするか! ガハハハハハ!」
豪快に笑うと、思い切り踏み切ってジャンプした。
地面に巨大なクレーターができ振動する。
弧を描くように見事な跳躍をしてたどり着いた先は……。
──ッ!
ドオォォォォォッォン!!!
レヴィアは殺気を感じて後方に大きくステップした。
目の前に現れたのは巨大な体躯の獅子顔の魔獣だった。
「よお、ずいぶんと暴れまわってるみたいじゃねえか。俺とも遊んでくれるんだろ?」
獅子顔はそう言うと筋肉を隆起させて魔力を高めていた。
こいつはやばい。
レヴィアは瞬時にそれを感じ取った。
「それは大歓迎だが……お前は誰だ?」
「オルトロス三獣士の一人、キメラっていうんだ。ちなみにお前の名前は興味ねえ」
オルトロス三獣士?
3ということはこんなやつがあと二匹いるということか。
リーリアは大丈夫だろうか。
……しかし傲慢なやつだな。
何となくこいつとは絶対に分かり合えないだろうと思った。
「……いや、名乗らせてもらうぞ。我はレヴィアという! お前を殺す名前だからよく胸に刻んでおけ!!」
「ほざけ!」
キメラは地面を蹴ると瞬時に距離を詰めてきた。
剛腕から振るわれる拳はうなり声を上げレヴィアを襲う。
まともに受けたら体が吹き飛ぶと感じて避けることに専念するのだが、避けるたびに皮膚がピリピリと悲鳴を上げた。
拳から溢れ出る魔力によって、避けながらにして魔力を削られていった。
それほどまでにキメラの拳から放出される魔力は強く、刃物のように鋭利であった。
「オラオラどうしたぁ! 避けていても俺の拳はダメージを与えていくぞ!」
「くっ!」
距離を取りたいレヴィアだったが、執拗に粘着するキメラによって離れることができなかった。
この距離は完全にキメラの領域であり、完全に場を支配している。
「ちぃ! 絶対零度!」
「そんな小細工効くかよ!!!」
凍る間もなく拳によって打ち砕かれる。
だがレヴィアは懲りずに魔法を放つ。
「水球、水柱、水壁」
「無駄だっていってんだろうが!! くそみたいな魔法を連発すんじゃねえ!!」
拳、拳、拳。
すべてを拳で完全に吹き飛ばす。
そのおかげかキメラはすっかりとびしょびしょに濡れていた。
「くそが! 俺は水が嫌いなんだよ! 濡らしやがって!」
「ふふふ」
「……なに笑ってやがる」
「どっちが耐えられるか勝負してみるか?」
「なんだと!?」
次の瞬間。
バチバチっとレヴィアの手に電撃が走る。
「お……お前まさか」
「そのまさかだ!」
「やめろおぉぉぉぉ!!!!」
レヴィアはライトニングの魔法を発動した。
強力な電撃がレヴィアとキメラの全身を駆け巡る。
「ギャアアアアアアア!! お、お前自分も死ぬぞ!!!!」
「ぐうぅぅっぅ!! 死ぬのはおぬしだけだ!!!」
「馬鹿か! やめろおぉぉぉぉ!!!!」
レヴィアはライトニングを発動し続ける。
それと同時に自身の再生能力も計算していた。
(これくらいなら、我の再生能力なら十分耐えられる!)
以前ベアルが言っていた。
リヴァイアサンの再生能力のおかげで俺は魔法を気にせず撃てると。
よく聞けば酷い話なのだが、レヴィアにとっては幸せな話だった。
(ベアルが信じた再生能力を我も信じるだけだ)
「死ねぇぇぇ!!! ライトニング! ライトニング! ライトニングウゥゥゥ!!!!!」
「グアアァァァァ!! 魔力が! 魔力が持たん!!!!」
時間にして数分。
遠巻きに見ていた他の魔獣も巻き込まれるのを恐れて手出しはしなかった。
それどころか薄笑いを浮かべている魔獣もいる。それはキメラに頭をつかまれ投げられた魔獣であった。
実際は数分の出来ことだったのだが、レヴィアの体感では数時間は経過していただろうか。
それくらい長い時間をかけてついにキメラは絶命したのだった。
キメラだったものは風に吹かれ、パラパラと灰となって飛んでいく。
そしてそこには何も残らなかった。
「はあはあはあ……」
さすがのレヴィアも一息つきたかったのだがそうもいかないようだ。
キメラを倒したことで畏怖の存在となったのだが、先ほどの戦いを見ていた者は今が好機とレヴィアを狙っている。
レヴィアは震える足を抑えつけ立ち上がると、堂々と仁王立ちしてみせた。
──我は大丈夫だぞ。かかってこい。
そんな意味を込めたこけおどしだった。
だが効果はあったようで近寄ってくるやつはいなかった。
(ふう……とりあえずは何とかなったか。満足したぞ)
レヴィアはそう思うと立ったまま寝るのだった。




