243、まさかの再会
ミッシェルとの戦いが終わり小一時間。
俺の周りは姦しい喧騒に包まれていた。
「ねえやっぱりミッシェルの姿はどう見ても僕に似せてると思うんだけど~」
「何言ってるのよシャロ。この胸の小ささは私に似てると思うわよ」
「ナルリース……言ってて悲しくならないかにゃ? それにナルリースより全然大きいにゃ」
「ちょっと待ちなさい。よく見て見ると顔立ちが私に似てないかしら?」
「サリサよ全く似ておらんぞ。そんなことよりよく考えてみるのだ! 直前にベアルを助けたのは誰だ? そう我だ! ということはベアルの脳に焼き付いていたのは我だったはず。つまりこやつは我に似ていると思うのだ」
「レヴィア……長々と講釈を垂れているが、全然似てないぞ?」
ミッシェルの姿についてやいのやいのと盛り上がっている。
事の発端は、新しく作られたミッシェルの姿が俺好みなのではないかという、誰かの一言で起こった論争だ。
当の本人であるミッシェルは輪の中心におり、針の筵となっていた。
人の姿になり、神霊力のほぼすべてを俺に奪われたことで威圧感が消え、そこに残ったのは可愛らしい少女ただ一人。おもちゃにされない訳が無い。
ちなみに俺は精神、肉体共々限界を迎えていたのでリーリアの膝枕によって寝かされていた。
俺は大丈夫と言ってやせ我慢をしたのだが、それをリーリアに見抜かれた。
問答無用で寝かされて、頭はリーリアの膝の上だ。
それがあまりに心地よかったので目を瞑り、膝枕を受け入れていたのだ。
俺が動けないので女性たちは雑談をすることとなり、話題は必然的にミッシェルの事となったのである。
「んー僕は人の姿になったけど人の好みっていうのはわからないね。そんなに外見って大事なのかな?」
「大事に決まってるわ! 私は体はこんなだけど……顔は一番好みって言われてるもの」
ナルリースは自分でそう言いながらも照れたようで頬に手を当てた。
「ふうんそうなんだ。ベアルはその顔が好きなんだね……じゃあ僕の顔は好みではないってこと?」
ミッシェルは、どこからともなく鏡を取り出すと、自分の顔をまじまじと見た。
「ど、どこから取り出したのよそれ! でも……そうね。ベアルさんはわざわざ嫌いな顔にはしないでしょうから、ある程度は好みの顔にしたはず……ってミッシェルの姿がベアルさんの好みだとしたら私って──」
「大丈夫だにゃ。ダンナは女の好みで嘘をつくような男ではないにゃ」
「僕もそう思うよ~……っていうかよくよく見るとリーちゃんの顔に似てるかも?」
「全然似てないぞ! リーリアはもっと可愛いからな!」
シャロの言葉を即座に否定するアナスタシア。
リーリアの事となるとムキになるのは相変わらずだ。
「確かにどことなく雰囲気がリーリアに似てるにゃ。童顔だしにゃ」
「まあ、童顔と言われれば童顔だが……リーリアはさらに100倍は可愛い!」
「うわぁ~ダメだこの姉は…………まぁそれはともかく話変わるんだけどミッシェルの僕って一人称、僕とキャラがかぶってるからやめてほしいんだけど~」
アナスタシアに何を言ってもダメだと思ったシャロは、あからさまに話題を変える。
「僕は何億年も僕って言い続けてるんだから、どっちかというと君の方が後出しだよ。だから君が変えればいいんじゃないかな」
「うっ……何億年ってパワーワードすぎるんだけど~。仕方ない……僕はこれから『わっち』っていう事にするよ」
「なによそれ」
「魔族大陸東部にある部族の一人称だよ~知らないの?」
「そういう意味じゃないわよ」
シャロの発言にナルリースが呆れていると、ミッシェルはうんうんと感慨深く頷く。
「へえ、なんかそれいいね。じゃあ僕が『わっち』にしようかな」
「うわ~ボケにボケを重ねられた~……やるねミッシェル」
「うん?」
サムズアップするシャロに首を傾げるミッシェル。
どうやら何も分からずに本気で『わっち』という一人称が気に入ったようだ。
「はあぁ……あなた達ね、もし『わっち』に一人称を変えるのだとしたら話し方も変えなければダメよ。例えば……」
サリサが大きな胸を強調するように腕を交差しながら体をひねり、流し目をして、
「わっちに興味がありんすか? ふふふ、また今度にしておくんなんし────こんな感じかしら」
「おおー」という歓声と拍手が巻き起こる。
さすがはサリサである。これが大人の魅力というやつだ。
「なるほど、それは難しそうだね。やっぱり僕は僕のままでいるとしよう」
「そうだねぇ~僕たちにはまだ早いってことがわかったよ。うんうん」
ミッシェルは指を顎に当てて感心し、シャロは胸に手を当てて頷いている。
「はぁ……これから大変になりそうな予感がするわ」
ナルリースは頭を抱えてうずくまった。
……さて、そろそろ雑談もいいだろう。
俺は起きることにした。
「サリサ、今晩はその口調でよろしく頼むぞ」
「嫌よ! っていうか起きたのねあなた」
「お父さんもう大丈夫なの?」
「ああ、ありがとうリーリア」
俺は起き上がり、リーリアの頭を撫でた。
リーリアは嬉しそうに目を細める。
「さあ、そろそろ出現した部屋に向かおうか」
「部屋なんて出現してたんだ!」
リーリアはわくわくした表情で俺を見上げている。
俺は再びリーリアの頭を撫でる。
「ああ、このマップの丁度中央あたりだな。全員まとめて空間転移で移動するぞ」
「ちょっとべーさん移動する前に教えて欲しいことがあるんだけど~」
「なんだシャロ」
「ミッシェルの姿はどういった意向で作ったの~?」
シャロの発言に全員興味津々といった感じで俺に視線が集まる。
俺は少し考えてからこう答えた。
「ミッシェルは恋がしたいそうだから、それなりに可愛く造形したつもりだが、その姿が俺の趣味というわけではない。万人に受けそうな姿にしたまでだ。 ……ああそうだミッシェル。オリジナルの体をベースにして作ったから、違和感なく体を動かせるし、能力も使えるはずだ」
空間箱に圧縮されたミッシェルを人型に変えて出しただけである。
能力的なものは何一つ変わってないはずだ。
「な~んだべーさん僕たちの話を聞いてたんだぁ」
あからさまにがっかりする一同。
俺がもし寝てたのなら違った受け答えをしていたかもしれないな。
……あぶない。
実は俺としてもミッシェルの姿は想定外のものだったのだ。
あの時、ミッシェルを空間箱に入れて圧縮死させ、魂が分離する前に、『とりあえず人型』という考えだけで、咄嗟に作り出してしまったのだ。
その為、できた新ミッシェルはリーリアの雰囲気にかなり似たものとなってしまった。はっきり言って痛恨の極みである。
「まあな……いずれにせよミッシェルの姿は仮初の物だ。いつでも自分で姿を変えられるはずだからここから出たら自由に変えるといい。ていうかさっさと変えろ」
思わず語気が荒々しくなってしまった。
だが当のミッシェルはというと、
「せっかく君が作ってくれた体だからね。大切にしようとおもうよ」
「……そうか」
墓穴を掘った。
今更、リーリアに似てるから変えろともいえない。渋々承諾するしかなかった。
「まあ、お前は俺との約束もあるし、しばらくは俺達と行動を共にしてもらうぞ」
「わかってるよ」
本音は、「その姿でどこの馬の骨ともいえない輩に恋なんてゆるしません」なんだか、そんなことは言えるはずないので約束という制約を盾にして、恋はしばらくお預けにしてもらうことにしよう。
「約束ってなに?」
リーリアが俺の袖をクイクイと引っ張る。
「ああ、ミッシェルを復活させる条件の見返りは、お前たちの安全だ」
「なるほど……それは確かに心強いですね」
「味方になってくれるってことだったんだね」
「ってことは……もしかしてそういうこと?」
なにやら女性陣が何かに気付いたようで互いに目配せをしていた。
……え、何がどういう事なんだ?
俺はまったくわからないんだが。
何も分からないまま、物事が進んでいく。
女性陣でサリサが代表としてミッシェルに語りかけた。
「ねえミッシェル……恋をしたいって、もしかしてベアルとかしら?」
「うん、そうだよ」
……は?
……俺?
なんでそうなるんだ?
「はぁ、やっぱりそうだったのね。私はそうなんじゃないかって思ってたんです。だからレヴィアがミッシェルはベアルさんの体をのっとるつもりだって言った時、変だなって思ったんですよ」
「うん、僕もそれ凄い違和感を覚えてたんだよね~やっぱりそうだよねぇ」
ナルリースとシャロがちょっとドヤ顔でうんうんと頷きあっている。
この二人は他の皆と比べてミッシェルとの交流期間が長かったのでわかったのだろう。
「わ、我はそんなこと知らなかったのだ! ていうかベアルはなんで気付いてないのだ!? お主が一番気付かないとダメであろう!」
レヴィアがビシッと指先を突き付けてきた。
だが、すぐにリーリアが俺の前にかばうように立った。
「レヴィア! お父さんにそういうのは求めてはダメ」
「うむ、そうだったな。すまぬリーリア」
何故かすぐ和解する。
おい、ちょっと待て。
「おい、お前ら……確かに俺は鈍いかもしれないが今回のことは誰も気づけてなかっただろ!」
「僕とナルリースは何となく気付いてたけどね~」
「…………」
「お父さん……さすがの私もフォローできないよ」
リーリアの視線が厳しい。
ああ、この流れは完全にダメだ。
俺を玩具にしようと女性陣が完全に結束してしまっている。
こういう場合は話を変えるのが最善手だ。
「でもミッシェル、お前は俺を殺そうとしたよな? 俺と恋をしたいというならば矛盾してないか?」
俺の神霊力が尽きたとき、あの瞬間の殺気は本物だったはずだ。
「うん、あくまでも僕より強い者と恋をしたかったからね。あのまま何も策がないようなら殺しちゃおうって思ったんだ。まあでも──」
そこまで言ってミッシェルは少し考えだした。
そして再び口を開く。
「絶対倒されるって確信があったから心配はしてなかったかな」
「何故だ? 何故そこまで信じられるんだ」
「それは君が──」
「わー! ミッシェル! その話は今はしないでください! お父様も気にしないでください」
セレアが強引に話に割り込んできた。
どうやら触れてはいけない話題のようだ。
「それにそのことはすぐに分かることになるはずです。部屋にいけばすべてが……」
気になるが仕方ない。
ならばさっさと部屋とやらに行こうか。
「それじゃ今度こそ部屋に向かうぞ」
俺は空間転移を発動させた。
眼前にあるのは白くて小さな箱のようなものだった。
ただ扉があることにより、部屋という認識ができた。
扉を開け中に入ると外装とは打って変わってそこは書斎のような場所だった。
しかし俺は本なんかには目がいかず、椅子に腰を掛けていた人物に目が奪われた。
そこにいたのは俺の知っている人物だったからだ。
「よくぞここまで辿り着いたな。歓迎しよう」
「オリアス……なのか?」
そう、それは俺を育ててくれた親代わりの老人であった。




