62、道中でのこと
俺達はオルフェの町をでてドラゴンの里へと向かっていた。
結局昼過ぎに出発したのですぐに夕闇となり野営の準備を急いだ。
プリマが特製弁当を作ってくれたおかげで夕飯の準備は必要なかった。時間をもてあましていると、プリマに模擬戦をしてくれないかと頼まれた。
……なるほど、そのために弁当を作ったって訳か。
「えっと、魔法はなしでお願いしたいのです」
「ほう、別にいいが何故だ?」
「ベアルさんの格闘が見たくて!」
「俺の格闘はほぼ独学だぞ?」
「いえ! 強敵としのぎを削ってきたその腕前を見たいのです」
「まあ、それはかまわんが……」
「わあ、やったぁ! ありがとうございます!」
まあ、俺にとっても何かしら有意義な時間になるかもしれないしな。
人の技や戦い方を見るのは大好きだ。実戦で使えるものがあるかもしれない。
リーリアやレヴィアが見守る中、少し離れた場所で対峙する。
ちなみにレヴィアはまだ発情しているのだが、夜は少し落ちつくらしい。
「死なない程度に本気でよろしくお願いします!」
「ああわかった。いつでもいいぞ」
「では……いきます!!!」
ダッ!
プリマは踏み込むと一足で距離を詰める。
そして流れるような動きで猛然と攻撃を開始した。
なかなか速いな!
俺はすべて紙一重でそれを避ける。
顔に感じる風圧にその威力が並大抵のものではないことを感じさせる。
だが当たらなければ意味がない。
プリマは重心をさらに落とすと、拳に魔力を溜めているのがわかった。
その魔力は膨大で食らえばひとたまりもないだろう。
「飛翔拳!!」
プリマの拳が轟音を発し振りぬかれた。
──速い!
だがそれも見えている。
紙一重で避けると一歩後ろに下がった。
「想定済みっ──飛燕脚!」
空を切る拳の威力をそのまま利用して、回転するように鋭い蹴りをした。
流れるようなコンボに俺は関心したが、それを手で受け止めた。
「なっ!!!」
「ふむ、なかなかいい蹴りだ」
そのまま足を掴むと、ぐるりと回転して空へと放り投げた。
「くっ!!!」
「ほら、空中では的になってしまうぞ!」
「だったら!!!」
空中でくるりと器用に回り、体勢を整えると、
「飛燕衝撃波!!」
高速で足を振るうと、そこから衝撃波が発生した。
向かってくる衝撃波はすべてを切り裂く刃となる。
……これは風魔法と同じ原理だな。
俺は足に少しの魔力を込めると、衝撃波に蹴りをして相殺する。
「なんでっ!?」
「なんでかな?」
「────くっ! 飛燕衝撃波!!! 飛燕衝撃波あぁぁぁぁ!!!!」
焦っているのか闇雲に衝撃波を放ってきた。
なんどやっても同じだ。
俺は同じように蹴りでそれを相殺した。
「そんなっ! まったく効かないなんてっ!」
「──スキだらけだぞ」
動揺しているプリマにせまると、その腕を掴んで投げ倒した。
「あうっ!」
奇妙な声をあげ、地面に激突する。
「いったぁ!」
苦悶の表情で大の字で転がるプリマ。
そんなプリマの顔を上から覗き込む。
「まだやるか?」
「……もういいです」
こうして初のプリマとの模擬戦は幕を閉じた。
「うわーん! ベアルさん強すぎるよー」
「よしよし」
プリマは泣きながらリーリアに抱きついていた。
まあ泣いているのは演技だろうが……。
「別にプリマも弱くはない。一撃一撃がなかなか強力だったぞ? そこらへんの魔獣なら余裕だろう」
「でもベアルさんにはまったく通じませんでしたけど!」
「お父さんは規格外だから仕方ない、私だって全然まったく勝てないもん」
「えー、リーリアでも全然なんだ……」
プリマは絶望した表情になる。
「ふむ、別に悲観する事もなかろう。人の中では強い方だ。それにまだ魔力は上がるのだろう?」
レヴィアの一言で我に返ると、コクコクと頷く。
「うん。魔力の限界値までは到達してないかな」
「だったらまだ強くなる余地はあるの。あとは魔力操作かの?」
レヴィアはそうだよな? と俺に視線を向ける。
「ああ、しっかりと毎日練習するんだぞ」
「はい! 絶対にやります! 強くなりたいし!」
こぶしを握り、顔を上げ、決意を新たにするプリマ。
対称的に顔を落として苦しそうにしている者がいた……レヴィアだ。
「はぁはぁ……しかし、先ほどの戦いを見たら胸が熱くなってきたぞ……ベアルゥ……我とやらないか?」
「……何をやるかはしらんがやらん」
だんだんと息づかいが激しくなるレヴィア。
本当に発情期はやっかいだな!
「レヴィア……落ち着こうね?」
「……わかったのだ」
どうやらリーリアが一番の薬であるようだ。
数日が経った。
プリマとリーリアが先陣を切りどんどんと歩いていく。
魔獣がでても二人がいればすぐに対処できた。
連携も上手くなっており、プリマが突っ込み大技で一網打尽にしたあと、なんとか生き残った魔獣をリーリアが始末するといった感じだ。
プリマも魔獣を倒しきれなかったのは何故かと考え、リーリアはそれを何が悪かったのか丁寧に指導していった。
今やプリマの師匠はリーリアになりつつある。
……なぜ俺が教えないのか?
それは──
「ベアルーベアルー。おんぶしてほしいのだー」
「我慢しなさい!」
「ベアルのけち~」
レヴィアの発情がさらに悪化していたからだ。
特に昼間が酷かった。
スリスリと擦り寄ってきては腕に絡みつき歩行を妨害する。
振り払おうとすると、今度は足にしがみついてくるのだ。
もう仕方ないので腕にしがみつかせて引きずりながら歩いていた。
それだけならまだいい。
さらに酷くなってくると俺の首もとに腕を回して顔を近づけてくる。
その時はリーリアが無表情で脅迫するとレヴィアは我に返るのだった。
「はあ……レヴィアは私のお姉ちゃんみたいなものだから許してるけど……そうじゃなかったらもう……死んでるよ?」
剣をちらつかせ、「ふふふ」と無表情のまま口角を上げる。
それはプリマも含め、この場の皆を凍らせるのに十分だった。
そして夜。
焚き火を囲み、仕留めた魔獣を食らいつつ談笑をする。
「プリマ、ドラゴンの里はまだまだなんだよな?」
「はい……明日には山の麓までは着きますが、そこからはさらに過酷な山道となります」
「そこは飛んでいくのはダメか?」
「すみません、山道の入り口は森の中ですし、空からだと道が分からないと思いますので……」
「そうか、では予定通り歩いていくしかないか」
実はオルフェの町をでてからも歩いてきた。
理由はプリマが魔法を使えないことと、レヴィアが発情しているため使えないことだ。
それでも俺は飛んでいこうとしたのだが、リーリアが反対した。
「私が監視しにくくなるからダメ!」
だそうだ。
確かに俺がプリマを運ぶ訳にもいかないし、レヴィアを運ぶにしてもかなりくっつくことになる。
それが嫌なのだろう。
だから時間は掛かるが歩いて向かうことになったのだ。
プリマにとってもそれはありがたかったらしく、魔力操作や戦闘訓練など、修行もかねられると物凄く感謝していた。
そのせいもあってかここ数日でかなり強くなった。
さすがに今すぐAランクとまではいかないが、このまま頑張れば確実に到達できるだろう。
「山の麓は明日の昼には着くのか?」
「はい、それくらいには……そこから約7日間、山道を進めばドラゴンの里にいけるはず…………」
「……はず?」
「あはは……なんせあまりいかないものですから……実はあたしもまだ2回目なんで……えへへ」
「そ、そうだったのか」
「あ! でもちゃんと覚えているので大丈夫です! こう見えても記憶力はそれなりにいいんで!」
「ああ、頼りにしているぞ」
「はい!」
プリマは元気よく返事すると、その大きな胸をゆらし、「よし!」と気合をいれていた。
……若干不安だが、まあ、プリマしか頼るものがいない以上頑張ってもらおう。
それを見ていたリーリアも、「どうしたらそんなに大きく……お父さん……私も頑張るから待っててね」といって一生懸命肉を食らっていた。
……一体何を頑張るんだろうか。
レヴィアは発情しているせいか、「我を食べてもいいのだぞ」とくっついてくる。
……いや、またリーリアが凄い顔で見てるから! 全然懲りないなこいつも!
就寝時、俺が即席で作った小屋で皆で休む。
俺は一番端で寝ているのだが、当然のようにリーリアが隣で寝ている。この場所は絶対にゆずらないのだとか。
「ねえ……お父さん」
「ん? どうした?」
今にも寝てしまいそうな、か細い声だ。
リーリアは無意識か俺に抱きつく。
丁度リーリアの方を向いていたために胸にうずくまるような感じでくっついていた。
「お父さんの匂いは私のだよ……」
「なんだ……レヴィアのことを気にしてるのか?」
そう言うと、さらにぎゅっと力を込めて抱きついてきた。
「…………みんなずるい……お父さんは私のお父さんなのに」
「ああ、お父さんはリーリアが一番大事だぞ」
「うん……わかってる。わかってるけど……嫌なの。そう思ってる自分も嫌」
頭では理解しているが感情が追いつかない。
本当は独り占めしたい。だけど、そんなことを思っている自分も嫌だという。
「リーリアが嫌なら……レヴィアにはきちんと言うぞ?」
「……ううん、いい。レヴィアも大変だから……それはね、わかってるの。でもね、お父さんとくっついてるところはなるべく見たくない」
「そうか、お父さんも配慮がたらなかったかもしれない。ごめんな?」
「うん……だから今、お父さんを目一杯堪能する」
「じゃあ、リーリアが寝るまでずっと撫でててあげよう」
「うん!」
それから寝るまでの少しの間、優しい時間が流れた。
二人が寝静まった頃、プリマはゆっくりと目を開ける。
「お父さんか……」
瞳から自然と涙が伝う。
(ああ、あたしまた眠れないかもしれない)
床を立ち、即席小屋の外にでる。
この季節にしては肌寒いその星の下で、魔力操作の練習を始めたのだった。




