35、潜入
リーリアは一人森の中を歩いていた。
目指すはエルフ王国である。
普通の人は迷いの森で迷ってしまうのだが、行き方を知っていればたどり着けるとナルリースはいう。
だがこれはエルフ最大のヒミツであり、誰かに教えたら死罪と言われるほどの大罪らしい。
でもナルリースはなんの躊躇いも無くリーリアに教えたのだった。
もうエルフ王国に未練はない、それどころか母親やシャロを攫ったから憎しみしかないという。
そんな教わった道をメモを見ながら確実に進む。間違えたらやり直しは難しいらしい。
「ここの道を……右かな……わ、道すごく細い! これはメモがなかったら見落としちゃうね」
周到に、幾重にも細かい道が隠されている。
これは思ったより時間が掛かりそうだ。
『ねえお父さん』
『どうした?』
『ナルリース達は大丈夫かな?』
『ふ……心配するな。ディランがついている』
『お父さんはディランおじいちゃんのこと信頼してるね』
『そうだな……あいつは戦士という括りではこの世界で最強だと思うぞ』
『そんなにすごいんだ?』
『ああ、特にパーティーメンバーを守ることに関しては鉄壁だ。だからナルリースやジェラが怪我するようなことは……そんなにないと思うぞ』
『……そんなに?』
『相手がエルサリオスだとしたらその限りではないからな』
『エルサリオスも強いの?』
『うーん、魔法が特殊だな……最上級魔法が使える』
『最上級ってあの幻の?』
上級の上にさらに最上級というのがある。
それは本当に一握りの人物しか到達できない究極の魔法である。
最上級の魔法は上級のレベルをはるかに超える魔法であり、至高にして最強の威力を誇り、世界を滅亡させる力とも言われている。
『てことはやばいんじゃ?』
『一応英雄だからな……俺は嫌いだが』
『私も嫌いだよ! ゆるせないもん!』
『だな』
ここで今回の作戦を振り返る。
アサシン部隊がナルリースの引渡しを指定してきたのは、なんとエルフ王国首都エーデンガイムであった。
なぜそんな場所を指定したのか目的はわからない。
だが罠なのは間違いないだろう。
シャロの救出はリーリアに一任された。
理由は顔がばれてない事、実力があること、油断させられる事。
この3つである。
まず顔がばれてないというのは、ディランは有名だし、ナルリースはもちろんダメだし、ジェラは前回見られている。
次に実力があるというのは、ディランの次に強いのはリーリアである。そこらへんのAランク冒険者にも負けないだろう。
最後に油断させられることというのは子供だからである。仮に潜入して見つかっても許されるんじゃないかっていう……その程度の理由だ。
それに団体行動だと目立つ。リーリア一人なら素早く移動できるし、魔力操作も一番上手い。
リーリアは作戦が決まったら即行動した。
この作戦はリーリアが肝だ。
シャロを助け出したら大きな音で合図することになっている。
続いてはナルリース達だ。
リーリアから少し遅れて移動を開始した。
引渡し期日は翌日の日の出まで。時間はあまり無い。
王国エーデンガイムは普通に歩けば一日ほど歩かなくてはいけない。アサシン部隊も良く考えている。こちらに考える時間をさほど与えないようにしているのだ。
なので作戦会議は本当に最小限にしかしていない。リーリア先行作戦しか立てられなかったのもそのためだ。
多少は行き当たりばったりとなるが、最悪はたどり着いてから、話し合いで時間を引き延ばしてもらう手はずとなっていた。そのためのディランである。
「本来こんなことが許されるわけはないのじゃからな。話しをしてシャロを開放を要求するとしよう」
シャロは冒険者ギルドの一員だ。ディランの部下ということになる。
ならば少しは話し合いも長引かせる事もできるだろう。
まあアサシンはしらばっくれるだろうがな。
何がともあれリーリアにかかっている。
『頑張ろうな』
『うん!』
メモを見ながら確実に、そして素早く移動をするのであった。
■
時間にして未明。
夜陰に乗じ城内へと潜入する。
見張りはほぼいない。
最初は罠かと思ったが罠も見つからない。
『拍子抜けしちゃうねお父さん』
『そうだな……でも油断はするなよ』
『うん』
城の内部の地図はない。
ナルリースも入ったことがなかったからだ。
警備上の理由で冒険者ギルドにも地図などはなかった。
なので虱潰しに探すしかない。
『まあ大抵牢獄というものは地下にあるものだ』
『そうなんだ?』
『ああ、定番だとな』
あまりにも静かな廊下を慎重に。魔力を断ち、足音も立てず、そろりそろりと歩む。
しかしここは本当に城なのだろうか?
まるで人の気配がない。
あまりにも静か過ぎた。
しばらく探索すると地下への階段があった。
長い階段を下りる。
だがその途中で気がついてしまった。
『お父さん。なんか強そうな存在がいる』
『そうか……いけそうか?』
『倒せると思うけど、さすがに物音しちゃうよ』
『だよな。戦わない方法はとれそうか?』
『うーん、とりあえず様子を見てみる』
その存在は地下のちょっとした広間のテーブルに腰をかけていた。
人の姿をしているそれはテーブルにうつ伏せ、ぶつぶつと何かを呟いていた。
『あれはなに? 魔族じゃないよね……なにかすごい違和感を感じる』
『……もしかしてジェラが言っていたAランクパーティーのリーダーってやつか?』
『うーん、でもジェラが言っていたようなヤバイ魔力は感じないけど』
『じゃあ他のやつか』
『多分ね』
しばらく様子を見ていたが、そいつはまったく動かずうつ伏したままだった。
このままでは時間だけが過ぎてしまう。
……やるか?
リーリアもそう思っていたようで、踏み出すために足を若干動かした。
すると──
今までうつ伏していたそいつは急に立ち上がった。
そしてゆっくりとこちらの方を見て……ニヤリと笑った。
『リーリア!!!』
『うん!』
速攻だ。
剣を抜くと魔力を込めた足で踏み込むと、一瞬にしてそいつの眼前へとせまった。
そして!
ガギィン!!
振り抜いた剣はそいつを捕らえたのだが、肉を絶つ事も無く皮膚で止まってしまった。
「なんだぁ? お前はぁ!!!」
そいつは剣を掴み、そのままリーリアを叩きつけようとした。
だがその寸前にリーリアは剣から手を離しそいつと距離を取る。
改めてそいつを見ると、顎から髭を生やした中年おじさんの姿をしていた。
「お前こそ何者!?」
不意の一撃を受け止められ少なからず動揺したリーリアは質問をする。
この一瞬で呼吸を整えるのだ。
「おれかぁ? おれはなあ……カオス様の配下の一人。ゼブラ様よぉ!」
「カオス? ゼブラ?」
「なんだおめぇ……カオス様を知らんのか? これだからクソなんだよ!」
そう言うと持っていた剣を投げ捨て突進してきた。
だがスピードはたいした事はないようだ。
リーリアは距離を取りつつ、水球を連射する。
水球はゼブラに全て命中するも突進は止まらなかった。
「なっ!」
なんなんだこいつは!
水球を無効化しているわけでもない。
全て当たっているにもかかわらず止まらないのだ。
なんてタフなやつだ。
それにくわえてここは地下にある狭い部屋だ。
距離を取るのだがすぐに距離を詰められてしまうのだ。
石球、風球、火炎球。いろいろ放って見たがどれも効果が薄かった。ゼブラは止まらない。
そうしている間にゼブラはもう目の前だ!
『リーリア! もう何も気にせずに全力でやれ!』
「くっ!」
リーリアが死んでしまっては意味がない。
作戦も大事だがもっと大事な事もある。
最悪は全力で逃げる事も考えなければならない。
「もうおわりかぁ! そんな攻撃でおれ様が倒せるとでも思ったかぁ!」
ゼブラの手がリーリアの手首を掴んだ。そして──
ボキッ
一瞬にして手首がくだけちる。
「うあああぁぁぁぁああああ!!!!!」
『リーリア!!!』
容赦のない一撃。手心を加えるという概念のない一撃。
油断をしている訳ではなかった。
だが魔力で強化しているにもかかわらず一瞬で砕かれた。
リーリアの瞳の自信が揺らぐ。
そして初めてとも言える恐怖を味わった。
残された勇気を振り絞り全力の火炎球を放つ。
ゼブラを炎が包み、一瞬手が緩んだ。
その隙に再び距離を取り、すぐさまヒールをかけた。
「……はあはあはあ」
『リーリア落ち着け』
「そんなこと……」
『ダメージ自体はそんなでもないぞ』
「わかってる!!!」
ビジョンで話す事も忘れるくらい動揺をしている。
手首はヒールで治ったがリーリアに恐怖心がでてしまった。
魔法にひるまず突っ込んでくるし、魔力強化をしているにもかかわらずそれを上回る力。
まるで人とは思えない、まったくもって異常な奴だ。
『リーリア』
「剣も効果が薄い、魔法も全然効かない……」
『リーリア!』
「ひたすら動いて絶対に捕まらないように逃げないと……」
『リーリア!!! 聞け!!!!!』
「──っ!」
俺の声にびくりと反応した。
まったく聞こえてなかったようだ。
幸いにもゼブラはまだ燃えている。
『……お父さんごめん』
『いいんだ、落ち着け』
リーリアは実戦経験が薄い。
戦闘力はずば抜けて高いのだが、精神面での弱さがでてしまう。
今まで俺や三人娘、リヴァイアサンという気の知れた仲間としか戦っていない。
憎悪を持っている純粋な敵と戦うのはこれが初めてなのだ。
しかも最初から強敵とは運が悪い。
……だが俺がいる。
俺が精神面のサポートをしてやるのだ。
『リーリア……いいか良く聞け。魔法は効いている。痛みに耐えて突進しているだけだ。そして良く見ろ、ほら……相手は炎につつまれて苦しそうだろ? いいか、もう一度言うが魔法は効いている。だから一撃一撃をもっと強力にするんだ』
『……本当だ、苦しそうにしてる。なんで気がつかなかったんだろ』
リーリアは落ち着きを取り戻していく。
よし、大丈夫だ。本来の力を出せば負けない相手なんだ。
ゼブラは炎を消すと怒りの表情をこちらに向ける。
「クソがきがぁ! このゼブラ様にクソみたいな魔法を使いやがってぇ!! 今度は首を粉々にしてやるからなぁ!」
そういって突進してくる。
だが今度は慌てない。
手に魔力を集中させる。
そして──
「燃えてしまえ! インフェルノ!」
ゼブラが業火の炎に包まれる。
「ぐあああああああああ」
もがき苦しみのたうちまう。
そしてその姿はみるみるうちに巨大化していった。
『なんだ!?』
「なっ!」
その姿は巨大な亀になり、その大きさは部屋壊し天井を突き破った。
リーリアは間一髪、扉を開き隣の部屋へと移り様子を窺っていた。
部屋いっぱいに広がる炎。
辺りに肉が焼ける香ばしい匂いが充満していく。
そしてゼブラは結局炎を消すことができずに、跡形も無く灰となって消えた。
『ゼブラは魔獣だったのか』
『魔獣が人の姿になれるの?』
『いや、俺は知らなかった』
『そうなんだ……お父さんでも知らない事が……』
俺がいない300年でいったい何があったのか。
それともここ最近の出来事なのか。
うーん、帰ったら調べないといけないだろう。
しかしそれより……。
『ゼブラってやつ亀の魔獣だったよな……亀の戦闘力が人の姿になっても維持されるんだな』
『言われて見ればそうかも!!』
剣を通さない皮膚に突進してくる強さ。
そして一瞬にしてリーリアの腕を砕く力。
元は亀の魔獣だと考えると納得した。
『とするとジェラの見た人の姿をしたやつも魔獣の可能性が高いな』
『だね』
『……っと時間を食ってしまったな。シャロを探すか』
『うん』
こんだけ物音を鳴らしてしまったのだ。普通なら衛兵などがきそうなのだが一向に来る気配がない。
魔獣が牢獄の門番をしているくらいだ……もしかしたらこの城はもう……。
『お父さん!』
『お? いたか?』
部屋の奥にはシャロの姿があった。
しかしどうにも憔悴しきっている様子で椅子に座り壁にもたれかかっていた。
「シャロ!」
リーリアが呼びかけるが反応はない。
『どうしようお父さん! シャロが!』
『大丈夫だ! 強力な魔法使いは魔法で逃げないように魔力を枯渇させて牢屋にいれておくんだ。生きてはいるから安心するんだ』
『そっか! よかったぁ……』
鉄格子にも魔法抵抗エンチャントが刻まれているがこの程度ならたいした事なさそうだ。
『リーリア、インフェルノだ』
『うん!』
豪快にぶちこわしたかったが、一応お忍びで来ている事と、万が一シャロに当たると不味いので熱で溶かすことにした。
インフェルノを発動し、鉄格子を溶かして中に入る。
シャロに近づき隠し持っていた小瓶をあけた。
「シャロ、これ飲んで」
「……あ……リ……ちゃ…………」
うつろな目をしてリーリアを見るその姿は、いつものふざけたような表情からはかけ離れた弱弱しさだった。
小瓶を持つ事もままならないようだったので、リーリアは飲ませてあげることにした。
ごくごくごく
「あ、ありがとリーちゃん、ちょっと魔力が戻ったよぉ」
「うん、歩けそう?」
「それくらいなら」
シャロが飲んだのは魔力ポーション【小】だ。
捕らえられてることを想定して持ってきていた。もちろん提供者はディランだ。
よっこらしょと立ち上がるシャロ。
軽く伸びをすると、
「うん、大丈夫そう。んぁ~酷い目にあったぁ」
話を聞きたいところだが時間がない。
探索に1時間は要している。
すでに外は明るくなり始めているのではないか?
「シャロ。時間がないから説明しないけど……ついてきてね!」
「お、了解~。きっと大変な事になってるんだねえ」
来た道を戻り階段を上がる。
シャロもふらふらとしているがしっかりと付いて来ている。
「なんかいい匂いがするねぇ」
「亀の焼けるような?」
「なにそれぇピンポイント過ぎない?」
そんな冗談も交えながら歩みを進める。
「ここらへんでいいかな?」
城の端にくると壁をとんとんと叩く。
「え? なにするのぉ?」
「えっとね……こうするの────エクスプロージョン!!!」
ドガアアアァァァァァァァッァン!!!!!!!
「…………………………………………………………」
「これで合図はばっちりだね」
城に風穴が豪快に開く。
それどころか外壁まで壊れて大きなクレーターができていた。
「えーっと……リーちゃん……これ怒られないかなぁ?」
「いいの! こんな城! 本当は全部吹き飛ばしたいくらい!」
プンプンなリーリアさんがここにいた。
何がともあれ合図は済んだ。
あとはナルリース達からの合図を待つことになるのだった。




