36、邂逅【ナルリース視点】
■ナルリース視点■
私達はエルフ王国首都エーデンガイムに到着していた。
あたりはすでに白みを帯び始めていて夜明けも近い。
「見て、到着したわ」
「あれがエーデンガイムかにゃ」
「ふむ……しかしまあ無用心じゃの」
街の門は開けっ放しになっており警戒心がまるでなかった。
私達は警戒しながらも街へと入る。
……街は静かだった。
もちろん夜だからということもあるだろうが、それとは違う無人のような静けさだった。
何があったのか気になるところではあるが、今はそんなことをしてる場合ではない。
そろそろリーリアがシャロを救出している頃かも知れないのだ。
城へと続く石畳を歩いていく。
所々石畳が剥げているのが気になった。
まるで数ヶ月間、誰も住んでいないような……そんな雰囲気だ。
私達は警戒を強化して陣形を組む。
先頭にディランさん、真ん中に私、殿はジェラである。
「……ふぅ」
いよいよエルサリオスと対面することになる。
私は内心脅えていた。
それは対面したとき、果たして冷静さを保てるかということだ。
父を殺し、母を攫った恨みがある。
母を救いたい。それだけを目標に生きてきた。
果たして母は無事なのか。今どうしているのか。
考え出すと頭がぐちゃぐちゃになる。
もう一度深呼吸をする。
胸に手を当てると心臓の鼓動がいつもより早く感じた。
「リース、大丈夫かにゃ? シャロならきっとリーリアが救い出してくれるにゃ」
「……ええ、それは心配はしていないわ」
どうやらジェラは勘違いをしてくれたようだ。
……実際にリーリアなら完璧にこなしてくれるだろう。
12歳とは思えないほど強いし頭も良い。むしろ失敗する姿を想像するほうが難しかった。
「それにベアルさんがついてるわ」
そう独り言のように呟く。
呟くと同時にベアルの凛々しい姿や優しい微笑みが脳裏によぎる。
私は自分の頬がゆるむのを感じ、いけないと頭を振った
するとそれを見ていた二人が、
「もうすっかりベアルのことを気に入ってしまったのう」
「もういい加減告白したらいいのににゃ……まったく4年間なにしてたにゃ」
ジェラはともかくディランさんにまでバレてしまっている。
はあ、私はダメね。
恋愛に関しては隠すことができないし、超がつくほどの奥手だった。
「うぅ……今はそんなことどうでもいいでしょ!」
二人を一喝して、「まったくもう」とため息をつく。
するとざわついていた心がどこかに消えてしまったことに気付く。
(結局ベアルさんに頼ってるのね私は)
あの人のことを考えるだけで魔法のように暗い色がパステルカラーへと塗り替えられる。
これならば私はいつも通り戦えるだろう。
再び胸に手を当ててみるが落ち着いているのが良くわかった。
「来たようじゃな」
ディランの発言で私はハッと気がついた。
城門まであと少しという所で、どこから来たのかアサシンの一人が門の前で立っていた。姿は見えないが数人の気配もあちらこちらに感じる。
「ようこそいらっしゃいました。フォレストエッジの冒険者ギルドの長ディラン殿。それとそこに属している冒険者Aランクのジェラ殿とナルリース殿、歓迎いたします」
流れるように綺麗なお辞儀をするが、そこに隙は一切なかった。
こいつがアサシン部隊のリーダーだろうか。
顔は覆面で隠れていて良くわからない。
ていうかアサシンがこんなに堂々と現われるとは予想していなかった。
本当にどうなっているのだろう。
「城内にエルサリオス王がおるのか?」
「はい、王がおまちです」
「わかった」
罠だろうか……だが今更そんなことを心配しても仕方がない。
気になるといえばリーリアのことだろう。
まさか城の中に入ることになるとは思わなかった。見つかってなければいいのだが……。
アサシンの後を付いて行きながらも警戒は怠らない。
だがそんな警戒も空しく玉座の間の前まですんなりと来てしまった。
「では皆様、どうぞお進み下さい」
扉を開けるとそこは豪華な装飾や絨毯、磨かれた床────ではなく、薄汚れて汚い床、朽ちかけの装飾やボロボロの絨毯があった。王の間とはお世辞にもいえなく、私達の開いた口がふさがらないほど酷い有様だった。
眼前の玉座にはどこかで見たことのあるエルフが座っている。
この存在感……確実にこいつがエルサリオスだ。
そしてエルサリオスの横にはギルド内で見たことのある男が立っていた。雰囲気が大分違っているがこいつがジェラの言っていた例の冒険者。ホークアイのリーダー、ホークだろう。嫌な魔力を感じる。
「ふふふ、よくぞきた……私はこの国の王エルサリオス。このときを私は待っていたぞ」
両手を広げ立ち上がるエルサリオス。
そして待ちきれないとばかりにつかつかとこちらに歩み寄ってきた。
私は咄嗟に魔力を高める。
不意をうつなら今しかない。
一歩前に踏み出そうと体が傾いたところでディランに手で静止される。
そこでようやく気がついた。
エルサリオスとホークみたいな男が笑っていた。
「なんだつまらん。ディランよ止めなくていいものを」
「部下が失礼したのう」
「ケケケ、じいさんよぉ邪魔するなよな! 遊びたかったのによ」
「ケツァルよ、お前はしゃべると品が無いから黙れ……それに」
一旦言葉を区切り、鋭い眼光をケツァルと呼んだ男に向けると、
「ナルリースは俺の物だ……手を出したら殺すぞ」
「クカカカカカカ、分かってるよ」
冗談だとばかりに豪快に笑うケツァル。
この二人のやりとり……どういうこと?
それにこの男はホークではなくてケツァルと呼ばれているらしい。
名前が変わったってこと? それともおかしくなってしまったのだろうか……ややこしい。
ちらりと横目でディランを見る。
だがディランはこの二人のやり取りを眉一つ動かさずに聞いていた。
以前ジェラからホークの目撃情報を聞いたときのような動揺など微塵も見せなかった。
「エルサリオス王よ、今日はお願いがあってきました」
ディランは深々とお辞儀をして改めて向き直るとさらに言葉を続けた。
「シャーロットはわしの冒険者ギルドのメンバーじゃ。返してはもらえませんかの」
「……さて、どうするかな」
エルサリオスの視線はさっきから私に向けている。
下から上まで。なめまわす様な視線だ。はっきりいって気持ち悪い。
ディランの話など殆ど聞いていないようで、ふざけて悩んでいるふりをしているみたいだ。
なんなのこいつは。
私の苛立ちがつのる。
「まあ、いいだろう。ナルリース以外には興味がないのでな……ただし!」
エルサリオスはパチンと指をはじく。
すると周りに気配が数人集まってくるのがわかった。
先ほどのアサシン達だろう。
くっ! やはりそうか。私達を逃がす気はないのだ。
最初から皆殺しにするつもりだったのだ。
「こいつらに勝てたらシャーロットとかいう女を返してやろう。大丈夫、私は手を出さない……お前ら、ナルリース以外で好きな方を選べ……だがディランは強いぞ」
「クカカ! だろうなあ……ゾクゾクしてくるぁ」
「ケツァルは戦わないで下さい。この間、一番質のいい魔族を食らったじゃないですか」
「そうよ、私は弱そうなやつだったのよ! 自重してよね」
「そうだそうだ、ディランは僕がもらうよ」
アサシン達はもう姿を隠す気などないのだろう。次々を覆面を脱いでいく。
そして私はさらに驚愕することとなった。その顔ぶれは冒険者パーティー"ホークアイ"のメンバー達だったのだ。
これにはさすがのディランを驚いた顔をしていた。
「お、おぬしたちはホークアイのメンバーなのか……?」
たまらず質問をするが、
「ああ? しらねえよ。でもなかなか強かったから魔素を食らって取り込んだのさぁ」
「こんないい方法があったなんてね! これからは人を食う時代よね」
「あのシャーロットってやつも美味そうだったのになあ……僕お腹が空いてきちゃったよ」
「あの子はもっと強くなりますからね。今食らうのはもったいないですよ」
「問題はあの"弱虫ゼブラ"がちゃんと見張ってるかってとこだな」
「あはは、言えてるわぁ! 弱いくせにクソクソいってほんと下品なのよね……あ、ケツァルも下品だったわね」
「まあまあ、みなさん。ほら、お相手の3名様が呆れてしまいますよ」
「そーだよ僕飽きちゃったから早く戦おうよ」
「チッ! わかったよ……うっせえなあ」
4人……いや匹か。明らかに遊んで楽しんでいる。
だけど実力はかなりやばそうだ。
……全員、私より格上かもしれない。とりわけケツァルというやつはかなりやばいかもしれない。ジェラが戦いを拒否したのもわかる。近くにいるとその力がひしひしと伝わる。
せめてもの救いなのがエルサリオスが戦わないことである。




