48、防衛と酒
巨大な矢が放たれていく。
魔法使いはその矢を風の影響を受けないように強化する。
真っ直ぐに飛んでいく矢はゲンブの頭に突き刺さろうかという時、口から水をブレスのように吐き、矢は地面に落ちていった。
「どんどん撃て!! ブレスで落とされないようにランダムに発射するんだ」
何台も設置されたバリスタは装填、発射、強化の三人一組で休まずに次々と発射していく。
見事なコンビネーションだがゲンブのブレスは留まることを知らない。
発射されている矢はことごとく打ち落とされる。
グオオォォォォォッォ!!!!
ゲンブは馬鹿でかい咆哮を発し、魔力を高めたかと思うと、
「くるぞ! 魔力バリアだ!」
魔法使い部隊は一歩前にでてバリアを展開する。
(なかなかいい指示だ。だが……)
ゲンブは横薙ぎでブレスを放つ。
それはまるで巨大な刃物のようにバリアをいとも容易く切り裂いた。
あ、死ぬ。
魔法使い部隊は皆そう思っただろう。
だがそのブレスは一人の男の手によって受け止められた。
まあ、俺なんだけどな!
「え? あ、あなたは誰なんですか?」
一人の女の子がぽかんとした表情でそう尋ねてきた。
「俺はベアル。通りすがりの元魔王だ」
「え?」
「……いや、気にするな」
恥ずかしい事をいってしまった気がする。
もう一度登場からやり直したい。
「あ、お前はさっきの……」
ランドがそう言うと俺の元へと走って来た。
「邪魔して悪かったな。だが人が死ぬのを黙って見ている趣味はないから手をださせてもらったぞ」
「いや、助かった! ありがとう!」
俺に一礼をするとすぐに真剣な表情になる。
「あの魔獣を倒せるのか?」
「ああ、倒せるぞ」
「……頼んでもいいのか?」
「いいだろう」
「助かった! 頼む! ……いや、お願いします!」
今度はさらに深く一礼をした。
皆がこのランドという男を慕う理由が分かった。
この男は人間としてかなりできている人物だ。
俺もランドに頼まれて嫌な気はしなかった。
「よし、では行ってくる。念のため魔力バリアを張って見ていてくれ」
俺はそう言うと外壁から飛びたちゲンブへと近づいた。
ゲンブは俺を敵と見なし、威嚇の咆哮を放ちながら突進してきた。
大河をものとせずに突き進んでくる。
それなりに深そうな川なのだが、その大きすぎる巨体ではまるで水遊びのように思えた。
「さて、久しぶりの大物だ。楽しませてもらおうか────スーパーノヴァ」
ほんの挨拶代わりだ。
……そのつもりだった。
ゲンブの目の前で爆発が起こる。
大河の水は瞬時に枯れはて、ゲンブは灼熱により跡形もなく消え去った。
そして川の水は再び流れ出す。
「……………………あれ?」
死んだ?
え?
嘘だろ?
弱い、弱すぎる。
Sランクってこんな弱かったっけ?
同じSランク魔獣のリヴァイアサンならもっと善戦した筈だ。
俺はあまりの弱さにあっけに取られていた。
しばらくして我に返り、外壁まで帰ってくると……。
そこはまるで宴会のようなお祭り騒ぎで抱き合って喜んでいた。
「あなたは英雄だ! あの魔獣をたった一撃で倒してしまうなんて!」
「すごいです! あの魔法はなんていうんですか!?」
「がははははは! 兄ちゃんすげえなあ! 酒をおごらせてくれ!」
「あの! ファンになりました! 好きです付き合ってください!」
俺は帰ってくるなりもみくちゃにされた。
正直たいした事はしてないと思っているのだが。
でもまあ、この喜んでいる表情を見ていると悪い気はしなかった。
「お父さん! すごい! やっぱりお父さんは最強だね!」
小さな体を利用して人々の間をすり抜け俺に抱きついてきた。
俺はそんなリーリアの頭を撫でながら思考する。
もしかして俺、強くなってるのか?
魔力量が増えているのは分かっていた。
それプラス、魔力操作、魔力探知の練度も300年の間に自然と上がり、火力を高めることにも成功しているのかもしれない。
……だがそれだけではない気がする。
きっかけはそう、【セレアの種】の力を解放した時だろう。その時から俺の体は調子が良かった。
俺は封印が解けたことによる開放感がそうさせてるのではないかと思っていたのだが。
【セレアの種】には他にも何か秘密があるのかもしれない。
「すまない、どいてくれ! ああ、いたいた」
もみくちゃにされながら、考え事をしていたらランドが人ごみを掻き分けてきた。
「このたびは本当に助かりました! 町だけでなく俺達も救ってくれた! あなたはこの町の英雄だ!」
■
魔獣を倒した後、俺とリーリアは一旦入り口まで戻った。
するとまだ状況を理解できていない御者と会い、理由を説明した。
その後はギルドで報酬を受け取り無事依頼完了となったのだった。
その日は酒場で宴会があった。
主役は俺ということで、是非きてくれと招待された。
酒は好きであるし、なんといってもタダということで断る理由もなかった。
「いやあ、まさかあなたが魔獣区域の調査担当の方だったとは! あの強さなら合点がいくというものです!」
フォレストエッジの冒険者ギルドからすでに報告は受けていたのだろう。
ランドはエールを一気に飲み干しながら、うんうんと頷いている。
俺も負けじとエールを一気飲みする。
ちなみにリーリアは隣で黙々とご飯を美味しそうにほおばっている。
「ああ、なので詳しい情報が欲しい。どこが魔獣の巣なのかとかな」
「そうですよね……本来ならうちのギルド長から話さなければいけないのに申し訳ない」
ランドはその場で頭を下げた。
「いや、それはいいんだが……敬語は使わなくていい。見たところ歳も近そうだ」
「そう言ってくれるのならば……実は俺も敬語はなれていないんだ」
ランドは二カっと笑う。さわやかで気持ちのいい笑顔である。
それから色々と話をした。
ランドはこの町の冒険者ギルドのエース的存在らしい。
頭もいいし実力もある頼れる兄貴なんだとか。
これはランドの隣に座っていた女性が教えてくれた。
肝心の魔獣の巣についての情報だが。
「すまないがわからない……北西の方とだけは分かっている」
「おいおい、ずいぶんとアバウトじゃないか」
「しょうがないんだ。以前Aランクパーティーが調査をしたという話は聞いているか?」
「ああ、"ホークアイ"というパーティーだったか?」
「そうだ、依然行方不明になっている」
俺達は知っている。
魔獣に食われて体をのっとられてしまった事を。
だがこの情報は表立って発表しない事になっている。
無用な混乱を避けるためだ。
「その事があってな……調査に行きたいってやつはいなくなった。ギルドとしても貴重な人員をみすみす殺す訳にもいかなくてな」
「……そうか、でも北西ってことは分かっているのか」
「まだ今ほど魔獣が強力でないとき、北西に行くほど魔獣が強くなっていったんだ……まあ、そこから分かる推測にすぎない」
「なるほどな」
俺達はそこで一旦エールをあおる。
話は一旦区切りがついたという風に。
そこでランドは隣にいたリーリアに目を向けた。
「ところで隣の女の子はベアルの子供なのか?」
「ああ、そうだぞ。可愛いだろ?」
「あ、ああ。そうだな」
俺が自信満々にいうものだからランドが若干引いた。
いや、可愛いだろ?
ていうかリーリアより可愛い存在なんてこの世にいないだろ?
俺は知らない間に圧を飛ばしていたようだ。
「すごく可愛いよ! 本当に! それにベアルの子供だから強いんだろうなあ」
「ああ、さっきの魔獣ならリーリアでも倒せたな」
「!? え!? まじでいってるのか?」
心底驚いたようで手に持っていたつまみを落とした。
「本当だぞ。俺が使った魔法はリーリアも使える」
「そ、そうなのか……いや、なんというか規格外というか……」
実際使えるとはいうものの、威力は違うんだけどな。
魔力の質を高く、正確に、迅速に、すべての調和を保つことでクオリティの高い一つの魔法が完成する。
俺はそこにこだわりがあった。まあ、今はどうでもいい話だが。
「とにかくベアルになら安心して調査を任せられそうだ」
「ああ、任せてくれ……明日またギルドで詳しい話は聞かせてもらうさ」
俺はふっと立ち上がる。
「え? もう寝てしまうのか?」
「俺のお姫様が眠たそうにしているからな」
「あ……」
隣で目をこすりながらカックンカックンと船を漕いでいるリーリア。
俺は優しく肩を揺すると、寝ぼけまなこで両腕を伸ばしてきたので抱っこしてやった。
その姿をみたランドが、
「甘えん坊なお姫様だな」
「可愛いだろ?」
「そうだな……俺達も早く……な?」
ランドは隣の女性に目くばせをした。
女性はお腹をさすり、「そうね」と優しく微笑んだ。
俺はそんなやり取りを横目で見ながら酒場を出た。
本格的なお礼は明日ギルドでということだったが、せめて今日はこの町一番の宿に泊まってほしいとのことだった。
その宿はすぐに見つかった。ていうか酒場の目の前だ。
宿に入り歓迎されるとすぐに部屋に案内される。抱っこしているリーリアに気がついたのだろう。
「中々いい部屋だな」
二つあるベッドの片方にリーリアを寝かせた。
ふう。
もう一つのベッドに横になる。
今日はいろいろあった。
目をとじて思い出す。
ランド、Sランク魔獣、そして美味い酒。
ああ、楽しいなあ。
俺はワクワクしていた。
リーリアと共にまだ見ぬ地域へと足を踏み入れる。
そして待ち受ける強敵。
北部にはニーズヘッグが住むというドラゴン領。
俺はゆっくりと目を開けた。
そこには見慣れた大好きな顔があった。
「お父さん。楽しそう」
「ああ、すごく楽しいぞ」
「私もね……楽しいよ」
「じゃあ二人合わせてすごく楽しいな」
「うん、すごく楽しい」
リーリアは俺のベッドへと入ってくる。
「こらこら今日は二つあるんだぞ」
「いいの。こっちのほうがぐっすり寝れるから」
「まったく、仕方のない子だ」
結局、夜遅くまで会話を楽しんでから寝たのだった。




