235、リーリアの抱擁
目が覚める。
正確な時間はわからないが体内時計は朝を告げている。
起きようとすると右手が誰かにつかまれているのがわかった。ランタンがないのでファイアーボールで明かりをつける。
隣に寝ていたのはリーリアだった。ぱっちり目を開けていてにこやかに微笑む。
「おはようお父さん」
「おはようリーリア」
俺は空いている左手でリーリアの頭を撫でようとした。するとかぶせていた布団がペロッとめくれる。
すると目に飛び込んできたのはパジャマも下着も着ていないリーリアがいた。
「…………」
「お父さんのエッチ♪」
はしゃいだ感じでじゃれ合うように腕にからみついてきた。途端、俺のこめかみに青筋が浮かんだ。
「今すぐその変身をやめろ。じゃないと今すぐ殺すぞ」
そう言った瞬間、リーリアもどきの顔が無表情になる。
「あれ? 上手くできたつもりだったんだけどな」
「全然違う。リーリアはお前の100億万倍可愛い。とにかくやめろ今すぐやめろ早くやめろ。じゃないと殺す」
「はいはいわかったよ」
ミッシェルはまるで猫のようにぴょいんとベッドから飛び降りると、一瞬にして元の姿へと戻った。
「それにしてもよく分かったね。今度は体内の神力も本物に合わせたつもりだったんだけどな」
「リーリアは裸で俺の布団の中に入ってきたりはしないし、甘え方が全く違う。それに細かい動作がまったく別人だ」
「ふーんそうなんだ。ちょっと観察不足だったかな?」
「リーリアを見るな! っていうか二度とリーリアに変身するな。今度は問答無用で殺すぞ」
「へえ……あの子は特別なんだ? 他の子達ならそんな態度にならないんじゃないの?」
「リーリアは特別だ。あの子は俺の女神だからな。誰であろうとリーリアを穢すものは許さん」
「はいはいわかったよ」
ミッシェルは話は終わりとばかりに後ろを向いて出て行こうとした。
「どこにいくんだ?」
「巡回してからセレアに会いに行くよ」
「行く前に俺の訓練に付き合え」
呆れたように振り返るミッシェル。
「なんで僕が君の訓練に付き合わなくちゃいけないの?」
「俺がお前に勝つためだ」
「……あはは! あひゃひゃひゃひゃはははは!!!」
腹を押さえて高らかに笑うミッシェル。
相変わらずこいつの笑いは気持ちが悪いな。
「ひっひぃ……本当にベアルは面白いね。明日戦う相手に訓練を付き合わせるなんて聞いたこともないよ」
「それが一番効率がいいからな。なに、一撃だけでいい。全力で俺を殴ってみてくれればいいんだ」
「……へえ」
ミッシェルはニヤニヤしていた口を閉じ背筋を伸ばす。体の中には溢れんばかりの神霊力が渦巻き、勢いよく体外へと放出されていった。
それはミッシェルのいかくのようなものであった。
触れただけで死に至らしめるような禍々しいオーラとなり、ミッシェルの周りを漂っていた。
「ここでいいよね? 部屋が壊れても勝手に直してよね」
「ああ、こい」
「いくよ」
ミッシェルの動きは緩やかだった。
まるで時がゆっくりと動いているかのような。
だがそれが逆に恐ろしい。
ミッシェルの拳は触れただけで俺の体がバラバラに砕け散るような力が秘められている。
それが徐々に自分めがけて近づいてくるのだ。
(ちっ……試してやがるな)
逃げようと思えば逃げることができる。
だが逃げたら終わりだろう。この場で俺を殺すはずだ。
恐怖にのまれてしまったらきっと明日は戦えない。
(俺は絶対逃げたりしないけどな!)
ミッシェルの拳が腹へと触れた。
刹那、俺の腹がまるで元から無かったかのように消え失せた。
「──っ!!」
言葉を発することが出来ない。
それはそうだ。
腹が無くなり体が二分されたのだ。
視界が地面へと迫っていく。
不味い──オチル前になんとかしないと!
(エンシェントヒール!)
破損した箇所でも完全に回復できる魔法だ。
だが、俺の体は元には戻らなかった。
(ぐっ! やはりか!!)
治らないんじゃないかという気がしていた。
というのも俺の体──特になくなった腹部にはミッシェルの神霊力が残っていた。
(これが邪魔をしてヒールが効かないんだ)
最初に攻撃されたときもヒールで治すことができなかった。
その時は理由がわからなかったが今は分かる。
そしてさらに分かったことがあるのだが、今はとりあえず回復に専念せねば。
(体を侵食している神霊力を俺の神霊力で消滅させるんだ! ぐっ……急げ!)
意識が遠のいていく中、必死で神霊力を除去していった。
(エンシェントヒール!)
最後の気力を振り絞ってその魔法を発動させる。
すると今度は体が元通りに戻った。
「おぉーすごいね! 一瞬で判断して治せるなんて」
実際、1秒にも満たない間に行われたことだった。
俺は不敵に笑って見せる。
「お前の攻撃のすべてが分かったぞ」
「へえ~そうなんだ?」
「ああ、それは──」
「お父さーん!!!」
フェニックスモードとなり近づいてくるリーリア。
……ってよく見ると俺が作った豪邸がすべて粉々に吹き飛んでいる。
ナルリースやシャロは……まあ衝撃波だけなら大丈夫だろう。
そんなことを考えていたら、リーリアがそのままの勢いで飛びついてきた。
「お父さん! いきなりすごい衝撃があって吹っ飛ばされたんだけど何があったの!!?」
「すまんリーリア。ちょっと訓練をしたらな……」
「……こんなところで訓練したの?」
リーリアの視線が鋭くなる。
いやまあ……そうだよな。
今回は完全に俺が悪い。
「悪かった」
俺は素直に謝った。
「うん、お父さん。今回はナルリースもシャロも無事だからいいけど、今度からは気を付けてね?」
「ああ、反省してる」
「じゃあ後でナルリースとシャロにも謝ってね?」
「ああわかった」
「じゃあよし!」
リーリアは笑顔になると俺の首に両腕を伸ばしギュッと抱きかかえた。俺の顔がリーリアの胸へと深く沈む。
「いいこいいこ」
まるで子供をあやすかのように頭を撫でられた。
俺は何となく気恥ずかしかったがされるがままとなっていた。
「ふ~ん、なるほどねえ」
いつの間にかミッシェルが真横でじっとその様子を見ていた。
「うるさい黙れ。次しゃべったら殺す」
「……本当にその子と僕じゃ態度違うよね」
「殺すと言ったはずだぞ?」
「その恰好でいわれてもね」
「……ちっ」
俺は未だにリーリアに頭を抱き寄せられたままである。
「まあいいや。僕はもう行くからね? 巡回してからセレアと話してくるから」
「今日はもうお前に用はない」
「はいはい、話の続きはまた後でね」
「さっさといけ」
「あははは! その姿笑えるよ」
「ちっ!」
あっという間にミッシェルの姿が消える。
するとリーリアの抱き寄せていた力が弱まった。
顔を上げるとリーリアはホッとした表情をしていた。
今度は俺がリーリアの頭を撫でてやる。
「怖かったか?」
「……うん、ちょっとね。攻撃してこないとは分かってても格の違いは肌で感じたよ。あの人……がミッシェルだよね?」
「ああそうだ。俺は明日あいつに勝たなくてはいけないんだ」
「そっか……それじゃ生半可な訓練じゃダメだよね。ごめんねお父さん。叱っちゃって」
「いいんだよ。お前たちがこの程度では大丈夫だって分かっていてもここでやるべきではなかった」
「お父さん……」
ギュッと抱きついてくるリーリア。
俺はそんなリーリアをさらにギュッと抱きしめる。
しばらくそうした後、二人同時に自然と離れる。
「それじゃあ私は今日もモンスター退治をしてくるね!」
「ああ、頑張るんだぞリーリア」
「うん! ……あっ! ナルリースとシャロはもうちょっとで来ると思うよ! かなり遠くに飛ばされたから先に飛んできちゃったけど!」
「そうか、わかった」
「うん、じゃあまた夜にね!」
「ああ」
リーリアは後ろを向き歩きだしたのだが、すぐにピタリと止まった。
「あ、そうだお父さん」
「ん? どうした?」
リーリアがくるりと振り向いた。
「私は成長期なんだからね!」
顔少し赤らめながらそう言い放つと、フェニックスモードを展開し高速で飛び立っていった。
俺は自分の顔に手を当てた。
「……確かに成長していたな」
腕を組んでうんうんと頷く。
「べーさんなにやってんの~?」
後ろにはいつの間にかナルリースとシャロが立っていた。
「いや、なんでもない。それより──」
先ほどの事を謝罪した。目を丸くして驚いていたが、あっさりと許してくれた。できた妻である。
壊れた豪邸を元に戻し、早速訓練を開始した。




