3、リーリア
「たあっ! はあっ!」
島に元気なリーリアの掛け声とカンカンという打撃音があたりに響き渡る。手に持っているのは木を削って作った木刀だ。
「よし、いいぞ! いい太刀筋だっ! ──だが」
俺は木の枝で軽くいなしながら、左手をリーリアに伸ばした。
ペシッ!
「いたぁっ!」
デコピンされ、その場にうずくまる。
「いたいよぉおとうさん!」
リーリアはそう言うと、おでこを押さえながら涙目で訴える。
その様子を見ながら俺はやれやれと言う様に肩をすくめると、
「言っただろう? 攻撃するのも大切だが相手の次の攻撃も予測するんだ、常に考えながら戦いをするものだ」
「ほんとうにみんなそんなことできるの……? むずかしすぎるよぉ」
涙目だった顔が今度はすねた様に頬をふくらませ、下を向いて砂に指を突っ込み始めた。
俺はそのコロコロ変わる子供特有の行動や表情が好きでたまらなかった。
別に意地悪で指導をしてる訳ではないのだが、こうも素直だとついついからかいたくなってしまう。だがここは我慢だ。
「そうだな、強い奴は皆できる。実力の差があれば力で押し切れるが、拮抗している相手だとその差で決まるといっても過言ではない」
「おとうさんのいってることもよくわからない……」
「う、うーん……つまりそれができればより強いってことだ」
「そっか! わかった! わたしつよくなる」
最後の強いって部分しか分かってなさそうなリーリアは、ぴょんと立ち上がりやる気に満ちた顔をしている。俺は仕様がないなと肩をすくめるが、その顔はにやけていた。
「よし! もう一度かかってこい!」
「うんっ! たああぁぁぁ!!」
リーリアは負けず嫌いなのかもしれない。
何度打ちのめされても臆せずに立ち向かってくる。
それに学習能力もある。先ほどから闇雲に突っ込む事はしてこない。
動きをしっかりと見て対応しようとする様子がわかる。
俺は本気を出さずにゆっくりと動いているとはいえ、3歳という年齢に対して俺の動きはかなり速いといえる。
単純に自分の5歳の頃の動きと比較してリーリアには剣の才能があるといえるだろう。
そんなことを考えてたら、
「──そこっ!」
「むっ!」
俺の上半身が伸びきったところで、リーリアがスライディングするように足元に滑り込んでくる。
その瞬間、足に軽い衝撃が伝わった。
下を向くとスライディングしたまま仰向けの体勢でニヤニヤしている子が一人。
「おとうさんしんじゃったね!」
俺は無言で仁王立ちしているような状態からゆっくりと足を動かすと、一拍置いてからリーリアのおでこにこつんと棒を当てる。
「わー! したいになぐられたー!」
キャッキャと騒ぎ浜辺を走り回る。
「うぉ!!! ゾンビだぞぉぉぉぉお!」
「あはははは!!」
一頻り走り回った俺たちは並んで横たわっていた。
「さっきのは良い攻撃だったぞ……でもニヤニヤしてないでしっかりと回避行動もとりなさい」
「はーい、でもおとうさんにあたったのはじめてだったからうれしかったー」
「ああすごい成長だ」
そう言ってリーリアの頭を撫でる。
えへへと嬉しそうにしていた。
一般的に考えれば俺の指導は3歳児に対して厳しいのかもしれない。しかし子育てしたこともなく、誰にも聞くことができないこの環境では俺が決めるしかない。
最初は俺も悩みに悩んだ。育成方針なども考えはしたが、答えの出ないことなど考えても意味ないと思い始め、結局自分の思うように育てることにしたのだ。
俺は自分のすべてを教えることにした。言語や世界の知識、剣に魔法、それに自分の生い立ちやこの場所にいる理由など。……まあすべてを教えるにはまだまだ時間が掛かるだろう。
リーリアは俺にとっては女神みたいなものだ。
なんの希望もなく島で暮らしていた俺に癒しと楽しみを与えてくれた存在。
そんなリーリアをこの世界で自由に不自由なく生きていけるように育てようと決心した。
正直にいうと島からでていって欲しくない。俺が出て行けないからな。
このまま育っていけば島の外に興味を持ってしまうかもしれない。そんな時に力があれば出て行くことは容易だろう。
始めは何も教えずに俺がいないと生きていけない子にしようかとも思った。そういう欲望がなかったといえば嘘になる。
でもそんな事をしたら不意に現われた魔獣にやられるかもしれない。結界は何故か魔獣は通してしまう。前に空を飛ぶ魔獣がやってきた事もあった。もちろん一瞬で丸焦げにしてやったが。
そんな理由もあり、リーリアには剣の訓練をさせることにした。
リーリアが来るまでは朝の浜辺探索以外は殆ど動いていなかったので丁度いい運動不足解消になる。
それに日々のリーリアの成長もいまや俺の生きがいだ。
綿のように何でも吸収して力にしていくのは教えていて気持ちがいい。
もしかしたら俺の幼少期よりも優秀なのではと思うほどだ。
日も傾き始め焚き火が恋しくなる時間になった。夕食の準備をしないといけない。とは言っても、ここは何もない島なので簡単な料理しかできないが。
「そろそろ終わりにしよう。薪を取ってきてくれ」
「はーい」
いつものやりとり。俺は海に手を向ける。
「アイスランス」
俺の目の前に巨大な氷の槍が現われる。
「はっ!」
掛け声と供に巨大な氷の槍は分散し、その数は数百ほど。
それを気配のする場所へと放つ。
するとかすかな手応えがあった。
「よし、これはなかなかだな」
分散させた氷の槍一つ一つに魔力の糸を繋いである。
あとはこれを手繰り寄せるだけだ。
氷の槍の先には魚の魔獣が刺さっていて絶命していた。
「おとうさんはやっぱりすごい……」
薪を取ってきたリーリアは見惚れるようにその様子を眺めていた。
「リーリアもそのうち出来るようになる」
「ほんとうっ!?」
「ああ、今度教えよう」
「やったー!」
■
「リーリア、ちょっと来なさい」
夕食時焚き火の前で、しとめた魚魔獣を焼きながら膝をパンパンと叩く。
「はーい、おとうさんどうしたの?」
素直なリーリアはちょこんと俺の膝に座った。
「今日は渡したいものがあるんだ」
そう言うと背中に隠してあった木版画を取り出す。
「わあ! すごいなにかかいてある!」
リーリアは目を輝かせ木版画を手に取った。
中心に大きく角の生えた魔獣みたいなものがいて、それを盾を持った人、マントをつけた人、耳の長い人、ドラゴンが囲っているといった絵だった。
「おとうさん、まんなかのこれはなに! それにこのひとも! このまじゅうみたいなのは?」
リーリアは興奮した様子で頬が高揚していた。
「これは大昔に突然現われた厄災の魔獣を倒したときの絵だな。真ん中の角の生えたやつが魔獣で、盾を持っているのが人間の勇者、このマントを着けているのが魔王で耳の長いのがエルフ、そしてこの魔獣みたいなのは竜王だ」
一通り説明し終わるとリーリアは食い入るように木版を見続け、「さいやくのまもの! ゆうしゃ! まおう! えるふ! りゅうおう!」と指を指しながら繰り返していた。終始笑顔だ。
どうやらサプライズプレゼントは気に入ってくれたようだ。そう、これは俺が彫ったものだった。こんなに喜んでくれたのだから、夜な夜な頑張って彫った甲斐があるというものだ。
この島は人の文化がなく、絵というものが存在していない。美術という観点でこの島にある物といえば、俺が暇つぶしに作った彫刻が小屋に飾ってあるくらいだ。リーリアはこの彫刻を大変気に入っていたので、今回の木版画もコレクションに加えるのは明白だろう。
この日の夕食後の雑談はもっぱら木版画のことで、リーリアが興味津々に次々と質問をしたので、俺の知っている昔話を話してあげることにした。
────昔々、4つの王がいた。
ドラゴンの王。魔族の王。エルフの王。人間の王。
それぞれが皆、いがみあっていた。
そこにどこからか恐い魔獣がやってきた。
魔獣はとっても強くて誰も敵わなかった。
4つの王は話し合って協力して倒すことにした。
それでも魔獣は強かった。
最初に人間の王が守りを突破されて倒れた。
次に魔族の王が魔力を使い果たし倒れた。
最後にエルフの王が強力な魔法で魔獣と相打ちとなった。
ドラゴンの王は強靭な鱗と強力なブレスでなんとか生き残った。
こうして魔獣は倒され世界に平和がおとずれた。
「──とまあ、これは争いは災いを呼ぶという教訓の昔話で……」
……やけに静かだなと思ったらリーリアは気持ちよさそうに眠っていた。
俺はそっと抱きかかえると、火を足で消し小屋へと向かうのだった。
翌朝、ベアルは腹に感じる重みで目が覚める。
「おとうさん! わたしにーずへっぐになる!」
どうやら昨日のプレゼントはリーリアのやる気につながったようだ。……ちょっと方向性は違うけれども。
「人間はドラゴンにはなれないんだが……」
「やっ! なるもん!!」
「ぐえ」
そう言うや否やベアルの腹からジャンプして飛び降りる。
「しゅぎょうしよう! しゅぎょう! がおー」
「……朝飯食べたらな」
どうやらこれからは火を噴く修行もしなければならないようだ。