26、自己紹介
まずは荷物を置いてもらうために小屋に案内する。
正直ぼろぼろで恥ずかしいのだが、ここしかないので仕方が無い。
しかしここに5人では手狭だな……新しい小屋でも作るしかないか。
案内している間に後ろを振り向くが三人共黙ってついてきている。ちなみにリーリアはずっとしがみついていた。
お父さん成分が不足したとかなんとか。可愛い子だ。
そして見慣れた小屋へとたどり着く。
「みんなお疲れだろう。まずは飯でも食べてゆっくりと話そうか。ご覧の通り何も無い島なので、野蛮な作法で申し訳ないのだが、焚き火を囲んで食べるのがこの島でのやり方だから我慢して欲しい」
そう言って焚き火の周りに座る。リーリアも俺の隣に座った。
三人はおずおずと焚き火を囲み、思い思いの場所に座る。
「では、まず最初に言っておくことがある」
俺が発言をすると、ごくんとつばを飲む音が聞こえた。
うーむ、なんか空気が重いな……最初にやりすぎたのか?
だがもう遅い。仕方なしに発言を続ける。
「方法は言えないが、俺はリーリアの行動が見えていた。だから君達のことは知っているし、どうしてここに来たのかも知っている」
すると「えっ」と驚愕の表情をしてリーリアの顔を見た。
リーリアもコクンと頷く。
そしてまた俺の顔を見て、二人ほど顔を赤くした。
「三人とも強くなりたいってことでいいんだな?」
俺の真剣な問いに三人は姿勢を正すとコクリと頷き、
「私の我がままを聞いていただきありがとうございます……すみません理由もいえないのに弟子になりたいなどと、図々しいにも程がありましたよね?」
「……誰にでも言いたくないことはある。だが強くなったらエルフの王国に案内してくれるのだろう? このことは俺達にとってすごく重要なことだ」
「はい、それはもちろん約束ですので! 今の私では……やつに…………」
最後の方は歯切れが悪く聞き取れなかったが、まあ色々あるのだろう。
そこは触れないようにする。
ふと空気が重くなる。ジェラとシャーロットは事情を知っているだろうから下手な事は言えない。
そんな時、すぅーっとジェラが立ち上がった。
「にゃはは! あたしがこの島に来た理由は知ってるのかにゃ!」
「……ああ、知ってるぞ。リーリアとの戦いは中々よかったぞ」
「にゃはは! それは都合がいいにゃ!」
ジェラは斧を構える。
斧だけは小屋に置いてこなかった。もともと戦うつもりだったのだろう。
「ジェラ! やめなさいよ! 見たでしょあの魔力を!」
「まったく命知らずだねぇ……本当に戦いしか脳がないんだから~」
そんなジェラの行動に二人とも普段の様子に戻ってきていた。
俺も戦いは嫌ではないし、丁度良いタイミングだったのでナイスと思いながら、立ち上がり距離を取る。
ジェラも続いて、焚き火から離れた場所で向かい合った。
「軽くもんでやる。いつでもいいぞ」
「ではお言葉にあまえるにゃ!!!」
魔力全快で突進してくる。
小細工はないようだ。
「魔力全快からのおぉぉぉぉ!! ────火炎大伐採!!!!」
リーリアとの戦いで見せた技だ。これが切り札なのだろう。
俺は魔力で斧を軽く包み込む。
すると振り下ろしていたジェラの斧がぴたりと止まる。
「にゃあ!? 動かにゃいにゃあああ!!!!」
「ふ……終わりか?」
「にぎぎぎ! まだにゃあ!!!」
斧から手を離すと、パンチを繰り出した。
俺はそのパンチを避けると、そのまま腕を掴んでぶんなげる。
「にゃああ!!」
投げ飛ばされるジェラだが、空中で回転すると綺麗に着地した。
「接近戦も隙がないにゃ」
「まあな、だが魔法もまだ使ってないぞ?」
「にぎぎぎ!」
悔しそうに歯をギリギリする。
そして「ふぅ」と脱力したかと思うと、魔力が今まで以上に高まった。
「こうなったら奥の手にゃあ! あなたになら使っても大丈夫にゃ!」
む? これは!
獣人族の奥の手、獣化だ。
その姿はみるみるうちに猫獣の姿と化していく。
体は膨れ上がり、元の大きさの1.5倍ほどの大きさとなった。
四足歩行となり、毛は逆立っている。
ジェラは動いた。
それは疾風のように早くそしてしなやかだ。
直線的な動きではなく捕らえにくい。
いうならば"黒いかまいたち"のさらに上位互換のような動きだった。
あっという間に俺にその鋭い爪が襲い掛かった。
────だが、
「まだまだ遅いぞ!」
爪の一本と指先でつまむとそのまま反対側へ放り投げる。
空中で回転して着地しようとしたジェラだったが、空中に停止している。
「爪に魔力の糸をつけた。これに気がつかないようじゃまだまだだ」
もがくジェラ。だが次第に魔力の糸がさらにからまっていく。
「もう終わりだ」
腕を下ろし、ジェラを地面へと叩き付けた。
「完敗だにゃ……」
リーリアがヒール使ってジェラは復活した。
他の二人からは呆れられていた。まさか獣化までするとは思わなかったようだ。
「満足したか?」
「したにゃ……そしてもっと強くなるって決めたにゃ!」
腐らなかったのはいいことだ。リーリアと一緒に研鑽してもらわなくてはな。
「すみません。自己紹介とかもまだでしたのに……」
申し訳なさそうにナルリースが代表してそう言う。
耳は垂れており伏せている顔は本当に申し訳なさそうである。
「いや、大丈夫だ。なかなか楽しかったぞ」
実際に戦ってみて分かったが、ジェラはさらに強くなれると確信した。
基礎をもっと鍛えなければならないだろう。
「あの、私から自己紹介をしてもよろしいですか?」
俺は頷いた。
「私はナルリース。エルフの王国出身で……知っての通り現在はフォレストエッジで冒険者をしております。えっと……得意な料理は魚とキノコのアヒージョです」
この自己紹介にジェラとシャーロットは、「なんで得意な料理なんていうのにゃ?」「お見合いですかぁ?」と小さな声でちゃちを入れた。
その結果、ナルリースは真っ赤になりうつむいてしまう。
……うむ、緊張しているのは分かった。
ついつい得意な料理とか言っちゃう事はあるよな……いや、ないか。
「じゃあ次はあたしにゃ! ジェラにゃ! 得意な料理はないにゃ!!!」
なぜか自信ありげに無いといいのけた。
ていうか料理の事かぶせてくるのかい!
案の定ナルリースをからかうように脇をつついていた。
「次は僕かなぁ……シャーロットで~す。シャロって呼んでねぇ。得意な料理なんだけどぉ、こうみえて何でも作れちゃいまーす」
シャロか……しかし相変わらず気の抜ける声だ。でもどうやら意外と器用なようだ。
是非、リーリアと一緒に料理担当してくれると助かる。
……ていうかみんな料理の事を言ってきたな。
いじられすぎてうつむき真っ赤になっている。
少し可哀想になってきた。
おっと、俺も自己紹介をしないとな。
「────俺の名はベアル。リーリアの父であり、この島で封印されている元魔王だ」
魔王という言葉にピクリと反応する三人。
実はこの三人の反応を楽しみにしていた。
というのも封印されてから外の現状を知らないでいた。
ディランも俺のことがどうなっていたのか知らなかった。
なのでもしかしたら、この三人が何か知っているのではないかと思ったのだが……。
「魔王……でしたか。でも申し訳ありません……ベアルという魔王の名は知らないです」
気まずそうにそう言うナルリース。
助けを求めるようにシャロに視線を送る。
だがそれも虚しく、ふるふると顔を左右に振った。
ああ、なんというかやっぱり俺って無かったことにされてるんだな。
悲しくなりつつももっと事情を聞いてみた。
「シャロよ、魔族大陸では300年前の事はなんと伝えられているんだ?」
うーんうーんと悩んだ挙句、よくわからないというシャロ。
「僕の勉強不足かもしれないけどぉ……300年前って特に何もなかった気がするよ~」
だそうだ。
黒歴史ということだろうか。
まあ魔王となってすぐにあんな事をしたんだ。
歴史に汚点となったから抹消したのだろう。
深く考えない事にした。
別に知られていなくても困る事ではない。
それよりこれからのことだ。
「封印ってことは何か悪い事でもしたのかにゃぁ?」
ニヤニヤとそう聞いてくるジェラ。
さっきの戦いでいつの間にか、俺とジェラの間に緊張がなくなっている。ジェラにとって今日の敵は明日の友ってわけだな。
「まあそこら辺の話はとりあえずカニでも食べながら話そうではないか……うちの子がもう我慢できなさそうなのでな」
「待ってました! カニ大好き!」
ずっと目の前に置いてあるカニに、よだれをじゅるじゅるさせていたリーリアがさっそくカニに手を伸ばす。
それに習い、他の面々もカニに手を伸ばす。
俺とリーリアは手際よく殻を取るが、どうやらカニを食べた事がないらしく戸惑う三人。
リーリアが手本として割って見せ、するすると足の果肉を取り出す。
三人も見よう見真似でするすると取り出せた。
「ではいただきまーす!」
リーリアの一声。
がぶり
────そして一同は無言になる。
話そうといっていたのに無言だ。
それはなぜか。
皆、カニに夢中になっているからだ。
俺はリーリアに買ってきてもらった酒を片手にカニをつまむ。そして買ってきてもらった黒い液体につけて食べた。
これが絶品。
前の液体とは違うが、しょっぱさが強く味が濃い。
カニの淡白な甘みと液体が混じって極上の旨みへと昇華したのだ。
これは夢中になるしかない。
他の面々も同じで夢中になって食べる。
美味い料理に会話はいらないのだ……。
数十分後。満足した俺達がいたのだった。
リーリア達がこの島に到着したのが夕方であったためにもう夜も更けた。
封印については簡単に説明することにした。
300年前に何があったとか、そんな複雑な事は話してないが、簡単な経緯と封印の効果について伝えておいた。
話しを終えると、寝る場所がないことに気がつく。
「そういえば寝る場所がなかったな」
「あ、私達は押しかけたのですから、この焚き火の周りで寝ようと思います」
「うーむ、だが……」
大変居心地が悪い。
女の子達を外で寝かせて自分だけ小屋で寝るのは、俺の主義に反する。
「ベッドは人数分ないが小屋を使え。狭いが全員入るだろう。俺はここに魔法で小屋を作る」
「えっ?」
「ストーンボール」
ドスン!
巨大な岩を出現させる。
それを魔力操作で形を丸から四角に、中は空洞へと変えていく。
……まあ、簡易だが雨風は防げるだろう。
「……魔法にこんな使い方があるんですね」
ナルリースは感心している。
「適当だぞ?」
「いえ、その発想がすごいんです。先ほどの鳥といい、この家といい……」
「そ、そうか。褒めてもなにもないぞ」
「あ、すみません! そんな……私なんかが褒めるだなんておこがましいですよね」
「おこがましいとか、そんな事はないが」
「あ、はい……えっと、はい……」
なんかすごいぎこちない。
あれ、もしかして俺って怖がられてる?
うーん、もっとフレンドリーになって欲しいが……徐々になれるしかないのか。
何ともいえない空気が流れる。
「おーい、ナルリース! どこで寝ることになったにゃ?」
助かった。
この助け舟に乗るしかない。
「お前達は小屋を使え! 俺はこいつの中で寝る」
「おー! なんかできてるにゃ! すごいにゃ!」
近くに寄ってきて、べたべたと石の家に触る。
「器用だにゃー! ……あれ? ナルリースどうしたにゃ?」
「な、なんでもないわ! それじゃあすみません! おやすみなさい!」
小屋のほうへと走っていってしまった。
「どうしたにゃ? ベアルのダンナ、なにかしたにゃ?」
「いや、ただ会話していただけだぞ……っていうか旦那ってなんだよ」
「にゃはは! ダンナはダンナにゃ! なんかしっくりきたにゃ」
「はあ、まあ好きに呼べ」
「やったにゃ! じゃ、おやすみにゃー」
ジェラは誰にでもこんな風に接するんだな。
まあ気楽でいいか。
小屋へと向かう後姿を見ながらそう思った。
さて、俺も寝るか。
石の小屋へと入って寝ようとしたら、リーリアが先にベッドとなる場所に座っていた。しっかりと木の板と草が敷いてある……いつの間に。
「どうした?」
「久しぶりだからお父さんと寝ようと思って」
「そうか、じゃあ寝るか」
「うん!」
久しぶりに二人よりそって寝るのだった。




