50、魔獣区域へ
次の日、俺達は北の外壁の上にいた。
この町には北には門がない。というのも街道が北には続いてないからだ。
ここから先は魔獣の区域。未開の地である。
「じゃあ忘れ物はないか?」
「うん、大丈夫だよ! 全部このバッグの中に入ってる」
ポンポンとバッグを叩く。
昨日露店を見て回っていた時に気に入ったらしくて、自分で買っていたやつだ。
バッグも種類が色々あり、おしゃれ用や実用性のあるもの、おしゃれと実用性をかね合わせたものも売っており、リーリアはその良いとこ取りをしたバッグを買っていた。そこはやはり女の子だということだ。
ちなみに俺は布袋を肩に背負った身軽な格好である。
まあ、水は出せるし、食料も魔獣を倒せば問題ない。そもそも島で生活していたのでそういうのにはなれている。
「よし、ではいくか!」
「うん! しゅっぱーつ!」
ウインドの魔法で飛びたつ。
まずは大河を渡らなければいけない。
すべての行程をウインドで行こうとは思っていないが、いけるところまでは行こうという作戦だ。
大河の近くは森があるのだが、少し離れると木々はなくなり草原が広がっていた。
見渡す限りの草原にリーリアは興奮している。
「お父さん! すごい! こんな場所あったんだね!」
「ああ、魔族大陸にも同じような場所はあるが、こんな大草原は初めてだな」
見渡す限りの草、草、草。
所々に見える魔獣の姿。
その魔獣たちが縄張りを主張して争いあっている。
しかもその一体一体がかなり強力な魔力を秘めていて、人が住むのには過酷な環境であると改めて思い知らされる。
景色を楽しみながら、魔力探知もかかさずにゆっくりと飛んでいく。
そんな大草原に見慣れて、少し飽き始めたころ。
「少し休憩しよう」
「うん」
小休憩もかねて地面に降り立った。
そして袋から地図を取り出した。
「お父さん。まずはどこにいくの?」
未開の地はいっても調査は大分進んでいる。
パイロの魔法使い部隊によって、見回りはたびたび行われていたそうだ。そのおかげでSランク魔獣の発見もできたのだとか。まあ、発見が遅くて避難が間に合わなかったみたいだが。
その見回りの時に使われている地図をもらうことができた。
とはいってもこの魔獣区域はかなり広い。南部のドワーフ領と中部南のエルフ領を足したくらいの大きさである。なのでこの地図はあくまでもパイロ付近の地図ということで全体の地図ではなかった。
ちなみに今いるところは魔獣区域の最南東の位置だった。
「……ギルドでは北西と言われたが、まずは北に向かおうと思う。西の大河沿いは森だからな」
「あーほんとだ……さすがに森の探索は大変だもんね」
「ああ、だからここに向かう」
「えっと……エングリン湖?」
北に大きな湖があった。規模的には俺達が住んでいた島よりでかい。
地図を見ていると名称がついているのは北のエングリン湖と俺達が飛び越えてきた南のハービン大河くらいだ。それくらい何も無い。
「ギルドで話があった、【若い女の魔獣】の目撃があった場所がここらしい」
俺がそう言うと、リーリアはジト目になり。
「……若い女……」
「いやいやいや、魔獣って言葉を忘れているぞ! それに話ができるなら何か知ってるかもしれないだろう」
「あはは、お父さん慌てすぎだよー。 ちゃんと分かってるから大丈夫」
そう言うとニッコリと笑ってくれた。
「そ、そうか。これは一本取られたな……」
最近、リーリアにしてやられることが多い気がする。
やれやれと頭を掻いた。
「それでこのエングリン湖はどれくらいで着くの?」
「そうだな……この地図を見るに、距離的にはフォレストエッジからパイロまでの距離と同じくらいかな」
「ということは、休みながら進んだとしても3日くらい?」
「ああ、魔獣との戦闘があることを加味して休む機会は多く取ろう」
「うん、わかった!」
会話をしながら数十分の休憩を終えると、再び飛んで目的地へと向かう。
さすがに徒歩でこの広大な土地を散策するには時間が掛かりすぎる。
魔力を消費しながらでも飛んだ方が効率がよかった。
旅は順調そのものだ。
道中、休憩しているときに何度も魔獣が襲ってきたが、そんなものは俺達の敵ではない。
大体リーリアの剣で一太刀だった。
中にはAランク相当の魔獣もいたが、魔法も駆使して戦えば苦戦する相手ではない。
戦いは基本、リーリアに任せていた。
というのもエルサリオス戦で痛いほど学んだことがあった。
俺は指示を間違える。
指示をするのが悪いのではなく、それを強要してしまう事だった。
最善策であると思い込みリーリアに行動させた挙句、失敗をして危機に追い込んでしまう。本当に最悪だ。
それに俺は、戦いにおける基準を俺自身を設定してしまうときがある。
リーリアの実力やその時の体の調子が分かるのは、結局リーリア本人だ。
すべてを俺が指示するのではなく、リーリアに経験をつませなくてはダメなのだと。
それに戦うことによって経験だけじゃなく魔力も上がる。
魔獣を止めを刺したとき僅かだが上がるのだ。
これがばかにならない。
本当は食べられればいいんだが……さすがに腹の限界はある。
「ふう……」
野営をしながら倒した魔獣を食べ終えて一息つく。
リーリアは眠たそうに目をこすっていた。
……今日はリーリアは頑張ったからな。ご褒美をあげよう。
「リーリア、おいで」
胡坐をかいてる自身の膝をぽんぽんと叩いた。
するとリーリアはもそもそとこちらに近寄ってくる。
そして俺の膝をまくらにして横になった。
「お父さんの膝枕ひさしぶり」
「そうだったか?」
「うん、ここ数年はしてもらえてない」
「言ってくれればしたんだが……」
「……ちょっと恥ずかしいもん」
ああ、そうか。
ナルリース達がいたから恥ずかしかったのか。
リーリアも12歳だし、そういう事も気にするようになったんだな。
「今なら誰もいないし甘えてくれてもいいんだぞ?」
「……うん、でも……私こんなに甘えていいのかなって思うときがあるんだ」
「そうなのか?」
「私はお父さんがいてすごい幸せだけど……ジェラやシャロ……それにナルリースはもうお父さんもお母さんもいないんだって……」
「……そうか、あの三人娘達は親がもういないんだったか」
それとなく聞いた事はあった。
だが俺としては特に何も思うことはなかった。すでにあの三人は大人だし、つねに楽しそうにしてたからな。まあ俺も育ての親はいたが本当の父と母は知らないので気にしなかったていうのもあるが。
「俺は甘えて欲しいぞ」
「……えっ?」
膝に頭を乗せながら、視線は俺の顔を捉えている。
俺はやさしく頭を撫でてやると、
「リーリアが甘えてくれると俺が喜ぶ。 ……それじゃダメか?」
「……そっか……じゃあそうしようかな」
「ああ、そうしてくれ」
「……うん……すぅ……すぅ…………」
どうやら寝てしまったようだ。
可愛い寝顔を眺めながら、ずっと頭を撫でていた。
さて、野営の時に一番注意しないといけないのは何か。
そう、寝ているときである。
この場所(魔獣区域)では頻繁に魔獣に襲われるのだ。どうやら夜行性の魔獣が多いらしい。一瞬でかたをつけるのだが、熟睡ができなかった。
そんなこんなで寝不足のリーリアをおんぶしながら飛び、草原地帯を抜け、高原地帯とやってきた後、面白いものを目にしたので止まった。
「リーリア、起きて見てごらん、すごい光景だぞ」
「……ん。お父さん……おはよぉ」
俺が指を指す方向に魔獣が大群をなして移動している姿があった。
それはまるで一つの川のようになっており、非常に壮観な光景だ。
「!! すごいいっぱい! なんであんなに群れているの?」
「どうやら移動しているようだな……探知すると分かるが、一頭一頭の力は大した事ない。むしろここら辺では弱い方だな。だから群れて移動することで被害を最小限に抑えているんじゃないか?」
「そっか、頭のいい魔獣だね。あの大群に襲われたらひとたまりもないもんね」
「そういうことだ」
……しかしあの群れは何か変だな。妙に急いで東に向かっている。
何かから逃げるように移動してきたのだろうか?
俺はさらに魔力探知の範囲を広げる。しかし強い反応はなかった。
うーむ。
西を確かめるべきか、北のエングリン湖へ向かうべきか……。
「なあ、リーリア。あの大群はどうして東に向かってると思う?」
「え? …………移動速度が速い気がするから、もしかして何かから逃げてる?」
「そうだな。お父さんもそう思う」
「西に強い魔獣がでたのかな?」
「ああ、やっぱりそう思うよな……」
「確認しに行く?」
「うーん、問題はどこまで西にいけばいいのかなんだよな」
再び地図を取り出す。
「現在地は多分ここらへんだ」
「エングリン湖まであと少しだね」
「ああ、西にはハービン大河から枝分かれした川が北へ向かって流れているはずだ。川に沿って森がある」
「あの大群の魔獣って森には住んでないよね?」
「そうだな。だから何かあったとすると森の手前らへんだな」
「うーん結構距離あるね」
その通りだ。
確かめるには行って帰ってくるのに一日かかるだろう。
さて、どうしたものか。
「リーリアはどうしたい?」
「うーん。気になるけど……でも湖を早く見てみたいな。湖を見終わった後に向かうんじゃダメ?」
「いや、ダメじゃないぞ! その案でいこう」
結局俺達は本来の目的地、エングリン湖へ向かうのだった。




