51、エングリン湖
「ここがエングリン湖か!」
「おおぉ!」
そこは綺麗な湖だった。
水は磨かれたように透き通っていた。
「すごい綺麗! それにおっきい!!」
リーリアは水をばしゃばしゃと足で踏みながらはしゃいでいた。
「これは本当に綺麗だな」
てっきり汚い湖かと思っていたのだが、いい意味で予想が外れた。
高原にあるこのエングリン湖は北の山脈から流れてきている水で成り立っているようだ。だからか水はすごく冷たかった。
「あはは! すごく冷たくて気持ちいいよお父さん! ほら!」
「うおっ」
器用に水をすくい取ると魔力で勢いよく俺の顔へ飛ばしてきた。
「ふふ、やるなリーリア! お父さんを本気にさせるとは────っな!!」
俺も負けじと水を飛ばす。
しかし読まれていたのかリーリアにかわされた。
「あはははは! こっちだよー!」
「くそっ! 負けんぞー!」
俺達はしばらく湖で遊んでいたのだった。
「……じゃあさっそく調査を始めようか」
「ひいひい……そうだね」
二人とも満身創痍である。
最終的には水魔法の応酬となってしまった。ちょっとやりすぎた。
「そういえば調査って何をするの?」
「まずは魔力探知で湖とその周りの木々に住んでいる魔獣を調べるんだ。リーリア、やってみなさい」
「わかった!」
リーリアは目をとじて集中すると、魔力探知をゆっくりと拡大していく。
数分後、閉じていた目を開けた。
「うーん、特に強力な魔獣はいなかったよ」
「そうか……じゃあ次は湖を一周してみよう。なにかあるかもしれない」
「うん、わかった」
歩くには足場が悪いので、飛びながら探索する事にした。
ぐるりと一周し、西の方角に妙に荒された跡があるのを見つけた。
「めちゃくちゃ荒れてるね」
「これは……風魔法のあとだな」
「トルネードかな?」
「それだな。ていうか酷い争いだったようだな」
その部分は広範囲にかけて風魔法の跡がある。その他には地面にえぐられた様な穴がある。
「リーリア、この穴は何だと思う?」
「うーん。打撃……もしくは水魔法? 破片がないから土魔法ではないかも」
「ああ、俺もそう思う。まあ状況からみるに水魔法だろうな」
「え、どうやって分かるの?」
「ほら、このでかい足跡……なんとなく見覚えないか」
「うーん…………あれ? もしかしてこれって……お父さんが倒したゲンブっていうSランク魔獣?」
「正解だ。ゲンブだとしたら打撃を外すとは考えづらい。反対にゲンブに攻撃を当てるのは容易だ。だから水魔法だと推測できるわけだ」
「なるほど!」
しかし……これは本当に酷い戦いだな。
ゲンブは風と水の魔法が得意だった。
そして戦った相手も風と水が得意だったのだろう。
あたり一面、木々はなぎ倒され、地面はえぐれ、水がたまってぐちゃぐちゃである。まさに泥仕合といったところか。
「てことは、ゲンブって逃げてきた魔獣ってことなのかな?」
「……そうなるな」
「じゃあゲンブより強い魔獣がこの近くにいるのかな」
さらにもっと詳しく調べてみると新たな痕跡を発見した。
何か大きなものを引きずるような……そんな跡がある。
「これはもう一体の魔獣の進んだ跡か?」
「うーん、なんか太いロープを引きずったような感じだね」
「なんだろう……蛇か?」
俺達は痕跡をたどるが、しばらくするとその痕跡は綺麗さっぱりと消えていた。
「なくなっちゃったね」
「もしかして……人魔獣か?」
「それってケツァルやエルサリオスみたいな!?」
「ああ、もしこの跡が【若い女の魔獣】だとしたら、Sランクのゲンブがパイロ方面へ逃げた理由も分かる」
「ケツァルとかと同じ強さだとしたら確かに納得だね」
俺は思考する。
跡が向かっていた方向は西だ。
つまりパイロからみたら北西である。
何が起こっているかは分からないが、ここから先は激戦となるだろう。
俺はちらりとリーリアを見る。
リーリアは強いがこの先、人魔獣が大量に現れるとしたら……。
パイロに引き返すのもありかもしれない。
そんな事を考えていたら、
「お父さん。私はついていくよ」
真剣な眼差しでじっと俺を見つめていた。
「いや、俺はまだ何もい──」
「絶対についていくから!!」
「あのな、この先はき──」
「ぜーったいについていくからね!!」
ぷいっと横を向いてしまい。両手で耳を塞いでいる。
「リーリア……」
「あーあーきこえないもん」
……ふう。
こうなったら頑固なんだよな。
仕方ない。
「わかった。一緒に行こう」
「ほんと!?」
聞こえてないといいながら、やっぱり聞こえていたみたいだ。
「ただし条件がある」
「……なに?」
「俺が危ないと判断したら、全力で逃げる事」
「……お父さんは?」
「お父さんは無敵だから問題ない。ただリーリアを守りながらはきついときがある。その時は逃げるんだ」
「…………はーい」
少し不満そうであるが、納得してくれたようだ。
これなら最悪な事がリーリアの身に起こることはないだろう。
昼食を取りながら俺達は次の目的地について話し合っていた。
「そういえば魔獣の大群が逃げてきた方向って西だよね?」
「ああ、そうだったな……どれ」
地図を開く。
現在地のおおよその場所を指差した。
「現在がエングリン湖……大群を見たのが南のここら辺」
「大群は西から逃げてきてたよね?」
「そしてここは高原で木々もあるから、大群の魔獣は高原にはこない……とすると」
高原と草原の境目、西のある一点を指差す。
「ここじゃないかな?」
「うん、なんとなくそんな感じする!」
昼飯を腹に収めた俺達は早速向かうことにした。
移動は相変わらずウインドの魔法を使用している。念のため魔力探知も怠らない。
結構な強行軍で進んでいるため、リーリアは疲れてしまったので、また俺がおんぶする事にした。
「お父さんごめんね」
「気にするな、寝てていいぞ」
「ふぁーい」
欠伸をかみしめ返事をしていたが、すぐにスゥスゥと寝息が聞こえてくる。
ちょっと無理させちゃってるかもな……。
……本当ならもっとゆっくりと魔獣区域を見て回りたいんだがな。
リーリアの寝息を聞きながら俺は思う。
だがもし魔獣を放置してしまったら取り返しのつかない事になるかもしれない。その魔獣がもしパイロに向かってしまったら町の人たちは……そんな嫌な考えが頭をよぎるのだ。そう思うと急ぐという選択肢しかなかったのである。
…………はは、我ながら優しくなったものだ。
昔の自分を思い出し、あまりの性格の違いに笑いがこみ上げる。
封印され、この子に出会う事でこんなにも変わるとはな。
だが……嫌いじゃない。
むしろ今の自分を気に入っている。
まあもし300年間、封印されずに普通に生きていたとしても、今の俺のようになっていたのかもしれない。
でもその時はリーリアには出会えていなかっただろう。
あくまで島にいたからリーリアを拾えたと俺は思っている。
だからこそ今俺は幸せなのだと。
おっと、いかんいかん。
思考に囚われすぎて、魔力探知が疎かになっていた。
集中しないとな。
その日のうちはその場所までたどり着けなかったので野営をすることにした。
夕食はこの旅では定番となってきた牛魔獣の肉だ。魔獣の名前はしらん。
移動している最中に俺が魔法で仕留めたのを食べている。
「はぁ……すごく油も甘くておいしいね」
「そうだな……本当に島の生活では考えられない贅沢だ」
島からでてからというもの、魚を食べる事はなくなった。
単純に海の近くを旅していないっていうのもあるが、エングリン湖にいた時も魚を捕まえるという考えがまったく浮かばなかったことから、魚を無意識のうちに避けているのだろう。
「ていうかお父さんの袋の中身って殆ど調味料だったんだね」
「ははは、まあな。旅で一番重要なのは食事だろう?」
「うん……それは否定できないね! すごく美味しいし」
「だろ? ……ていうかリーリアのバッグには何が入ってるんだ?」
「もちろん! ……お父さんには内緒!」
「ええぇ……そんな」
とほほと肩を落とすと。
「あはは、嘘だよお父さん。そんな大した物入ってないよ……ほら」
リーリアはバッグを見せてくれた。
そこには、体力ポーション【小】、魔力ポーション【小】、解毒ポーション【小】が2本ずつと、あとは生活で使うちょっとした小物とかが入っていた。
「これは……」
「うん、やっぱり何かあったときに必要かなって思って」
ああ、やっぱりこの子はすごいしっかりしている。
パイロの町でお互い好きなものを買うために別行動したときがあった。
その時に購入していたのだろう。
正直ポーションは回復量が少ない割りに値段が高く、魔力がほぼ尽きない俺にとってはいらない物だと高をくくっていた節がある。
でもリーリアは以前の反省を活かしてしっかりと準備をしていた。
……俺もしっかりしないとな。
自身の袋の中身を改めて見る。
物凄い数の調味料と度数の高い酒のみである。
………………しにたい。
俺はリーリアの隣に座りなおすと、頭をやさしく撫で始める。
「えらいえらい」
「お父さん!? どうしたの! ……嬉しいけど」
それからしばらく、俺の心が癒されるまで撫で続けるのであった。




