40、真相
玉座の方をみると、相変わらず偉そうにふんぞり返っている。
ああ、あの顔。忘れもしない……俺を封印したやろうだ。
パチパチパチパチ
拍手が玉座の間に響き渡る。
エルサリオスがニヤニヤしながら拍手をしていた。
「いやいや、なんとも楽しい前座だったぞ。まさかあの三人を倒すとはな! 先ほどの約束通り牢獄に入ってる女は返そう。まあ、どうやらそこの子供が解放したみたいだけどな……しかしナルリースは弱いな……やはり人魔族の血なんかが入ってるからだ。ふふ、だが私がなんとかしてやろう」
そう言うと、舌なめずりをして気持ち悪い笑みを浮かべる。
ああ、こいつは……本当にむかつく奴だ。
俺は改めてそう思った。
こいつにナルリースを渡す訳には絶対にいかない。
リーリアもそう感じたようで静かに剣を構える。
「待って!」
突然背後から声が聞こえた。
振り返ると壁に背を預け、今にも倒れそうで弱々しいナルリースが懸命に立っていた。
「聞かせて欲しいの。私の母は……アルリルは無事なの?」
まるで悲鳴のような懇願するかのような声が響く。
だがそれを聞いたエルサリオスは、
「ああ……あのアバズレか。あいつならもうとっくに処刑したぞ。まさかお前を産んでいたなんて知らなかったからなあ……力がないと分かった時はショックだったよ……」
「──なっ!!!」
「本当にどうしようもないクソ女だった。私と婚約していたというのに魔族の男に手を出すなんてなあ……通りで臭いと思ったんだ! 臭くて臭くて吐きそうだったよ!」
「そんな酷い……」
ナルリースは酷くショックを受けて座り込んでしまった。
我慢ならなかった。
本当にクズやろうだ。
300年前よりさらに酷くなってやがる。
リーリアも不快に思ったらしく、気がついたときには飛び出していた。
全力の一撃。
こいつに手加減なんて必要ない。
いや、そんな気持ちさえなかった。
魔力を極限まで高めた一閃──
──だが、エルサリオスには届かなかった。
エルサリオスは手をかざし目に見えない何かを高速で飛ばした。
「くはっ!」
『リーリア!?』
リーリアは腹を切られその場に崩れ落ちるが、すぐにディランによって抱きかかえられると後ろに下がった。
「大丈夫か!?」
「……ぐ……ごめんおじいちゃん、ありがと」
やばいな、内臓まで傷が達している。
ヒールをかけなければ。
「おっとすまない。ついつい反射的に斬ってしまったようだ。くくく、まったく近頃の子供はおてんばで困る……おや、血が」
エルサリオスは顔についた返り血を指でふき取るとそのまま口に含んだ。
すると気持ち悪く微笑むと夢中で指にむしゃぶりついた。
何だこいつ!?
こんなに気持ち悪かったか!?
リーリアもヒールをかけながら心底嫌そうな顔をしていた。
「…………エルサリオス殿、わしも聞きたいことがあるんじゃが」
「……なんだディラン? 私はお前に用は無いんだが」
「何故、ナルリースを狙うのじゃ? あの子は関係ないじゃろ?」
エルサリオスは面倒くさそうにディランを見ると、
「そんなの決まっている。私の子供を産ませるのだ」
「なんじゃと!?」
「ふ、ふざけないで!」
「ふざけてなどいない……きさまたちに分かるまい。私の推考など」
「そんなの分かってたまるもんですか!」
はぁと深くため息をつくエルサリオス。
「そもそもエルフの大切な伝統をやぶったのはお前の母アルリルだ。あいつは妖精女王アイナノア様から受け継いでいるものを投げ捨てた! 1万年も続いている伝統をだ! そんな勝手がゆるされるものか!!」
「何をいってるのよ!!」
「愚かな……お前は何も知らされてないようだな。いいだろう教えてやる! エルフの歴史と重要な任務をな」
エルサリオスは語りだした。
今までエルフが守ってきたもの、その使命を。
「昔々、今から1万年前。空からカオスという化物がやってきた。その化物は生けとし生けるもの全てを食らい始めた。当時の四大王、妖精女王アイナノア、竜王ニーズヘッグ、魔族王ディアブロ、人間王ラグナは力を合わせ、化物と戦うことになった」
この話は知っていた。
王達の正確な名前まではわからなかったが、大昔に当時の王が化物を倒したと。
リーリアにもおとぎ話として小さいころに語ってやった記憶がある。
しかし……カオスという名前。どこかで最近聞いたような?
「化物はとてつもなく強かった。人間王ラグナが倒され、魔族王ディアブロもやられた。だが我らが女王アイナノアが伝説級精霊【セレア】を用いて化け物を封印することに成功したのだ……しかしその反動でアイナノアは数年後に亡くなってしまったのだがな」
ちょっと待て!?
今【セレア】といったか?
伝説級精霊だと!?
エルサリオスの発言で俺達に動揺が走る。
リーリアも内心では気が気ではないだろう。
もし伝説級精霊【セレア】が俺の知ってるセレアだとしたら……そしてそのセレアと唯一会話のできるリーリア。
それがどういった意味を持つのか……。
【セレア】の力を用いた事で当時のエルフ女王は亡くなったという。
俺の動揺もお構いなしにエルサリオスの会話は続く。
「化物は封印されても尚、その中で成長し続けている。もはや4大王が与えたダメージは癒え、さらに力を増しているだろう。封印が解かれるのも時間の問題だ……それはアイナノアも分かっていた。そして今のままの【セレア】の力では太刀打ちできなくなるということも」
「なんじゃと……ということは化物はまだこの世界のどこかで封印されていて、虎視眈々(こしたんたん)と復活の時を待っているということなのか」
当時の王は歴代最強として語り継がれている。
そんな王達が束になっても敵わないやつが、さらに強くなってでてくるというのか。
ははっ!
多分俺だけだろう。
この場でわくわくしてしまっているのは。
「女王アイナノアは考えた末、化物を倒す活路を見出したのだ……それは【セレア】の力を4つに分け、それぞれ成長させるという事だったのだ」
精霊の力を4つに分けるだと?
そんなことは聞いた事もないし
「4つに分けたことで一つ一つの【セレア】の力は大分弱まってしまったが、その4つの力を【セレアの種】と称して、それぞれの種族で長い年月をかけ成長させ昔よりもさらに強くしていくことになった」
「まさか……」
「そうだ! この【セレアの種】は一子相伝の秘技。そしてその一つがアイナノア様の子孫に受け継がれている……そう、ナルリース! お前の中に眠っているんだ!!」
突然のことで驚くナルリース。
それは当然だ。
いきなり中に種が育っているから化物と戦え! 大昔から伝わってる奥義なのだといわれても普通はピンとこない。
だがエルサリオスがふざけて言っている様には思えない。
エルフの王ということからもそれは信頼できる情報なのかもしれない。
しかもその【セレアの種】のせいでナルリースの母が実際に殺されるまでに至ってしまった。
すでに頭が混乱しているナルリースに、エルサリオスはさらに畳み掛ける。
「お前には化物と戦う覚悟もなければ強さも持ち合わせていない。このままでは世界は滅んでしまうぞ……だから私の子を産むのだ。そうすれば【セレアの種】は子供へと受け継がれる。私の子ならば強くなる……世界の平和のためだと思って私の元へくるのだ」
筋が通ってるようにも思える言い回しだ。
だが、こいつのやったことを忘れてはいけない。
それに魔獣と手を組んでる時点でうさんくさい。
「ナルリース! 信じちゃ駄目だよ! こいつのやったことを忘れないで」
リーリアも同じ事を思ったようだ。
ショックを受けているナルリースに活を入れる。
「そう……よね、だからといってあなたのやったことは許せない。それに本当に私の中に【セレアの種】があるのだとしたら……余計にあなたになんか渡さない!!」
ナルリースの言葉に迷いはなかった。
エルサリオスはまぎれもなく敵である。
世界のためとかそんなことはどうでもいい。
父や母を殺した。その事実が全てである。
「……愚かな。もはや考え方も浅ましい馬鹿な小娘だ。お前はもう子供を生すしか能がないただの娘よ」
「クカカカカ、エルサリオス。無駄だよ無駄! もう殺っちまうしかねえよ」
「ケツァル……お前は黙ってろ」
「ククク、いいじゃねえかよ。そっちのほうが早いだろ」
「俺のやり方がある」
なんだ? いい争いを始めたぞ。
しかし急に今までだまっていたやつがしゃべりだしたな。
ケツァルというのか……なんだ? 面白がってるのか?
俺はこの間に考える。
ナルリースを欲しがる理由はわかった。
だがこいつが世界を救うとか種を子供に引き継がせたいとか……うさんくさい。
それに魔獣と手を組んでいるのも、うさんくささに拍車をかけている。
うーむ……しかし何か引っかかるな。
『リーリア、あいつの話を聞いてどう思った?』
『最低のクズ。生きる価値なし』
『それはわかる。そっちじゃなくてだな、ナルリースを欲しがる理由だ』
『……自分の子供に【セレアの種】を引き継がせたい……といってるけど違う気がする。見た感じあいつは自分が大好きっぽそう。だから自分の子供に継がせたいとか世界を救うとか信じられない』
『俺も同意見だ。きっと他に理由はある……だからそのためにも絶対にナルリースは渡してはいけない』
『うん、それになんか……あいつの魔力は変な気がする』
『……どういうことだ?』
『なんていうか……ドロドロしいというか……エルフとも魔族とも違う……嫌な感じだよ』
『……ほう』
もしかして……いや、まさか?
今、最悪な考えが浮んでしまった。
そういえばエルサリオスはナルリースの母の事を何ていってた?
思い返す。そして気がつく。
『リーリア……あいつはもうエルフでもないのかもしれないぞ』
『え!?』
『魔獣なのかもしれない』
『え、そうなの?』
『多分だが……ナルリースの母の事を何ていってたか思い出してくれ』
『力がないって言ってた』
『ああ、それは【セレアの種】のことだろう……そのあとだ』
『! 魔族とエッチしたから臭くて吐きそうでたまらないっていってた』
『……まあ、そうだな』
リーリアの台詞からエッチという言葉を聞きたくなかったが、今はそんな事を思ってる場合ではない。
『それは多分、男の臭いがしみついて臭くて食べられないって意味だったんだ……普通に考えて事を成す時にそんな言葉は使わないからな』
『…………そうなの?』
『…………多分な』
なんだか微妙な雰囲気になってしまったが、そう考えると自然と全てのことに納得できた。
カオスという名前は牢獄で戦ったゼブラという魔獣が名前を出していた。だからこいつらは化物の仲間である。そして手を組んでいるエルサリオスもその手先であるということ。
ナルリースを狙っているのは【セレアの種】が化物の脅威となるため。
俺の推測ではこんなとこだ。
こういう風に考えれば辻褄が合う。
あとは何とかしてこのピンチを切り抜けられるかだ。
逃げようにも逃がしてくれないだろう。
そして実力的にもかなり厳しい戦いになる。
ディランと相談したいが……そんな暇はあるだろうか。
エルサリオスとケツァルの口論はまだ続いている。
「クカカ! だから俺に二人よこせといってるだろう」
「贅沢をいうな。魔力でいえばディランだけで十分だろう?」
「味の問題だよ! 味の! ディランなんて臭そうなジジイじゃねえか! ガキの方がやわらかくて美味そうなのによ」
「あの子は未来がある……ふふ、私があの子の面倒をみてやろうではないか」
「調子のいいこといいやがって……まあいい、白けた。俺はやらんぞ」
「ふっ、それでいい。私だけで十分だ」
どうやらもう始まりそうだ。
相手はエルサリオスだけでやるようだ。
これはチャンス。
エルサリオスさえやれればあとは何とかなる。
『リーリア、ディランによろしく頼むと伝えてくれ』
『え? うんわかった』
「おじいちゃん! お父さんからよろしく頼むだって!」
「む! ……そうかわかった。まかせろ!」
ディランなら俺の意思が伝わってくれるだろう。
頼んだのは単純明白。
リーリアを守ってくれ。
それだけの意味だった。




