238、ベアルvsうろつくもの
「──じゃあ早速始めようか」
「いや、少しだけ待ってくれ。皆を一か所に集める」
いきなり戦い始めたら皆を巻き込んでしまう。
それにサリサとジェラがまだ遠くで戦っている。この際一か所にいてもらった方が守りやすい。
俺とミッシェルが全力を出したらマップ全体に被害が及んでしまうからな。戦闘が終わった後にサリサとジェラが死んでましたとかシャレにならん。
──ということで早速、空間移動で二人を連れてきた。
二人は混乱しているようだったが時間がないのでリーリアに説明を任せた。
その間にシャワーを浴び、今まで住んでいた家を消し、新たに神霊力で透明な箱を作る。
これはちょっとやそっとの攻撃では破壊できないものだ。
「これが新たな力ってやつなのね」
「ダンナはすぐに遠くに行ってしまうにゃ」
そう言いながらサリサとジェラが近づいてきた。
「ああ、神霊力って言うんだが……リーリアに聞いただろ? これからあいつを倒す」
後ろでずっと仁王立ちしているミッシェルを顔を向けずに親指で指した。
「はあ……そういう事なら最初から説明してほしかったわ。私たちはずっと不安を抱えながら戦っていたのよ」
「そうだにゃ! ダンナからもらった薬も使ってしまったし、ギリギリだったにゃ」
サリサとジェラの服装を見ればわかる。所々服が破けていて、傷や青あざが目に見えてある。文句の一つや二ついいたくなるのも頷ける。
「すまなかった。だがこの環境がお前たちのプラスになると思ったし、サリサとジェラなら絶対に大丈夫だと信じていた」
二人の神力は10階層に来る前と比較して3割ほど上がっている。
今ならば一人でも戦い続けられるのではないだろうか。
「まあ、そう言われると悪い気はしないわね」
「にゃはは、冗談にゃ。あたしは楽しかったにゃ」
二人に笑みがこぼれる。
「あとはゆっくり見学しててくれ」
「そうね……ねえ、ベアル……勝てそうなの? どうみてもヤバい化物だと思うのだけど」
サリサとジェラはミッシェルの方に視線を送らない。
近くにいるだけで格の違いを感じ取っているのだ。
「まあなんとかするさ。そのためにこの三日間修行したんだからな」
「三日間修行しただけで戦えるダンナもすごいけどにゃ……」
「本当ね」
二人はちょっと呆れたような顔をしている。
「ふふ、俺も久しぶりに本気を出したからな。まるで昔に戻ったよう──」
「──お父様~!」
側面からセレアが手を振りながら小走りでやってきた。
今までは初期位置から動いていなかったのだが、いつの間にかやってきていたようだ。
勢いそのままに俺に飛びつくと、キラキラした目で顔を近づけてきた。
「はぁはぁ……お父様、わたくしのワガママをきいてくれますか?」
「別にいいが突然どうしたんだ?」
──ちゅっ。
口に柔らかいものがあたる。
「うふふ、お父様頑張ってくださいね」
「あ、ああ……」
セレアはとても嬉しそうに皆の元へ戻っていった。
……あれ、もしかして口にキスされたか?
目の前にいたサリサもジェラも目を丸くして驚いていた。
まさかあのセレアがこんな積極的になるなんて誰が予想できただろう。
俺自身も驚いている。
「もういいかな?」
ぼーっとしていたらミッシェルから声をかけられた。
いかんいかん気合をいれねば。
「よし、やるか」
「うん」
俺達は円を描きながらゆっくりと間合いを取った。
サリサとジェラも急いで箱の中へと避難した。
戦闘開始の合図は無い。
だが水面下では静かな戦いが始まっていた。
それは神霊力の陣取り合戦。
相手の体内に浸蝕しようと、互いの神霊力がぶつかり消滅する。一進一退の攻防。
さすがに一億年も生きてきたミッシェルに神霊力の総量は敵わない。このまま何もせずにいたらジリ貧で負けるだろう。
「ミッシェル、仕掛けて来ないのか?」
「君からどうぞ」
「そうか、なら遠慮なく」
フッと俺の体が消える。
刹那、振り上げた拳がミッシェルのあごを直撃した。
ミッシェルの体が空に浮くと同時に頭上に空間移動した俺は両拳を振り下ろす。
空間移動による一人波状攻撃で相手に反撃の隙を与えない。
殴っては移動、殴っては移動。
上下左右と連続で拳がヒットする。
ミッシェルの体がその場から動かない。いや、動けないのだ。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!」
一撃一撃が大陸を破壊できるほどの威力。
既にセレアの星を粉々に砕けるほどのエネルギーはぶちこんだ。
だがそれでもミッシェルは倒せない。
──殺気。
俺は反射的に後ろに飛ぶ。
「あははは! 勘がいいね!」
紙一重だった。
胸元に一筋の切れ込みができ、赤く染まる。
予備動作も何もない一撃。
避けられたのは運が良かった。
「まだまだいくよ!」
いつの間にかミッシェルの背中の片翼が虹色に輝いている。
(こいつのせいかっ!)
「──ッ!」
速い!
咄嗟に上体を反らす。
ミッシェルの片翼が顔面スレスレを横切る。
しかし安堵はできない。
自在に伸び縮みする片翼は予測不能の動きをしていた。
(だからきっと──ッ!)
案の定、片翼は直角に急降下して、ハリセンの如く俺の顔を強襲する。
「ぐっ!」
とっさに腕をクロスして顔面を守ったが、重い一撃によって地面へと叩きつけられる。
(まずい、体制を整えなければ──!!)
俺の動作よりも早くミッシェルの片翼が先手を取る。
片翼は長く伸びた剣の形状になり、叩きつけるように振り下ろされた。
(くそっ! こうなったら!)
「ぐおおぉぉぉぉぉ!!!!」
白刃取りの要領で片翼を受け止める──が!
(手が砕けそうだ!)
片翼からあふれ出す虹色の神霊力が俺の手を破壊する。
一秒も経たないうちに手の感覚は無くなった。
二秒も経つとボロボロと崩壊していった。
「こなくそおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」
三秒経つ頃にはようやく翼の勢いが収まってきたので離れることができた。
俺の手は指の殆どが消えてなくなっていた。
「おい……昨日は全力だしてなかったな?」
「うん、だってそんなことしたら死んじゃうから」
「なめられたものだ」
「でも今日はいい感じに戦えてるでしょ?」
……いい感じか。
はっきりいって想定以上だが泣き言をいっても仕方がない。
俺は戦いの中で成長できる男だ。
そしてそのヒントはたった今ミッシェルからもらっている。
「ゴッドヒール」
失った指を1秒で治す。
失った部位はエンシェントヒールでしか復元できないのだが、ゴッドヒールであれば治せることを思い出した。こっちの方が消費が少なくてすむ。
「ではまた俺から行くぞ?」
「どうぞ」
神霊力をただぶつけるだけではミッシェルには勝てない。
虹の片翼のような神霊力を昇華した技が必要だ。
ならば俺の得意なものを昇華させればいい。
「いくぞ──虹火炎球!!」
ミッシェルの体が分身したかのようにブレて、虹色に輝く玉はミッシェルを横を通過した。
「避けたな?」
俺は見ていた。ミッシェルの口角が初めて下がったのを。
「…………ふうん、やっぱり使えるんだ」
ミッシェルの口角が再び上がる。
「普通は使えないのか?」
「うん、それは火の精霊では無理なものだから。火の神、もしくはそれ以上の神しか使えないものだよ」
「そうなんだな」
「そうなんだよね」
一時の沈黙が場を支配する。
「……で、避けたよな?」
「君が外したんじゃない?」
「……」
「……」
「虹水球」
ミッシェルの体がブレる。虹水球は横を通過した。
「避けるんだな」
「君がへたくそなだけでしょ」
「……」
ふん、下手な挑発だ。
俺のこめかみに青筋が立ってるのはきっと気のせいだろう。
そんなことより重要なのはミッシェルが避けたという事だ。
避けたという事は当たりたくないということ、つまりダメージがあるということだ。
「よく分かった。ぶち殺してやる」
「やれるものならね」
第二ラウンドの始まりだ。




