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68、竜王の戦い



 竜王は頭を抱えていた。

 とても深刻な問題だ。

 積み上げてきたものが無くなろうとしていた。

 こんなに頭を悩ませたのは、かの化物が空から降ってきた以来である。

 なにか手はないのだろうか。

 ……もう消滅させるしかないのか?


 1万年。


 長い年月であった。

 友人たちと交わした約束は守れないのだろうか。

 

 竜王は悩む。

 しかし時はもう残されていない。

 野蛮な魔獣どもがここに迫ってきている。

 決断しなくてはならないだろう。


 ……セレア様、どうか我々を導いて下さい。



 竜王は立ち上がる。

 夜明けはもうすぐだ。

 屋敷をでると準備を整えた民が列をなし揃っていた。


「皆の者! 卑しい魔獣を迎え撃て! 一匹残らず根絶やしにするのだ!」


 竜王の号令に指揮は高まる。

 人の姿を保っていた民は、皆、ドラゴンの姿へと変わっていく。

 決戦の時は来た。

 戦地へと赴くのだ。


 だが、心の中で竜王はまだ迷っているのであった。



 ■



 夜明け。

 獣の遠吠えが山全体を震わせるように響き渡る。

 数百にも及ぶ獣の鳴き声は普通の人であったら恐怖ですくみ上るだろう。

 だがそれに呼応するように猛々しく叫ぶ集団がいた。

 竜王率いるドラゴン集団である。

 数は劣るが迫力ではこちらが勝っている。


 お互い、それを合図とし突進する。

 開戦場所となったのは山の中腹にある広大な湿原。

 ドラゴンとしては里を破壊されるのは防ぎたいのでここに陣を張った。

 魔獣としても里が目的ではなく、ドラゴンの捕食が目的である。

 目の前にドラゴンがいるという事実がすべてであった。


 開戦してすぐに竜王が動く。

 空中にて魔力を貯めてブレスの準備をしていた。


「ほほほ、ブレスが来るわよ! 散開して戦いなさい!」


 そう指示するのは禍々しくも強力な魔力をまとっている人魔獣、『オルトロス』である。

 事前に決めていたのだろう。すぐに魔獣は散り散りとなり個々の判断でドラゴンとぶつかり合った。

 ドラゴン1頭に対し複数の魔獣が襲い掛かる。

 四方八方から攻撃を受け、ドラゴンの隊列は徐々に乱れていく。

 もともとドラゴンは個々で強い種族なので集団戦には慣れていない。

 簡単に乱戦へと持ち込まれ、一頭、また一頭と離されていく。そうすることで竜王のブレスを防ごうというのだ。


 

 竜王はブレスを諦め、オルトロスの元へと急降下を始める。

 こうなったら頭をつぶすしかない。 

 鋭い爪で掴みかかろうとするが、オルトロスは悠々とした動きで避ける。

 

「あらやだ。あたしはあなた達のお仲間よ」

「黙れ! その体を返せ!」

「いーや。これはあたしが貰ったものよ? 今更返せと言われても無理よ」


 オルトロスの姿は頭に角の生えた人の姿をしていた。

 ドラゴン族の男。見た目的には若い立派な顔立ちをしていた。

 

 ──そう。

 オルトロスはドラゴン族の若者の体を奪った魔獣だったのだ。


「それにこの男が悪いのよ。調子にのってあたしに挑むからやられちゃうのよ」

「その気色の悪い喋り方をやめろ!」


 竜王はその剛腕で爪をふるう。

 オルトロスの背にあった岩はバターのように切り裂かれる。

 肝心のオルトロスは笑みを浮かべながら華麗に避けて見せた。


「だって仕方ないでしょう。この喋り方が気に入ってるんだもの」

 

 オルトロスは両手を突き出し、魔法を同時に二つ発動させた。

 巨大な炎と水の塊が竜王へと飛んでいく。


「そんなもの効かぬわ!」

「そうかしら?」


 ぱちんと指をならすと炎と水が混ざり合い爆発する。

 

「ちぃ! 目くらましか!」


 大量の煙が辺りに立ち込め、意志を持った生き物のように竜王にまとわりつき離れない。

 

「ほほほ! そこで遊んでいなさい!」


 オルトロスは幾つもの石槍ストーンランスを発動して竜王めがけ放った。

 だがドラゴンの頑丈な皮膚と強固な魔力ガードによって小さな傷を負わせただけであった。


「こんな小細工で!」


 大きな翼を羽ばたかせると膨大な魔力も放出された。

 煙は瞬く間にかき消されると同時に竜王を覆う巨大な竜巻が現れる。

 竜巻を纏う竜王がオルトロスめがけ突進する。


 オルトロスはその突進を避けることはできず、竜巻に巻き込まれ術中でもがく。


「いやぁ! 抜け出せないじゃないの!!」

「返せぬというのなら仕方ない! このままバラバラに引き裂いてくれる」

「やめてよおぉぉぉぉ!!」


 悲鳴は竜巻の音でかき消される。

 激しい魔力の渦と化した竜巻ではどの魔獣も無事ではいられないだろう。

 もちろんオルトロスも例外にもれずバラバラに引き裂かれた。


 念には念を入れ粉々になるまでミンチにする。

 竜巻が収まるとバラバラにされた血肉が雨となって竜王に降り注いだ。


「……ミッドルードよ、すまない。こうするしかなかった」

 

 ドラゴンの若者を助けられなかったことで自責の念に駆られたが、こうするしかなかったと自身に言い聞かせる。

 魔獣に食われたものはもう元には戻らない。

 そのことは最近の調べで分かっていたことだ。


「へえ~そんな名前だったのね」

「!?」


 どこからともなく声がする。

 改めて周りを確認すると、肉の塊がもぞもぞと動き、そこには気味の悪い口が付いていた。


「これで死なないとは……不死身か?」

「ふふふ、あたしたちは特別でね……」


 周りに飛び散っていた血肉が徐々に集まっていた。

 竜王にくっついていたものもいつの間にか剝がれている。


「ならば今度は完全に消滅させるまでだ」

「ああ、怖いわ~」


 復活するまではまだまだ時間がかかりそうだ。

 今ならばブレスで簡単に消滅させられるのではないか?

 

 竜王は魔力を高め口に集約する。

 いざ放とうとしたとき、違和感に気が付いた。


(む、さっきから再生が止まっている?)


 オルトロスはプルプルと震えながら大きくなっている……だが魔力量は増えていない。

 

(これはダミーか!)


 ブレスは魔力をかなり消費してしまう。

 こうやってじわじわと竜王の魔力を減らす作戦なのだ。


「あら? 気が付いちゃった? ざーんねん」


 そういうと一瞬にしてバラバラの肉片は集まり元の姿へと戻った。


「一瞬で戻れたのだな……」

「そうよぉ。竜王ちゃんは騙せなかったわね。バカなお仲間は簡単に引っかかったのに」

「貴様……」

「うふふ、怒っちゃやーよ。経験の少なかったこの子が悪いんだから」


 オルトロスは自身の顔を優しく撫でる。

 竜王は非常に腹立たしく思ったが、否定できない感情も持ち合わせていた。

 ドラゴンの基本能力は高いため鍛えていなくともそこら辺の魔獣なら負けることはない。

 今まで特段苦労したこともないので、訓練しようなどとも思わなかった。

 これを怠慢だと言われればぐうの音もでない。

 

 竜王は周りを見渡した。


 ドラゴンは奮闘しているが魔獣に押され気味だった。

 ここにきて経験が大事ということを改めて思い知ることになった。

 魔力が高ければいいというものでもない。実戦でそれを活かせるものが強いのだ。

 

 今は悔いても仕方がない。

 この経験を活かすためにもここで勝たねばならぬのだ。

 竜王は決意を新たにオルトロスと対峙する。


「貴様をここで消滅させる!」

「……残念だけど、もう無理よ」

「なんだと?」

「うふふ、まあやってみるといいわ」


 明らかな挑発だが竜王は乗ることにする。

 一撃で仕留める。

 竜王は魔力を高め集約し、ブレスを放とうとしたが……。


「なっ!?」


 急に体が麻痺したかのように動かなくなってしまった。


「どうしたというのだ!」


 さすがの竜王も狼狽し、声が上ずってしまう。

 それを見たオルトロスは心底愉快そうに。


「あははははは!!! 馬鹿ね! もう体のほとんどはあたしが乗っ取ったわよ!」

「な、なんだと!? いつの間に!!!」


 下半身のほとんどが動かなくなっていた。

 それでも無理に体をねじると、集約されたブレスを解き放った。

 

「おっと」


 しかしそれをよんでいたかのようにオルトロスはあっさりと避けてしまった。

 後方にいた数匹の魔獣は犠牲になったが、ブレスを放つ魔力の対費用効果としては悪かった。


「ざーんねんでしたぁ! あははは!」

「くそ! 何故だ!」

「ふふふ、最後だし教えてあげるわ……いくら最強のドラゴンだからって小さな傷をほっといてはダメよ」

「──まさかあの時の!?」


 オルトロスが放った石槍ストーンランスはこの時のための布石だったのだ。


「あははは! それにしてもあたしをバラバラにしたのはいけなかったわね! おかげさまで簡単にあなたの中に侵入できたわ」


 この瞬間、竜王は負けを悟った。

 最近の魔獣の進化の速さは分かっていた。

 人となったのも驚いたが、まさか乗っ取ることもできたとは……。

 完全に魔獣を甘く見ていた。


 いや、正確に言うとここ最近、魔獣の変化速度が速すぎて、情報収集も対応することにも付いていけなかったのだ。

 竜王は一万年以上の年月を過ごしてきた。

 だからこそ、数十年の変化など一万年の年月に比べるとほんの一瞬の出来事だった。

 言い訳にしかならないのだが、老竜ならではのミスともいえた。


 ………………このままだと体を乗っ取られて、さらなる被害がでてしまうだろう。

 それだけは避けねばならぬ。


 ならば残る道は一つ。


 竜王は自身の持てる魔力を最大まで振り絞る。

 頭上には巨大な炎の塊。

 あとはこれを自身にぶつけるだけだ。


「そうくると思っていたわ」


 竜王の意思とは関係なく、巨大だった炎はしぼんでいく。

 

「なんだと……」

「すでにあなたの体の半分を掌握してるのよ? ならば魔力だって操れるわ」


 万事休す。

 竜王になすすべはなかった。

 せめてもと思い辺りを見渡した。


 このことに気が付いているドラゴンの民はいない。

 竜王が竜王でなくなってしまう前にこのことを知らせなければ!


「──ドラゴンの民よ!」


 竜王の叫びも空しく誰の耳にも届きはしなかった。

 計算されているのかいないのか、竜王の周りには誰一人として近づかないのだ。


「ふふふ、残念ね。ていうかあなた自分の影響力を分かっていないの? あなたならあたしに絶対勝つって思ってるんだから邪魔しないように近づいてこないのよ……今回はそれがあだになったわね」

「く……」


 竜王は願う。

 誰でもいい。

 この窮地を挽回できる秘策を。

 民を救ってくれる救世主を。

 誰か! 

 お願いだ!!


 ──次の瞬間。


「何やってんだ竜王よ」


 突然聞こえてきたその声に頭が真っ白になった。

 懐かしい、どこかで聞いた気がする。

 竜王は閉じていた目をゆっくりと見開いた。

 すると、目の前にいたのは。


「敵を前にして寝ているとはずいぶんと余裕だな竜王よ。ていうかどういう状況だ?」


 困った顔をしているベアルがそこにいた。

 


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