65、調子のいい魔獣
「もう少ししたら仲間がやってくる。そうしたら色々と話してもらおうか」
俺は近づきながらイノシシを見下ろした。
だがイノシシはそんな俺に向かって体制を整えると威嚇しだした。
「俺が降伏したのはそこにいらっしゃる女魔獣様だけだ! お前なんかに指図される筋合いはないぜ!!!」
さっきまでの情けない姿はどこ吹く風。自慢の牙をブルルと震わせ今にでも突進してきそうである。
「ふむ、なるほどな……一理ある」
確かに自分より劣るものに指図されるのは嫌だろう。
俺だって嫌だ。
「おぬし、ベアルに向かっていい度胸ではないか」
「ひぃぃぃ!」
やっぱり痛い目に合わせようかとイノシシに近づくレヴィアだったが俺が手で制した。
自分より強いものにしか従いたくないという気持ちはよくわかる。
ならば気持ちよく話してもらうために実力を見せようではないか。
「よし、じゃあ俺とも勝負するか?」
「へへへ、あんたに勝ったら見逃してくれるのかい?」
「ああ、いいだろう」
「その言葉──忘れるなよ!!!」
イノシシの魔力を振り絞った一撃必殺の突進。
その最高スピードは普通の魔獣の比ではない。
以前リーリアが戦った『黒いかまいたち』よりさらに速い。
突進した相手がBランク冒険者だったら体がぐちゃぐちゃになるほどに吹き飛ばされただろう。
もしBランクだったらの話だけどな……。
「ぐああああああ!!!!」
悲鳴を上げたのはイノシシの方だった。
頭突きしたところに致命的なダメージを受け地面を転げまわる。
一方、俺はというと。
まったく動いていなかった。
もちろん突進を避けることも可能だったし、突進に合わせて攻撃をすることも可能だった。
俺がやったことはただ一つ。
ぶつかる所に魔力をほんのちょっ集中しただけだ。
「で? 次はどうする?」
俺はゆっくりと転がりまわっているイノシシに近づいた。
「ああぁぁぁ! ごめんなさいごめんなさい! 実力の差を思い知りました! ちょっと調子に乗ってみたかっただけなんですうぅぅぅ! すみませんでしたあぁぁぁ!!!!」
イノシシは痛みに耐え立ち上がる。そして高くジャンプすると体を反転し、どしーんと腹を向けた状態で地面に着地した。
……みごとなジャンピング降伏である。
あまりに潔い降伏にむしろ拍手したいくらいだった。
「えへへへへ……僕ってば世間知らずなんで許してください。えへへ」
「あーお父さんもしかしてもう終わっちゃった?」
「はぁはぁひぃひぃ……お、遅くなってごめんなさい……すみませんとりあえず水ください」
丁度よくリーリアとプリマが到着した。
逆さになってるイノシシと視線が合う。
「……いや! 僕を見ないで!!」
「……お父さんこれはいったい?」
リーリアの疑問もごもっともである。
俺は今までの経緯を説明するのだった。
「そっかぁじゃあ君は運がよかったんだね」
リーリアはそう言ってイノシシの腹をつんつんと突っつく。
「えへへ、そうなんですお嬢さん。あっしは幸せ者です」
ついには一人称まで変わってしまい、うさん臭さに磨きがかかってしまった。
……まあいいか。
詳しい話を聞いていくとしよう。
「──────というわけでして……あっしらは詳しいことは聞かされてないんですよ。へへへ」
一通り話を聞き終えたが、中々有力な情報を得られた。
まず、このイノシシの名前はボクオーというらしい。
ボクオーは人の姿となったときエルフの男だった。
そこで俺はピンときたので詳しく話を聞いたところ、エルサリオス主導でエルフ王国に潜入した際、エルフを食らって手に入れた姿だとか。
ボクオーは言われるがまま、誘い出されたエルフを襲ったそうだ。
手際の良さといい、そういうずる賢い所はエルサリオスは優秀なのだろう。
それ以上エルサリオスに関しては分からないというので追及はやめた。
ボクオーは人となり知恵をつけたことで世界の見方が変わったと言っていた。
今までは本能のままに生きていたのだが、考えることによりより強くなりたいという確固たる意志ができたようだ。
ただ人のときの戦闘能力は格段に低く訓練が必要だったが、同時に怠けるということを知ってしまい怠惰な生活をしていたようだ。それも人となって知恵を得た弊害だろう。
ボクオーはエルサリオスの目指している所に共感が持てず、魔獣地域へと戻ってきた。
そこで【カオスの右足】と呼ばれる魔獣『オルトロス』の号令によりドラゴン捕食する作戦に参加した。総数は100は超えているのだとか……多いな。
俺は【カオスの右足】とは何だと質問したが、ボクオーも理由は知らないらしい。
次に何故ドラゴンを捕食するのかと聞いたら、強くなれるからとしか聞いていないらしい。
そしてボクオーがいうには、この場所にたどり着いた時、ここで見張りをしていろと命令されたらしい。嫌だったが逆らえなかったとか。
……うーん、見事に下っ端なやつだな。
しかし見えてきたものがある。
ドラゴン襲撃の主犯者はオルトロスというやつで、そいつはどうも【カオスの右足】と呼ばれているらしい。ということはつまり、【カオスの左足】や【カオスの右手】【カオスの左手】もいるのではないかと推測ができる。
それにそんな【二つ名】が付いているからには化物と関係が深い者達なのだろう。
十分に警戒しなくてはいけない相手だ。
それにドラゴンがどれだけ減らしてくれたか分からないが魔獣の数は多い。
油断せずに進まなければなるまい。
万が一、竜王がやられてしまったら真実が分からなくなってしまう。まあ、あの竜王がやられるとは思わないが、念のために急いだほうがいいだろう。
俺が考えを整理していると、ボクオーが不安そうな声で尋ねてくる。
「あのぅ……それでボクはどうなるのでしょうか?」
ゴマをすりながら苦笑いを浮かべ近寄ってくる。
「そうだな……正直俺はこのまま見逃してもいいんだが……」
ちらりと皆を見渡す。
レヴィアはもちろんリーリアも特に何の感情も無かったが、プリマだけは渋い顔をしていた。
「……プリマは反対か?」
「…………反対です」
そう一言だけ発した。だがすぐに、
「だけどあたしにはその発言をする権利はないと思います。あたしではこのイノシシの魔獣には勝てないですから」
「そうか……」
確かにボクオーの魔力はプリマを超えている。本来の姿ではプリマは勝つことができない。 そう、レヴィアが強かっただけでボクオーも弱くはないのだ。
だからプリマは自分にはその発言をする資格がないと思っている。
別に弱いからといって発言するなというつもりはないんだがな。
俺は魔獣に悪い思い入れなんてないから、むしろこいつは今後何かの役立つんじゃないかと考えていた。
「とりあえずだ。お前はここで人の姿でも戦えるように訓練しておけ」
「え? ここでですか?」
「ああ、不服か?」
「い、いえ! 滅相もない!! 喜んで!!!」
そうはいったがきっと俺たちが居なくなれば逃げるだろう。
正直、それならそれでいいと思った。
逃げたのならそれまでだし、仮にもし逃げずに訓練していたとしたら、それは信用に値するやつという認識になる。
「期待しているぞ」
俺はそういうとボクオーの肩をたたいた。
「!!! はい! 頑張ります!!!」
「ああ。 ……それじゃプリマ。案内を頼む」
「……はい、分かりました」
やけに気合の入ったボクオーを背に俺たちは歩き出したのだった。




