54、心の棘
日が傾きかけていたので丁度いいから野営をしようということになった。
この場所は魔獣が多いので来た道を戻り、離れた所まで移動した。
野営の準備も終わり、焚き火を囲いながら一息ついて談笑をする。
いつもの牛魔獣を狩ってきて焼くと、さっそくリヴァイアサンがよだれを垂らしながら釘付けとなっていた。
「あぁ……いい匂いがするのう。おぬしたちは毎日こんな美味そうなものを食べていたのか」
「うん、凄く美味しいから楽しみにしててね」
「やっぱり火魔法はいいの。雷魔法では焦げるが中は生だからただ苦いだけで美味しくないからな」
「へえ~そうなんだね。火魔法はやっぱり覚えられなかったの?」
「まだ本格的には試してないが、海の魔獣である我には厳しいかもしれん」
俺は楽しそうに会話している二人を見ながらぼーっと考えていた。
ちょっと前までは浜辺でリーリアが上を見上げながら会話をしていた。
だが今は二人並んで座り、お互いの顔を見て会話をしている。
人となったリヴァイアサンは声帯も変わって、とても可愛らしい声になっていた。年齢でいうと16歳くらいだろうか。
なのでその見た目からも、まるで昔から仲の良い姉妹のように思えてくるから不思議だ。
ちなみにリヴァイアサンは汚れた体を水魔法で洗い流してもらった。血の匂いがきつくてたまらんからな。その際に服がぼろぼろで目のやり場に困ったのだが、リーリアの予備の服を貸してあげたようだ。少し小さかったがボロボロよりはましという事だ。
肉が焼け、食事タイムとなった。
予想通りリヴァイアサンが物凄い勢いで食べ進めすぐに完食してしまった。かなりの数を焼いたはずだったのだが……。
「リヴァイアサン……お前早すぎだ」
「すまんすまん! いやあ、美味すぎて止まらなかったぞ! おかわりはないのか?」
「私、リヴァちゃんがいっぱい食べるかなと思って、いつもより多く狩ってきたんだけど……ていうかその体のどこにはいったの?」
確かに。
狩ってきた牛魔獣は3頭だ。
リヴァイアサンの戦いを見る限りいっぱい食うだろうなとは予想していたが、今は人の体なのだ。その小さな体のどこに入っていったのかと疑問である。
「そういえば……今まで気にしなかったのだが、どこに入ってるのだ?」
人の姿だが胃袋はリヴァイアサンのままということなのだろうか?
まあ戦いを見た限り、噛み千切ってたりしてたから力もリヴァイアサンのままということか?
ここら辺ははっきりさせないといけないだろう。今後のためにもな。
「足りない分は自分で狩ってきてくれ、そしたら焼いてやるから。それより今は話を聞かせてくれるか?」
「おお、本当か!? おぬしは本当に優しくなったのだな……ではさっさと話を終わらせて食事にしないとな」
リヴァイアサンは息をまいて語り始めた。
「どこから話そうか……リーリアに負けた日、我は修行の旅にでた。海の敵はもう弱いと思い、地上へ行こうと思ったのだ! そこで我はこの魔獣区域に目をつけたのだ。リーリアが町で仕入れた情報では魔獣の数が多くなっているというのを聞かされておったからな」
「なるほどな。しかし陸地で戦うのはリスクが高いだろ?」
「うむ、でもそうでもしないと修行にならんだろう? 海に我の敵はすでにおらん。ならば陸地に上がるしかない。それに戦って感じたがここの魔獣は海のものどもより魔力が高い」
それは俺も感じた。
多分この区域だけだろうが、魔獣の平均レベルがかなり高い。
「しかしまあ……陸地は想像してたより大変だったぞ。鱗が乾かぬよう常に水魔法を使い続けるのだが、我の体は巨大なゆえに消費する魔力も馬鹿にならなくてな。魔獣を見つけてはひたすら食べて回っていたのだ」
「そうだったんだ……大変だったねリヴァちゃん」
リーリアが抱きつき、リヴァイアサンをいい子いい子と撫でている。
「こ、こら! やめんか」
言葉では拒否しているものの表情は優しかった。
……ううむ。
改めて見るが相変わらずこいつがリヴァイアサンだと認識できないでいる。
リーリアとじゃれあっている姿はもう普通の女の子だ。
「ベアルよ、じーっとみてないでこの子をどうにかしてくれ」
なすがままに撫でられているリヴァイアサンはちょっと困ったように俺に助けを求める。
「リーリアの愛情だ。受け取ってやれ……それとも俺も抱きついた方がいいか?」
「断固拒否する」
……そんなに全力で断わらんでも…………。
俺は心にできた傷を癒すために一人ちびちびと酒を飲み始めた。
その間もリヴァイアサンの話は続いた。
「……しばらく我は彷徨っていた。死なぬようにひたすら魔獣を倒しては食らい、倒しては食らい……途方もない数の魔獣を倒した。そんな時だった、我の目の前に一人の女が現れたのだ」
「ほう、もしかしてそれが……?」
「うむ、この体の持ち主だ」
ふむ、しかし魔獣区域に一人の女か……怪しすぎるな。
「その女は我に向かってこんな事を言ってきた。『なんか暴れてる魔獣がいるって聞いて来たけど海の雑魚魔獣か、なーんだがっかり』とな」
「いきなりそんな事言うなんて酷いね」
「うむ。今思い出してもはらわたが煮えくり返るわ」
本当にむかついたのだろう。
綺麗な顔が台無しになるくらい眉間に皺がより顔をゆがめている。
「それで戦いになったのか?」
かなり興味が湧いたので、酒を飲むのも忘れ質問していた。
「うむ、すぐに噛み付いてやったわ! だが奴もかなりの魔力を持っていてな……死闘となったのだ」
「強かったんだね! それでどうなったの?」
「ふははは! 慌てるでない!」
リヴァイアサンはそれから数分に渡り、身振り手振りを交えながら楽しそうに語っていった。
「────それで、追い詰められた奴は人から魔獣となったのだ! 我はかなり驚いた! 何故人がと混乱したのだがそんなこと考えている余裕はなかった。魔獣の姿となった奴は強かった。だがすでに致命傷を与えていたので、かなり際どい戦いだったが、奴を倒すことができたのだ!」
「すごいねリヴァちゃん! 人の姿をした魔獣はすごく強いのに」
「ふはは! そうだろう? …………そういえばおぬしらも人魔獣のことを知っていたようだな?」
「ああ、いろいろあってな……お前の話が終わったら俺達も話すよ」
「ふむ、そうか……分かった。まずは我が最後まで話そう」
喉が渇いたのか一旦話を止めると、ウォーターボールを口に含みゴクリと飲み込んだ。
「ふぅ……それでだ。我も瀕死だったゆえにそいつを食らって魔力を回復しようとしたのだ。そして気がついたら人の姿になっていた。なんていうか……分かるようになったのだ自然とな」
「分かる? どういうことだ?」
「うーん……そうだな。何ていえばいいのか分からぬ。体に自然となじむように意識したら人の姿になれる。元の姿になるのも同様だ」
「つまり……理屈ではないという事か」
「そうだな。それが当たり前なのだ」
人を食らった魔獣がすべて人になれる訳ではない。もしそれが当たり前なら、とうの昔に問題になっていたはずだ。
理屈はよくわからないが、ある一定の条件がそろうと人魔獣となれる。今はそう考えるしかないだろう。
それにリヴァイアサンのように、人そのものではなく、人になれる魔獣を食らえば人魔獣となれるということが分かった。
だからもしリヴァイアサンが魔獣に食われたら、この見た目の中身が違う奴が生まれる可能性があるのだ。
そこは注意しないといけないだろう。
「人の姿となれるおかげで大分余裕ができた。この魔獣区域をゆっくりまわってみようっていう気になったのだ」
「そうだったんだね。もう全部見てまわったの?」
「いや、ここから西にずーっといくと川がある。そこを渡ってさらに6日ほど行ったあたりまでかな」
「ほう」
これから俺達が行かなくてはいけない西の方もいったのか……それは是非聞きたい情報だ。
「それで、西の状況はどうなっている?」
「うむ。勿体ぶらずに言うと、おぬしたちの価値観でいう『Sランク』と呼ばれる魔獣があふれかえっておる……正直我もぞっとしたぞ」
「それほどなのか!?」
持っていた酒を落としそうになる。
Sランク魔獣がそんなにたくさんいるなんて聞いたことがない。
この魔獣区域では一体何が起こっているんだ。
「認めたくはないが我より高い魔力の魔獣もおった。そしてそのさらに先には信じられないほどの魔力の反応があった…………我は産まれて初めて恐怖した。だから引き返したのだ」
「お前がそこまで言うとは……よほどやばいんだろうな」
「お父さん……もしかして化物と関係あるのかな?」
「……確かに、この魔獣の異様な強さ。人魔獣がいることもそうだし何かあるかもしれんな」
「化物とはなんだ?」
状況をよく分かってないリヴァイアサンに俺達の体験した事を説明してやった。
もちろん事実だけをさらっとな。
「なるほど……その化物というやつが復活してすべてを飲み込むと……そしてそれに対抗する知能を持った人魔獣が反乱を起こしているというのか」
「エルサリオスとケツァルというやつが結託していたな。ケツァルはいつの間にか消えていたが」
「あいつもやばかったよね。底がしれない感じがしたよ」
皆だまってしまった。
状況的にかなりヤバイ状況かも知れないと。
「そ、それでリヴァちゃんは東側に戻ってきたんだね」
沈黙が辛かったのかそうリーリアがきりだした。
「う、うむ。あんなのを見せられてしまったからな。強くならなければならないとこっちで暴れていたのだ! そういえば湖にいた巨大な亀にも喧嘩を吹っかけたんだが勝敗がつかなかったのだ! でも亀はどこかに逃げてしまったから我の勝ちと言っても過言ではない! ふはは!」
亀が逃げた先がパイロの町だとは思いもしないだろう。
まあもし知ったとしても人の町が滅んでもなんとも思わないだろう。
むしろ心配をする魔獣がいたら逆に驚く。
「……リヴァちゃん。でもその亀はパイロの町を滅ぼそうとしてたんだよ。お父さんが倒したからよかったけど、そうじゃなかったら町はこなごなになっていたよ」
リーリアが真剣な表情で真実を伝える。
俺の価値観では魔獣ならば仕方ないと思っていた。
だがリーリアは違っていた。
「う、そ、そうだったのか。だがそれは人が弱いのがいけないのではないか? 現にベアルが倒したのならいいではないか」
……リヴァイアサンの意見ももっともだ。
人は弱い。だから徒党を組んでいるのだが、それでも届かない敵もいる。
弱ければ淘汰されるのだ。それは魔獣も同じだ。
「でも、リヴァちゃんが原因なのは確かだもん。倒せない敵には手を出したら駄目だよ! もし、その魔獣が自分の大切なものを壊してしまったら絶対後悔するよ! 私はそんなのは嫌だよ」
リーリアがこんなに必死になって意見を言うのは珍しい。
だからこそ俺はリーリアが何を考えているのか分かった。
それはエルサリオスとの戦いだ。ぶっちゃけ俺達のトラウマとなっている。
お互いにあまり思い出したくない事なのだ。触れずにすむのなら触れずにいたい。ちょっとした会話にも話題として出す事はなかった。
倒せない敵に手を出してはいけない。
その言葉は俺の心をえぐる。
リーリアは多分自分自身に向けても言っているのだろう。
そんなリーリアの必死な物言いに感化されたのか、
「う、うむ……そうか……むやみに戦いを挑んで悪かった。今度からは気をつけることにしよう」
リーリアは言った後でハッとするとやっちゃったという風にしょんぼりしてしまった。
「あ……なんかごめんね。ちょっと感情的になっちゃった」
「いや、かまわん。リーリアの言葉はいつも真っ直ぐで純粋だ。だからこそ素直に受け止められるのだ」
リヴァイアサンはリーリアそっと引き寄せると自分の胸にうずめさせる。
そして俺の方を向くと「なんとかせい」と表情で訴えかけている。
……丁度良い機会かもしれない。
──俺の心には棘がささっている。
それはエルサリオスたちとの戦いでリーリアを危険にさらしてしまったこと。
俺が判断ミスをしてリーリアに痛い思いをさせたこと。
これはこれからも俺の心をえぐり続けるだろう。
だから俺は覚悟を決める。
「リーリア」
「……ん」
どうしたのって表情でぼーっと見つめてくる。
少し泣いたのだろうか。目が赤い。
「リーリアに謝らなければならないことがある」
「うん? なにかあったっけ?」
「……ああ、そのだな……」
少し言い淀んで止める。
言葉がでてこない……緊張しているのがわかった。
空気が伝わったのか、リーリアも姿勢を正して黙っていた。
よし……俺は再度覚悟を決めた。
「エルサリオスとの戦いのとき、俺の判断ミスでリーリアを危険な目にあわせてしまった。だから……本当にすまなかった」
頭を下げて謝った。
時間にしてどれくらいだろう。
その時間が妙に長く感じた。
「──っえ! お父さん!? 何で謝るの!? だってあれはああするしかなかったし……お父さんは私が戦えるように色々と教えてくれてたじゃない!」
「いや……お前の事を思うなら一番は逃げる事だった。でも俺はその指示をしなかったんだ」
「そんなの言われても私は逃げなかったよ! だからお父さんの指示は正しかった! だから負けたのは私が弱かったからだもん!」
「いや! アイテムも持たせてなかった! 魔力ポーションとかを持たせるべきだった! そもそもエルサリオスの実力を知っていたんだから戦わせるべきじゃなかった!」
「でもエルサリオスは強くなってたんでしょ!? 知らない人魔獣もいっぱいいたし! アイテムはそうだったかも知れないけど、でもどちらにしろ私はシャロを助けにいったよ!」
「いや──」
「でも──」
俺達の言い合いは続く。
それはもはや戦闘のことではなく日常生活のことにまで発展してしまった。
もっとお風呂入って、実は少し匂ってたから! とか言われてかなりショックで寝込むかと思った。
「はあはあ……」
「ふうふう……」
お互い息も絶え絶え、精神的にも疲れてしまった。
そんな俺達を見てリヴァイアサンは、
「おぬし達の口喧嘩とは珍しいものが見れた。仲があれだけよかったのに……ふふ、成長したということか」
確かにこんなに言い合ったのは初めてである。
まさかここまで激しく口喧嘩することになるとは思わなかった。
謝ったら終わりだろと高をくくっていた。
だが幕を開ければ、お互いの主張は異なり、それぞれ自分が悪いと思っていた。
俺達は頑固だ。これはこれからも変わる事がないだろう。
でもなんだかすっきりした。
心の棘が綺麗に抜けたように軽くなった。
リーリアを見ると同じようにすべてを出し尽くしたかのようにすがすがしい表情である。
「リーリア、おいで」
仲直りしようと、ポンポンと膝を叩いた。
すると、
「お父さん、まずはお風呂に入ってね」
ウインクしながらそう言われた。
しにたい。




