61、恋? 発情期?
俺は今、大変に困惑している。
あのリヴァイアサンが俺に抱きついているのだ。
先ほどから俺の胸にスリスリと顔を擦り付けていた。
「うぅぅ……ベアルゥ。あいたかったぞ」
「いやいやっお前! 一体何をしているんだ!?」
胸元に顔を埋め、くんかくんかと匂いを嗅いでいる。
「はあはあ、いい匂い……」
「お、おい! レヴィア! お前まじで一体全体なにがどうしたってんだ?」
俺は混乱した。
あまりの変わりっぷりに、ただただ戸惑うしかなかった。
「ベアルゥ……ベアルゥ。我は一体どうしたらいいのだ?」
抱きつきながら顔を上げると潤んだ瞳で猫なで声をだしてくる。
「そんなこと言われても俺もわからんわ! とりあえず落ち着け!」
「無理なのだぁ……おぬしの姿を見たら胸のドキドキが止まらないのだ」
「ええい! とりあえず離れろ!」
無理やり引き剥がそうとするが、地味に怪力なせいかレヴィアは離れない。
俺は困ったのでリーリアに視線を向ける。するとすごく真剣な顔で呟いた。
「メスの波動を感じる……」
「メ、メスの波動ってなんだ?」
リーリアはたまに突飛なことを言う。
すべては三人娘の影響だとは思うのだが。
俺の質問には答えず、レヴィアへと近づく。
「レヴィア……どんな感情なの? どうしてそうなっちゃったの?」
「おぉ、リーリアか! 我はおかしくなってしまったのか? ベアルのことを考えるだけで胸が苦しくなるのだ。 でも今はすごく心地よくなり、でも気分は高揚しておる。もしかしたら何かの病気かもしれぬ」
「それって……もしかして恋?」
「恋? 恋とはなんだ? 発情期とは違うのか?」
「え……えっと……お父さんはわかる?」
リーリアは困ったように俺に助けを求める。
うーん。
恋は何となく分かるが、むしろ発情期が分からん。盛っているってことか?
「むしろ発情期が分からん。これはどういう感じなんだ?」
「発情期はそのままだ。我もあまりなったことがないが、発情期になると子孫を残したくなるのだ。我は子孫を残すなら自分より強い者と決めていたのでそういったことにはならなかったが……」
そこでチラリと俺のことを上目遣いでジーっと見つめてくる。
「今は発情期の時には感じなかった気持ちがあふれているのだ! 我は今苦しい! だがベアルとくっついてると安心して幸せな気分になるのだ! もうわけがわからなくてどうすればいいのかわからないのだ!」
そう必死に訴えるレヴィアは真にせまっており嘘をいっているようには見えない。
そもそも冗談でもこんなことをやる奴ではないのだが。
必死にしがみついているこいつを俺は引き剥がせなくなっていた。
「それで恋ってなんなのだ?」
「恋って言うのは……その相手の事が好きになる事かな?」
「それなら我はずっとベアルのことは好きだぞ?」
「いや……その好きという気持ち+発情期の状態ってことかな?」
「……ふむ、なるほど」
言ってて、やばいと思った。
そんな事を言ったら何て返事がくるか分かってしまったからだ。
案の定レヴィアはその結論にいたったようで。
「ならばベアルよ! 我と子供を作ろうではないか!」
「いやいや! 恋というのはお互いがそういう気持ちになったら成立するものであってだな……」
「ベアルは我の事が嫌いなのか?」
「嫌いではないが……いやっ! ……なんていうかだな、お前はその、違うだろう?」
恋とか好きとか、まずは置いておくとして、そもそも人と魔獣の間に子供は産まれるのかという疑問がある。
俺がそっち方面ではぐらかそうとしたのだが。
「どうやら産めるみたいだぞ。 ……我もこの姿となってから、アレがきたからの」
最後は回りに聞こえないように俺の耳元で呟くように話した。
なるほど。
まてまてまて! なにがなるほどだ!
だからなんだというのだ。
落ち着こう。
深呼吸だ。
すーはーすーはー。
よし、ここはリーリアの意見を聞こうか。
何気なくそう考えて向いた方向にいた存在は……。
「おい、レヴィア……別れよう」
「ん? おぬし何をいっておるのだ? 別れようとはなんなのだ」
「いや、後ろを振り返ってくれないか?」
「まったく、一体なんだとい────」
言葉が続かなかった。
そこにいた存在はリーリアだった。
しかし表情がなかった。
すべての感情をそぎ落とし、目の焦点も合ってない。
ふらふらと、まるでゾンビのように立っていた。
「レヴィアは私からお父さんを奪うんだ?」
「えっと……いや、そのだな……」
「へえ~……島では色々と語り合ったよね?」
「う、うむ。そうだったな。うん」
「もし奪うって言うなら……もう殺し合いするしかないよね?」
「いや! 待つのだ! これはあれだ……ジョーク! そう、ジョークなのだ」
「そっか……私からお父さんを本当に奪うつもりだったら、二人が蒸発するまえにレヴィアを魔法で蒸発させるところだったよ」
「ははは。リーリアも冗談が上手だの……はは」
「レヴィアほどじゃないよ。本気だと思っちゃったもん。あはは!」
まさに地獄だった。
俺は何も発言できずに二人のやり取りを眺めていた。
「あのー取り込み中すみません。一体どういった状況なんですか?」
先ほどからそわそわしていたプリマが質問してきた。その表情はとても不安そうである。
それは俺も聞きたい。どうしてこんなことになってしまったのかと。
「ええとだな……俺もよくわからん……むしろ何がききたい?」
何を説明すればいいのかもよくわからん。
「とりあえず、その子を紹介していただけると嬉しいです」
「ああ、こいつはレヴィアといってだな……」
……やばい、どうするか。
まさかここでレヴィアと会う事になるとは思わなかったので何も考えていない。
とりあえず魔獣だということはいわない方向で説明しようと思うが……とするとどこかの町で知り合ったという事にするか?
どう切り出すか迷っていると、先にレヴィアが話し出した。
「うむぅ。おぬしは誰だ? 我とベアルは大昔からの知り合いだ」
「えっ大昔? ということは見た目に寄らず結構歳をとってるってこと?」
「うむ? この見た目は最近なった──もごっ」
危ない。
うっかり口を滑らせそうになったレヴィア抱き寄せ、頭を強引に胸に埋めさせた。
「ああぁぁ……! あれだ! 大昔といっても小さい頃ってことだ」
「なるほど! 小さい頃にベアルさんにあこがれてってことですね」
プリマはいい感じに勘違いしてくれた。よし、このまま町で出会ってということにしよう。
「ああ、その通りだ。レヴィアが小さい頃に町で出会ってな?」
俺は手の力をゆるめてレヴィアの頭を解放した。
そして目で「そういう設定でいこう」と合図をした。
レヴィアはトロンとした表情でコクコクと頷く。
「うむ……そうなのだ。ベアルと我は小さい頃に出会ってからいろいろとやりあってきた仲なのだぞ」
「へえ~……やりあってきた……ですか?」
「うむ、やりあってたのだ。我の体がボロボロになるまでな」
「えっ! 小さい女の子の体がボロボロになるまでって一体何をしてるんですか!?」
「いや、その言い方は語弊があるんだが……」
確かに戦ってリヴァイアサンをボロボロになるまで痛めつけているのは事実なのだが……それを女の子にやっていたと勘違いされるといろいろとよろしくない。
プリマは、「ベアルさんってそうだったんだ」と少し放心した感じに呟いていた。だがすぐに気を取り直すと、「あたしもボロボロになるまでされたいなぁ」となにやらよく分からない事を言っていた。
こいつは一体何を想像しているんだ……。
「でも嬉しかった。我の相手をしてくれるものは誰もいなかったから、ベアルが相手をしてくれて……友達ができたみたいでとても嬉しかったのだ」
「そうだったんだ……お二人の関係はちょっと理解できないけれど、素敵な出会いだったってことはわかったよ」
「うむ…………しておぬしは誰だ?」
プリマはそういわれて自己紹介をしてない事に気がつき顔を赤くした。
「あ、ごめん! 自己紹介してなかったね! あたしはプリマ! この町のギルドで冒険者をやってるよ!」
「なるほど。おぬしが孫か」
「孫って事を知っているって事はおじいちゃんとおばあちゃんには会ったんだ?」
「さようだ! 美味い飯を馳走になった!」
「そっか! おばあちゃんのご飯は美味しいよね!」
「うむ! 最高だったぞ! ふはは!」
どうやら打ち解けたらしい。
仲良くなれたのはいいことだが、相変わらずレヴィアは俺に抱きついていた。
「ところでそろそろ離れないか?」
そう聞いてみたものの。
「それは嫌なのだ」
断られた。
おそるおそるリーリアを見たが、
「それくらいならいいよ」
リーリアがそう言ったので俺も諦める事にした。
「わかった……とりあえずワイバーン討伐の報告をしたいからギルドに入るぞ」
「うむ」
レヴィアを引きずりながら冒険者ギルドへと入る。
それに続くリーリアとプリマ。
冒険者ギルド内のテーブルにはじいさんとばあさんが横並びに座っていた。
入ってきた俺に気がつくと、よぉと片手を上げた。
テーブルには既にお茶をした後がある。先ほどまでレヴィアと話でもしていたのだろう。
俺はレヴィアを引きずりながら席へと座った。
リーリアは座らずにレヴィアの監視をしているようだ。
「……レヴィアちゃんとは会ったようじゃな……しかしおぬしも隅に置けんのう。そんな可愛い子がこれだとは」
じいさんはそう言うと小指を立てた。
「違うからな……まあ、そんなことはいいから結果を報告したい」
「ふむ、セッカチじゃの……」
そんなことより俺は腕に絡み付いてくるレヴィアが気になって仕方なかった。腕に当たる柔らかい感触が見ていなくてもなんだかわかるくらいは敏感になっている。
それを見たリーリアが、「やっぱり離れてー!」と引き剥がそうとするが、「嫌なのだー!」と言って余計に力をいれて抱きついてきた。
……ああ、柔らかいなあ。
……おっと報告しなければ。
「では報告するぞ、まず──」
隣でレヴィアとリーリアがわちゃわちゃしているのが気になって報告にも身が入らなかったが、ワイバーンの倒した数や卵の数。それを全てほぼ無傷で持ち帰った事を報告した。
「おぉ! そんなにいっぱい! 感謝するぞ! ワイバーンは外にあるのかの?」
「ああ、町に入ったすぐ横辺りに放置してある」
「よしわかった! ────ばあさん!! 暇な連中を集めてなめし革を作るのじゃ」
「わかってるようっさいわ!!」
ばあさんは立ち上がると、そそくさとギルドから出て行った。
「ではお金を渡そうかの。ちょっと待っといてもらえるか?」
「ああ、わかった」
じいさんはそういうと二階へと上がっていった。
……さてと。
「レヴィア……いい加減に離さないとリーリアが怒るぞ」
「うぅぅ、そうなのか?」
ちらり。
リーリアの表情を見たレヴィアは一瞬凍りついた。
すると、今まで頑なに離さなかった手をあっさりと離した。
「リーリアのあんな表情……は、はじめてみたのだ」
「ああ、あれ以上は本当にやばいぞ。命拾いしたなレヴィア」
「あのね……お父さんもお父さんだよ? なに鼻の下伸ばしてデレデレしてるの? 感触を味わってたの知ってるんだからね?」
ばれてた。
俺は怖くてリーリアの顔が見れなくなった。
「あ、ああ……すまない」
「はあ、もういいよ。お父さんはおっぱい大好きだもんね……わかってるもん」
リーリアの中で俺はどんな父親像になっているんだろう。物凄く不安になるのだった。
「報酬の準備ができたぞい」
二階から戻ってきたじいさんが嫌な空気を断ち切ってくれた。ナイスじいさん。
用意された報酬を受け取り袋にしまう。
さて、いろいろあったが本来の任務に戻るか。
竜王ニーズヘッグに会うという目的がある。そのためにドラゴンの里に向かわなければいけない。
日はまだ高い。進めるだけ進もうと俺は席を立つ。
「世話になった」
「もう行くのか? 今日は泊まっていったらどうじゃ?」
「いや、時間がおしい。野宿にはなれているし、少しでも進んでおこうと思う」
現在の時刻はまだ昼になっていない。
ここでぼーっとしてるには早すぎる時間だ。
「ではせめて昼飯だけでも、プリマ! 手伝ってくれるかの?」
「あ、うん! わかった!」
じいさんとプリマは二階へと上がっていってしまう。
プリマがいなければ旅立つ事ができない。仕方ない、昼はありがたくご馳走になろう。




