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242、ベアルvsうろつくもの5



「ほらほらほらほらほらほらぁ!!」

「ぐっ!!」


 5枚の翼が不規則な軌道で襲い掛かってくる。

 その一撃一撃が即死級で、すでに数回、腕が斬り飛ばされたが、回復魔法レインボーヒールのおかげで何とかなっていた。

 見切るのが難しい攻撃だが、間合いをしっかりと管理すれば避けることはできる。しかし手数で劣るのでやはり接近戦は不利である。

 ならば距離を取っての魔法戦しかない。


「ブラックノヴァ!!」


 盾にするようにしてブラックノヴァを発動する。


「おっと」


 ミッシェルの翼が闇の中に吸い込まれそうになったが、何事も無かったかのようにブラックノヴァから抜け出し距離を取った。

 何のダメージもないのは驚いたが、距離を稼げたので本来の目的は達成した。

 

「思いついた技を試させてもらうぞ!」


 そう言って右手に作り出したのはただの火炎球ファイアーボール

 魔力で発動させることができる初歩の魔法である。


「あはっ! そんなもので僕を倒せるとでも?」


 ミッシェルは攻撃することも忘れて呆れかえっていた。

 

「ここからだ」


 俺は火力を上げるために神霊力を注ぎ込む。

 するとみるみる内に火炎球は灼熱へと変化した。

 それはまさしく小さな恒星と言うべきか。


「うわっすごく熱い!」


 数万度に達したその灼熱球は近くにいるだけで全てのものを溶かしてしまうだろう。

 もしこれを俺たちの世界で作り出そうものなら大地は焼け、海は蒸発し、全ての生命は息絶えてしまうだろう。ダンジョンだからこそできる芸当なのだ。

 当然ミッシェルはこの程度で死ぬことはない。


「行くぞ! 受け止めろよ?」


 俺はそれだけ言うと、灼熱球をミッシェルに向かって投擲する。

 ミッシェルは案の定、それを回避した。


「馬鹿正直に真正面から受ける奴はいないよ」

「それはそうだな」


 俺は第二、第三、第四と、灼熱球を作り出し続けた。

 

「熱っ! 君の仲間は耐えられないんじゃないの?」

「大丈夫だ」


 そもそも俺は熱さを感じていない。

 作り出した本人が焼け死んではただのバカだからな。

 つまり皆を守っている結界を張ったのが俺なので、皆も同じように大丈夫ってわけだ。


「ふはははは! どんどん行くぞ!」


 俺は大量の灼熱球を作りミッシェルの周りに投げまくった。

 煌々と燃える灼熱球が多数。渦を巻くようにミッシェルにせまる。

 しかし、そんな中でもミッシェルは汗一つかかず──いや、そもそも発汗機能がついてないのかもしれないが、一つも当たることなく避け続けていた。


「そんなの当たらないよ」

「ふっ……周りを見て見るんだな」

「え?」


 ミッシェルを囲う様に一定の距離をたもった灼熱球が浮遊している。もはや逃げられる隙間などない。

 俺もただ闇雲に放ったわけじゃない。しっかりと計算していたのだ。


「へえ……これは厄介だね」

「ああ、これで包囲網は完成した。もう逃げられないぞ」

「ただの熱で僕を倒せるとでも?」

「その強がりがどれだけもつかな」


 俺は手を合わせ合掌する。

 すると灼熱球も中央のミッシェルに向かって突撃していく。

 灼熱球がミッシェルに触れると爆発するように炎が舞う。それは次第に大きな炎の塊となり、マグマのように真っ赤な物体となった。

 

「ぐうぅぅぅぅ熱い! 熱いけどそれだけだね」


 真っ赤なマグマの中心にいるにもかかわらず冷静に分析しているミッシェル。

 だがその冷静も一瞬だけであった。


「ん……あ、なにこれ! か、体が融ける!?」


 翼から徐々に融け、頭や手足がドロドロと液状化しだした。

 ミッシェルは逃れようともがくが、マグマはミッシェルの体にまとわりつく。


「やっかいな複合魔法だね……これは虹の炎と虹の石だね」


 どうやらミッシェルは答えにたどり着いたようだ。

 ただの炎と見せかけて複数個、虹火炎球レインボーファイアーボール虹石球レインボーストーンボールを混ぜていたのだ。

 

「正解だ」

「そうと分かれば……はああぁぁぁぁぁ!!」


 ミッシェルは大量の神霊力を体外へと放つ。

 すると周りのマグマはすべて爆散した。

 

「力技だな」

「正直手痛い出費だね。でも同じ技はもうくらわないよ」

「くっくっく、俺の引き出しもこんなものではないがな」


 ちっ、と内心で舌打ちする。

 本当はもう少しダメージを与えたかった。

 ……まあでも、少しの神霊力で大量の神霊力を使わせたのだから上々といえるだろう。

 俺の内情を知ってか知らずか、ミッシェルは口角を吊り上げる。


「じゃあ次は僕の番かな?」

「いや、お前は攻撃するな」

「えぇ……それズルくない? 順番は守ろうよ」

「ふっ、戦いに順番なんてないんだよ──っ!」

「──え!?」


 真横に振った拳がミッシェルの顔面に直撃する。

 ひじから先だけを空間転移によって移動させたのだ。

 なので仲間からみたその光景は、湧いて出た手がミッシェルの顔面を殴っているというとても奇妙な絵面となっていた。


「まだまだいくぞっ!」


 俺は何もない目の前の空間に向かってひたすら拳を突き出した。


「あばばばばばばば」


 無抵抗のまま殴られ続けるミッシェル。

 あっという間に体全体を殴り終わるとミッシェルの体はボコボコに膨れ上がるのだった。


「これで最後だ」


 神霊力をかなり込めた渾身の一撃をパンチを繰り出した。


「それはちょっと困るね」

「──ゥグッ!」


 ミッシェルの翼が空間転移と同時に現れた俺の手を切り飛ばす。

 完全にタイミングを読まれていたようだ。

 切り飛ばされた手はそのままミッシェルに握られてしまった。


「ふふ、君の腕を手にいれちゃったよ。なんだか少し嬉しいね」

「ちっ……そんなの手に入れて何が嬉しいんだ」

「うーん、そうだね。頭を撫でてもらうとか?」


 そう言って俺の手を頭の上にのせて撫でるような仕草をする。


「ちょっと心地いいかも」

「気色悪いやつだ」


 見ていて気持ちのいいものではない。なんなら不快である。


「満足したならそれを返せ」

「えー、うーん……」


 俺の腕をジロジロと見たかと思ったら、手を大きく上に掲げた。

 そのままミッシェルは口を大きく開いて──俺の手を口に放り込んだ。


「むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ──ごっくん。うん、やっぱり美味しいね」


 腕を食ったのだった。

 俺は唖然として言葉がでない。


「なんていうか、これが食事をする生物がよく言ってる、『幸せ』ってやつなのかな? 心が満たされた感じがするよ」


 そう言ってパンパンとお腹を叩く。

 もちろん言ってる意味は分かるが、食われた者としては気分が悪い。

 しかしそんなことはどうでもいいくらいの最悪な事態が起こった。

 ミッシェルの神霊力が飛躍的に上がっていた。


 ……この現象を俺は知っている。

 他者を喰らい、己の力の一部に取り込む能力。

 そう、それは人魔獣だ。

 何故ミッシェルがその能力を持っているのか。

 現時点で考えられるのは一つしかない。


「おいミッシェル……お前まさかレヴィアを食ったのか?」


 正確にいえば、「体の一部を食ったのか」だが、そんな細かいことはどうでもいい。


「え? ああ、うん。君に怒られるかもって思ったけど、どうしても試してみたくて髪の毛を一本食べさせてもらったんだ」


 ミッシェルは素直に白状した。

 それも驚いたが、もっと驚いたことがある。


「なんだと……そんな少しだけ食べただけでお前は進化したというのか?」

「そうみたいだね。まあ、僕の場合は人魔獣ではなくて、神魔獣ってところかな?」


 末恐ろしい奴だ。

 神殺しという二つ名も伊達ではないという事か。

 それにしてもこれは完全に計算外である。

 相手にも神霊力を奪う手段ができてしまったのだ。

 そしてそれは俺の単純な神霊力吸収と違って、肉体そのものも進化させてしまうほどの力である。実際に俺の腕に込められた神霊力よりはるかにパワーアップしている。

 こいつは俺を喰らったことで更に進化しているのだ。


「でも僕は人の体がほしいんだよね……恋をするためにさ」


 そう言って俺をじっと見つめるミッシェル。

 やはりミッシェルの目的は俺のようだ。

 俺が負けたときの条件は決めていなかった。もちろん負けるつもりなど毛頭ないのだから当たり前だ。でも何となくミッシェルの目的は俺の体だと感じている。

 それほどミッシェルの俺に対する視線が強烈だ。


「リーリアや妻の為にもお前に負けるわけにはいかないな」

「……うん? まあ、僕も負ける気はないけどね」


 そう言いながら不動の構えをしているミッシェルは生命力に満ち溢れていた。

 はっきりいって力の差は歴然だった。

 ただでさえ力の差があったのに、さらに一段と強くなってしまった。

 このままちまちまと攻撃をしていてもじり貧となって負けるだろう。

 ならば少しの可能性にかけて全ての神霊力を注ぎ込んだ一撃を放つか。それとも工夫した戦いで神霊力吸収を行っていくか……。

 どちらかと言えば神霊力吸収の方が勝ち目があるきがするが。

 さて……どうするか。


「ふふ、万策尽きたといったところかな?」

「それはどうかな」

「ふふふ、返答に余裕がなくなってるよ」

「ちっ……」

「概ね僕にどうやって接触できるか考えてるんでしょ? でもそれは無駄だよ。僕に触れることは絶対に無理」


 ミッシェルの言う通りだ。

 ただ闇雲に向かっていっても接近戦はミッシェルに分がある。かといって魔法による攻撃もここまで神霊力の差がでてしまっては厳しいだろう。

 空間転移による攻撃も既に見切られている。

 ミッシェルに触れることは不可能だ。



 …………いや、何故触れなければならないんだ?

 そもそも神霊力吸収はそんな単純なスキルなのだろうか?

 触らなければならないというルールは誰が定めたのだ?

 それは誰でもない。俺自身だ。

 このままではどうせ負けてしまう。

 ならその下らんルールを取り払ってやろうではないか。


「ふうん……何か思いついたみたいだね?」

「ああ、出来るか分からんがお前を倒すにはこれしかない」

「あはは! それは楽しみだね!!」


 思いつきだがやってみる価値はある。

 ──それはスキルと魔法の融合。


 まだ試したことのないことだが俺ならできる。

 神霊力吸収と組み合わせるのは時空魔法。

 まずは下準備。


【魔素に時空の回路を形成──失敗】


 くそっ! もっと細かく。細胞にまで行き届かせろ!


【魔素に時空の回路を形成──成功】


 よし、できた。

 次に時空魔法と神霊力吸収を融合させる。


【時空魔法と神霊力吸収の融合──失敗】


「ぐはっ!!」


 俺は吐血し、大量の血痕を床にぶちまけた。

 失敗した。

 魔素と時空回路をつなげたために、魔素への負担が体にきてしまう。

 だが弱音を吐いている場合じゃない。

 やり直しだ。


【時空魔法と神霊力吸収の融合──失敗】

【時空魔法と神霊力吸収の融合──失敗】

【時空魔法と神霊力吸収の融合──失敗】

【時空魔法と神霊力吸収の融合──失敗】

【時空魔法と神霊力吸収の融合──失敗】


 大量の血液を床にぶちまけながら何度もトライする。

 果てしなく難しい。

 はっきり言ってぶっつけ本番ですることではない。

 だが──やらなくてはならないんだ!!


【時空魔法と神霊力吸収の融合────成功】


「────よしっ! 成功したぞ」


 何度も失敗をしてようやくできた。

 既に体はボロボロで血管からも血が溢れ出ていた。

 あとは実際にできた【これ】をミッシェルに放つだけ……

 

 ──それだけ……なのに!


「くそ……」


 俺の神霊力が尽きてしまった。

 失敗しすぎたせいだ。

 放つどころか維持することもできずに消えてしまった。

 せっかく活路が見えたというのに、これではとんだ無駄骨だ。

 俺はがくりと片膝をついた。


「ちくしょう……ようやく完成したのに……」

「あれれ、せっかく待ってあげたのに神霊力が尽きちゃったんだ……うーん、ここまでか。正直ちょっと期待しすぎちゃったかな。所詮君も人だったってことか」


 ここにきてミッシェルの態度が豹変した。

 体からは怖ろしいほどの神霊力があふれ出し、禍々しいオーラとなって蠢いている。


「ミッシェル! あなたまさか!!」


 突然セレアが声を張り上げた。

 それは悲鳴のようにも聞こえた。


「うん、僕は弱い者には興味がないからね」

「待って! 待ってください!」

「もう待たないよ」


 ミッシェルは一直線に俺へと向かってくる。

 どうやらここまでのようだ。

 すまない──リーリア。

 皆──


 ……え?


「レヴィア……?」


 眼前にレヴィアの姿があった。

 両手を広げ、俺をかばうように立っている。


 何故ここにいる?

 結界はどうしたんだ。

 いや、そんなことより。


「そこをどけレヴィア──!!」


 肩口からこちらを振り返るレヴィア。

 その顔は笑っていた。


「レヴィ──」


 刹那。

 肩口から腰まで真っ二つに切り裂かれているレヴィアがいた。


「レヴィアァァァァァ!!!」


 俺はレヴィアを受け止めるように抱きしめた。


「くそ、エンシェントヒール! ミドルヒール! ヒール!」


 神霊力はおろか魔力すらほとんどない俺の魔法ではレヴィアの傷は癒せない。

 

「くそおぉぉ!! ヒール! ヒール!!」

「お、おちつけベアル……この程度では死なん。我は『超再生』のスキルをもっておるのだぞ」

「あ、そ、そうだったか」


 焦り過ぎて我を忘れていた。

 普通なら致命傷になる傷だがレヴィアにとっては大丈夫なのである。


「そんなことよりベアル、顔を寄せてはくれぬか?」

「え、あ、ああ? これでいいの──」

「──ん……」


 何故か突然キスをされた。

 それと同時に心地よいものが体に流れてきた。


「こ、これは」


 体中に力がみなぎってきた。

 神霊力も少し回復している。


「皆の神力を我が集めてきた。本当は攻撃に使おうかと思ってたのだが、お主のピンチだったからな。渡しに来たぞ」

「ああ、レヴィア……」


 俺はレヴィアを力いっぱい抱きしめた。


「う、うぐぅ……嬉しいのだが痛いぞ! 抱擁はまた今晩にでもしてくれ」

「ああ、そうしよう」


 今度は労わるように優しく抱きしめた。


「……あのー、僕の事忘れてないよね?」


 ミッシェルは少し拗ねた感じの声でそう呟いた。

 どうやらずっと待っていたようだ。

 なんだかんだ言って律儀な奴である。


「すまないなレヴィア……今は神霊力を少しでも無駄にはできん」

「ああ、我の回復はしなくていい。ほっとけば自然に治る」

「私が運びますわ」


 いつの間にかセレアが近くに来ていた。

 俺は頷くとレヴィアをセレアに受け渡した。

 セレアが結界の中に入ったのを見届けてから、改めてミッシェルに向き直った。


「すまなかったな不甲斐なくて」

「いやいいよ。君の最後のあがきが見れると思うとワクワクするからね」

「ふん、後悔させてやるぜ」

「あはは、本当に調子がいいね」

「ではいくぞ──」


 再び神霊力を練る。

 一度成功したものは二度と失敗はしない。


「──スキル魔法『空間箱』」


 俺の手の上には小さな箱のようなものができた。

 見た目は漆黒でできたただの箱。

 

「そんな小さな箱で僕を倒せるとでも!」


 ミッシェルは再び禍々しいオーラをまとい突進してきた。


「これで終わりにしてあげるよ!」


 5つの翼が同時に襲い掛かる。

 それはとても目で追える速さではなかった。

 当然の如く、俺の残り少しの神霊力では受け止めることは出来ない。

 しかし──


「あれ?」


 ミッシェルは元の位置に戻っていた。

 それは突進するまえと全く同じ位置だった。

 違うことと言えば5つの翼が無くなっていること。


「あれ?」


 ミッシェルは訳も分からず同じ言葉を発した。

 俺の手の上には相変わらず小さい黒い箱があった。

 ミッシェルは怪訝そうに首を傾げるが、次の瞬間、


「あははははははははははは! これは面白い!」


 もう一度狂ったように突進してきた。

 そしてまた元の位置に戻される。

 今度はミッシェルの片腕が無くなっていた。


「あはははははははははははははははははは!!!」


 繰り返される攻撃。

 そのたびに無くなっていく四肢。

 最後に残ったのはミッシェルの頭部だけだった。


「あははは……あー面白かった。僕の負けだね。約束は果たしてくれるんでしょ?」

「さあ、どうかな」

「そんなこと言わないでよ。神霊力はたっぷりあるんだしさ」

「お前がくれたからな」

「上げたわけじゃないけど……まあいいや、それじゃよろしくね」

「ああ」


 俺は最後に残った頭部を『空間箱』に収めるのだった。


 

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