32、デート
本日はデートである。
誰とかって?
それはもちろんリーリアとだ。
模擬戦大会での優勝景品に俺を一日自由にできるというのがあった。
それでリーリアが望んだのが俺とのデートということだ。
まあ一概にデートというが、ただ訓練をしない休日みたいなものだ……と俺は認識していたのだが
シャロからなにやら念を押されてしまった。
「リーちゃんは気合入ってるから、ちゃんと一人の女の子として扱わないとダメなんだよ~」
なんて言っていた。
ふむ、どうやら俺も気合を入れないといけないらしい。
とはいえ島からでられないのだから特別な場所などはない。
俺とリーリアにとっては庭のようなものである。
せいぜい島を一周するくらいか?
うーむ……せめてデートだということが分かっていればもう少し考えもしたのだが。
何せもう時間がない、なるようになるしかないか。
そんなこんなでデートの時間となった。
朝まで小屋で一緒に寝ていたのだが途中でいなくなった。
リーリアが言うには、デートには待ち合わせが必要だとか。
……絶対シャロの差し金だろう。いろいろと吹きこんだに違いない。
俺の服装は以前フォレストエッジで買ってもらった服だ。
前に着ていた服はボロボロだったので捨ててある。
うーん、こんなことならもう一着欲しいな……ここぞという時に着る一張羅が欲しい。
とはいえ自分で買いにいけないのだから誰かに頼むしかない。そして自分のお金の持ち合わせもない。
「うーん、どうにも格好がつかんな」
今、自分が幸せに生活できているのはリーリアや三人娘がいるからということを再認識する。
「せめて感謝の気持ちくらいは伝えようか」
そうだ。
今回のデートでリーリアに感謝を伝えよう。
それが俺のデートプランだ。
デートの待ち合わせ場所は石の小屋前だ。
現在小屋は二つある。俺とリーリアが住む石の小屋と三人娘が住む俺達が前に住んでいた木の小屋だ。今回の待ち合わせは石の小屋だ。
「待った~?」
元気な声と共にワンピース姿のリーリアが現われた。大変に可愛らしい。
ちなみに待ち合わせより大分早い時間だ。
「いや、今来たところだ」
「よかった~!」
手を後ろに回しもじもじとする。そして上目遣いに、
「ねえ、今日の服どうかな?」
「ああ、とっても似合ってて可愛いぞ」
「やったぁ!」
まるで恋人同士のようなやりとりをして自然と手を繋ぐ。
……まあ身長差がすごいので完全に親と子だけどな。
「今日はね! 二人で行きたいところがあるの!」
「ほう、どこにいきたいんだ?」
「うんとね……ヒ・ミ・ツ!!!」
「そ、そうか」
人差し指を口に当てウインクをするリーリア。
……シャロのやつ、なんてあざとさを教えやがった。
あとで説教だな。
まあ、リーリアがやると可愛いけどな!
「じゃあいくか?」
「うん!」
二人で歩き出す。
いくかとは言ったもののプランがない。
どうしようか悩んでいたら、
「おと……ベアルさん、まずは魔獣園にいかない?」
今日はお父さんという呼び方は封印しているらしい。しかしベアルさんという呼び方はむず痒いな。
「魔獣園? 魔族大陸にある珍しい魔獣を見られる場所か?」
魔族大陸には町全体で魔獣を管理していて、観光で生計を立てている所がある。
通称"魔獣園"と呼ばれていて、魔獣に芸を仕込んだり、凶暴な魔獣を見世物にしたりしているのだ。
「そうそう! そこ!」
「そうだな、いずれは二人で行ってみたいもんだが……」
「ううん、違うよ! この島にもあるの!」
「な、なんだと!?」
え、本当に知らないんだが。
もしや俺の知らぬ間に開園していたのか。
……ってそんなバカな。
疑問に思いながらもリーリアが俺の手を引っ張る。
そしてたどり着いたところは……。
「ここが魔獣園だよ」
「……なるほどな」
目の前にはドデカイ魔獣がいた。
「なんだ? 我に何か用なのか? リーリアにここにいろと言われたのだが」
ただのリヴァイアサンだった。
「確かに忘れていたがこれは珍しい魔獣だな」
「でしょう? すごいね大きいね」
「そうだな。しゃべるし、それにすごい水魔法が得意そうだ」
「ねー! ほらあの顔なんてドラゴンみたい」
「だなー鱗なんて150万ゴールドで売れそうだ」
「…………なんなんだお前らは馬鹿にしているのか?」
不信な目を向けてくるリヴァイアサン。
まあそうだろうな!
「ふんっ! 我はもう行くぞ!」
不快に思ったのかリヴァイアサンは海に潜っていってしまった。
「いっちゃったね……」
「そうだな……」
うーん、ふざけすぎたか?
リーリアを見ると案の定、やっちゃったーって顔をしている。
仕方ないな……今度勝負をしてやろう。勝負好きなあいつなら機嫌も良くなるだろう。
「うう……次にいこ!」
「そうだな、今度はどこにいくんだ?」
「先端!」
「ああ、あそこか」
釣りの絶好ポイントである。
ということは釣りでもするのかな?
ゆっくりと歩き出す。
手をぶんぶんと振りながら気分を上げている。
天気もいいし昼寝したら気持ちいいだろう。
「うむ、今日は楽しいな」
「ほんと!?」
「ああ、本当だとも。最近はあいつら三人娘が来て騒がしかったからな……ほら、今日もシャロとかがさ──」
「他の女の話はしないでっ!」
えー!? 突然そんな?
しかし他の女って!
リーリアはプンプンと怒っている。
「あ、ああ……すまん」
「ううん、分かってくれたらいいの。今日は私だけを見てね」
にこっとすぐに笑顔になった。
あーこれはシャロの仕込みか。
最近、リーリアはどんどん色々な言葉を覚えていく。
それが良い事か悪い事かはともかく、お父さんは心配です。
しかしシャロめ……。
今頃ニヤニヤと笑っているに違いない。
「それよりもう目の前だよ! いこう!」
「ああ、そうだな」
島の先端にたどり着く。
そこには既に誰かいた。
「あ、みて、あそこに釣りしてる人がいるよ! ちょっと聞いてみよ!」
「いや、あれはジェラなんだが……」
なんか今回のデートはどんな感じなのか分かった気がする。
どうやら俺達以外はモブらしい。
「あのーすみません、釣れてますか?」
リーリアがたずねると、ジェラは振り返った。
「いやー釣れませんにゃー。この釣り場はあたしには難易度が高すぎますにゃ」
「なるほどーそうなんですかー」
ジェラもジェラでとぼけた演技をする。
ていうか棒読みだよな。
「おや? 彼氏さんは釣りが上手そうな顔してますにゃ。これは彼女に釣りの腕を見せるときがきたのかも知れないですにゃ」
「えっ……ベアルさん釣りできるんですか?」
「まあな」
「わあ、楽しみ!」
仕方ないので俺もこのノリに合わせることにした。
すごい大物を釣って驚かせてやろう。
「いくぞ」
魔力探知、そして魔力の糸を出す。
すぐにお目当ての気配を察知した。
クイッ!
流れるようなスピードで一連の動作をこなす。
次の瞬間には巨大な魚が宙を舞った。
「はやいにゃ!」
「さすがベアルさん!!」
ピチピチと跳ねる魚にジェラが駆け寄った。
「こ、これはめちゃくちゃ美味いクロマグリーじゃないかにゃ!? 市場に出れば一柵10万ゴールドは下らないという高級魚じゃにゃいか!!!」
「え……そうだったの!? 普通に食べてたんだけど……」
「……ほう」
まじか。
俺も知らなかったんだけど……。
美味いとは思っていたがそんな高級魚だったのかよ。
……でもこいつは残念ながら魔力量が少ないからあまり食べてなかった。
そんな魚を食卓に出すほど俺はあまくないのだ。
「ダンナ~! このお魚食べたいにゃ!! あたしにゆずってくれにゃ!!!」
俺の足に抱きつきスリスリと頬をすべらせる。
そ、そんなに食いたいのかよ。
「……ていうかジェラ、素に戻ってるぞ」
「にゃ!?」
「ジェラ……今日は手伝ってくれるって言ったのに!」
「にゃは、にゃはは! すまんにゃ! つい本能がでちゃったにゃ」
何事も無かったかのようにスッと立ち上がりコホンと咳払い。
「……あたしは釣りを始めて30年、こんな大物初めてだにゃ……完敗にゃ!!」
「ベアルさん素敵! 一生ついていきます!」
なんともいえない演技だが褒められるのは悪くない。
仕方ないこの魚はジェラにやるか。
「この魚食っていいぞ」
「!!! 本当かにゃ!? ありがとうにゃー!」
言うが早いか、魚を担いでそそくさと立ち去っていった。
「もう! ジェラったら!」
「まあいいじゃないか、そんなに怒っていたら可愛い顔が台無しだぞ」
「えっ、お父さん!?」
「なんだ、ベアルさんって呼ぶんじゃなかったのか?」
「あ……うぅ」
困ったような恥ずかしいような顔をして俯いてしまった。
可愛いやつめ。
そんなリーリアを撫でてやる。
「これから行く場所はあるのか?」
「え……あー、まだちょっと早いかも」
「そうか、じゃあ少しゆっくりしよう」
「うん!」
俺達は海を眺めながらゆっくりと腰を下ろした。
波は穏やかで少し暖かい風が頬をくすぐる。
穏やかな時間が流れ、隣に座っているリーリアの頭が俺に触れた。
どうやら眠ってしまったらしい。
そのまま横に寝かしつけ膝枕をした。
とても幸せそうに寝ているのであった。
──そして時間は夕刻。
「あぁぁぁああああ!!! もうこんな時間になってる!! お父さん起こしてくれればよかったのにぃ!!!」
目覚めて開口一番、綺麗な夕焼けを見てそう叫んだ。
「すまん、気持ちよく寝ていたから」
「うぅ……でもまだやりたいことが……」
「俺達の時間はたっぷりあるだろう?」
「てことはまたデートしてくれるの?」
「もちろんだ」
「やった! お父さん大好き!」
もうすっかりお父さんに戻ってしまったな。
よし、感謝の言葉をいうなら今だろう。
「なあリーリア」
「お父さんなに?」
「5才の頃の約束おぼえてるか?」
「もちろん! お父さんとずっと一緒にいるって約束した!」
「ああ、その約束なんだが──」
「……えっ」
途端に悲しそうな顔をするリーリア。
ああ、違う。そんな顔をさせたいのではない。
「勘違いするな。もちろんずっと一緒だ」
「あ……よかった」
「リーリアはその約束のために頑張ってくれている。それは近くにいる俺がよく分かっている」
「うん! もちろんだよ! お父さんと一緒にいるためには強くならないと──」
「そこだ!」
「えっ?」
続きを言う前に発言を止める。
リーリアは大きな勘違いをしている。
まあこれは昨日ナルリースに言われて改めて思ったことだ。
「俺は別にリーリアが弱くてもずっと一緒にいるつもりだ。だから普通の女の子として生活してもいいんだ」
「え……でも」
「いや、そもそも既に一緒に行動できる強さは手に入れている。だからこれからはジェラとかと一緒に遊びにいったり、町で女の子としての楽しみをどんどん見つけていいんだぞ」
まだ8才なのだ。
遊び盛りの女の子なんだ。
訓練ばかりでなく、もっと普通の女の子としての楽しみを見つけてもいいはずだ。
今なら三人娘たちがいる。
もっともっと遊びにいっていいと思うのだ。
だけれども俺に近づきたいばかりに訓練に明け暮れてしまっている。それではいけない気がした。
「お父さん」
「うん?」
「昔の約束。もう一度しよ!」
「え?」
リーリアは俺と向かい合った。
そして俺の手を取る。
「私はお父さんが大好き! 誰よりも大好き! 封印が解けた後もずっとずっとお父さんから離れません! だからずっと一緒にいたいんです! どんな時だって私はお父さんの隣を歩きたい! だからどうか私をもっと鍛えてください!」
握る手に力がこもる。
ああ、そうか。
またやってしまったか。
俺はまた自分の考えを押し付けようとしていたんだな。
良かれと思って考えた事も結局は自己満足だったのか。
勘違いをしていたのは俺のほうだった。
リーリアは本当に……ずっと俺の隣にいたいのだ。
一緒に冒険者をやるのもいいだろう。
商売をするのかもしれない。
きっと旅にもでるだろう。
そうだ、そのとき隣にいるのはリーリアなのだ。
他の誰でもないリーリアだ。
「すまん、ありがとう」
「ううん、どういたしまして!」
「……それじゃあ、もっともっと厳しくしないとな!」
「うん! 望むところだよ!」
夕日が水平線にしずむその時まで、俺達は手を繋いでいたのだった。
────そして4年が経過した。




