47、新たな旅立ち
中央大陸、この世界における最大の大陸にして、魔族の中でも代表的な種族が生息している。
中央大陸は南部、中部南、中部北、北部と4つの地域に分けられていた。
南部にはドワーフ王国。中部には横断するように大河があり、大河を挟んで南側の大森林にエルフ王国。北側には魔獣が棲息する魔獣区域。北部にドラゴンの領域がある。
ただ今は中部南側の大森林にも魔獣が侵略しており、中部は危機的状況になっていた。
ディランは緊急事態と各大陸の冒険者ギルドに通達し、腕利きの冒険者を募っていた。
大森林はひとまず諦めているが、ドワーフ王国や北の町パイロへの街道を守らなくてはいけない。今まではエルフ王国が森を守っていたため、街道のことはたまに出現する魔獣を退治すればよかったが、ここ最近毎日のように出現するようになり手が回らないのだ。
街道は町の生命線であり、これが封鎖されてしまうと町は孤立する。
それにフォレストエッジは港町であるため、輸出や輸入も盛んで、街道が封鎖されてしまうと、ドワーフ王国は主に酒、パイロの町は食料の供給が断たれれば大問題となるし、他の大陸では貴重なドワーフの武器などが手に入らなくなるため、各大陸のギルドは協力を惜しまない。
しかし、すでに街道に面している小さい村などは魔獣に襲われてなくなってしまったところもあるので、早急に対処しなければならなかった。
妖精の輪舞曲の三人娘はAランクであるし、それこそフォレストエッジの主力でもあるため毎日忙しく、惜しみつつも今回の旅には一緒にいけなかった。
離れるのが寂しいのかリーリアは残念そうにしていた。
俺が、「今回の依頼は俺一人でも大丈夫だぞ?」というと、リーリアは怒り、なかなか鋭いパンチをくらわせてきた。俺と一緒に行くのは確定事項らしい。
他にも寂しそうにしている娘がいた。ナルリースだ。
ジェラとシャロがナルリースに、俺と一緒に行ってもいいんだよと言ったらしいが、ナルリースは「私は妖精の輪舞曲リーダーなんだから抜けたらダメでしょ! それにフォレストエッジは私の第二の故郷だから守りたいの」といって魔獣退治に専念する事にしたのだ。
なので今回依頼は俺とリーリア、二人旅となった。
そして最終目的である竜王ニーズヘッグと話をするために、中央大陸北部、ドラゴンが生息しているドラゴン領に向かうこととなったのだ。
「お父さん! すごい! 馬車ってすごい揺れるね!」
「ああ、気をつけろよ」
リーリアは馬車から身を乗り出し、目を輝かせて言った。
終始こんな様子で何にでも反応して、すごく楽しそうにしていた。
「楽しそうだな」
俺がそう言うと、
「そりゃそうだよ! お父さんと旅できてるんだよ! これが嬉しくないわけないよ!」
いつもより激しい動作で喜びを表現し、瞳をらんらんとさせて言われると俺も嬉しくなる。
そんな俺も、はしゃぎたいくらいウキウキなんだけどな。
そりゃそうだ。
ずっと島に封印されていたから、普通に旅をするだけでもすごく楽しい。
こんな何の変哲もない馬車にだって興奮している。
まず匂いが違う。積荷の穀物の香りが懐かしい。
ああ、思い切り深呼吸するだけでも生きてるって感じがする。
まあ……そう思ってもはしゃがないのは、親としての威厳を保つためだ。
「お嬢ちゃん、馬車ははじめてかい?」
「うん! こんな大きいのが動くなんてすごいね! それに速い!」
御者はいかにも慣れているような感じで世間話を切り出した。
「ははは、そうかい。それじゃゆっくり楽しむといい。でももし魔獣が現れたら頼むよ」
「うん!」
そう、俺達はただ移動のために馬車に乗っているわけではない。依頼として護衛もかねてパイロに向かっているのだ。
御者の話を聞くと、普段からパイロ方面にいく客は少ないという。
それにここ最近魔獣が増えた事もあり、さらに行く人は減ったそうだ。
なので馬車のほとんどは積荷でしめられている。
「それにしても助かったよ。今は冒険者も人手不足らしくて……かといって私はパイロ方面専門だ。人も荷物も運べないんじゃ、おまんまの食い上げだからね」
「そうなんだ? なんでパイロ方面専門なの?」
「ルートの問題もあるけど、ドワーフ方面はすでに専用の御者がいるんだよ。私はフォレストエッジに認可されているパイロ方面の御者だからね」
「へえ~、そんなのがあるんだね」
正規の御者は費用は高いが信頼がある。
逆に認可されてない闇の御者なんかだと、客がそのまま連れ去られ奴隷にされたなんてことも聞いたことがある。 ……まあ、めったにないけどな。
リーリアは好奇心が旺盛だ。
御者にいろいろと質問をして一通り話が終わると、また外の景色をみて楽しんでいた。
パイロまでの旅路は順調だった。
魔獣は出たが雑魚ばかりだ。
リーリアが一瞬にして斬り倒していた。
御者はリーリアが強いという事が分かり目を丸くして驚いていた。
「いやあ、お嬢ちゃん……いえ、リーリアちゃんは強いね」
「えっへん! でもお父さんはさらに数百倍は強いよ」
「へ、へえぇ! それはすごいねえ……」
その抽象的な数字に実感がわかないのだろう。すでに遠い目をしている。
そんなやり取りをしている時だった。
パイロ方面から馬が物凄いスピードで駆けくる。
馬車の横を通り過ぎるとそのまま去っていった。
「早馬みたいだな」
「みたいですね」
俺のつぶやきに御者が答える。
乗馬している者の表情を見るに、かなり焦っている様子だった。
何かあったんだろうか?
疑問はあったが引き返えす訳にもいかないので馬車はそのままパイロへと突き進んだ。
「あ! お父さん! 何か見えてきたよ!」
「お、本当だな。あれがパイロか……立派な外壁だな」
パイロの町は高い外壁で覆われていた。
魔獣区域の境目にある町なので、魔獣の進撃が絶えない。
すぐ近くに大河があるとはいえ、それを突破してくる魔獣も多いのだ。
その魔獣の進撃を防ぐために外壁がある。まあ他にも撃退などに用いるのだろうが。
そしてパイロまであと少しという所まで来たとき、何が不思議な音が聞こえくるのだった。
カーン……カーン……カーン……カーン……。
鐘の音だろうか。
立て続けに4回鳴っている。
「これは鐘の音! しかも4回だと!?」
御者は驚愕に目を見開き、驚きのあまり馬車を止めてしまった。
「なんだ? どういうことだ? 4回ってことに意味があるのか?」
「……はい、鐘の音はパイロに魔獣が襲ってきたという意味になります。そして回数は魔獣の難易度を表しています」
「なるほど、それで4回は?」
「難易度は冒険者ギルドの依頼と同じ設定にしてあります。鐘の音が1回はCランク、2回はBランク、3回はAランク……そして4回は……」
「Sランクか」
「……はい、そうです」
冒険者ギルドでもSランクの依頼など、数年に一回あるかないかだった。
俺にとっては願ったりなのだが、襲われる町の人からしたら悪夢以外の何物でもないだろう。
「きっとさっきの早馬はフォレストエッジの冒険者ギルドに向かっていたのでしょう。鉄壁のディランならなんとかしてくれるはずですから」
そう言うと御者は何を思ったのか馬車を旋回させようとした。
「おい、何をしている」
「に、逃げるんですよ! わざわざ危険な場所にいくこともないでしょう!」
「いや、大丈夫だからパイロへ向かうんだ」
「何を言ってるんですか! いくらあなたが強いとはいってもSランクなんて無茶ですよ!」
「俺は元SSランク冒険者だ」
「え!? SSランクって……そんなの聞いた事も……」
「いいから急いで向かえ」
「……あ、はい」
俺の迫力に気圧されたのか素直に従う御者。
もうどうにでもなれという風に鞭をむしゃらに振るい馬を急がせた。
するとすぐにパイロの検問所へとたどり着く。
検問所は大混乱だった。
検問員も仕事どころではなく、「もうこの町はダメだ! あんな魔獣に太刀打ちできる訳がない!」「荷物をまとめよう! 外壁も長くは持たん!」などの怒号が飛び交っている。
そんな状態だから俺達の事も無視である。
「……これはダメだな。仕方ない……馬車はここで待機しててくれ。リーリア、飛んでいくぞ」
「うん! わかった」
そう一方的に御者に告げると、俺とリーリアは馬車を飛び出し、飛んで外壁を越えた。
すると魔獣区域側の外壁の上に人が集まっているのが見えた。
俺達はその場所に飛んでいき着地した。
「おい! ギルド長は何してるんだ!?」
「フォレストエッジのディランさんと連絡を取るって早馬で駆けていきました!」
「はあ!? バカじゃないのか!! ここの指揮は誰が取るんだ!!」
「ランドさんに任せるって言ってました!」
「く……あいつ、逃げたな!! くそっ!!!」
この場所もどうやら大混乱のようだ。
そしてここを仕切っているのはランドと呼ばれたあの男らしい。
ちょっと状況でも聞いてみるか。
「ちょっといいか?」
「ん? 何だお前は! 今はそれどころじゃないんだ! 後にしてくれ!」
「Sランク難度の魔獣がでたようだが倒せそうなのか?」
俺はごり押しで会話を進めた。
するとうざそうな表情をこちらに向けてくる。
「倒せそうならここまで大騒ぎしてないんだよ! ていうかSランク難度の魔獣がここらに現れるのは初めてなんだ!」
「そうなのか。今どのあたりにいる?」
「もう時間がない! あそこに雨雲がみえるだろ! その下にいる!!」
「あれか」
「わかったらもう話しかけないでくれ! 今は忙しいんだ!」
「ああ、わるかった。ありがとう」
俺は人々の集団から離れ、リーリアの元へと帰ってきた。
「ただいま」
「おかえりお父さん。それでどうだった?」
「あの雨雲のところにいるらしい」
「へえ~強いのかな?」
「……多分な」
俺とリーリアは端っこの方で邪魔をしないように待っていた。
ランドは他の者を指示しながら、バリスタ要因や魔法使い部隊などを配置につかせる。
ふむ、どうやら有能な男のようだ。
他の者達はその指示に嫌な顔一つせずに従っている。
それだけでランドが普段どのように思われているかが分かる。
そろそろか。
ふと北の方角をみると、雨雲が近くなっている。
その光景は奇妙で、他は晴れているのにその一部分だけ雨雲になっており、その下だけ雨が激しく打ち付け、雷が激しくなっている。
そして、その下には巨大な魔獣がいた。
「……やはりそうか。これはSランクだ」
「お父さん知ってるの?」
「聞いたことがある程度だけどな、あいつは"ゲンブ"といって歩く災害とも言われている亀の魔獣だ」
「歩く災害……確かにすごい大きいし、魔力もやばいね」
「ゲンブは歩行速度は遅いが、そのかわり止まらない。進行方向の物は全て破壊されるという」
「ということはこの場所も!?」
「ああ、この進路だとこの町は跡形もなく消えるだろう」
俺達がそんな会話をしていると、近くにいた人が何だこいつらと言った風な目線で見てきた。どうやら俺達は空気が読めていなかったようだ。
「ランドさん! そろそろです!」
「そうだな……皆、すまない町民は今急いで逃げる準備を進めている。その時間を稼ぐためにも踏ん張ってくれ!!」
皆一同に静まり返る。
時間稼ぎとはいってもあんなのを止められるのだろうか。
そんな不安が見て取れるほどに、皆の顔は沈んでいる。
風が強くなり、雨がぱらぱらと降り出してくる。
ゲンブが近くなれば近くなるほどにその威圧感は増し、一同の恐怖感はどんどん煽られていく。
そしてついに、
「皆の者!! いくぞ!!!」
パイロの町の防衛戦が始まるのだった。




