43、侵食
どこから声を発しているのか分からないが、体のいたるところが溶けてしまった巨大なスライムがゆらゆらと揺れていた。
ダメージはあるようだが致命傷ではないようだ。
「しかし魔力をかなり消費してしまった……くそ! こんな子供があれほどの力があるとは……もうゆるさん!」
スライムは再びエルサリオスの姿となると魔法を発動させた。
「苦しみ死ぬがいい……サフォケイト」
発動に合わせてリーリアの周りの空気が変わっていく。
「ぐ! ……うぅ、い……きが……あつ……」
首を押さえ、地面を転がるようにもだえ苦しむ。
まずい! これは!!
『リーリア! ウインドボールだ!』
「ぐあ……」
リーリアはかろうじて残っていた理性でなんとかウインドボールを発動させた。
「ごほっ! はぁ……はぁ……ごほごほっ」
「ほう、よく無事だったな……まぐれか? これを発動させて生き残ったのはお前で二人目だ」
リーリアは咳き込みながらも息を整える。
この魔法は防げた……だがそれだけだ。
もう殆ど魔力のないリーリアと余力が十分にあるエルサリオスでは差がありすぎる。
何か。何か勝てる方法はないのだろうか。
……ダメだ! 魔力が少ない状態で勝てる相手ではない。
なんとか逃げる算段をつけなければ、リーリアがやられてしまう!
『リーリア! 残りの魔力を使って逃げるんだ!』
だがリーリアは動かない。
エルサリオスをじっと見つめたまま動けないでいる。
『リーリア! 聞こえているか?』
『……聞こえてるよお父さん。多分、あいつからは逃げられないよ』
『しかし!』
『それに近くにまだ皆がいるから……置いて逃げるなんてできないよ』
そうだった。リーリアはそういう子だ。
父として誇らしいが……俺はリーリアに生きて欲しい。
でも何を言っても無駄だろう。
『わかった。せめてディランがくるまで持ちこたえてくれ』
『うん。二人で力を合わせ──ぐっ!』
『リーリア!』
見えない何かが飛んできて、リーリアの腕をかすった。
その綺麗な腕に赤いものが伝って落ちる。
「なんだ? さっきから何を黙っている。まさか逃げようっていうんじゃないだろうなあ!!」
エルサリオスのレイピアが振るわれるたび、見えない何かによって、肩を、腿を、頬を、痛々しい傷ができていく。
リーリアは必死に魔力探知や五感などを頼りに避けるが完全に避けることはできなかった。
「そらそらそら!! どうしたどうした!」
攻撃は尚も激しくなり、生傷も増えていく。
致命傷だけは受けないように必死で避けた。
だが避けることに必死になりすぎてエルサリオスの接近に気がつかなかった。
「ぐっ!」
思い切り腹を殴られその場で崩れ落ちる。
「ふん、つまらん。こんなものか」
リーリアは抗う事ができず、何度も何度も踏みつけられる。
「ふははは! 体は有効活用させてもらうから安心しろ」
エルサリオスから分離したスライムがリーリアに近づく。
そして取り込もうと体を広げたその時──
「シールドブーメラン!」
高速で飛んでくる盾を回避できずにスライムははじけ飛ぶ。
そしてその盾をキャッチし、
「シールドアタック!」
勢いそのまま、エルサリオスに体当たりをした。
「すまなかった! 遅れてしまった!」
「ぅ……おじ……い……ちゃ……」
大盾を構えリーリアの前でにおうだちをするディラン。
鍛え上げられた肉体がとても頼もしく思えた。
「ちっ、ディランか」
「……やはりお前はエルサリオスではない。やつの性格は悪かったが子供にここまでの仕打ちをするやつではなかった。お前はやはり魔獣じゃ!」
「…………だからどうしたというのだ? むしろ私は甘さを捨てた最強の人魔獣になったと……完全体となったのだ!」
誇らしくそういうエルサリオスに対し、ディランはわなわなと振るえ、怒りの表情で激昂する。
「なにが完全体じゃ! なーにが甘さを捨てたじゃ! お前のやってる事はただの憂さ晴らしじゃ! 世界を救う? お笑い草じゃ! どうせ化物が強いと分かったら尻尾振って媚び諂うんじゃろうが! お前みたいなのがこの世に蔓延ってしまったらこの世は終わりじゃ! だからわしが成敗してくれる!」
ドォォォン!
地鳴りがなる。
大盾を思い切り突き刺し地面が割れる。
「なんだと!? 死に損ないのクソじじいが! ふんっ! いくら怒った所で所詮お前の力では私は倒せんよ」
「そうかもしれん! ……じゃが!」
ディランはリーリアを見た。
「わしは引く訳にはいかん! 例え命に代えてもお前を倒して見せる!」
「ふん……正直お前の覚悟なんてどうでもいい。どちらにせよお前は死ぬのだ」
エルサリオスはサフォケイトの魔法をディランに向けて発動させる。
しかし、
「ウインドボール!」
「ち、お前もか!」
「その魔法はきかんぞ!」
「調子にのるなよディラン」
エルサリオスはもう一度、「サフォケイト」と発動させると、ディランは苦しみだした。
「なっ! なぜじゃ……ぐっ!」
ディランは息ができずに膝をつく。
「ふはは! 所詮お前の魔力程度では私の魔法はかき消せないのだよ」
ディランはウインドボールで防ごうとしているようだが、エルサリオスの魔力の方が一枚も二枚もうわてだった。
絶体絶命。
そう思ったとき、ディランの盾が光りだした。
「む……なんだ?」
するとディランは苦しみから解き放たれたように立ち上がる。
「なんなんだ!?」
エルサリオスはさらに魔法を発動させるがディランに効いてる様子はない。
盾の最上級技「パラディンガード」である。
すべての攻撃を無効化するというかなり最強の技だが……とても燃費が悪い。
ごりごり魔力が削られるのだ。
しかもガード専用の技だ。
攻撃できるわけでもない。
エルサリオスはさまざまな魔法を放つが全て消えてしまう。
ディランは容赦なく突き進みエルサリオスの眼前へとせまっていた。
「いくぞ! わしの最大の奥義!!! シールドカウンターじゃああぁぁぁ!!!!」
盾が輝く。
そして物凄い魔力が盾から吹き出す。
それはディランならではのコンボ技。
パラディンガードで溜めた相手の魔力を倍にして返すカウンター。
魔力はエルサリオスを直撃する。
光輝く魔力はすべてを塵と化す。
……はずだった。
「ふふふはははは! 正直驚かされたが、お前の攻撃など見切っていたわ!」
ディランはがくりと膝をつく。
魔力がつきてしまったのだ。
「お前の技は有名だから知っていたさ。そして弱点のこともな」
「く……不覚」
弱点、それはパラディンガードのことだ。
とにかく魔力消費が激しい。
一度発動したら次発動することは難しいだろう。
ここぞという時にしか使えない一撃必殺みたいなものだ。
「ふふふ、驚いたふりして適当に弱い魔法を放っていただけで勝手に自滅するとはな……ふははははは! 傑作だ!!!」
「ぬう……無様だ」
「ふははは! お前は守る事には一流だが本当にそれだけだな!」
こうなるとエルサリオスの独壇場だ。
動けないディランをひたすら殴り楽しんでいた。
ディランは盾で防ぎきろうとするが、魔力がこもっていない盾などもはや紙同然。
ついには盾は弾き飛ばされ、すべての攻撃を一身に受けていた。
そして、
「ぐふ……」
体が変形したのかと思うくらいボコボコに膨れ上がり、見るも無残な姿となって倒れてしまった。
「ふはは! ざまあないなディランよ!」
「う……すまない、リーリア……」
「お、そうだ。いいことを思いついた」
エルサリオスはリーリアの元へと歩み寄る。
そして綺麗な薄い紫色の髪を掴み持ち上げる。
「うぅ……」
痛みに顔をゆがめてエルサリオスの手をはね避けようとするがリーリアの力ではどうすることもできない。
(やめろ! 俺のリーリアに触れるな!!!)
「今からリーリアに私の分身を植え付けてやろう……くくく、ゆっくり侵食していくさまをそこで見ているがいい」
(ふざけるな! やめろ!!!)
「ぐぅ……リーリア……やめてくれ、わしはどうなってもいいから……」
「ふははは! お願いする時はもっと頭を地面にこすり付けて、土を舐めながら言わないとな!!」
ディランはぼろぼろの体をなんとか動かし、地面に頭をこすりつけた。そして土を噛み締めながら、
「リーリアだけはゆるしてやってくれ……その子には未来があるんじゃ。わしはどうなってもかまわないから……たのむ」
何度も額に血が滲むほど、地面に頭をこすりつける。
その様子をみたエルサリオスは満面の笑みを浮かべ、
「ふははははは! これは愉快! あのディランがそこまでするとはな! ────だが!!!」
髪を掴んだまま、あごに手を添えクイっと上げる。
「駄目だな! こいつはもう私のペット決定だ」
エルサリオスは手からスライムを出すと……リーリアの口へと押し込んだ。
(やめてくれえええぇぇぇぇえ!!!)
「うぐっ!!」
「ふははははは!!!!」
リーリアの体内にスライムが入っていく。
「ううぅあああああ!!!」
リーリアはもがき苦しむ。
スライムは体をのっとるために体内を食らおうとし、その度に恐ろしい痛みがリーリアの全身を襲う。
「いたいいたいいたい!!!」
『リーリア!』
「お父さん!! いたいよお!!!」
『ああ、リーリア!! リーリア!!!』
「うあぁぁぁ!! たすけて! お父さんたすけてぇ!!」
リーリアは激痛に苦しみ続けた。
──────
────
──
ああ……。
くそ……くそ! くそくそくそ!!!!!
リーリアはあんなに痛がっている!!
何で! 何で俺は何もできないんだよぉぉぉぉ!!!!
ちくしょぉぉぉぉおおおお!!!!!!
ふざけるな!!!
何が元魔王だ!!!!
完全に調子にのっていた!
何が鍛えるだ!
バカか!
大馬鹿野郎だ!!!
素直にあの島でゆっくり暮らせばよかったんだ!!!
リーリア成長が早いから楽しくなってしまったんだ!
なぜエルサリオスに勝てると思っていた?
相手は英雄だったやつだぞ?
俺が勝てたから慢心していた?
リーリアはまだ12歳なんだぞ!!!!!
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!
ふざけるなああああああああああ!!!!!
エルサリオス!!!!
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!!
お前は絶対に殺してやる!!!!!!!!!!
ディラン!! ディランは何をしているんだ!!
立てよ! 立てよディラン!!
あいつはもっと強かったはずだろ!?
何でだ!
何で負けるんだよ!!!
ふざけるなよ!!
なんなんだよ!!!!!!
…………はは。違うな。
何もやっていなかったのは俺だ!
俺は一体何をしているんだ?
自分は戦わずリーリアの目線で高みの見物だ!
みんなはよくやっていた!
何もしていなかったのは俺だけだ!
俺は何の努力をした?
……何もしてないじゃないか!!
俺は300年間もなにしてたんだよ!!!!
まったく成長してないじゃないか!!!!
「くそおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
莫大な魔力を封印に向かって解き放つ。
だが封印は壊れる事なく、何事も無くそこにあった。
なんでだよ!!!!
なんで壊れないんだよ!!!!
今壊れないでどうするんだよ!!!!
俺のリーリアが苦しんでいる!
俺の助けを待ってるんだよ!!
だからお願いだよ!
今だけでいいから!
俺に封印を破る力をくれよ!!
あとはどうなってもいい。
リーリアを助ける力を俺にくれよ……。
お願いだから…………。
俺は初めて世界に祈った。
今まで自分の力しか信じなかった。
俺は一人で何でもできるから必要ないと思っていた。
だが現実は違っていた。
俺は無力だ。
愛する子供を救うことができない能無しだ。
人は一人では生きて生けない。
昔は弱虫が考えた言葉だと思っていた。
だが今は違う。
リーリアを救う力が欲しい。
誰か……俺に力を下さい。
それだけを純粋に願ったのだった。
『ベアル』
突然脳内に声が響き渡った。
俺は驚き咄嗟にあたりを見回した。
すると──精霊セレアと目が合うのだった。
『セレア……この声はセレアなのか?』
『はい、そうです』
『はは……そうか俺にも聞こえるようになったのか』
『あなたが条件をみたしたので会話ができるようになりました。ああ、この時をどれだけ待ちわびた事でしょう』
セレアは俺の腕にぎゅっと抱きついてくる。
『セレア……すまない。今はリーリアを助けなくてはいけないんだ』
『はい、わかっています。あなたがリーリアを助けたいと望むなら……あなたの中の【セレアの種】を解放しましょう』
『!? 俺の中に【セレアの種】があるのか!?』
俺が驚いているとセレアはやさしく頷いた。
『はい。あなたも種を受け継いだ一人なのです。だから私の姿も見えていました』
『そうだったのか……それで! 解放したら封印をやぶれるのか!?』
『はい。力として使えば封印くらい簡単に打ち破れるでしょう……あれはそういうものですので』
『よくわからんが、すぐに使えるのか?』
『使えます。ですが種は力を失ってしまいます。その事により、今後あなたは究極の選択をせまられる時が来るでしょう』
『そんなことはどうでもいい! 今はリーリアを助ける事が先決だ!』
『……わかりました。それではいきます』
俺の中で何かが光輝くような、そんな感じがした……そして!
強烈な光が内側からあふれ出し、巨大な光の剣が目の前に突然現われた。
それに手をかざすと吸い付くように光が納まり、凝縮されて小さい剣となった。
これなら……いける!!!
俺は躊躇いもせずに空へ飛ぶ! そして──
──封印を斬りやぶった。




