241、ベアルvsうろつくもの4
ミッシェルの急所はいろいろ試した結果、心臓と思われる物を壊せば殺すことができるようだ。ただそれはミッシェルの体内で自在に移動できるので我々の心臓とはちょっとだけ異なる。
確実に殺すのならばすべてを消滅させるやり方がベストだ。
俺による、まるで拷問のような実験も終始ミッシェルは楽しそうに笑っていた。
「君は気持ちいいほど他人に容赦がないね」
「違うな。お前に興味があるからここまでするんだ」
「へえ、それは告白と受け取っていいのかな?」
「ああ、お前を滅茶苦茶にしてやりたくてな」
「うーん、その台詞はたまらないね」
ミッシェルにトドメを刺すと姿と気配が一瞬だけ消えた。
そして、少し離れた空間に転移したかのように復活した。
「さて、お遊びはここまでだよ」
「……なにか変わったか?」
容姿はそこまで変わってない。
少しだけ背が伸びたくらいか。
むしろ神霊力は下がっており、圧倒的に俺の方が神霊力は上だ。敵ではない。
「まあそう慌てないで見ててよ」
「わかったから早くしろ」
倒すのは簡単だが……それでは面白くない。
フェア精神というわけではないが、ミッシェルも俺が強くなるのを待っていてくれたのだ。俺も少しくらい待とうではないか。
「ふふ、ありがとう」
素直にお礼をいうミッシェル。
その刹那、ミッシェルが消えた。
「!?」
声に出なかった。
あまりに予想外過ぎたのだ。
リーリア達は何事かとざわつき始めていた。
逃げたという声が聞こえてくるが、俺にはそうじゃないことが分かった。
ミッシェルは砕け散っていた。
それも目に見えないほど細かく。
その証拠にミッシェルがいたあたりに濃密度の神霊力がただよっている。
「なんだと……」
再びミッシェルの気配がした。
と同時にまた消える。
いや、また砕け散ったのだ。
「ちっ! そういうことか!!」
これはただの自爆ではない。自身を粉々にして神霊力を空間に残したまま死んでいるのだ。
俺はすぐに行動する。
ミッシェルが砕け散った辺りに飛んでいき、神霊力吸収をする。
「くそっ効率が悪いな!」
神霊力吸収は相手に触れていないと無理だ。
つまりその空間全体の神霊力を吸収する事は不可能。
例えるなら砂浜の砂を手でかき集めるようなものだ。
そうしている間にもミッシェルの自爆行為は続いていた。
1,2,3、4。
ミッシェルの自爆が4回行われた次の瞬間、漂っていた神霊力が一か所に集約されていく。
「少しだけ盗られちゃったけど、大方予定通りかな」
背中の翼が5枚になってる以外は目立った外見の変化はないのだが、中身はまるで別人だ。隠し切れないほどの神霊力が体からにじみ出ている。
「おまたせ。ふふっ、さすがに形勢逆転したかな?」
「そうかもな……しかし……」
俺は再び頭を抱える。
「まだ舐められていたとはな」
「あ、気付いちゃったんだ」
「もともとお前は9枚の翼を持っていたんだろ? つまりその姿も本来の姿ではない不完全なものというわけだ」
「まあね」
屈辱だ。
ミッシェルにとってこの戦いは遊びであると分かっていたのだが、それでも全力を出してもらえない事がこれほど屈辱だとは思わなかった。
「何故今まで本当の姿を隠していたんだ?」
俺がそう言うとミッシェルは首を傾げた。
「敵もいないのに強くなってどうするの?」
「このダンジョンに隔離された時は9体だったんだろ?」
「だからだよ。力の差ができてしまって楽しめなくなるでしょ」
……なるほど。
もともといたミッシェル達は殺し合いをしたが、力としての融合はしないで、体の中に留めていたということか。
純粋に9体の殺し合いを楽しむために、あえて力量差をつけなかったわけだ。
「今回は仕方なく君との差を補うために僕の中の僕を殺して吸収させてもらったんだ」
「そういうことか」
これならば互角……やや俺が不利だが面白い戦いができるだろう。
そこまで計算して、このタイミングで吸収をしたミッシェルはやはり頭がいい。
「ふふ、それじゃあ存分に楽しむとするか」
「そうこなくっちゃね」
■
リーリアは戦いに目を奪われていた。
目前で繰り広げられている戦いはもはや戦いではなかった。
神と神の人ならざる者の戦いだったからだ。
リーリアはかろうじて目と気配で二人の姿を追えていた。
「二人とも互角……ううん、ちょっとだけお父さんが押されてるかも」
「そ、それはベアルは大丈夫なんだろうな!?」
「大丈夫だからお姉ちゃんそんなに力強く抱きつかないで」
「す、すまない」
不安そうに何が起こってるかわからない空間を見つめるアナスタシア。
リーリアだって不安だった。ベアルが負けるとは思ってはいないが、それでも胸は勝手に苦しくなるのだ。
「このままでは不味いかもしれぬな」
「レヴィアは見えるの?」
「うむ、少しだが神霊力が扱えるようになったからな」
「本当に!?」
いつの間にとリーリアは思ったが、すぐに思い当たる節があった。
「昨日?」
「…………」
少し顔が赤くなっている。
どうやら当たったらしい。
リーリアは胸の中によく分からないモヤモヤが渦巻いたのが分かった。
だがそんな感情もすぐにかき消えることになる。
「あっ!」
5枚の翼によるブレード攻撃によってベアルの四肢が斬り飛ばされる。
首だけはなんとか躱せたようで、すぐに回復をしていた。
「ふう……」
心臓が苦しい。
自分の無力さに嫌気がさす。
「ええい、もう我慢できぬ」
レヴィアが決意したようにそう言うと、後方で戦いを見ていたセレアに話しかけた。
「この結界を解くことはできるか?」
「レヴィア……? ええ、わたくしならばできますけど、この戦いに巻き込まれてしまいますよ」
「何もしないで待ってるなんてできない。どうせベアルが負ければ我々も死ぬのだ。ならばやつのスキをつくることくらいはやってみせたいのだ」
「レヴィア……」
レヴィアの決意は固いようだ。
しかしそこにサリサが口を挟む。
「足手まといにならないかしら? それにミッシェルにとっては遊びのようだし、もし負けたとしても殺されないかもしれないわよ」
サリサの意見も正しいように思える。
だがレヴィアは首を横に振る。
「ベアルには不安にさせるから皆には言うなと言われたのだが……」
そう念を押し、皆を一瞥してから口を開いた。
「……ベアルが負けた場合は我々は死ぬ。ミッシェルはここから出られるのだからな」
「それはどういう事かしら?」
「ベアルは昨日、我にこう言った、『もし負けたら、俺の体はミッシェルの物となる』とな」
「そ、それって!」
「うむ、つまりこの戦いにベアルが勝てばミッシェルを消滅させてすぐに新しい体を用意する。だがもしベアルが殺された場合、ミッシェルはベアルの体を乗っ取るつもりなのだ」
「それはイヤ!」
リーリアは思わず声を張り上げた。
お父さんがお父さんでなくなる。そんなのは死んだも同然だ。
例えその後、カオスを倒せたとしてもそんなものはリーリアの望む未来ではない。
「レヴィア! 奴に一撃をくらわせる策があるんだよね? 私も協力する!」
「うむ、我に任せるのだ」




