57、オルフェの町のプリマ
老夫婦の喧嘩が終わるのを待っていたのだが、途中でばあさんがリーリアに気がつくとすぐに喧嘩は収まった。
なぜか急に機嫌がよくなるとお菓子とお茶を持ってテーブルへと腰をかけた。
「ほら、遠慮しないでどんどんお食べ。まだまだいっぱいあるからね」
「うん、ありがとうおばあちゃん」
「プリマの小さい頃を思い出すねえ」
「プリマ?」
「ああ、あたしたちの孫さあ。今は魔獣退治に出かけてるけどね」
「へえ~そうなんだ」
いろいろなお菓子に夢中になって、すでにばあさんの話をあまり聞いていないようだ。
「ばあさん。わしたちは大事な話があるんじゃ。邪魔はせんでくれんか」
「大丈夫だよ! あたしゃこの子と話してるから勝手にあんたらで話してな!」
「じゃったらここで話さんでもよかろう! 二階に上がるなりなんなりしたらいいじゃろ!?」
「それもそうだねえ……あたしと二階でお菓子でも食べながらいろいろ話さないかい?」
子供に対してはまるで聖母のような慈愛の表情を浮かべるばあさんだ。
だがリーリアは、
「ううん、お父さんと一緒に会話に加わりたいからここにいる。私も冒険者だから」
「そうかえ、まだ子供なのに偉いねえ……じゃあ仕方ないね。ほら、じじい。さっさと話を進めんかい!」
「わーっとるわい!」
じいさんはつばが飛ぶ勢いでばあさんにいきりかかると改めて俺と対峙する。
「待たせたの……えーと……」
「改めて自己紹介をしよう。俺はベアル、Sランク冒険者だ。で、この隣の子が俺の娘のリーリアだ」
「私はリーリア、Dランクです。よろしくお願いします」
「ほう……強いとは思っていたがSランクとは。そちらの子もまだ小さいのにDランクか。すごいのう……おっとそうじゃった。わしの名はヴァン…………横のババアはドールというよろしくの」
隣のばあさんは特に何も言わず「よろしくな」と一言いうと黙った。
「……それでなんだったかの?」
「竜王の居場所を教えて欲しい。フォレストエッジのディランの依頼で対話をしなければならなくてな」
「なるほどの……ディランか。会った事あるがかなりの使い手だったわい。竜王様と対話を望むということはよほどの事が起きているという事かの?」
「ああ、まあな」
「……ふむ、詳しくは言えんということかの」
「すまんな。気を悪くしたら謝る」
「いやいや、依頼には守秘義務が発生するものもある。気にせんでくれ」
「ああ、助かる」
さすがにエルサリオスのことや【セレアの種】のことを話す訳にはいかない。人魔獣に関しては近いうちに広まってしまうかもしれないが、【セレアの種】に関しては言わなければ大丈夫だろう。
「それで竜王様なんじゃが……ぶっちゃけどこにいるかは分からん」
「そうなのか」
「すまんの……じゃがドラゴンの里なら分かるぞ。その里の者なら知っていると思うんじゃが」
おお、やはりドラゴンの里はあったのか!
リーリアの方をちらりと見ると、当然の如く目をキラキラとさせていた。
「そのドラゴンの里はどこにあるんだ?」
「……土地感がないと説明するのは難しいのぉ……案内するのが手っ取り早いんじゃが……」
「その道案内は頼めないのか?」
「うーむ、それなんじゃが────」
バタン!
ヴァンの言葉を遮るようにギルドの扉が勢いよく開け放たれた。
「──ただいま! おじいちゃんおばあちゃん!!」
そこに現れたのは栗色の髪に程よく焼けた肌の女。
ハキハキとしたしゃべり方とあいまって元気を象徴しているかのようである。
「おかえりプリマや。おまえもこっちにきて座りなさい」
「うん、おなか空いたー! ──ってお客さん? 依頼……じゃなさそうだね。同業者かな」
俺の顔を見るなり神妙な面持ちとなった。
どうやら俺のことを警戒している感じである。このプリマって子もなかなかの実力の持ち主のようだ。
ヴァンの横に腰掛けるが警戒は解かず俺をじっと見ている。
そこまで警戒せんでも良いと思うんだが……。
仕方無いのでもう一度自己紹介をすることにした。
するとリーリアの存在に初めて気がついたようで、Dランクということに大変驚いていた。
「すごいじゃん! その歳でDランクだなんて! あたしはまだまだ修行中だったよ」
「ううん、私が強いのはお父さんが強いからだよ」
「お父さん……そっかぁ。この人がお父さんなんだ」
恐る恐ると言った風に俺を見る。
うーん、なんか警戒しすぎな気がするんだが。
「まあ、話の続きをしようか……道案内の事なんだが」
このまま雑談の流れになってしまいそうだったので話の軌道を元に戻す。
「そうじゃったな。道案内ならプリマができるんじゃが……山の麓まで4日はかかるし、ドラゴンの里まではさらに7日ほどかかる。その間にこのオルフェの町が魔獣に襲われるとちょっときついのう」
「この町には他に冒険者はいないのか?」
俺の問いにじいさん達はお互いの顔を見合わせて苦笑いをする。
「残念ながらこんな小さな町だ……若者はみんな出て行ってしまった。外からくる冒険者もいないし、もしいたとしても留まる者はいないんじゃ。だからこの冒険者ギルドはわしたち家族でなりたっておる」
「な、なるほどな……」
寂れた町だとは思ったが、かなり深刻な状況のようだ。
でも確かにこんな町だと出て行きたくなる気持ちも分かる。
ざっと見渡した限り、海と小さな畑しかない。こじゃれた店もなければ露店もなく、ほとんど自給自足でまかなっているような感じだった。
「それに北の山にはワイバーンが巣くってしまっておっての……子育てのためか頻繁にこの町にもやってきて人を襲うんじゃ。プリマが追っ払ってくれているのじゃが、さすがに巣を殲滅できるほどの実力はないからの」
「そうなのか? 見た感じ倒せる実力はありそうだが……」
俺はプリマを観察した。
魔力は十分にあるし、多分拳で戦うタイプなのだろうが、筋肉はほどよく引き締まっていてバネもありそうだ。じいさんの実力から鑑みるにワイバーンの一匹や二匹は余裕そうなのだが。
しばらく見ていたら、プリマは居心地が悪そうにもじもじし出した。
「お父さん……いつも言ってるけど見すぎ!」
リーリアにわき腹をつつかれてしまった。うぐっ。
観察は無意識におこなってしまうからゆるしてほしいんだが。
「あの……実はあたし、魔法が使えなくて……」
「ああ、そうだったのか。なるほど」
魔力があるからといって魔法が使えるわけではない。
プリマのような四大精霊が見えない人物はけして珍しくない。
冒険者ができているのは武器の適正があったからだろう。
装備を見る限り、篭手の精霊が見えて、技が使えるのだ。
しかしそうなるとワイバーンが苦手なのも納得できる。
空を飛ぶ魔獣は魔法が圧倒的に有利だ。魔法が使えないとワイバーンを追い詰めても逃げられてしまうからだ。
だから追い払うことしか出来ないのだろう。
「そのワイバーンの巣を壊滅させればプリマは俺達を案内してくれるのか?」
「そうじゃのう……ワイバーンさえいなければ何とかなる。衰えたとはいえ、そこらへんの魔獣ならわしでなんとかなるじゃろ」
よぼよぼの腕をだしてサムズアップしてみせた。
すると筋肉がめりめりと膨れ上がり立派な力こぶができあがる。
ふっ、最低限は鍛えているということか。
「ならば俺達がワイバーンを退治しよう」
「え! いいの? 今回の依頼とは関係ないんじゃ……」
「プリマを無理やり連れていこうなどとは思っていない。あくまで協力という形で一緒にいきたいんだ。ならば同行してもらうために、憂いを解消するのは当然だろ?」
「ベアルさん……ありがとう」
プリマの緊張が緩むのを感じ、俺への警戒が解かれる。少しは信用してくれたということか。
「話はまとまったの。んで討伐は明日からいってくれるのかの?」
「そうだな……早い方がいい。明日の朝に出発しよう」
「あ、ベアルさん! あたしもついていきます! 案内があった方がいいと思うので」
「そうか? 助かるがギルドの依頼はいいのか?」
「大丈夫! そもそも依頼なんてたまーにしか入ってきませんから! あはは!」
この町のギルドは大丈夫なんだろうか……。
別の意味で心配になってくるな。
「ところで宿は決まっておるのか? ちなみにこの町には宿はないぞ」
「ああ、やっぱりなかったか。ということは野宿か」
まあ野宿にはなれている。適当な場所で寝るか。
「ううん! この場所を使ってくださいよ! あたしたちは2階に住んでいますけど、1階のここは空いてますから」
「そうそう。どうせなら夕食も一緒にどうだい? おばあちゃん久しぶりに腕によりをかけて料理作っちゃうよ」
ベッドも何もないが、野宿するよりは全然いい。ありがたく使わせてもらおう。
それに久しぶりに料理と呼べるものが食べられるのなら断る理由はない。
「ああ、世話になる」
こうして賑やかな老夫婦家族に世話になり、一晩を過ごすのだった。




