55、さて、どうしようか
「ふう……気持ちいいな」
俺は一人や野営場所から離れて風呂にはいっていた。
水魔法で水を出し、火魔法で調整して、魔力操作で形を整え全身を包めばお風呂の完成である。
風呂は嫌いではない……面倒くさいだけだ。
別に入らなくても死にはしないだろうという思想だったのだが、リーリアに言われてしまったら入らないわけにもいかない。
「しかし、なんていうか……成長してるんだな」
あんなに小さかった子供が……ちょっと頑固なところもあったが俺の言う事は常に正しいと疑わなかった。そんな子があんなに色々と言ってくるなんて。
もちろんこれは嬉しいという感情だ。
生きとし生けるもの全て、いずれは親から巣立っていくものである。
それは魔獣であるならば物理的に離れるということではあるが、人でいうなら精神的に離れるといえる。
親がすべて正しいという呪縛から解き放たれる時期がくるのだ。
リーリアも例に漏れずそうなったというだけである。
「ちょっと寂しいけどな」
思わずでてしまった本音を吐露しつつ、まったりと湯に浸かるのだった。
風呂を出て野営地へと帰ってきた俺はリヴァイアサンと向き合っていた。
どうやらリーリアは眠たくなったようで先に寝てしまっていた。
「さて……おぬしこれからどうするのだ?」
どうするとは行き先の事だろう。
「……西にはいけないな」
「そうだろうな。さすがにおぬしでもキツイと思うぞ。ましてリーリアにはちょっと荷が重い」
「ああ、分かってる……だから先に竜王と会うのがいいのかもしれない」
「化物の真相を聞くのか」
「そうだ。色々と聞かなければいけないんだが……ちょっとな」
「? なにか問題があるのか?」
問題……そう問題がある。
「竜王は300年前に戦った相手ということだ。俺の封印を解かれていることでまた戦闘になるかもしれん」
「ふふ、それはそれで面白そうではないか」
「リーリアがいる状態で戦いたくはない……さすがに守りきれないからな」
「竜王はそんなに強いのか?」
「俺が出会った中で一番強かったよ」
「……むう。それは妬けてしまうな」
面白くなさそうにリヴァイアサンが頬を膨らませる。
その頬をつつきたくなったがやめておいた。
「竜王とは話が通じない相手なのか?」
「いや、そんなことはない。竜王ニーズヘッグといえば温厚な性格で有名だ……あのときの俺がちょっと痛いやつだったということだ」
「……うーむ、そうだったか? 我にとってベアルは遊び相手だったのだが」
「そうだったのか?」
遊び相手って……そんな風に見られてたのか。
「だっておぬし……我の事をなんだかんだ言って殺さなかったではないか」
「あー……それは……まあな、はは」
丁度いい魔法の実験台だったなんて言えない。
い、今は友達だと思ってるぞ!
「話を戻すが、だったら大丈夫なのではないか? 竜王も今のおぬしと戦おうとは思うまい」
「そうだといいがな……」
まあ、俺の中で竜王と会う決心は固まっている。
それはもちろんリーリアにも話をしている。
ただ、少しだけ不安があったのだ。
それをリヴァイアサンに話して肯定してもらえたことで気持ちが和らいだのだった。
「それで? まだなんか不安に思っていることがあるんではないか?」
リヴァイアサンはそう言うと、いつの間にか結ってある髪をぽんとはらった。どうやら俺が風呂に入ってる間にリーリアがやったのだろう。
「その髪、似合ってるな」
「うむ……リーリアがやってくれたのだが、動きやすくて気に入っておる……って話をそらすな!」
「ああ、悪い。ちょっと気になったもんでな」
「おぬしは本当に節操がないのだな……我に色目を使って仕方あるまい。我は魔獣だぞ」
「分かってるよ。別にそんなつもりはないんだがな……」
「おぬしの好き者などどうでもいい。不安な事を申してみるがいい」
「あ、ああ、そうだな」
俺としてはその鱗めっちゃ綺麗だなと同じ感覚で言ったつもりだったのだが。
リヴァイアサンは相変わらず頬を膨らませて横を向いてしまっている。
頬を膨らませるの……癖になってるのか?
「不安に思っているのは西の魔獣のことだ。Sランクがゴロゴロいるんだろう? このまま放置しても大丈夫なのか……リヴァイアサンはどう思う?」
「うーむ……正直、どうとも言えんな。全部が全部動き出したら間違いなく人は絶滅する規模ではあるが」
「そこまでなのか」
「うむ、だがほっといてもいいと思うぞ。魔獣たちは人のことはどうでもいいと思っているはずだ」
「何故わかる?」
俺がそう言うと、途端、リヴァイアサンはふふふと笑った。
「おぬしの目の前にいるのは誰だ?」
「……そうだったな」
「うむ、魔獣の行動原理はよくわかっている。魔獣にとっては魔獣も人も関係ない。すべてが敵だからな。だからわざわざ人を滅ぼそうという思想は生まれない。まあ、頭の良い魔獣はわからんがな」
「なるほど」
魔獣は本能のまま生きている。
生きるために他を食らい、成長し、子孫を残す。それの繰り返しだ。
力を増してきているとはいえ、日々の行動は決まっている。
パイロの町に魔獣が増えたのも、きっと西の魔獣がこぞって東へやってきたせいだろう。
そのせいで縄張り争いが激しくなり、南へ逃げてきた魔獣とパイロの人々が戦う羽目になったというわけだ。
「しかし、そうなると西の魔獣がSランクまで強くなった理由が知りたいな」
「それは我も気になるところだ。もっと強くならねばいけないからな」
「だが下手に刺激するものよくないか……」
万が一がある。
もし刺激してしまって、Sランク魔獣がパイロの町へ流れてしまえば滅ぼされてしまうだろう。それだけは避けなければならない。
「何がともあれ竜王と会うのが先決かもな」
「我もそれがいいと思うぞ」
目的地は定まった。
さて、あとは寝るだけだが……。
「そういえばリヴァイアサンはこれからどうするんだ?」
「……うむ、特に決めてないのだが……また魔獣を狩る日々になるかもしれぬ」
どうやらこれといった目的はないようだ。
ならば一つ頼み事をしてもいいのかもしれない。
「頼みたいことがあるんだが」
俺がそう言うと露骨に嫌そうな顔をした。
「おぬしがそんな事を言い出すと面倒くさいイメージしかないのだが……まあいい。一応聞いてみるとしよう」
「ああ、単刀直入にいう。パイロの町に今のことについて言伝をしてほし──」
「──断る」
話を途中で遮って放つは、強い拒絶の返事だった。
まあやはりというべきか、そうだろうなとは思っていた。
だが話には続きがある。
「まあまってくれ! 最後まで聞いてくれないか?」
「……なぜ我が人の町にいかなくてはいけないのだ。我は魔獣だぞ?」
「でも今は人の姿になれるだろ?」
「む……それはそうだが」
「とりあえず話だけな?」
「……わかった、聞こう」
不貞腐れた感じで口を突き出しながらではあるが、こちらに耳を傾けてくれている。
「パイロの町の冒険者ギルドにランドという男がいる。そいつに今日のことを話してほしい。ランドなら情報を上手く活用してくれるはずだ……そしてリヴァイアサンにはその見返りとして10万ゴールド渡そう」
「人の通貨ってやつか……だが我はそんなもの必要ではないのだが?」
興味を失ったようにあぐらにひじをつき、顎を手のひらにのせて、眠たそうに欠伸をかきはじめた。
まずい。ここで畳み掛けなければ。
「ちっちっち。リヴァちゃんよ……お前は最近人の姿になったことによって、舌が敏感になっているはずだ。だから肉を焼いたものが美味く感じたり、調味料に興味を持ち始めている……心当たりはないか?」
「む……確かにそういわれると今日の焼いた肉は凄く美味かった。生で食べるのとはまったく違っていた」
「それが人ってやつなのさ。そして人の町には焼いた肉よりもっともっと美味しい料理ってやつがあるんだよ!」
「な! なんだと!」
目を見開き、体も前のめりとなって俺の服を掴んでいる。
口はだらしなく開いており、よだれが垂れ始めていた。
「そして10万ゴールドあれば料理がたらふく食える……どうだ? 食べて見たくないか?」
ゴクリ
生唾を飲む音が聞こえた。
リヴァイアサンの目は完全にやる気に満ちている。
「ふ……仕方ないの。ベアルのために我が一肌脱いでやろうではないか。冒険者ギルドのランドといったか。よし、明日になったらすぐに旅立とう! だから10万ゴールドよこすのだ」
「ああ、頼んだぞ」
交渉成立である。
これでパイロの町も安全だし、情報も伝えられる。一石二鳥だ。
料理の素晴らしさを知れば、きっとリヴァイアサンも人を好きになるだろう。
これで何の気兼ねもなく竜王と会いにいけるってもんだ。




