31、ナルリースの決意
「……ありがとうございます」
軽い火傷を負っていたナルリースをヒールで治してやった。
火傷は治ったが少なからずショックを受けているようだった。
というのも結局インフェルノに耐えきることができず俺が助けてやったのだ。
どうもそれがショックだったようで落ち込んでいた。
「私って弱いんでしょうか……」
独り言ともとれるくらいに弱弱しい声でそう呟く。
「いや、けして弱くはない。リーリアが強いだけだ」
「それは……わかっているのですが」
ちなみに今、リーリアは近くにはいない。
ジェラと先ほどの戦闘について熱く語っていた。
「あいつは特別だ。赤子の頃から俺が強くなるように育てたんだ、それに才能もあったし努力も惜しまなかった。だから強くてあたりまえなんだ」
「それは感じました。リーリアはあんなに強いのにまだまだ先を見ています……ベアルさんという背中を追っているのです。それは強さもそうですが愛情も関係してるのだと思います」
「愛情……?」
突然へんなことを言う。
愛情はもちろん注いでいるつもりだ。
だがそれと強さは別ではないのか?
「はい愛情です。リーリアは愛情に飢えているのです……それもベアルさんからの愛情にです。だからベアルさんに見捨てられないように必死に強くなっているのでしょう」
なるほど。
それはあるのかもしれない。
「だからでしょう……私の事をよく思ってないんです。私は弱いのにベアルさんのことを……えっと、その……横に並ぼうとしているのでそれが許せないのだと思います」
「……なるほどな、それでよくナルリースにあたっているのか」
「はい」
リーリアはナルリースに冷たいと思うときが最近あった。
というかリーリアからはナルリースにあまり話しかけない。
最初のときはそんなことは無かったのだがここ最近はそうだった。
「だからという訳ではないですが私は強くなりたいんです。それに強くならなければいけない目的もあります」
「そういえば強くなる目的があると言っていたな」
「はい……その理由をお話しようと思います」
「いいのか?」
「今回の模擬戦で私は弱いんだってことを再確認しました。だから決意の意味も込めて……聞いて欲しいんです。もちろんリーリアにも」
俺はナルリースの目を見つめる。
その瞳には確かな決意が宿っていた。
「……わかった、聞かせてもらおう。 ──リーリア!」
俺が呼ぶとリーリアがぴょんと飛び跳ね走ってやってきた。
続いて一緒に話していたジェラもやってくる。
そんな二人の様子を見ていたのかシャロまで来た。
全員集合である。
「なになに~? 模擬戦大会おつかれさまでした会でもするのぉ?」
相変わらず間の抜けた声で適当な事を言うシャロ。
だが俺がナルリースの真剣な顔を見ろと、顎をしゃくって合図すると、空気を悟って静かになった。
「ジェラ、シャロ。私の生い立ちをベアルさんとリーリアに話そうと思うわ」
そう宣言すると、二人はお互いを顔を見あい、
「ナルリースがそう決めたのなら問題ないにゃ」
「そっかぁ……まあいいんじゃない~」
二人は肯定した。
ナルリースは一呼吸おいた後に語りだした。
「私の母アルリルは……現国王エルサリオスの許婚だった人です」
「なっ!」
母が許婚ということはナルリースはお姫様ではないか。
いや? だった人?
「はい、お察しの通り私はエルサリオスの子供ではありません。私は人魔族との間に産まれたハーフエルフなんです」
「そうだったのか」
わからなかった。
元来ハーフエルフは髪色や目色など変わるはずなのだが……ナルリースは純粋なエルフとなんら変わりない。
「そう、私は見た目的にはエルフです。ですが紛れも無く人魔族の血が流れています。その証拠に……」
ナルリースが手をかざすと火炎球が目の前に現われた。
「なるほど……確かに魔族の血が流れているな」
純粋なエルフは火の精霊と契約ができない。それはエルフは森の民であり木の精霊と密接な関係にあるからだ。
そのせいでエルフは火の精霊とは馬が合わない。
だがそこに魔族の血が入ることで火の精霊とも契約できるものも現われる。
「今まで使わないでいたんだな」
「はい……見られてしまえば私がエルフでないと気付かれてしまいますので」
エルフ王国ではハーフエルフに人権はない。
だから内緒にするのは正解だ。
それがフォレストエッジという町であってもエルフ領であることには変わりない。ばれて得をすることはないのだ。
「しかし……ではなぜずっとエルフ領に留まっていたんだ?」
俺は疑問を投げかける。
魔族大陸にはハーフエルフはたくさんいた。わざわざエルフ領に留まることはない。
だがナルリースは首を振ると、
「その答えに行く前に順を追って話そうと思います」
「ああ……すまん先を急ぎすぎた」
そうだった。まずは現王のエルサリオスとのことだ。
「私は物心ついたときには小さな小屋で住んでいました。それは王国からずっと離れた場所にある小屋です。そこで母と父と不便ながらも幸せに過ごしていました」
ナルリースは天を仰ぐ。
その表情は一瞬和らいだが、すぐに悲しい表情になった。
「しかしエルサリオスは母を許しませんでした。ある日どこから嗅ぎつけたのか小屋は見つかり……私は襲撃を察知した母に床下に押し込まれました。私は床下の隙間から息をひそめ様子をうかがっていました……そしてエルサリオスが小屋に押し入り──父は目の前で殺され、母はエルサリオスに捕らえられました」
「そうだったのか……」
……思い出しているのだろう。
まぶたに涙を滲ませながら、悔しそうにこぶしを握っていた。
目の前で大好きな人が殺されることはどれほど悔しいだろう。
もしリーリアが俺の目の前で殺されたとしたら……。
すべてを滅ぼすかもしれない。こんな世界はなくなってしまえばいいと。
想像するだけでもこんなに苦しいのだ。ナルリースの感情は俺には計り知れない事だ。
少しの間、静寂が訪れる。
聞こえるのはむせび泣く声のみ。
俺は静かに待った。
「ごめんなさい、話を続けますね……エルサリオスは私の存在を知りませんでした。子供が生まれていたとは思いもしなかったのでしょう。母を連れ去って出て行きました……残されたのは私と無残にも殺された父だけ」
……そこからの話は聞くに耐えない内容だった。
何も考えられないまま数日が経過して、父が腐り、虫が湧き、どうすることもできずに時間だけが経過したんだとか。
何日、何十日経過したかわからない。そのへんの記憶は曖昧らしい。
生きていればお腹が空く。
そんな状況にいても生きるために食べないといけない。
本能のままにしばらくは動いた。
気が狂っていた。
虫を食らいそして吐いた。
そうして数日が経過したころ、足音が聞こえたらしい。
ナルリースはエルサリオスがやってきたと思い物陰に隠れた。
だがやってきたのはピチピチの服をきたじいさんだったとか。
そう、ギルド長ディランである。
ナルリースはディランに保護され、フォレストエッジへとやってきた。
そして母を取り戻すために強くなろうと決心したんだとか。
フォレストエッジに住み、エルフの王国の動向をさぐりながら修行をして強くなっていった。
他の国に逃げなかったのはディランの存在もさることながら、なにより母を置いて遠くに行きたくなかったからだ。
だが強くなるという目標はあるが、相手は英雄エルサリオス。並大抵ではない努力をしたとしても届くかどうか分からない相手である。
もう形振り構って入られないと、俺の弟子になることを決意したらしい。
ここまで一気に語ると静寂が訪れた。
そうか……。
大変な思いをしてきたんだな。
しかしエルサリオスがそんなやつだったとは。
エルサリオスは俺を封印した張本人だ。正直大嫌いである。
高飛車で傲慢で、人間の勇者には高圧的に、竜王には媚びへつらう。そんなクソみたいなやつだった。
今でも思い出す……俺を封印した間際の高笑いを。
俺はいらっとしてきてしまい、地面を思い切り殴った。
衝撃であたりの砂が吹き飛び小さいクレーターができる。
まわりには砂まみれになってしまった者達が4名。
「あ……すまん」
「いや……ダンナ、リースのために怒ってくれてありがとうにゃ」
「本当に最低なやつだよねぇ。あー胸糞悪い」
シャロが真面目に悪態をつく。それほどまでに怒っているのだ。
「ナルリース、よく話してくれた。俺もエルサリオスには借りがある。だからナルリースを全力で手助けすることを約束しよう」
「! 本当ですか!?」
「ああ……俺はエルサリオスの実力を知っている。だからこれからはもっと厳しくするぞ? そうしないと追いつけないからな」
「はい! むしろこちらからお願いしたいくらいです! よろしくお願いします!」
ナルリースがやる気に満ちている。
本当は俺自身がエルフの森にいければいいのだがそれは無理だ。
ならば鍛えるしかない。
エルサリオスよりも強くするのだ。
何年掛かるかはわからない……だがここには強者となりえる存在が4人もいる。
一つ疑念があるとすれば……ナルリースの母、アルリルの存在だ。
エルサリオスの性格を考えるとアルリルが無事だとは思えない。
許婚が寝取られたんだ。プライドがゆるさないだろう。
だから父親を殺し、アルリルを連れ去った。
そして連れ去った後は……。
だが今のナルリースにそんなことは言えなかった。
信じているのだ。母が無事でいることを。
だから俺も疑念を捨てよう。生きているのだと信じよう。
「地獄の特訓改のスタートだ」
不気味に笑う俺と、やる気に満ちている顔が3名、真っ青になっている人物が1名。
「僕はこれ以上強くならなくてもいいよぉ~!!!!」
島に悲痛な叫びが響き渡るのだった。




