240、ベアルvsうろつくもの3
ミッシェルが左に走り出す。
俺はブラックノヴァを起点にミッシェルを正面に構える。いつでも盾にできる位置だ。
しかし次の瞬間、ミッシェルは大きく上に飛躍した。
「光速剣」
ミッシェルが頭上から光速剣を放つが、俺はミッシェルとの直線状にブラックノヴァを移動する。光速剣はそのまま吸い込まれていく。
──何かおかしい。
違和感を感じるのと同時に第六感が警報を鳴らす。
咄嗟に体を大きく反らして地面に倒れ込んだ。
すると胴体があったところを何かが通り過ぎる。
「あぶなっ!」
時間差攻撃だ。
正体不明の攻撃はミッシェルが飛ぶ前の軌道からだった。
おそらくスキルを密かに放ってから飛んで気を逸らしたのだろう。
「くそっ!」
光速剣を防ぐのも大変なのに、ここにきて新たなスキルか。
ミッシェルの攻撃は容赦なく続いている。
俺は地べたを情けなく転がりながらスキルを躱していく。
軌道は決まっているので読みやすい。ミッシェルのいた位置を起点に動きまくれば対処は可能だ。
しかし──
(くそっ! 次から次へと!!)
ミッシェルも右に左にと不規則に動きながらスキルを放ってくる。
これでスピードが早かったら対処は難しかっただろう。
俺はこの数分でミッシェルの動きと時間差攻撃に慣れつつあったが、対処するだけでは勝てない。
しかし、ブラックノヴァは維持するだけでも集中力を使う。
このまま他の魔法を放とうとしても中途半端になってしまい、ミッシェルを倒せるほどの魔法は放てない。
かといってブラックノヴァを解除すればたちまち光速剣の餌食となってしまうだろう。
……ならどうすればいいのか。そのきっかけは案外身近にあった。
この数分間、ある変化に気付いていた。
ブラックノヴァの制御が徐々に難しくなっていたのだ。
正確に言えばミッシェルの光速剣を吸収するたびに、明らかにブラックノヴァの質量が増え続けているのだった。
どうやらブラックノヴァは光速剣を永遠に吸収できるわけではないらしい。いずれは限界を超えてしまい溢れ出す。
……と、いうことはだ。
このエネルギーをそのまま返してやればいい。
ミッシェルの動きも予測ができはじめている。
光速剣を放つとき、一瞬だけ動きが止まるのだ。剣を縦か横に大きく振らなければ発動できない。その瞬間を狙う。
次、光速剣を放つであろう場所に狙いを定めた。
「光──」
「いまだ!」
ブラックノヴァの一点を解放する。
すると強烈な光が一直線上に走った。
「──ッ!」
悲鳴を上げる間もなくミッシェルは跡形もなく消滅した。
それだけにとどまらず、光は宇宙を貫くと、そこには白い壁があった。
どうやら10階層も他の階層を同じように、元は白くて大きな部屋のようだ。
光がブラックノヴァに集束し収まると、白い壁はまた宇宙へと戻っていく。
「…………」
気配がする。
もう3回も殺しているはずなのにまだミッシェルは死んでいない。
自分でも何言ってるかわからないが、その通りなので仕方がない。
「さすがだね」
背後から声がした。
振り返るとそこには小さく縮んでしまっているミッシェルがいた。
もともとは俺と同じくらいの身長であったのだが、今はシャロよりも小さい。
「随分と可愛らしくなったな」
「そう? でも魔力は上がってるかもしれないよ?」
「そうかもしれないな」
外見ではまったく分からないが、秘めている神霊力がやばいということはわかる。
「このままだとさすがに君が不利かな。休憩したい?」
「随分と優しいな。だが心配には及ばない。既に攻略方法は思いついた」
「素直に休憩すればいいのに。そのプライドが身を亡ぼすかもよ?」
「ふん、ほざけ!」
俺はミッシェルに向かって突進する。
全力の突進だ。虹の翼に虹のオーラをまとい一瞬で目の前へと移動した。
ミッシェルは意外だったのかビクッと体を震わせる。
俺はミッシェルの腕を掴んだ。
「捕まえた。俺が魔法戦をするとでも思ったか?」
今度のミッシェルは明らかに魔法使いタイプだ。
ならば今度は俺が接近戦を挑む番。
「うおおぉぉぉぉぉ!!!」
ミッシェルの小さな体を片手で持ち上げると、そのまま思い切り床へと叩きつける。
「うぐっ」
小さな呻き声が聞こえる。
俺は気分がよくなりそのまま何度も叩きつけた。
「調子にっ、うぐ、のらないでっ、ぐっ、もらえるかなっ!!」
ミッシェルの手に神霊力が集約されていく。何かとんでもない魔法を放とうとしているらしい。
だが、そんなことはさせない。
俺はもう片方の手でその手を掴むとそのまま床に押さえつけた。
まるでベッドの上で女を押さえつけるような形だ。
「お前が美しい女だったら最高だったんだがな」
「…………何故か魔法が使えないんだけど」
「そうだろうな」
「なんでかな?」
「どうしてだろうな?」
俺はニヤニヤしながらそう答えた。
「なんかムカつくね」
「ならばどうする?」
「……魔法が使えなければもうお終いかな。殺していいよ」
「ほう。随分と殊勝なことだ。だがまだ殺さないぞ」
「押さえつけるのが趣味なのかな?」
「優越感に浸れるからな」
「最低だね」
「ふ、まあな」
「誉めてないんだけど……」
ミッシェルは諦めたようでそのまま大人しくしている。
俺としてもこうしなければいけない理由があるのでこうしているのだ。これが女だったら喜んで押さえつけるのだが、ミッシェルを押さえつける趣味は無い。
というのも、今の俺は神霊力を消耗しすぎていた。
こいつがいつ死ぬか分からないので長期戦を覚悟しなければならない。となれば、どこかで神霊力の補充が必要になってくる。
そこで編み出したのが魔力吸収の進化版、『神霊力吸収』だ。
やったことはなかったのだが、魔力吸収の要領でやってみたらできたのだ。
なので今は神霊力補充のためにミッシェルを押さえつけているのだ。
「君……大丈夫? お仲間から変な目で見られてるよ」
「なんだと……」
顔を上げリーリア達の方に視線をやる。
すると一同そろってジト目をしている姿がそこにあった。
どうやら俺が発情していると勘違いしているらしい。
──いやいや、俺だって時と場所は選ぶぞ!!?
もし相手が絶世の美女だったとしても……いや、神霊力吸収は触っていればいいからしてしまうかも……。
……いやいやいや、さすがにリーリアの前では絶対にそんなことはしない。
「あればどういう感情なのかな? 君が僕を押さえつけていることに意味があるの?」
「しらん! お前があまりに情けないからじゃないか?」
「うーん、僕に対しての視線じゃないと思うけどな……それよりまだ吸収続けるの?」
「なんだ気付いていたか」
「さすがに気付くよ。勝手に神霊力がどんどんなくなってるんだから」
「まあ、俺の神霊力が満タンになるまで待ってくれ。そうしたら殺してやる」
「とんでもないセリフだね」
数分後、ミッシェルの神霊力は空となり俺の神霊力はかなり回復した……いや、これはおかしい。
ミッシェルの神霊力は俺を超えていたはずだ。
だが今の俺はミッシェルの神霊力を上回っている。
考えられる要因は一つ。それはミッシェルを3回殺していることだ。
モンスターを倒すことによって限界値が上がるのはダンジョンの摂理。
つまりミッシェルは一回一回しっかりと死んでいるということになる。
「お前は何人いるんだ?」
トドメを刺す前に聞いてみた。
するとミッシェルは口角を上げる。
「さてね。それは君が一番わかってるんじゃない?」
「どういうことだ?」
「ふふふ、分かったって顔してるけど?」
ああ、何となく考えていたことが当たっていたようだ。
うろつくものは9体いた。
それを殺してこいつは一体となった。
ならば答えは簡単だ。
「お前を殺してもあと5体いるってことか」
「ピンポーン大正解」
なるほどな。
だが、今のままなら余裕だな。
何せ殺すたびに俺は強くなっていくんだからな。
「ああ、ちなみに僕もここから本気になっていくからね?」
「ほう、どう変わっていくというんだ?」
「それは見てからのお楽しみだよ」
「そうか、ならば見せてもらおう」




